9 四天王
いつもの喫茶店、シェリルと杢田はカウンターをはさんで話している。今日は隼斗は不在。そんな時は杢田がコーヒーを淹れるらしい。
「というより、元々私の店なんだがね」
「ああ、そうだったの」
杢田が淹れたコーヒーを初めて飲んだけれど、確かに隼斗のものよりも味も香りも上だった。それなのに、どこか物足りないような気がするのはどうしてだろう。
いや、そんなことは今どうでもいい。
「聞いてないわよ」
「ああ、言っていなかったか……それはすまない」
レンジャー部隊がドルネンファミリーの存在も知らずにただ利用されているだけであること。それを先に知っていたのなら対応が……変わらなかっただろうけれど、それでも。
「上層部は完全にドルネンが仕切っている。組織内はどこまでドルネンが絡んでいるか、改めてこちらで調査しよう」
現場で動くレンジャー部隊など、末端も末端。そんな彼らは組織の内部事情を知らなくても指示だけあれば動くものだ。知らせないほうが動かしやすい、というのもあるかもしれない。レンジャー部隊と入れ替わって出てきた事後処理犯も大半はそうだろう。
ただし、怪我人を乗せた車が向かった先は。
「あの病院は……そうだろうな」
「防衛組織の運営する病院?」
「そうだ。巻き込まれた怪我人を治療するための施設で、一般外来はない」
「ずいぶん分かりやすい奴隷市場だこと」
入った人数と出た人数は合わないことだろう。怪我の状態がどうあれ、悪化したと死亡したことにすればいい。混乱で行方不明だとか。
そうして他星に売られていく。子供や女はもちろん、若い男も肉体労働や従軍のために。
奴隷船に乗せられる恐怖、絶望。それをシェリルは知っている。そうして売り飛ばされた先での処遇は運次第だが、人として扱われる事などごくわずかだろう。
シェリルは本当に運がよかった。一歩手前でゼルハム船長に拾ってもらえたのだから。そうでなければ今頃は。
「……それと防衛組織に武器の技術班のようなものがあれば、そこも」
「供給ではなく、技術班か?」
「レンジャー部隊の使用武器、あれが星間条約で禁止されているものの改造ではないかと」
「確かか?」
「ほぼ。映像を見ての判断だけれど、うちの銃火器マニアが言ってたから間違いはないでしょうね。……念のためこれから確かめに行くけれど」
レンジャー部隊がシェリルとの戦闘の際に使用したエネルギー砲。あれがどうやら五年程前に製造も使用も禁止されたものと酷似しているらしい。
禁止の理由は『非人道的だから』。あれは充填されたエネルギーを放出するものだが、その際使用者からも生命エネルギーを吸い取って威力を増すものらしい。使用を続ければいずれ生命エネルギーが枯渇し廃人となり死に至る。
存在していた該当品はすべて廃棄処分されたはずだが、それを掻い潜ったか、あるいは。
「開発者は」
「星間指名手配中。ドルネンの保護を受けていると踏んでいる」
「その武器だが、奪えないだろうか」
「今はまだ。急ぎすぎると取り逃がすわよ」
「…………そうだな」
杢田は確か、弟子が防衛組織にいるのだったか。
ということは、レンジャー部隊のうちのどれかなのだろう。
「武器回収は近いうちにやるわ。そのためにも、まずはそれが本物かどうか確かめる」
「ああ。頼んだ」
「そっちも。内部調査頼んだわよ」
さほど高さのない商業ビルの屋上。シェリルはそこに陣取った。ちらりと下をうかがえば、"うちの銃火器マニア"ことザバシュがレンジャー部隊と対峙している。
『アレ、たぶんやばいやつだよ〜』
シェリルの戦闘記録を観たザバシュが言った。
『威力が高いってのもそうなんだけどぉ、生命エネルギーの使用量がやばいね〜。今すぐどうのって訳じゃないけど、使い続けたら数年で廃人になるよ〜…………というわけで』
眼下のザバシュがレンジャー部隊に向かって何かを言っている。集音装置を起動。
「ねぇねぇこないだシェリルに使ってたやつさぁ! あれ俺にも使ってよ〜! 見せて見せて〜! ねぇいいでしょ〜〜っ!?」
集音を切った。馬鹿じゃないの。
何が『というわけで、俺が行くね〜』だ。現物の確認をするだけではなく、実際に威力を体験するのがザバシュの目的だったようだ。頭痛がする。
