表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/33

第1話 王都への道標

宿屋の裏手には、冒険者たちが即席の訓練場として使っている一角がある。

打ち捨てられた樽や石塊が転がり、ちょうどいい重し代わりになっていた。


濃霧の森での戦いのあと、ラウガンから「鍛えろ」と言われたことをきっかけに、俺とミリアは定期的に体を動かすようになっていた。

剣の稽古や走り込みに加え、こうした筋トレも日課になりつつある。


「ふ、ぬぬぬぬ……!」

両手に石塊を抱え、ミリアがスクワットを繰り返す。

額には玉の汗が浮かび、金の瞳は必死に前を見据えていた。


「よし、あと一回だ! 踏ん張れ!」

俺はつい声を張る。


「はぁ、はぁ……っ!」

彼女の脚が震え、腰が落ちる。

普段なら「ここまで」と切り上げさせるところだが――気付けば、口が勝手に走っていた。


「……あともう一回だ! 限界を超えろ!」


我ながら調子に乗っていると苦笑しそうになる。

だがミリアは食いしばった歯の奥から声を絞り出し、最後の一回をやり遂げた。


「……っ、終わった……!」

石塊を下ろした瞬間、へなへなと地面に座り込む。

肩で息をしながら、ちらりと俺を見上げた。


「ユウタさん……立てません……」

弱々しい声。だが、その金の瞳はどこか期待にきらめいていた。

嘘だ。まだ脚は震えてるけど、完全には潰れてない。この顔は恐らくおんぶして欲しいって顔だ。


「ほら、立てるだろ」

俺は手を差し伸べ、引き起こした。


「むぅ……」

彼女は頬をふくらませて不満そうに唸り、ほんの少しだけ唇を尖らせる。


「甘えるな。でも、よくやったな」

そう言うと、ようやく彼女の顔に満足そうな笑みが浮かんだ。


「ユウタさん、ミリアさん」

ギルドの使いが裏手に姿を見せ、丁寧に一礼する。

「ギルドマスターがお呼びです。今、お時間よろしいでしょうか?」


「……ああ、分かった」

俺は石塊を横に置き、ミリアと視線を交わす。



ギルドの扉を抜けると、受付からまっすぐ奥――ギルドマスター室へ通された。

分厚い机の向こうで腕を組むドルガンの隣に、見慣れない文官風の男が座している。浅い茶の外套、胸元には王国の紋章を刻んだ小さな徽章。書類の束を丁寧に揃え、こちらへ一礼した。


「来たか。座れ」

ドルガンの低い声に促され、俺とミリアは向かい合って腰を下ろす。


文官が名乗った。

「王国直轄・特任調査局のシニストラです。……単刀直入に申し上げます。黒殻に関する調査へ、あなた方の協力を賜りたい」


黒殻――濃霧の森で、カイルの亡骸から立ち上った、あの黒い塊。

ミリアの指先が小さく震え、俺の袖をつまんだ。


「経緯は把握しています」

シニストラは落ち着いた口調で続ける。

 「濃霧の森での一件、黒装束の集団との交戦。そして、黒殻の出現。……王国は当該物件の流通経路と回収体制を強化中です。あなた方の現場勘と連携力は実地でも証明された。ぜひ力を貸してほしい」


ドルガンが補足する。

「無茶はさせん。だが、危ない橋を渡るのは確かだ。断る権利はある」


シニストラは一枚の書簡を机上へ差し出した。王都の印章で封された臨時協力契約の写しだ。

「報酬、路銀、装備補給、情報共有は保証します。王都での認証手続き後、初動は周辺地区の聞き込みと、黒殻の“気配”が報告された地点の確認。随行の義務はありません。危険と判断したら退いて構わない。……ただ、黒殻は人も街も蝕む。早く手を打たねばなりません」


