「路地裏の灯――優しさを隠せない男」
王都の夕暮れ。
市場に吊るされた色とりどりのランプが灯り始めると、
街は昼とはまったく別の表情を見せ始める。
新撰組宿舎を抜け、
迅は久々に“任務のことを考えない時間”を作ろうと街へ出ていた。
「はぁ……監視とか、排除とか……
ああいう話、向いてねぇよな俺」
ぼそりと呟きながら歩くと、
路地裏の方から子どもの泣き声がした。
迅は反射的に足を向ける。
狭い裏路地で、
小さなエルフの子どもが転んで尻もちをつき、
周囲の少年たちに囲まれていた。
「おい泣くなよ。耳長族のくせに弱ぇな!」
「魔法使えるならやってみろよ!」
完全ないじめだ。
迅は無言で少年たちの間に割って入った。
「お前ら、やめとけ」
声は低いが、怒鳴るわけではない。
ただ静かに、しかし揺るがない。
少年たちは顔を見て唖然とした。
(ちっちゃ……いや、なんか怖ぇ!?)
迅の存在感は“大柄の男”のそれではなく、
喧嘩慣れした獣のそれだった。
「なんだよ兄ちゃん、関係ねぇ――」
迅は一歩だけ踏み出した。
それだけで少年たちは一斉に後ずさる。
「関係あるだろ。
困ってる奴が目の前にいるんだ」
その優しさに、
子どもたちは抵抗する気をなくして散り散りに逃げていった。
「大丈夫か?」
迅が膝をつき、
転んだ子どもの手をそっと持ち上げる。
小さい手は泥だらけだった。
「ひっく……ひっ……」
「泣いていいけどよ、まず傷見せろ。
血、出てねぇか?」
迅は袖を破り、手際よく布を巻く。
(……手慣れてる。
喧嘩で怪我するたびに、自分でやってたんだろうな)
「ほら、痛ぇだろ。
でも強がらなくていいからよ」
子どもは涙を拭きながら聞く。
「お兄ちゃん……人間なのに、怒らないの……?」
迅はぽかんとした顔で笑った。
「何で怒んだよ?
耳が長かろうが、短かろうが、痛ぇのは同じだろ」
その言葉は、
本人は何気なく言った一言だが――
この世界では珍しいものだった。
子どもは一気に泣きながら抱きついた。
「ありが、とう……!」
迅は頭をぽんぽんと撫でる。
「よしよし。
でも夜は危ねぇから家まで送ってやるよ」
その時だった。
路地裏の入り口に、
小さな屋台を出している老婆が気づき、声をかける。
「兄ちゃん……ありがとうよ。
耳長族を庇ってくれる人間なんて、滅多に見ないからねぇ」
迅は照れたように後頭部を掻く。
「いや、普通のことしただけっすよ」
「普通……じゃないよ。
この街ではね」
老婆はゆっくりと歩み寄り、
子どもの頭を撫でたあと、迅に小さな包みを渡した。
「これ、お礼に。
うちの名物の“月果パン”だよ。
甘いのが嫌いじゃなければ食べておくれ」
迅はまばたきをして、
遠慮しようとして――やめた。
「……じゃあ、ありがたく」
袋を開くと、
ほんのり光る淡い青のパンが入っていた。
子どもが笑って言う。
「それ、夜にしか食べられないんだよ!
ありがたい物なんだから!」
迅は苦笑した。
「そっか……じゃあ大事に食うよ」
そのとき、老婆がふとこんなことを口にした。
「兄ちゃん……
あんた、“あのエルフの娘”と仲がいいんだろ?」
迅は思わず固まる。
老婆は続けた。
「あの子……泣いてたよ。
街から帰る途中、一人で。
何度も自分を責めるみたいに、耳を押さえてね」
迅の胸がざわめく。
「……いつ?」
「今日の昼過ぎさ。
まるで、何かから逃げてるみたいに……」
迅は立ち上がり、子どもを抱えて歩き出した。
(リセリア……
土方さんの任務のせいで、疑われるのに気づいて……
一人で悩んでたのか)
子どもが小さな声で尋ねた。
「お兄ちゃん……行くの?」
迅は優しく微笑んだ。
「ああ。
大事な奴が泣いてるなら、放っとけねぇだろ」
その声は強くも優しく、
喧嘩しか知らなかった少年の“新しい答え”だった。
月の光だけが照らす路地裏で、
迅の背は、誰よりも温かく見えた――。




