7 拡散
「シェリル、どこ行ってたんだ?」
「ちょっとね」
バルバドス宇宙海賊団、船長室。
ゼルハム船長の元に集まった四人の幹部たちは、特に緊張するでもなくソファーやバーカウンターで寛いでいる。
彼らにとって、ゼルハムは船長であり父でもある。海賊団の団員はもれなく全員、下働きまで含めて家族。それがこのバルバドス宇宙海賊団の考え方だ。
「男でもひっかけた~?」
「そりゃ親父が黙ってねぇぞ」
「シェリルは今や時の人。男の方から寄ってくるであろうな」
「は? なにそれ」
なにやらクスクスと笑う三人に、シェリルは眉根を寄せる。何の話か分からないけれど、なにか小馬鹿にされているのは分かる。
「シェリル……」
「パパ。違うから」
ゼルハム船長はというと、男という言葉になんとも悲壮感たっぷりの声を出す。彼はシェリルにだけこういう態度になるのだ。他の男どもに恋人ができようが何しようが気にしないのに。
部下の女クルー達にそう愚痴をこぼしたところ、「父親ってそんなもんですよぉ」とケラケラ笑っていたので、まぁこんなもんなのかと思うようにしているがいかんせん面倒くさい。ものすごく。
「そんなことより報告は?」
「すっごい露骨に話題変えるじゃ〜ん」
ザバシュが笑うが無視をして、昨日ゼルハム船長に護衛としてついていったブジーを睨む。早くしろ、という圧をかけるとブジーは肩をすくめて報告を始めた。
「あちらの態度は概ね良好。ドルネンファミリーの一掃および首領ドルネンの捕縛に協力、という意思に相違はないと判断した」
今のところ裏切りの可能性は低く、もし裏切られるとしても今すぐではない。当面の間は利用し合う関係性を維持できそうだ。
「それから、やはり情報操作がされているようだ。我らの存在はニホンにいる限り入手不可らしい」
「えぇ、ニホンだけぇ? 隣の国に行けばいいだけなの〜?」
ザバシュが反応する。しかしこれにはシェリルもドバスも驚きを隠せない。てっきり、地球規模の話かと。
「そのようだ。この国の民はとても内向的で、ほとんどが国内から出ないらしい。宇宙はもちろん、国外へも出ることなく一生を過ごす者が多いのだと。言語も独自で、共通語の使用もままならぬ」
シェリルははじめてあの店に行った日の隼斗を思い出した。共通語を使っていはいたが、確かに得意なようには聞こえなかった。
「なるほど。そんな内向的な種族のうちの少数が他国へ行ったところで、わざわざこの星にいない海賊を調べる訳も、調べたところで広める訳もないってことね」
「そんなんだからアイツらに目ぇつけられるんだぜ」
ドルネンファミリーとしては、さぞやりやすかっただろう。この時代に半分閉じられたような世界で生きる人々を掌握するのは。
「そう。だから奴らはこの国を選んだのだろう。治安維持部隊の設立という慈善事業のフリをすれば、人心掌握など容易い。民の信頼を得てしまえば、あとはどうとでもできる」
範囲が限定的だったから、早く深く食い込めた。けれど、根深いということはそれだけ逃げ足は遅くなる。こちらの動き方しだいで、捕縛の可能性はあがる。
「……そこでだ。手始めとして、我らバルバドス宇宙海賊団の存在を国民に明かすのが良いだろうと結論が出た」
「情報統制されている自覚を持たせるという事ね」
「そうだ。バルバドス宇宙海賊団という天の川銀河連合軍所属の海賊がいて、公認私掠船であるにも関わらずレンジャー部隊が排除しようとしているのは何故だ、という風潮に仕向ける」
「それでレンジャー部隊に不信を抱かせる」
群集心理は大きな武器になる。
内向きの国民性とは、異物の排除にためらいがないものだ。自分達に不利益をもたらすもの、自分達とは違うもの。一度敵だと認識したものには容赦なく攻撃する場合が多い。