「帰っていい?」
「まぁ……そうだな」
通信から返ってきた、別場所で待機しているブジーの呆れ返った声。たまにはみんなで一緒に行こうよ〜! と言われて全員で来たが、アレに撃たれて動けなくなった場合に回収して欲しいという意味だったらしい。馬鹿なのか。
何故オタクの酔狂に付き合わねばならないのだと踵をかえしたその時。
キュイン、と高音。挑発に乗ったレンジャー部隊がエネルギー砲を使用するらしい。向こうも馬鹿だったか。
「うひゃ〜〜〜〜〜っ!!!」
爆発音と共に馬鹿の断末魔もとい歓喜の声が響いた。
真正面からエネルギー砲を食らった馬鹿がその場に倒れ伏す。
「馬鹿だな!」
「ねぇ、行かなきゃ駄目?」
「馬鹿を回収される方が面倒だ」
はぁ、と溜め息をひとつ。確かに、あんな馬鹿でもドルネンファミリーにとっては利用価値がある。
ビルの縁に足をかける。高さは30メートル弱といったところか。この高さならば問題ない。軽やかに踏み切る。シェリルの鮮やかな紺色のマントがはためいた。自由落下。
「ぐえっ!!」
目標ポイントである馬鹿の上に過たず着地成功。
直後、愉快そうに笑いながら隣にドバスが着地した。
「シェリルひどい〜……」
「何!? 俺に踏まれたかったって!?」
「それはさすがに死んじゃうからやめて〜!」
「慈悲深い私に感謝することね」
ドバスの足元では舗装路が粉々に砕け散っていた。この巨体に降ってこられては、いかに外装の硬い魔神型とはいえザバシュも無傷ではいられないだろう。
「して、目的は?」
「それはばっちりだよ〜」
「ならば良い」
最後にふわりと降り立ったのはブジー。これで本来の目的を遂行していなかったのなら、流石のブジーも怒っていただろう。ザバシュは命拾いした。
「では帰るか、と言いたいところだが……」
バルバドス宇宙海賊団の四天王ともいえる幹部が全員揃った。それを見逃すレンジャー部隊ではないだろう。あちらはすでに臨戦態勢だ。
「この馬鹿はいかがいたす」
「私は嫌」
「暴れさせろ!」
シェリルとしては戦闘なんて面倒なことこの上ないが、馬鹿を回収するだけというのはなんの面白味もない。レンジャー部隊の相手をしていた方がまだマシというものだ。
「はぁ~あの二人は血の気が多――ぐえッ!!」
余計なことを言った馬鹿に無言で一発入れたブジーは、無言のまま馬鹿を引きずっていった。
「待て!」
「なんだ、俺たちとは遊んでくれないのか?」
追いかけようとしたレンジャー部隊の前にドバスが立ちふさがる。対峙するのは赤、青、ピンク。
赤が発砲。開戦。次々と打ち込まれる銃弾だがドバスは避けも防ぎもせずにそれを浴びる。
「ぬるいな。もっとよこせ!」
突進。巨体の割にかなり素早く動くドバスに反応が遅れたピンクがはね飛ばされる。間一髪で避けた赤と青がまわりこんで打撃をくらわせるが、ドバスの装甲は堅い。
「はっはぁ!!」
「――ッ化物が!!」
心底愉快そうな高笑い。地面に打ち付けられた拳が舗装を紙屑のように引き裂いた。散らばる破片と砂埃。それを目の端で捉えながら、シェリルは剣を引き抜いた。
「ねぇ、ショッピングして帰りたいの。荷物持ちをするのなら見逃すけれど」
「残念だが遠慮しておく」
「そう。この私を振るなんて良い度胸ね」
短く返答した緑が長剣を、それから黄色が短剣を構える。黄色が楽しげに声をあげた。
「行くならあっちのデパ地下の方が品揃えいいよ。おねぇさんッ――!!」
素直に指差す方向を見てやったシェリルの首めがけて黄色が突っ込んでくる。見え透いたフェイクすぎて逆に面白い。黄色の方を見もしないで防いでやる。
でも、デパ地下ねぇ。確か日本のデパートというのは。
「こういう時は食べ物じゃなくて服やジュエリーの品揃えで店を選んだ方がいいわよ、坊や」
「は? あそこのシュークリーム本当に美味しいんだぞ!」
「ああそうなの。じゃあ今度買ってみるわね」
言外に「餓鬼はお呼びじゃない」と黄色の腹を蹴り飛ばす。入れ替わるように緑が来た。上段からの剣をなんなく止めて押し返す。腹を突こうとしたが防がれた。返す手で払われ、続けて剣が迫る。
