「副長命令――監視対象《ターゲット》はエルフ少女」
夜。
新撰組宿舎の奥にある、誰も近づかない静かな書庫。
蝋燭一本の頼りない灯りの中、
迅は土方に呼び出されていた。
土方は机に肘をつき、
薄く煙を上げる煙管を指先でいじりながら言う。
「……単刀直入に言う。
お前には“任務”を与える」
迅は思わず背筋を伸ばした。
「任務、ですか?」
土方の目は冷たい。
だが、その奥に“迷い”が潜んでいるのを迅は感じた。
「――リセリアを監視しろ」
その瞬間、
静かな部屋の空気が凍りついた。
迅が言葉を失っているのを無視し、
土方は続けた。
「監視対象としての名は“光属性エルフ個体:Lゼロ一”だ。
名前で呼ぶな。情が入る」
「……個体、って……」
土方は小さく首を振る。
「すまんが、俺達はそう扱うしかねぇんだ。
あの娘は“王国の禁忌情報”を抱えている。
それを誰が引き出すかで、この世界の秩序が決まる」
この言い方はおかしかった。
新撰組は本来、異世界に来たばかりの一集団にすぎない。
だが土方は、まるで
王国の裏側をすでに深く知っているようだった。
迅は息を飲む。
「副長……リセリアは、悪い奴じゃないです」
「分かってる」
土方は、ほんの一瞬だけ視線を落として言った。
「だが“善良だから危険”ってことはある」
「……どういう意味っすか?」
「光魔法――
嘘がつけねぇ。
だからこそ、利用しやすい」
土方の目に、かすかな怒りが宿った。
「王国の連中は、あの娘に“疑う権利”を与えていない。
本来エルフの長老が持つはずの“光の真理”を、
王家が勝手に封じて扱ってやがる」
迅は目を見開く。
(……リセリアの“言えない魔法”って……
王国の封印だったのか?)
土方は小さく頷いた。
「俺達は監視役だ。
守るために監視する。
だが……王国は違う」
迅は思わず言った。
「副長……それ、もう敵対してるじゃないですか」
土方の笑みは苦かった。
「気づくのが遅ぇよ、迅。
――王国と新撰組の共同関係は、とっくに“表向き”だけだ」
蝋燭の火が揺れる。
沈黙の中、土方は机上の封筒を押し出した。
迅に向けて。
「これが正式命令書だ。
お前の任務は、“リセリアが何を隠されているか”を探ること。
場合によっては――」
土方は言葉を切った。
迅は不意に寒気を覚えた。
「場合によっては……?」
土方の視線は鋭く刺さる。
「……排除対象に変わるかもしれん」
その瞬間、
迅は無意識に机に手を叩いて立ち上がった。
「ふざけんな!!
あの子は……そんな風に扱われる存在じゃ――」
土方の目が一度、鋭く光る。
だがその奥には、
迅の怒りに安堵するような色があった。
(――怒ったな。
それでいい。
その反応を待っていた)
土方は静かに言う。
「……迅。
この任務を受けろ。
だが“命令通りに動け”とは言わねぇ」
迅が驚くと、
土方は煙管を置き、囁くように言った。
「もし王国があの娘を道具にしようとしたら……
逆に利用するつもりなら……
お前だけは、好きに動け。
俺は副長として止められねぇが……
人間としては、それでいいと思ってる」
迅は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……土方さんは、王国側じゃない。
あくまで“新撰組の副長”なんだ)
土方は背を向けたまま言う。
「行け。
次に会うときは……もう“監視者としての迅”だ」
迅は拳を握りしめた。
“監視”という名の十字架を背負って――
それでも、リセリアを守るために。
扉を開けたその瞬間。
闇の廊下で、静かに誰かの影が遠ざかるのが見えた。
伊東甲子太郎だった。
絶対に聞かせてはならない内容を、
最悪の人物が聞いていた。




