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3:いつかのために

木剣と木剣がぶつかる鈍い音、そして少年の荒い息遣いが響く。


澄み切った青空の下、村の教会の裏手、少し離れた林の開けた場所で12歳になったサイトは懸命に木剣を振っていた。


「まだまだ踏み込みが甘い!重心がブレてる!それじゃあ魔物一匹倒せないなぁ!」


指導役であるサイトの父トトイの怒鳴り声が響く。


「はい!父さん!」


サイトは呼吸を整え、再び木剣を構える。

汗が目に入り、思わず片目を細める。

身体中の水分を絞り出すように汗が噴き出していた。


トトイは元冒険者であり、現役時代の怪我が原因で引退した身だった。

元パーティメンバーで魔法使いだったサイトの母マーサと結婚し、故郷であるこのトーサ村に戻り農家を営んでいる。


怪我で引退したとはいえ、元冒険者。

村付近に現れる小型モンスター程度は両親が駆除している。

実戦で培われた技術や経験を持つ父と母がいる事が、転生し何かを成し遂げる事が出来るであろう期待をサイトに与えた。


2年前、サイトが10歳になった日。

剣を習い始めたいと父に懇願した際、トトイは一瞬嬉しそうな顔をし、すぐに表情を変え真剣な顔つきで母と視線を交わした後に、サイトを見つめる。


――剣を覚えてどうする?

――冒険者になりたいなんて考えているのか?

――死んでもおかしくない世界だ。

――お前を危険な道に進ませたくない。


純真無垢な子どもだったなら、喰い下がり駄々をこねていたかもしれない。

前世で結婚していたのか、子どもがいたのか定かではない。

それでも、大人としての感情や倫理観に、父の言葉が刺さる。


――モンスターの駆除を手伝いたい。

――両親の手伝いをしたい。


そう言う事はできただろう。

――でも、それは、嘘だ。


両親の真剣な視線を受け、サイトは誤魔化すことができず、ただ引き下がることしかできなかった。


結局の所、翌日夕方に日課になっていた丘でのリーナとの魔法の練習が、母にバレてしまい両親とリーナの父で有る牧師のソーイにこっぴどく叱られ、勝手に色々やるくらいなら教えたほうがマシという結論になった。


リーナの父である牧師ソーイがサイトとリーナに魔法を教え、トトイがサイトに剣術を教える、という形に落ち着いた。

母マーサも魔法を使えるが、家事がある上に攻撃魔法に特化しており、まだ早いという理由で偶に魔法の理論だけを教えてくれる。


そうしてこの2年間リーナとともに、早朝から誰よりも早く村の外周を走り込み、農作業で体力を養い、その後にサイトは剣の訓練とリーナは魔法の訓練。

剣の訓練が一段落したらリーナの魔法の訓練に合流。

夜は精霊と魔力の関わりを記した難解な書物を瞼の重みに耐えながら必死に読み込む。

そして、週に一度の教会での集会で、ソーイ牧師が説く勇者と魔王の伝説が、おそらく自分が成すことへ関わるのだろうと輝かしくも厳しい戦いの未来を思い描かせる。

というサイクルで生活をしてきた。


「今のところは『護身術』の域だな。まだ子どもだから筋力が足りないのは仕方ない。だが、戦闘は才能や力だけじゃない。相手の初動や考えを見切ることは子どもでもできる。力で仕留める必要はない、急所を見極めて仕留める知識と技術、それを利用した戦術が不可欠だ。必死に頭を働かせろよ」


今日の剣の訓練の終わり際に放たれた父の言葉は、サイトの心に深く染みた。

前世で何者にもなれなかったからこそ、より深く。


サイトは父の背中に向かって深く頭を下げ、訓練を終え、教会の方角へ目をやった。

木々の合間から、白い法衣姿のソーイ牧師と、彼から指導を受けるリーナの姿が見える。


リーナはやはり、天才だった。

彼女はすでに一通りの下級魔法だけでなく、回復系の中級魔法の初歩まで習得している。

母曰く、中級魔法以上の習得は精霊から相当好かれていないと難しいらしく、素質が有っても問題なく扱うのに5年はかかるらしい上、その精度は如何に魔力を効率良く扱えるかによるが、リーナは2年かつ教える前から魔力ロスが少なかったらしい。


サイトもようやく下級魔法は使えるようになった。

12歳という年齢を鑑みると、一般人としては驚くほど優秀な部類に入るらしい。

かなり魔力効率が悪いらしいが、その当たりは技術面なので練習有るのみ。ということだった。


「天才には、なれない」


前世の諦めの記憶が、この世界ではより巨大な幼馴染の輝きとして、目の前にそびえ立っていた。


(転生したんだ。こんな定型分みたいなスタートを切ったんだ。きっと俺には、何か特別な使命があるはずだ。何者かに、なれる。)


この根拠のない希望が、彼の原動力だ。

リーナほどでなくてもいい。

下級魔法でも戦闘に活かせるよう、まずは発動までの時間短縮を目指す。

一歩一歩確実に。

でなければ、きっと自分が勇者として戦う時は隣にリーナがいるはずだ。

それが異世界転生のテンプレ。

リーナを守り、世界を救う。

それがきっと自分が成すべき使命と、責任なのだ。


「サイト!」


彼女は笑顔で駆け寄ってくる。

その手に握られた杖の先端が、淡い光を放っていた。


「今ね、木属性魔法を練習してたの!パパが『リーナは飲み込みが早い』って褒めてくれたんだよ」


サイトは「そりゃすごいな」と笑いながらも、その才能の眩しさに、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。

それが彼女に対しての劣等感だということにサイトは気づいている。


「サイトはどう?もう疲れちゃった?」

「身体はヘトヘトだよ…。でも次は魔法の練習だからね。リーナに追いつかなきゃ」


そう言って、サイトが拳ほどの火を出す仕草をすると、リーナは「ふふっ」と笑い、彼の右手を握って繋いでくる。


「偉い偉い。頑張ってるサイトが好きだよ」


繋いだ手から伝わる温もりは、サイトにとって唯一、努力が報われると感じられる瞬間だった。


(まだ、これからだ。俺はまだ、諦めてない)


サイトは強く拳を握りしめた。それは、強くなるという覚悟と、もう二度と諦めたくないという強い熱が入り混じる、彼の心の炎だった。

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