第14話 雷の刃
2章 第14話 雷の刃
斬撃の速度が、また一段と上がった。
「……っ!」
咄嗟に体を捻ったが、カイルの刃は俺の頬を浅く裂き、熱い血が飛ぶ。
――まずい、この速さ。
さっきまでなら見切れていた動きが、もう反応だけでは追いつけない。
「看破……構造理解……!」
二つの力を無理やり重ね、迫る斬撃の軌跡を頭の中で描き出す【先読み】を発動する。
――来る!
体が勝手に動き、赤い線をなぞるように回避する。
ギィンッ!
紙一重で刃を躱し、地面に足を叩きつけてバランスを取った。
「はぁ……はぁ……」
肺が焼けるように熱い。頭は軋み、視界が滲む。
先読みは強力だが、思考を削り、体力を喰い潰していく。長くは保てない。
「ユウタさん!」
ミリアが駆け込むも、その刃はカイルに軽く弾かれる。
金色の瞳が悔しさに滲み、再び切り込もうとするが――血狂に強化されたカイルは、その速さすらも正面から捌いてみせた。
「……まだ、速く……なってやがる」
俺の声が震えた。
カイルの刃は、まるで加速する歯車のように止まらない。
攻撃の度にわずかな傷を刻まれ、そのたびに奴は研ぎ澄まされていく。
呼吸が荒れ、膝が重くなる。
――このままじゃ、先読みを維持できなくなる。たが、俺が倒れたら、次はミリアがやられる。
絶対に、ここで崩れるわけにはいかない。
しかし、限界はもう目の前だった。
◇◇◇
ユウタさんの剣が、見るたびに遅れているように感じた。
いや、違う。速さは変わっていない。カイルさんが……どんどん速く、重くなっているんだ。
「はぁっ……!」
私は迅雷を重ねて踏み込み、横から斬り込む。
けれどその刃は、カイルさんに軽く弾かれ、逆に体勢を崩される。
「ぐっ……!」
再び踏み込む。跳躍で視線を攪乱し、死角から突く。
だが、それすらも受け流され、地面に叩きつけられるように弾かれる。
金属の響きが耳を打ち、腕が痺れる。
――速さだけじゃ、届かない……!
視線を走らせると、ユウタさんが刃を防ぎながら、すでにいくつもの傷を負っていた。
肩口、脇腹、そして太腿。動くたびに赤が滲む。
「ユウタさん……!」
呼ぶ声は掻き消された。
彼は必死に先読みを発動しているのだろう。目の奥が爛れるように赤く光り、息は荒れ、脚はふらついている。
身体が、胸の奥が焼けつくように熱い。
焦りが理性を押し流し、体が勝手に動く。
「うぁああああっ!!」
叫びと共に迅雷で踏み込み、正面から斬りかかる。
だがカイルさんは一歩も退かず、片手のナイフで軽々と受け止めた。
「まだッ!」
跳躍で背後に回り込む。振り下ろした刃は空を切り、逆に蹴り飛ばされる。
「くっ……!」
肺が焼けるほどに呼吸が乱れる。
それでも止まれない。止まったら――ユウタさんが斬られる。
迅雷を重ねて繰り返す。横薙ぎ、突き、斬り上げ。
どの一撃も、カイルさんの刃に弾かれる。
弾かれた衝撃が腕を痺れさせ、何度も膝が沈む。
それでも私は立ち上がった。
「どいて……ユウタさんには触らせない!!」
体が悲鳴を上げても、振るった刃は虚しく空を裂くだけだった。
眼前のカイルさんは、冷徹な刃の機械のように、ただ淡々と受け流し続けていた。
一つ、また一つ。
ユウタさんの体に赤が走り、斬撃がその動きを削いでいく。
肩、腕、脚――見るたびに傷が増えていくのが分かった。
「……っ!」
胸が引き裂かれるように痛んだ。
ユウタさんの動きが押し込まれていく。反応するより早く、カイルさんの刃が先に届いてしまう。
でも、それでも。彼は――倒れながらも、立っていた。
「うああああああああっ!!」
私は焦りに任せて踏み込んだ。
だが刃は易々と弾かれ、逆に大きく吹き飛ばされる。
地面を転がり、砂と霧を噛みしめる。
視線を上げた瞬間、カイルさんが大きく刃を振りかぶっていた。
その刃が振り下ろされれば――ユウタさんは終わる。
――だめだ……!!
体が勝手に動いた。足が地を蹴る。
頭の中は真っ白で、ただ一つだけ理解していた。
――絶対に、その一撃だけは阻止する。
脳裏にラウガンさんの声が響く。
『速さそのものを、攻めの力に変換できる地点がその先にある。……そこに辿り着け』
焦りの中で、無意識に方程式が組み上がる。
【迅雷】の速力に、【跳躍】の爆発力を掛け合わせる。
今、上への力は要らない。
全てを――前に。
――ユウタさんは、絶対に……殺させない!!
次の瞬間、全身を駆け抜ける衝撃。
目の前の景色が流星のように伸び、世界が置き去りになる。
刃が空気を裂いた時、摩擦と魔力が干渉し、剣は紫電を纏う。
バチィィンッ!!
