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第12話 迫る影への備え

村長の家に案内されると、粗末ながらも温かな食卓が用意されていた。木の皿に盛られた根菜の煮込みと、香ばしく焼かれた黒パン。湯気の立つ素朴な料理の匂いが、長旅の疲れを少し和らげてくれる。


「こんな時勢で、大したもてなしもできず申し訳ない」

 村長は深く頭を下げ、白髪混じりの髭が揺れた。


「いえ、いただけるだけありがたい。いただきます」

 俺は思わず姿勢を正す。腹が減っているのは確かだったが、それ以上にこのもてなしに込められた気持ちを無駄にできなかった。


 ミリアもパンを手に取り、にこりと笑った。

「ありがとうございます。いただきます!」


 しばし食卓が温かな雰囲気に包まれる。だがやがて、村長の表情が沈み、声が低く落ちていった。


「……さて。本題に入らねばなりますまい」

「先ほども申しましたが、最近この辺りには魔物の群れが現れるようになりましてな。夜ごと畑を荒らし、家畜を奪っていく。村人たちは疲弊し、心まで擦り減っておる」


 俺とミリアは無言で耳を傾けた。


「王都やギルドへは、すでに救援を要請しました。しかしここは辺境ゆえ、兵が来るのは早くても数週間先……」

 村長は拳を握りしめる。

「それまでに村が持ちこたえられるかどうか……わしらにも分からんのです」


 ミリアが不安げに俺を見上げる。金色の瞳は揺れていた。


「特に厄介なのは――ゴブリンです」

村長は苦々しげに続けた。

「奴らは数を頼み、近頃は“群れを率いるリーダー格”まで出てきたと聞きます。村の男手だけでは、とても太刀打ちできませぬ」


「ゴブリンリーダーってやつか……」

思わず口に出し、俺はミリアに視線を向けた。

「それって、普通のやつと比べてどれくらい強いんだ?」


ミリアは小さく息を呑み、真剣な表情で答える。

「普通のゴブリンよりもずっと大きくて力も強いです。それに知恵があります……仲間に罠を仕掛けさせたり、連携を取らせたり。冒険者の中でも、慣れていない人は簡単に返り討ちにされます」


「……そんな相手が」

胸の奥に重いものがのしかかる。

追放された俺が、この村を守れるのか。

だが――ここで背を向ければ、本当に何者でもなくなる。


「……少しの間なら、俺たちも村を守れるよう力を尽くします」

 自分でも驚くほどはっきりとした声が出た。


ミリアが袖をぎゅっと握るのを感じる。

村長の目が大きく見開かれ、やがて深々と頭を下げた。


「なんと……! どうか、どうかお力をお貸しください……!」


家の中に重たい沈黙が落ちる。だが同時に、俺の胸には小さな火が灯っていた。


――次に来る戦いを避けられぬのなら。

せめてこの村の人々を、少しでも守りたい。


 

昨夜の村長宅での話を受け、俺とミリアは村の男衆と共に村の外れを歩いていた。


目に入ったのは、木材で組まれた簡素な防壁。だが、近づいた瞬間、胸の奥にざらついた違和感が走る。

無意識に【構造理解】を発動した。


視界がわずかに歪み、古びた柵の内部が線として浮かび上がる。木材の腐食、支柱の歪み、継ぎ目の緩み――。

「……この柵、ここが弱い。もし押されたら一気に崩れるぞ」


俺が指差すと、村人たちが顔を見合わせた。

「確かに……言われてみればそうだ」

「ここを補強すれば、だいぶ持ちそうだな」


そのまま防壁を強化するため、俺たちは伐採へと向かった。


森の奥で、乾いた斧の音が響く。村人たちは慣れた手つきで幹に刃を打ち込み、次々と木を倒していく。


俺も一本の木に手を当て、深く息を吐いた。

【構造理解】を発動すると、木目の流れが鮮やかな線となり、どこに刃を入れれば最も早く倒れるかが浮かび上がる。


斧を振り下ろすと、みしりと幹が鳴き、わずか数度で傾き始めた。

「……倒れるぞ!」

声を上げる間もなく、大木はごうんと音を立てて地面に沈んだ。


気づけば、周囲で作業していた村人たちが手を止めて俺を見ていた。

「やるなぁ兄ちゃん」

「同じ木でも、俺らの半分も斧を入れてねぇのに……」

感心混じりの声が漏れる。


ミリアがぱっと笑顔を向けた。

「やっぱりユウタさん、すごいです! これなら防壁も早く仕上がりますね!」


村人たちと肩を並べて作業を続けるうち、何本も木を倒していった。

スキルが、戦いではなく人を守るために役立っている。

 

ひと通りの伐採が終わり、汗を拭ったときだった。

「兄ちゃん、本当に助かったよ!」

「おかげで今日中に柵を補強できそうだ」

村人たちが笑顔で次々と声をかけ、何人かは力強く背中を叩いてきた。


「お、おい……」

思わず苦笑いがこぼれる。けれどその手の温かさに、胸の奥がじんわりと温かなっていくのを感じる。


ふと横を見ると、ミリアがにこにことこちらを見ていた。

「……なんだよ」

少し気恥ずかしくて声をかけると、彼女は首を振って、柔らかく微笑んだ。


「いえ、良かったですね、ユウタさん」


金色の瞳に映る笑顔は、村人たちの感謝とはまた違う温かさを帯びていて――強張っていた肩の力が、ふっと抜けていった。

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