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6 早朝



 ――――――夢をみた。


 灰色の空から降り注ぐ爆弾。もともと壊れかけていたモノクロの街が一瞬で瓦礫の山に変わっていく。立ち上る黒煙。燃え盛る炎だけが赤く、赤く。

 視界が滲む、息ができない、足がもつれる。倒れた地面は固くて身体中が痛かった。

 

 暗転。


 薄暗い部屋。ぎゅうぎゅうに詰め込まれているのは女と子供。エンジン音とすすり泣き。すえた臭い。

 手首に繋がれた鎖がじゃらりと音をたてる。


 暗転。



 

(――――……最悪)


 嫌な夢だった。あの頃の記憶をなぞった夢。

 自室のベッドで目覚めたのだと理解するまでに時間がかかった。ここはバルバドス宇宙海賊団の船内で、シェリルの部屋。瓦礫の中でもない、嫌な臭いもしない。ましてや、手首に鎖などついてはいない。 

 それをひとつずつ確認して、やっとシェリルは詰めていた息を吐き出した。

 

 だるい身体を無理に起こして、熱いシャワーを浴びてもまだこびりついている夢の残滓。

 開けたクローゼットの中、母星の服を着る気にはなれなくて先日購入したばかりの地球の服を手に取った。やわらかい繊維を編んだ、肌触りの良いワンピース。優しく包まれるような着心地は今の精神状態にちょうどよかった。

 

 音もなく船を抜け出したシェリルは朝の道を歩く。

 

 人で溢れかえる日本の朝を初めて見た。

 駅へと吸い込まれていく人間、駅から吐き出される人間。ここが繁華街だからだろう、出てくる人間のほうが圧倒的に数が多い。彼らは皆まっすぐ前を向いて、無言で歩いていく。だいたい似たような方向へ、似たような服を着て、似たような髪型で。ヒューマノイドの集団だと言われても納得してしまいそうだ。


 そんな彼らの流れから外れて、少し歩いたところ。

 時が止まったかのような木製の扉。


 ここまで来てはじめて、シェリルはこの喫茶店の営業時間を知らなかった事に気づいた。どうやらそうとう気が滅入っているらしい。

 開いていなかったら帰ろう。そう思いながら握ったドアノブは思いの外軽く動いて、カラコロとベルを鳴らした。


「シェリー、おはよう」

「……おはよう、ハヤト」


 ほっと息を吐く。扉だけではなく、店内だってやっぱりいつも通り時が止まっていた。それもずっと昔、シェリルの生まれるよりもっと前から止まったまま。

 ここへ来ると妙に安心するのはそのせいだろうか。


「今日は早いんだな」

「ええ、ちょっとね」

「仕事は休み?」

「いいえ。……残念だけど、少ししたら行かなければ」


 今日はゼルハム船長とブジーが持ち帰ってきた情報を共有して今後の作戦をたてなければならない。それから、シェリルが昨日行った戦闘とその後の観察結果についても。


 


 昨日、あの戦闘のあと。

 目視で女の無事を確認したシェリルはその場から立ち去った。本船にすぐに帰ったのではなく、近くの建物の屋上に隠れ、戦闘後のレンジャー部隊の様子を探ったのだった。

 

 結果。

 レンジャー部隊はすぐにどこかへと帰っていった。

 そこに入れ替わるようにして出てきた部隊がいた。その部隊は戦闘後の事後処理班らしく、揃いの白い衣服に身を包んで怪我人の救護や応急処置、建物の損壊状況の確認を行っていた。

 複数の怪我人を乗せたバスが走り去るまで、シェリルはそこでその様子をじっと見ていた。



  

「大丈夫か? 顔色がよくないな」

「平気よ。少し嫌な夢をみて、そのせいね」


 ちらりと目をやったカウンターの端は無人。今日は杢田はいないらしい。だからだろうか、素直に言葉が出てきてしまった。

 弱さを見せるような言葉。

 しまった、と思った。けれど同時に隼斗なら大丈夫だとも。何故かは分からない。

 

 カウンターにコーヒーを置いた隼斗がシェリルの顔を覗き込む。ふむ、と少し考えて

 