雷光を纏った剣閃が、カイルさんの身体を切り裂いた。
霧の中で轟音が響き渡り、紫の光が闇を裂く。
――スキル【雷刃】を習得しました。
カイルさんが崩れ落ちていく最中、頭の奥で無機質な声が響いた。
◇◇◇
稲光を纏った剣閃が、カイルの身体を切り裂いた。
轟音が霧を震わせ、紫電の残滓が暗闇を裂く。
「……っ!」
あまりの一撃に、俺は思わず息を呑んだ。
さっきまで互角に渡り合っていた相手が、一瞬で斬り伏せられた。
あれは……いったい。
カイルは地に伏し、口から血を吐きながらも、まだ意識を保っていた。
「すごいね……見えなかったよ……」
ミリアは震える唇を噛み、目を逸らそうとした。
だが、必死に正面からその姿を見据えていた。
俺は一歩踏み出し、剣を下ろして問いかける。
「カイル……ここまでして、守らなきゃならないものがあったのか?」
血に濡れた唇がわずかに動く。
「ああ……どうかな……。でも、俺が手を下さなくても、他の奴がやる……。なら、自分の手でやる方が良い……そんな感じ……かな」
「そんな……」
ミリアの声は震えていた。
俺はなおも問いを重ねる。
「……さっき言ってた、黒殻ってのはなんだ?」
カイルの目が、霧の向こうを見つめるように細められた。
「……今から目にするはずだよ……コフッ……!」
血を吐きながらカイルは最後の一言を絞り出した。
「もし次があるなら……皆で……じゃあ、そろそろ……行くよ……」
「……ああ」
俺は短く返した。
カイルの胸が上下し、やがて静かに止まる。
「…………」
俺はただ、その場に立ち尽くしていた。
共に剣を振るい、肩を並べて訓練をした。
だが、その手は同じ仲間を斬り、幾人もの命を奪った。
憎い。許せない。
――それでも。最後まで、俺の目に映った彼の横顔は、苦しげで、悲しげで……。
なぜだ。どうしてこんな道を選んだんだ。
答えはもう返ってこない。
胸の奥で、怒りと哀しみがぐしゃぐしゃに絡み合い、重く沈んでいった。
その瞬間――
黒い煙のような塊が、彼の体からじわりと漏れ出した。
揺らめき、蠢き、まるで脈動するように闇を孕んでいる。
「……これが……」
俺は言葉を失う。
「ユウタさん……」
ミリアが不安げに俺の手を握ってきた。
俺は強く握り返す。
これが、カイルの言っていた『黒晶』。
そして、ミリアがラウガンに対して感じていた得体の知れない恐怖――その根源に違いなかった。
手を伸ばしかけた、その時。
「それに触るな」
低く響く声に振り向くと、白銀の鎧を纏った壮麗な男が立っていた。
端正な顔立ち、鋭い眼差し、そして腰には聖剣。
「まさか……聖剣の勇者、テルヤ様!?」
ミリアが息を呑む。
テルヤはゆっくりと歩み寄り、落ち着いた声音で告げた。
「それは危険すぎる。君たちが触れれば命を蝕まれる。だから俺が預かる」
有無を言わせぬ気配を纏いながらも、その言葉には確かな説得力があった。
俺とミリアは息を詰め、やがて小さく頷く。
テルヤは黒殻を拾い上げ、鋭い視線でカイルの亡骸を見下ろした。
「安心してくれ。君たちの戦いは無駄にならない」
そして、振り返って俺たちを見据える。
「君たちがこの男を?」
「あ、ああ。事件の、犯人だ……」
テルヤは短く頷き、声を低める。
「そうか。感謝する。後のことは王国兵と俺に任せてくれ」
そう告げる彼の背は、霧の中でも揺るぎなく、誰もが頼れる“勇者”そのものだった。
だが――胸の奥に残ったのは安堵だけではなかった。
◆
テルヤと別れ、しばらく来た道と思しき方向へ戻っていくと、前方に二つの影が現れた。
ラウガンとレオン。
「……!」
思わず剣を抜いた。
「ユウタさん!?」
ミリアが慌てて声を上げ、レオンも狼狽する。
「なんだ、どうした?」
ラウガンが眉をひそめる。
「お前……『黒殻』ってのに、心当たりはあるか?」
短い沈黙。ラウガンは視線を伏せ、やがてため息をついた。
「ああ……ある」
「持ってるんだな?」
「持ってる。だが、これは扱いようだ。決して人を害するために使っているわけじゃない」
張り詰めた空気が続く。
しばしの沈黙の後、俺は剣を鞘に収めた。
「……そうか。信じよう」
ミリアはホッと息をつき、レオンは口をパクパクと動かして言葉を失っていた。
ラウガンが低く問いかける。
「それで、仕留めたのか?」
「ああ。だが、後は王国と勇者テルヤが引き継ぐんだと」
「勇者まで来てたのか……」
ラウガンは短く呟き、刀の柄を軽く叩いた。
「よし、報告しに戻るぞ。お互い、詳細はそこで話すことにしよう」
霧の奥に消えていったカイルの姿と、テルヤの背中が、脳裏にこびりついて離れなかった。