「そのためにまず我々の誰かが、どうにかして脚光を浴びるという無理難題を日本宇宙軍から押し付けられた訳だが……」
「そんなのザバシュが得意でしょ? やれば?」
「俺だってやりたかったよぉ〜! シェリルのば〜か!」
「は?」
唐突に罵られて、シェリルの声が一段低くなる。さすが海賊、喧嘩っ早い。
椅子から腰を浮かしかけたシェリルの目の前にずいっと押し出されたのは携帯端末だった。表示されているのはこの星で利用されているSNSのようだ。そのいちばん上の投稿に張り付けてある動画。そこに映っているのは昨日のシェリルだった。
手元の飲料から始まる映像は、「きゃあ!」という叫び声に反応して画面が揺れる。道路の反対側にピントが合って、撮影者のものだろう「なに?」という声が入る。どこかの星の言語を叫び、走る男。振り向き、それを回し蹴りで沈めたシェリル。
そんな動画が『お姉さんかっけぇーー!』というコメントと共に貼り付けられていた。
「どうしたものかと悩みながら帰ったら、すでにシェリルが話題になっていてな」
「昨日からすげぇバズってんだよ。知らなかったのか?」
「まったく」
「ずるい〜〜〜〜〜〜!!!」
いまこの瞬間にもくるくると回り続ける表示回数とリポストのカウンター。コメントもどんどん伸びていく。「それからこれも」と示された別のポストはレンジャー部隊との戦闘の動画が貼り付けられていた。こちらも再生回数がくるくると回っている。
シェリルはつい、と画面をスクロールする。コメントが流れていく。
○○○ @…………
お姉さん海賊!? 戦闘すっげ
△△△ @…………
バルバドス海賊団? って検索しても出てこないんだが
□□□ @…………
海賊ってじゃあ悪いやつやんけ排除しろ排除
◇◇◇ @…………
返信先:□□□さん
ほんそれ。何負けてんだレンジャー
□□□ @…………
返信先:□□□さん、◇◇◇さん
でもなんかバルバドス海賊団って
私掠船って噂あるけどホントかね
◎◎◎ @…………
日本のホームページにはバルバドス海賊団って載ってなかったんだけど、海外の宇宙軍ホームページには私掠船一覧のなかに発見。とりあえずアメリカとロシアとフランス
http ;//………………
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◇◇◇ @…………
お姉さん悪い人じゃないじゃん! 何やってんのレンジャー!?
▽▽▽ @…………
海賊なんて全員悪いやつだろ
☆☆☆ @…………
私掠船なら悪い海賊とかを狩る海賊だよ
しかも天の川連合軍の公認らしいし
「……露骨すぎない?」
「これだけの騒ぎだ。バレることはないだろうよ」
コメントの中に諜報部門のポストと思われるものがいくつかある。情報だけでなく、擁護するコメントも非難するコメントも諜報部門は書き込んでいる。そのどれもにコメントやリポストがついているが、ひったくり犯を撃退した動画と合わせてシェリルおよびバルバドス宇宙海賊団を好意的に捉える者のほうが多いようだ。
それに比例してレンジャー部隊を非難するコメントが増えていく。
「ああ、それから我々の認識でひとつ間違いがあった」
「何?」
「そのレンジャー部隊。彼らには己とドルネンファミリーが繋がっているという認識はない」
「……それ本当に?」
「ああ」
「うっわ、カワイソ〜」
確かにシェリルはそこを杢田と擦り合わせたことはなかった。当たり前に、繋がりがあり共犯だと思っていたから。
彼らはただ防衛組織に志願した正義感溢れる一般人だった。
まさか自分達が違法武器取引や人身売買に荷担しているとは思っていないということだ。
彼らもまた、ドルネンファミリーの被害者。それも、被害者になれないタイプの被害者だ。
「だからって、どうすることもねぇだろ」
「ああ。せいぜい利用させてもらうだけだ」
「……そうね」