「食欲は?」

「どうかしら……普通?」

「そういう時は何か食べた方がいい。甘いのとしょっぱいの、どっち?」

「……甘いの」

「よし、待ってろ」


 隼斗はカウンターの向こうに引っ込んで、なにやら準備を始めた。玉子を割って、白い……ミルクだろうか、カチャカチャと混ぜる。それをぼんやり眺めていたシェリルだったが、ふと気付く。


「その手はどうしたの?」

「ああ……これは……」


 右の手首に包帯が巻かれている。よく観察すると、着ている黒いシャツの合間からも胸に巻かれた包帯が見えた。


「言いにくい事なら……」

「いや、そうじゃない。……俺は剣術をやってるんだが、」


 何故か気まずそうな顔をして、言葉を選ぶようにゆっくりと隼斗が話し出す。手元から視線が外れることはなかった。


「昨日当たった人に負けたんだ。……恥ずかしながら、俺の実力が足りなくて」

「強かったの?」

「ああ、凄く。強かったし凄かった。剣技が本当に綺麗で戦闘中なのに思わず見とれたくらいだ」


 日本にはそんな人間もいるのか。

 シェリルも剣を嗜む者として興味がある。この土地特有の技術があれば一度見ておきたいものだ。

 

 そういえば。昨日戦ったレンジャー部隊の緑色は長剣使いだったが、太刀筋がまっすぐでとても気持ちのいい剣をしていた。

 剣技というのは性格が出る。性格というか、心持ちというか。きっとあの太刀筋と同じ、まっすぐな性格なのだろう。


「もっと強くならなきゃな」

「ハヤトならできるわ」

「そう思う?」

「ええ。だってあなた、真面目に鍛練しているでしょう? そういう手をしている」

「よく気付くな、そんなの。……でも、ありがとう」


 フライパンを握る隼斗の手が、傷だらけなのが見える。マメがつぶれた跡と、剣ダコも。こういう者は強くなるのをシェリルは知っている。

 たぶんレンジャー部隊の緑もそう。あれはまだ発展途上だろう、これからどんどん強くなるはずだ。

 

 そういう者と戦うのは楽しいから好きだ。いつだって新鮮で、驚かされるから。そう考えると、今後の楽しみができたような気がしてシェリルの心は少し上を向いた。


「さ、できたぞ。お待ちどうさま」

「これは?」

「フレンチトースト。ホイップクリームとシナモンはお好みでどうぞ」


 シェリルがはじめて見る食べ物だった。

 焦げ目のついた黄色いパンからはふわりと甘い香りがする。ナイフで切り分け口にいれると、外側はカリカリで内側はじゅわりとやわらかい。


「おいしい。ハヤトは料理ができるのね」

「基本的なものならな。でもそうか、外星にはフレンチトーストはないのか。コーヒーはあるのに不思議だな」

「食材は同じでも、料理はその星によるから」


 例えば、コーヒーといえば特定の特徴を持つ樹木の実の種子を加工したもの、またはその樹木や実、種子そのもの。食材としての玉子は主に鳥類の家畜の卵を指す。それぞれどんな見た目の樹木、鳥類かは星による。

 コーヒーは焙煎したものを抽出して飲む。玉子は茹でる、焼く。調理方法はどこの星も大まかには変わらないけれど、そこからのアレンジはまさに星の数、否、星の数よりもよほど多い。

 

「なるほどな。コーヒーゼリーに外国人が驚くのと一緒か」

「ゼリー……固めるの? コーヒーを?」

「ああ。食べてみるか?」

「興味はあるけれど、今度にするわ」


 フレンチトーストでずいぶんと胃が満たされてしまった。甘いけれどくどくなく、重くもない。そして何よりコーヒーに合うこの食べ物をシェリルはすっかり気に入った。この優しい余韻をもう少し味わっていたいから、コーヒーゼリーとやらは次回にする。


「ん、顔色もよくなったな」

「おかげさまで。とてもおいしかったわ」

「またいつでもどうぞ」


 時間を確認する。そろそろ行かないと。

 コーヒーとフレンチトーストとちょっとした会話。ただそれだけなのに、ここに来たときよりも随分と身体が軽くなった気がするから不思議だ。


「ありがとう、今日も頑張れそう」

「どういたしまして。それから、こちらこそ元気をもらった。ありがとう」


 カロンと鳴るベルに送られて、シェリルは来た道を戻っていく。相変わらずのたくさんの人、今度はその流れにのって。






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