静かな部屋に、紙の擦れる音だけが落ちた。

俺は一度、ミリアを見る。

「……少し時間をくれ」


「決めたら部屋に戻ってこい」

ドルガンが立ち上がり、扉を開ける。

「風にでも当たりながら考えてくるといい」



ギルドの裏庭は風が通っていた。訓練場から木剣の音が遠く響く。

俺は吐いた息を整え、言葉を選ぶ。


「……俺は、やってみたい」


ミリアが顔を上げる。金色の瞳がまっすぐだった。


「ミラナ村や濃霧の森で、俺は“ハズレ”でも……誰かの役に立てた。暁の環に誘われて、訓練して、守られて、守って――あの時からだ。ハズレでも、誰かの勇者になりたいと思った。最初に召喚に応じた時だって、本当は……そう願ってたんだと思う」


言いながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。

誰かを助けることで、自分が形になる。

あの日以来、ずっと抱えたままだった欲求だ。


「危険なのはわかってる。黒殻のことも、濃霧の森で嫌というほど見た。でも……放っておけない」


ミリアは短く息を呑み、そしてふわりと笑った。

「私は、ユウタさんと一緒ならどこへでも行きます。行きたい、じゃなくて――行きます」


言い切る声は小さいのに、強かった。彼女の指が、そっと俺の手を握る。

その温もりに背中を押されるように、俺は頷いた。



部屋へ戻ると、二人は視線で答えを促した。

「協力する」

俺は書簡に目を落とし、顔を上げる。

「王都での手続きが必要なんだな?」


「感謝します」シニストラが安堵を滲ませる。「出立は三日後を目処に。まず王都で簡単な説明と認証を。以後の動きは現地の確度次第で柔軟に。同行者は任意、二人で構いません」


「ただし」

 ドルガンが言葉を継ぐ。

 「途中で変な匂いがしたら、躊躇なく戻れ。命より重い任務はない」


「心得てる」

返すと、シニストラが封蝋の割られた小袋を置いた。王都の通行証と、古い地図が入っている。


「黒殻は、触れ方を誤れば人を壊します。あなた方の判断と節度を信じています。……どうか、よろしく」


形式的な言葉の奥に、なにか固い芯のようなものを感じた。

俺は書簡と通行証を受け取り、立ち上がる。


部屋を出ると、ミリアが小さく息を吐いた。

「王都、久しぶりです……」


「不安か?」


「ちょっとだけ。でも、ユウタさんがいるから大丈夫です!」


彼女の笑顔は、いつもの明るさに少しだけ緊張が混じっている。

俺は握られた手に力を込めた。


黒殻。黒装束。濃霧の森で見た、救えなかったもの。

頭の片隅に沈殿する不安は消えない。けれど――


「行こう」

言葉にすると、足取りが自然と軽くなった。

誰かの勇者でありたい。その答えを、また一つ確かめに行くために。



翌日、市場で荷を揃えることにした。

王国の印章が押された小袋――シニストラから渡された路銀を受け取っているから、必要最低限は迷わず買える。


「まずは保存食だな。干し肉、乾パン、干し果物。水袋。包帯と薬草も多めに」


「はいっ……あ、あとお菓子も買っておきましょう!」

ミリアが輝く目で蜂蜜菓子の屋台を指さす。


「おい。旅だぞ、ピクニックじゃない」

思わず突っ込むと、彼女はがくりと肩を落とした。

「……ですよね……」


「……まあ、少しだけならいいか……」

「やった!」

 一瞬で花が咲くみたいに笑う。店主が包んだ小袋を胸に抱えて、足取りがちょっと軽くなった。


その後は手際よく必要品を詰めた。

研ぎ石、油布、火打石と火口、細い縄と太いロープ、簡易の鍋と木皿、塩の小袋、薄手の毛布二枚、予備の短剣。

俺は地図の縁を補強し、通行証を革ケースに収める。ミリアは薬草を種類ごとに包み直し、包帯を小分けにして腰袋へ。


「よし。これで荒天でも二日は野営できる」

「お菓子は三日もちます!」

「そこは数えなくていい」


夕暮れ、背負い袋は重くなったが、心の重さは不思議と軽くなっていた。

路銀の小袋を締め直し、俺たちは明後日の出立に向けて最後の確認を交わした。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