「風変わりな弟分」
リセリアのことが気にかかりつつも――
まずは子どもを家まで送り届けた迅は、
気持ちを落ち着けようと王都の裏通りを抜けていた。
夜霧が薄く漂い、灯火が揺れる。
そのときだった。
「……痛っ、ぐっ……やめ、て……!」
路地の影から、
くぐもった声が聞こえた。
迅は身構える。
声の主は子どもではない。
だが、明らかに“弱者の声”だった。
(またかよ……今日は多いな)
裏路地へ踏み込むと、
そこでは――
小柄なゴブリンの青年が、
二人のチンピラに殴られていた。
「ゴブリンのくせに街歩いてんじゃねぇよ!」
「種族登録もしないで王都をうろつくとか、
何をしに来たのか吐けよ、コラ!」
ゴブリンの青年は震えながら首を振る。
「ぼ、僕は……ただ、ここに……
家族、もういないから……」
「言い訳すんな!!」
拳が振り上げられたその瞬間――
間に入る影があった。
「お前ら、よせよ」
ふっと軽い声。
だが、声音には揺るぎない圧がこもる。
チンピラたちは振り返った。
「んだテメェ……子どもか? ちょっとチビじゃねぇか」
迅は肩を竦める。
「俺も今日二回目なんだけどさ。
弱ぇやつ殴って楽しいのか?」
「誰に口きいて――」
その手が伸びた瞬間。
迅の足が一瞬だけ地を蹴り、
剣より速い“拳”がチンピラの手首を弾いた。
「いってぇ!? 骨折れた!?」
迅は冷めた目で言う。
「折ってねぇよ。
折るなら、そんな軽く打たねぇ」
もう一人が叫ぶ。
「ふざけんなぁ!」
刃物を抜くが――
迅は踏み込むと同時に地面を滑るように動き、
刃を躱しつつ相手の腹に拳をねじ込んだ。
「ぐえっ……!」
一瞬。
本当に一瞬で、二人が地面に沈んだ。
迅は頭を掻きながら呟く。
「……はぁ。
俺さ、弱ぇ奴いじめてる奴見るとイラつく体質なんだわ」
そう言いながら、ゴブリンの青年に手を差し出す。
「大丈夫か?」
ゴブリン青年はおそるおそる手を取った。
「た、助けてくれたん……ですか……?」
「そうだよ。
別にゴブリンだろうがなんだろうが関係ねぇだろ」
その言葉に、青年は唖然とした顔で固まり――
次の瞬間、その目に涙があふれる。
「……こんな……人間に、初めて……」
迅は気まずそうに目を逸らした。
「泣くなって。
泣かれると俺が悪いことしたみてぇになるからさ」
「ひ、ひっぐ……ごめんなさい……」
青年は涙を袖で拭いながら名乗る。
「僕……“ロッカ”って言います……
母さんと群れを失って……王都に来たけど……
人間に、ずっと追い払われて……」
迅は少し視線を下ろしてから言った。
「……俺もさ、
周りに馴染めなくて喧嘩ばっかしてた時期あった」
ロッカは驚いた顔で見上げた。
「でもよ。
生まれがどうとか、見た目がどうとかで決めつけられんの……
俺もムカつくんだよ」
ロッカの目がさらに丸くなる。
「あの……あの、迅さん……」
「ん?」
ロッカは突然、深く頭を下げた。
「僕……!
あなたみたいな人に……ずっと会いたかった……!」
「いや、そんな大層なもんじゃ――」
「ついて行きます!!」
迅は固まった。
「……は?」
ロッカは必死だ。
「僕、今日……命、助けてもらって……
だから、あなたがどこへ行くのか、何をするのか……
全部ついて行きたいんです!!
兄貴って呼んじゃ……ダメですか!?」
「兄貴!?」
王都の裏通りに響く声。
ロッカは瞳を輝かせている。
「兄貴みたいな人に……僕もなりたいんです!」
迅は唖然とするが――
ロッカの必死さに、思わず噴き出した。
「……ははっ。
なんだよその目。
そこまで言われたら……断れねぇだろ」
ロッカの顔がぱぁっと明るくなる。
「じゃ、じゃあ……!」
「勝手についてこいよ、ロッカ」
ロッカはその場で跳ねるほど喜んだ。
「はいっ! 兄貴!!」
迅は頭を抱えながら笑う。
(……また、面倒くさいの拾っちまったな)
しかしその笑顔は、
どこか温かかった。
夜風が二人の横を通り抜け、
遠くで新撰組の灯が揺れていた――。




