<攻略対象>たちの困惑。
「あの……これ、作り過ぎちゃったんで、どうぞ」
……いったい、これで何個目だ?
また<手作りのお弁当>とやらが、私の前に差し出される。
いくら私が<攻略対象>というものだったとしても、私の胃袋は、ひとつしかないのだが……。
この春から、学園の女生徒たちがおかしい。
揃いもそろって。
先日、ひとりの男爵令嬢が教えてくれた『乙女ゲームの世界』という夢物語も、女生徒の大半が共有している認識なのだとすれば、かなり厄介な話である。
「なんだ、また手作り弁当とやらか。ひとつ引き受けようか、フリードリヒ?」
声をかけてきたのは、ユリウスだった。
ツェーリンガー公爵家の次男坊。王太子レオンハルトの未来の宰相として、この学園に入学した私の幼馴染。そして彼もまた、男爵令嬢のいうところの<攻略対象>のひとりであった。
「ああ、よろしく頼む。それにしても困ったものだな。いくら私が<食いしん坊キャラ>とやらだとしても、これでは……」
学園の裏庭にある東屋。
そこは王太子一派、高貴なる者たちの休憩場所とされていたが、テーブルの下には、すでにいくつもの弁当の包みが積まれていた。
「ひー、ふー、みー……今日は全部で5つか。エミールを入れてもひとつ余るな。これは責任をもって、お前がふたつ食べねばならぬな、食いしん坊キャラよ」
「どう考える、この状況を?『乙女ゲームの世界』という共通幻想をやはり女生徒の全員が共有しているのだとすれば、犯人はいったい何者だろうか、ユリウス?」
「これほど、大勢に長期的な洗脳の魔術を施せる術者がいたとすれば、それは大変なことであるが……」
「ことであるが?」
「案外、ほんとうに彼女たちは全員、異世界とやらからの転生者だったりするんじゃないの?」まだ少年のあどけない容貌を残した、シルバーレン伯爵家の三男・エミールが、会話に割り込み、「さて、今日の僕のお昼はどれかな?」と、王太子レオンハルトが訪れる前に、自分の弁当を選び始める始末であった。
◇
入学から、三ヶ月の時が経過した。
だが、女生徒たちにかけられた洗脳の魔術は、今のところ、いっさいの綻びを見せてはいない。
レオンハルト、ユリウス、フリードリヒ、エミール。
四名は、彼女たちのいうところの<攻略対象>であった。
そして、一年生の女生徒のほぼ全員が、均等にこの4名に今なおアプローチを続けていた。
自称・主人公、悪役令嬢、取り巻き、モブ、e.t.c
好感度イベントだの、断罪だの、婚約破棄だの。
彼女たちの主張に、四名は全員うんざりとしていた。
「余の婚約者であるアナスタシアは悪役令嬢とやらで、この後、余から無実の罪で婚約破棄を宣告されるそうだ」
「何者がそのようなことを?」
「アナスタシア本人が言っておった。自分は異世界からの転生者で、このゲーム世界に迷い込んだ元・平民だと」
「私の婚約者のカタリナも同じようなことを言っていましたよ、殿下。私はモブだけど、アナスタシア様のことが大好きなので、なんとしても冤罪を晴らしたいと」
「冤罪とは何だ? アナスタシア様には何か重大な嫌疑がかけられているのか?」
「まだ先の話らしいが、今度の夏季休暇で最初の事件が起きるらしい」
「はっ、未来の話か。なんだそれ。君の婚約者も、まあ、大変だね」
「もって、お前のところも何かあるのか、エミール?」
「……まあね。けど、そんなことよりも、ずっと黙り込んでどうしたんだい、フリードリヒ?」
「いや……ひとり気になる女生徒が……いてだな」
「「「まさかお前、<攻略>されでもしてしまったのか?」」」
「いや、その優秀さを認められ、この学院への入学を特例で許されたリディアなる平民のことなのだが……」
「「「あ、ああ……」」」
「彼女だけが、いっさい我々に接触を試みてこないだろ? 彼女は平民出身だから洗脳を回避出来たのか、はたまた……」
四名は各々、しばらく黙り込むこととなったが、レオンハルトが最初に口を開いた。
「ひとまず、かの者を呼び出し、話を聞いてみるとするか」
「「「かしこまりました、殿下!」」」
「いや、お前たちに呼びに行けとまでは言っておらぬ。使いの者を送るつもりだが……」
「「「それでは、私めが!」」」
「……」
◇
「あー、ごめんなさい。私、ゲームとか全然興味がなくって」
生徒会室。
リディアは、四名の<高貴なる者>たちを前に、両手を軽く広げ、お手上げのボースで、そう答えた。
「<ゲーム>というのは、やはり君もここがゲーム世界であるという認識なのか?」
ユリウスが問う。
「ゲームかどうかは私には分からないけど、他の連中が全員そう言ってるんだから、やっぱりそうなのかもね。<前世の記憶>を取り戻したのは、この学院への入学の直前だったんだけど、全員が全員、同じ時期に記憶を取り戻して、しかも、会話するやつの全員が全員、元・日本人っていったい何の冗談なわけ、これ? 物語だとしても、お粗末な設定ね」
リディアの予想外のキャラクターに、一瞬、絶句する面々。
「あ~、その~……君もやっぱり、その……他の女生徒たちと同じく、<転生者>であるという主張は……するんだね?」
エミールが、しどろもどろに質問する。
「……そうね、転生者であることは間違いないし、他の連中も同時代から来てるとみて、ほぼ間違いないわね。会話してみた感じだと」
「君は、その……口がなかなかに、悪いね?(だが、それがいい)」
フリードリヒも、口を挿む。
「あら、それはごめんあそばせ。いや、私は貴族のご令嬢方でもないわけだし、これは変ね。いったいどう話せばいいのかしら」
「そのあたりは、まあ、王妃教育を行う際に……だな」
「王妃教育って、殿下、まさかこの者を妃になさるおつもりです!(ちょっと待ってくれよ)」
ひどく動揺するユリウス。
「そ、そうですよ。殿下。リディアは平民であり、いきなり王族に迎え入れるなど、不可能なことです(リディアは僕のものだぞ)!」
エミールも食い下がる。
「一旦、エーベルバルト公爵家にでも養子縁組させれば、それで済むことであろう(うん、この平民最高だ)……」
我は王なり ―― とばかりに、鷹揚に構えるレオンハルト。
「あのー……」
「「「「何だ、リディア!?」」」」
「勝手に盛り上がってるところ、悪いんですけど……」
「君は、俺たちの中から、いったい誰を選ぶつもりだというのだ!」
テーブルを叩き、絶叫するレオンハルトの声が、生徒会室の外にまで響き渡った。生徒会室の扉には、無数の令嬢たちが、その耳を押し当てており、ビクリとして、ひっくり返ることとなった。
元ゲーマーだった令嬢たちが目指した<逆ハーレムルート>。
それは四名の高貴なる者たちの心証を極めて悪いものに変えていた。
リディアは、<主人公>役でもあったが、彼女たちの自滅によって、相対的に四名からの好感度を爆上げさせ、何もせずに、見事<逆ハーレムルート>を達成したのであった。しかし当のリディアの<想い人>は……。
―― おしまい。
画像は、Google Geminiによるものです。
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