5:初めての実戦
修行を始めてから五年。
サイトとリーナは十五歳になった。
身体の成長と修行の成果によりサイトの肉体は引き締まった筋肉に包まれている。
転生前のおぼろげな記憶の、腹の出ただらしない中年体型とは比較にならない。
剣術や体術は、父トトイ曰く「新米冒険者よりは断然マシ」になったらしい。
五年もかけて。だが。
トトイ曰く
冒険者ギルドは十五歳から登録できる。
成果次第だが、少なくとも二年は新米扱い。
相当運が良くない限り師匠なんていない事や、何も知らない状態で実戦に出ることから、
新米卒業と言われるまで半分以上が死ぬ。
それに比べ、お前は戦いの為の筋肉がしっかりつき、基礎が身体に染み込んだ。
じっくり時間をかけ効率的な肉体操作と知識を得たんだ。
十分な強さになったと、思うぞ
トトイの言葉は褒めるようで
サイトが冒険者をなることを、止めようという気持ちが込められている。
サイトはそれに気付きながら、何も答えず聞こえないふりをして逃げていた。
事と次第によっては、冒険者になることも有るだろう。
それでなくとも、勇者に選ばれる。
異世界へと転生したのだから。
そんな事を言ったところで信じてもらえないだろう。
一方、リーナ。
主要な中級魔法も一通り操れるようになった。
回復やバフの物に限り。では有るが。
それというのも魔法の師匠がリーナの父ソーイ牧師である事に由来する。
サイトの母マーサは護身術程度にしか攻撃魔法を教えてくれない。
サイトはようやく下級魔法を実践レベルでギリギリ通用する程度になった所だ。
それも時間を書けて魔力を練って…だ。
リーナなら事も無げに、一瞬で魔力を魔法に変換してしまう。
その差は歴然。
それが才能の差というものだ。
とはいえ、二人とも年齢に対して実力が有るということは確からしい。
ソーイ牧師と父トトイから、二人の成長を認めたとして、ある提案がなされた。
「今年の王都への旅だが、サイトとリーナ、お前たちも久しぶりに連れて行こうと思う」
ソーイ牧師がそう切り出した。
二ヶ月後、毎年恒例の他地域の神官との会合や情報共有、大司教への挨拶など
前世のサイトから見れば「役職者会議」のようなものがある。
これまでは都度、サイトの両親のどちらかが護衛として同行していた。
過去に何度か同行させてもらった事があるが、道中の風景や王都の石畳や街並み、荘厳な大聖堂に王城。
異世界に来たことを実感したものだ。
訓練を受け始めてからは、危険を避けるため同行は禁止されていた。
今後はサイトとリーナを護衛にすることも検討したいという事だった。
「ただし、条件がある」
トトイが真剣な表情で言った。
「お前たちは訓練だけで、実戦経験がない。明日から村の周辺の森に入り、魔物の駆除に同行してもらう。そこで、お前たちの動きと成長を見る。ダメだと判断したら今回は連れて行かない」
村では定期的に魔物の駆除を行っている。
これを怠ると魔物が増殖し、食料を求めて群れで村を襲う危険がある。
「頑張ろうね!サイト!!」
リーナは数年ぶりに王都に行くチャンスに顔を輝かせてやる気に溢れている。
「あぁ…そうだな」
サイトは自身の力が実戦でどこまで通用するのか。
不安と期待が入り混じる。
--翌日。
サイト、リーナ、トトイ、ソーイの四人は村から少し離れた森へ向かった。
サイトとリーナは、駆け出しの冒険者がよく装備するビッグ・ボア製の革の胸当てと、青銅の小型バックラーを身につけていた。
ビッグ・ボアはどこでも生息する大猪モンスター。
その分厚い皮は比較的安価でありながら防御性能もそこそこある、新米の登竜門的な装備素材だ。
駆除対象は主にホーンラビットという小型モンスター。
額から角を生やしたウサギの魔物。
「ホーンラビットは草食。自ら人を襲う事は少ないが、繁殖力が高く、増えすぎると畑を荒らすからな」
トトイが説明する。
サイトは村に運ばれた駆除後のホーンラビットを見たことがある。
その鋭利な角にも触れたことがあった。
自分が戦うかもしれないと思うと、あの硬い角が自分に迫りくるかもしれない恐怖に襲われる。
「ボアのぶ厚い皮は貫けないし、動きは直線的だから回避は容易だ。危険なのは角だから、バックラーで弾くだけでも大丈夫だ」
