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8 レンジャー部隊 side:HAYATO



 レンジャー部隊。


 外星人による犯罪防止と、その対処のために設立された治安維持部隊。国家による事業ではないが、軍や警察と連携して犯罪者の確保にあたっている。

 レンジャー部隊として表立って活動しているのは五人。

 色違いの強化スーツで身体能力を向上させ、一般的に力が弱いとされるヒューマン型でありながら魔神型、モンスター型の外星人とも戦えるようになっている。

 フルフェイスのヘルメットを装着し、黒のシールドを使用していて顔は完全に見えない。これはプライバシーの保護のためだが、犯罪者による逆恨みのトラブルを防止するためでもある。


 これが、民間人によるレンジャー部隊への認識だ。



 ここはそのレンジャー部隊の東京本部。

 都心の一等地に自前のビルを構えており、広い敷地内には別棟の関連施設もいくつかある。

 そのひとつ、レンジャー部隊の訓練施設。その脇のベンチに座る若者がひとり。


 切れ長の涼し気な目元に、すっと通った鼻筋。茶色の髪をうしろで一つに結わえている。体つきは細身ではあるが、しっかりとした筋肉がついているのがわかる。


 そんな世の女性の心を掴んで離さないであろう男の顔は、今は暗く沈んでいた。


 その男――――隼斗の手にはスマートフォンが握られている。そこに映し出される映像を、もう何回見ているだろう。訓練用の模擬刀をベンチに立てかけたままにして。


『バルバドス海賊団のシェリルだな』


 映像から流れる自分の声に嫌気がする。

 まだ、この海賊を悪としか認識していなかった自分の声。


 小さな画面の中で戦闘が始まる。

 隼斗たちの戦いはそれはひどいものだった。それを差し引いても、このシェリルという女がすごかった。

 銃弾を剣で切り落とし、かつ長剣と短剣という間合いの違う剣を軽々と捌いていく。太刀筋はしなやかで大胆。それでいて、いっそ優雅ですらあるから不思議だ。

 自分たちとは、まるでレベルが違う。五人揃ってでも敵わないのだから。


 キュインと耳障りな音。

 仲間が構えた銃の音だ。それに反応したシェリルが一瞬眉をひそめ、そして跳躍。


 あの時、彼女が跳んだ先には民間人がいた。逃げ遅れたのだろう、花壇の陰にうずくまった女性。

 隼斗はその時、彼女がその女性を盾にするのだと思った。

 海賊とはなんと卑怯なのかと、そんな事はさせるわけにはいかないと走ったその先で聞いたのは、「頭を守って伏せていなさい」という言葉だった。

 同時に、フェイスシールドが何かを感知した。シェリルの後ろ、女性の前に出力された透明なもの。防衛システムによる盾だった。


 隼斗が、敵である自分がそこにいることなど分かっていただろうに、まるで意に介さず。

 放たれたエネルギー弾を輝く白銀の剣で受け止め、流し、打ち返す。その美しく洗練された動きを、隼斗はただ呆然とみていた。


 

「そんなところで何をしている!」

「龍我……」


 画面からはっと顔を上げる。つかつかとこちらに向かって歩いてくる男は龍我という。レンジャー部隊では赤い強化スーツを身に纏い、リーダーとして先頭に立っている男。

 隼斗はこの男とはあまり反りが合わない。いや、この男に限ったことではないが……。


「携帯などいじっている暇があるのか。だから海賊なんかに遅れを取るのだ貴様は!」

「遅れを取ったのなんてお互い様だろう」


 ため息が出る。龍我たちも三人がかりでエネルギー銃を撃っておきながら、それを打ち返されていたというのに。

 己のことは棚に上げているのか、打ち返された記憶がなくなってしまったのか、それとも己だけは互角に戦えたと思い込んでいるのか。そのどれでもいっそ構いやしないが、散々な言われようにカチンとくる。


「貴様……何が言いたい!」


 龍我に見えるようにスマートフォンを掲げる。先程のSNS、動画についたコメントの中の情報を隼斗はきちんと拾っていた。


「バルバドス宇宙海賊団。あの人達は天の川銀河連合所属の私掠船だ。俺達が聞いていた情報とは違ってな」


 隼斗たちは上層部から彼らを「悪逆非道の海賊」と教えられていた。数々の犯罪を例に挙げられ、そんな犯罪者が地球に来てしまったと。街のいたるところにつけられた監視カメラ、そこから彼らを見つけ出し、即捕縛せよと。場合によっては戦闘中に死なせてしまって構わないとさえ。