「へぇ。この前よりは頑張るじゃない」
「それはどうも……!」
振り下ろされた剣を勢いを殺しつつ受け止める。さてどうしてやろうか。シェリルがそう考えた一瞬。視界の端に捉えていた黄色が銃を抜いた。
すっと力を抜く。体重移動、緑の身体の陰に入る。直後、連続して銃声。シェリルに当たるはずだった銃弾はすべて緑の背中に命中。
「ぐあっ!?」
「なっ……ヒキョウだぞ!」
「どこが?」
緑が膝をつく。黄色が喚く。せっかく少し楽しくなってきたというのに、今のでシェリルのやる気はゼロに戻るどころかマイナスに振りきった。
剣をしまう。ショッピングをするテンションでもなくなってしまった。母船に帰ってシャワーを浴びたい。
「はぁ……興ざめね」
ガシャンと大きな音がして緩慢に振り向くと、看板が落下していた。民間人の悲鳴が響く。人的被害は出ていないようだが、もしかして黄色の銃弾が当たったのだろうか。
「おい! 銃は気を付けろとあれほど……!」
「えー? 別に処理班があとで直すんだからいいじゃん。上からも気にするなって言われてるし。グリーンってば、なんでそんなにいっつも怒るわけ?」
なるほど。そうやって被害規模を大きくして色々隠蔽しているわけだ。思わぬところで内情が聞けた。これを持ち帰れば今日の成果としては十分だろう。
そう帰ろうとしたところで別方向から悲鳴。
今度は何だとそちらを見れば、目に飛び込んできたのはレンジャー部隊の猛攻を受けるドバスの姿だった。あれでは流石にダメージを受けているはず。なのに、引きもしない。そんなドバスの背後にはうずくまる人影があった。四人。大人と子供が二人ずつ。
「なにあれ楽しそう! 俺も入れて!」
「何を言っているんだ! まずはあの人たちを救助するのが先だ!」
「グリーンこそ何言ってんの? あいつ捕まえるチャンスじゃん。それに、怪我したって事後処理班が手当てするでしょ。あんなところにいる方が悪い」
てな訳で、お先に~と黄色は加勢に駆け出していった。
「……あなた達の方がよほど海賊らしいわね」
「ッ、」
「ほら、突っ立ってないで行くわよ」
返事は待たない。シェリルは一跳びでドバスの背後に回り込み、小さな子供二人を抱き上げた。
意図を理解したのだろう、一拍遅れて緑が追って来る。たぶん単純な力は緑の方が強い。大人を任せようと目線を投げると、向こうもそのつもりだったようで大人二人を軽々抱き上げていた。
そのまま安全圏まで退避。
「ドバス、もういいわよ」
「おう! ありがとな!」
「もっと早く言いなさいよ」
「グリーン! 何をしているんだ!」
「裏切るつもり!?」
「民間人の救護がどうして裏切りになるんだ」
緑がちらりとシェリルを見る。それに追い払うように手を振って答える。意図は通じたようで、緑は仲間の方へと駆けていった。感謝する、と一言残して。
「あ、あの……ありがとうございました」
「……ああ、いいわよ」
救護した大人のうちの一人、男の方がシェリルに声をかける。一見して大きな怪我はなさそうだ。ほかの三人も同様。顔色も呼吸も、まぁ正常の範囲内だろう。
「家族?」
「はい」
「そう。では、歩けるなら今すぐここから移動しなさい。レンジャー部隊の手当てを受けるのはお勧めしない。怪我をしているのなら家の近くの診療所で個人的に診てもらいなさい」
「え、いや、でも……」
「判断は自由。けれど、忠告はした」
父親も母親もまだ若く健康。子供なんて格好の餌食。あの病院なんかに行ったらまず間違いなく帰っては来ないし、家族は二度と会うことはないだろう。
理由など、いくらでもでっち上げられる。
そんな事を明け透けに言えるはずもないし、言ったところで信じるはずもないだろうが、忠告するのはシェリルの自由。
それだけ伝えて、シェリルはやっとその場をあとにした。
ドバス? 知らない、自分で帰ってくるでしょ。
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ザバシュはアレです。敵幹部の中で最後まで生き残って、ラストの映画で次の戦隊との引き継ぎのために倒される係。