トトイの言葉を聞きながら、サイトはチラリと隣を見る。
リーナはバックラーをお腹のあたりに構え、持ち手を両手でぎゅっと握りしめていた。
昨日の輝かしい表情はどこへやら、その表情は不安で固まっている。
サイトが「大丈夫か?」と声をかけようとする。
ソーイ牧師が先に、優しくリーナに声をかけた。
「リーナ、緊張してますか?」
「うん、パパ……少しだけ……」
「緊張は身体の動きを強張らせ、余計な力が入る。視野も極端に狭くなる。気を抜くなとは言わんがな、俺達がいるから安心はしてくれよ」
トトイがリーナにも聞こえるようにサイトに伝える。
「そうですね。では、全て彼に任せて、僕らは奮闘ぶりを見ましょうか」
ソーイ牧師がニヤリと笑った。
「ソーイ、お前……!」
「息子の前でカッコいい所を見せたいと息巻いてたでしょ」
ソーイ牧師はケラケラと笑う。
「ぐぅ……この野郎……」
トトイは不機嫌そうに唸ったが、そのおかげで張り詰めていたサイトとリーナの緊張が少し和らいだ。
そう言ってる間も、トトイとソーイは、森の奥や草木の下などに警戒の目を光らせている。
彼らの張り詰めた空気は、ここが訓練場ではない実戦の場であることをサイトとリーナに思い知らせる。
森の奥へ進むと、地面にはいくつもの巣穴らしき穴が見える。
「この辺が住処だな。巣穴の中に手や足を突っ込むなよ?危険だからな」
トトイの説明を聞きつつ、周囲を警戒する。
草むらの向こうに、こちらの気配に気づかず木の樹皮を剥ぎ食べているホーンラビットが一匹見えた。
トトイも気付いたようで、サイトに目配せをする。
サイトは腰に携えた剣を抜き、音を立てないよう静かに忍び寄った。
「後ろから、不意を突くようにな」
父の指示通り、背後から一気に攻撃を仕掛ける。
一歩踏み込み、腰を回して振り下ろした剣は、ホーンラビットがわずかに身をひねったことで空を斬った。
ホーンラビットは攻撃を回避するやいなや、地面を蹴って直線的に反撃してきた。
サイトの剣は、勢い余って背後の木に深くめり込み、わずかにハマってしまった。力を入れ木から剣を抜きつつホーンラビットの方向に振るが、木に剣がハマったことでワンテンポ遅れる。
その瞬間、サイトの視界がスローモーションになった。
一直線に伸びたホーンラビットの鋭い角が、バックラーで防御していない腹部の皮一枚のところへ迫ってくる。
角が突き刺さる痛烈なイメージ。
生きた魔物への初めての恐怖。
サイトの全身を支配し強張らせ動けない。
「――っ!」
サイトの喉から小さな声が漏れた瞬間、ホーンラビットの体が横へ大きく弾き飛んだ。
ザクっという肉を裂き刺さる音。
ホーンラビットの頭部に父トトイの投げナイフが突き刺さっているのが見えた。
サイトは力が抜け、その場にへたり込んだ。
激しく動いたわけでもない。
しかし、汗が滝のように溢れ出て、心臓がバクン、バクンと鼓動を上げるのが聞こえる。
ハァハァと荒い息を繰り返すサイト。
トトイがサイトの前を素早く走り抜け、まだ息のあるホーンラビットに、一閃でトドメを刺した。
ホーンラビットの「キュッ」というかすかな断末魔が聞こえ、静寂が訪れる。
サイトはゆっくりと視線を動かす。
先程まで自身に襲いかかる恐怖の源は、頭に突き刺さったナイフから血が溢れ出て、筋肉はだらんと力なく、ただの獲物としてそこに横たわっていた。
「サイト!」
リーナが叫んで駆け寄り、サイトの胸に手を当てる。
そして震える声でヒール!と回復魔法を使い始める。
温かな光がサイトの腹部に当たる。
「怪我するほどのことはしてないさ」
トトイが冷静な声で言う。
「リーナ、落ち着きなさい」
ソーイが優しく声をかけると、リーナはハッとしてヒールをやめた。
トトイはふぅ、と長く息を吐いた。
「まあ、初めてはそんなものさ」
トトイはサイトの横にかがみ込み、その背中をポン、と叩いた。
「俺達がいなかったら、お前は確実に角が腹に突き刺さっていた。反省点は、自分で考えてみろよ」
そう言ってトトイは立ち上がり、ホーンラビットの素材回収に取り掛かった。
サイトは、泥のように重い体で目の前の魔物と、自分の失敗を呆然と見つめることしかできなかった。