 偶然に撮影されたあの映像が出回らなければ、今もそれを信じていただろう。

 誰かがコメント欄に載せた「外国の私掠船一覧には載っている」という情報に隼斗は驚き、自ら各国の情報を集めた。レンジャー部隊所属という身分を使い、政府の宇宙軍にも問い合わせた。


 その結果は。


「SNSなど信じているのか。そんなデマに振り回されて、愚かだな」

「愚かなのはどっちだ」 


 自分の間違いを認めず、真実から目を背けるほうが愚かだ。


「何の罪も犯していない人たちを誤認逮捕。しかも民間人を巻き込んで、そんなのが許されるとでも思うのか」

「海賊は海賊というだけで罪だ!! 海賊はすべてが卑劣で低俗な集まり、どうせ奴らも犯罪者なのだから捕縛の命令が出たんだろう」

「それが間違いだったと――」

「上層部が間違っているとでも言いたいのか!!」


 龍我がいっそう大きな声で怒鳴る。顔を真っ赤にして、持っていた模擬刀でベンチを叩き割った。


「あの方達は間違っていない! 海賊は殺すべきなのだ、いついかなる時でも!!!」

「民間人を犠牲にしてもか」

「当たり前だ!! 民間人などレスキュー班に任せておけばいいのだ!」

「犯罪者から市民の平和を守るのが俺達の仕事だろう」


 当たり前、なんてそんな事はあるはずがないのに。

 犯罪者であれば捕縛する、民間人は巻き込まないよう配慮する。それがどうしてここでは普通ではないのか、隼斗はずっと疑問だった。今回の件で、疑問は疑惑にかわった。


「民間人よりも犯罪者に専念しろ、これはあの方たちからの命令だ!! 貴様はそれに背く気か!!!」


 そんなことだから貴様は落ちこぼれなのだ、だいたい――――と、声を荒らげて龍我の話はそれていく。隼斗がいかに落ちこぼれで駄目か、という方向に。こうなったらもう止められない。こちらの話など一切聞く耳を持たなくなる。


 はぁ、と隼斗はこっそりとため息をついた。


 確かに、ここでの隼斗の評価は低い。腕は立つが、周囲に気が散りすぎていると何度も言われている。


 けれど、それを直すつもりはない。

 民間人に怪我をさせていいなんて隼斗には思えない。


 龍我や他のメンバーは、レンジャー部隊の上層部を盲信している。彼らの言うことは絶対で、彼らこそが世界で一番正しいと信じてやまない。

 これは過去、四人はそれぞれ海賊に拐われそうになったところを上層部の人たちに助けて貰ったことがあるらしい。そしてレンジャー部隊の実行隊となるため育てられた。


 レンジャー部隊の五人のうち、隼斗だけが外部からの志願兵だ。

 だからだろう、他のメンバーと温度差があるのは。


 隼斗と彼らの間には深い溝がある。最初のうちはそれを埋めようとした。次に、溝が埋まらなくとも心情を理解しようとした。

 けれど、今は。


 龍我はひとしきり隼斗をこき下ろすと、肩を怒らせてどこかへと歩いていった。残された隼斗は、半分壊れたベンチに座り直した。

 スマートフォンの画面には、一時停止したままの映像がまだ映し出されていた。



 隼斗はただ、ヒーローになりたかった。

 だからレンジャー部隊に志願した、それだけなのに。


 画面に映る、長い銀髪。

 自分たちは、何もしていない海賊にいちゃもんをつけ、こっぴどく負けた。そのうえ、民間人を守られた。

 この海賊のほうが、よほどヒーローだ。


(もっと、俺が強ければ……)


 何かが変わるだろうか。

 何かを変えられるだろうか。


 包帯が巻かれた手をじっと見る。「ハヤトならできるわ」そう言ってくれた人を思い出す。


 シェリーもあの海賊と同じ、煌めく銀色の髪をしている。一見冷たい色をした、けれど好奇心に溢れた瞳の人。あの美しい人に「できる」と言われた、本当に強くなれる気がした。


 けれど、どうしてこんなにもままならぬものかと。


 隼斗はスマートフォンをポケットにしまって立ち上がる。

 強くなりたい。せめて、シェリーのできるという言葉だけは裏切らないようにしたかった。


 ベンチが壊された衝撃で転がっていた模擬刀を拾い上げる。

 刻印された緑色のエンブレムを無意識に伏せて、隼斗は歩き出した。






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