5 会敵
数日後。
杢田から指定があった会談日は本日。場所は地球から程近い小惑星。そこは地球人が外星人と接触する際に使用する緩衝地域のひとつだそうだ。その中でも、特にこれといった特徴もなく施設も最小限の星。地球からの距離もそこそこ離れているので、要はあまり人気がなく使われる頻度の少ない目立たない場所。
そこにバルバドス宇宙海賊団からは船長であるゼルハムと、護衛としてブジーが。日本宇宙軍からは大将の来賀と側近の黒鳥という者が。
シェリルと杢田はお互いにお互いが不参加なのに驚いたが、杢田は直接手を出せないと言っていたし、シェリルは護衛任務ならばブジーのほうが適任だと判断しただけ。
そしてシェリルは今、東京都内のオフィス街を一人で歩いている。
さすがにこのあたりは近代化が進んでいるが、建物の外観はどことなくレトロだった。昔風というよりも、昔からある建物を近代的に改修したのだろう。どの建物もそんな感じだから、統一感があってノスタルジックな街並みに見えている。これはこれで、なかなか面白いものだ。
シェリルは紺色のマントをはためかせて歩く。
目的地は特にない。
今日のシェリルの任務は陽動。近隣の小惑星で秘密裏の会合が行われているなんて、ドルネンファミリーに勘付かれては意味がない。念のため地球でレンジャー部隊と衝突しておこうという、ふんわりとした作戦だ。大々的に行動を起こすとかえって怪しまれるから、いつも通りの小競り合いに留めておく。
そこにシェリルが選ばれたのは、まだシェリルだけがレンジャー部隊とやりあっていないからという何ともありがたくない平等精神のおかげだった。
それにしても。
ザバシュやドバスは「何もしなくても向こうから来る」と言っていたけれど、本当だろうか。
そのために今日は地球で買った変装用の服ではなく母星の普段着、日本では目立って仕方ないビキニアーマーを着ているというのに。先程からなんとなく歩き回ってみてはいるものの、そんな気配はない。そこら中から視線は感じるが、それはすれ違う一般市民からの視線だし、ひそひそと囁かれる声はどれも「美人」とか「スタイルよすぎない?」とかなので悪い気はしないしむしろちょっと気分が良い。
けれど、このまま歩き続けると悪目立ちするのは時間の問題。さてどうしようか……と思案したところで。
「きゃあっ!」
背後から悲鳴。振り返る。地面に転がった女とこちらに走ってくる男が目に飛び込んできた。男の手には不相応な可愛らしい空色のバッグ。強盗と判断する。
「○◆▽**○@!!」
男が突っ込んでくる。何か吠えているが聞き取れない。シェリルの翻訳装置は今は地球とその周辺星の言語に設定されているから、このあたりの星の者ではないのだろう。
男が来る直前、シェリルはすっと左足を退いた。そのままそれを軸にして一回転。右膝が男の鳩尾にめり込む。
吹っ飛んだ男の手からバッグが転がった。
「大丈夫?」
「あ、は、はいっ……!」
落ちたバッグを拾って届けると、地面に座り込んでいた女はぽかんと口を開けていたけれど、はっと我に返ったのか勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございました……!」
「どういたしまして」
見たところ、膝を擦りむいているくらいでたいした怪我はしていないようだ。このくらいなら大丈夫だろう。
それよりも。
(この男はどうしようかしら)
強盗犯の男は完全に伸びて道路に倒れている。これを警察組織に届けるのは面倒だ。無視をして立ち去ってもいいが、今日の目的を考えると……。
「そこまでだ! この悪党め!」
なんて都合のいいタイミング。
この騒ぎに駆けつけたのは、報告で聞いていた通りピッチリとした強化スーツに身を包んだ五人組。フルフェイスのヘルメットで顔を完全に隠しているからよくわからないが、今大声を出していたのは真ん中の赤いのだろう。
「その方たちを解放してください!」
「か弱い一般人をいじめて恥ずかしくないの?」
ピンク、黄色が順番に喋った。と、思う。たぶんあっているはず。
「え、あの、……?」
これに困惑しているのはシェリルの傍らに佇む女だ。周辺の野次馬たちも、強盗犯が被害者だと決めつけられている事に理解が追い付いていない。
「あなた、私から離れなさい」
「で、でも……」
「気遣いありがとう。でも、これ以上巻き込んでしまうのは本意ではないから。さあ行って」
「はい……」
小声で言って、そっと背中を押す。納得いかない顔で、それでもジリジリ下がっていく様子に少し笑ってしまった。
「バルバドス海賊団のシェリルだな?」
「ええ、そうよ」
たぶん緑色が発したであろう、”海賊”という単語に野次馬たちがざわついた。
いや、それより
(今の声、どこかで……)
落ち着いた低めの声がやけに耳に残る。声なんて記憶としては一番不明瞭なもの、けれど何かがひっかかって思い出そうとしたけれど。
「街の秩序を乱す者は排除する!」
そう叫ぶやいなや銃を発砲した赤の行動に驚いて、思い出すはずの記憶が霧散した。
撃ち込まれたすべての弾丸はもちろん展開済みだった防衛システムにより防がれシェリルの足元に転がったけれど、そういう問題ではない。
(まだ民間人がいるでしょう)
避難指示も何もなく、突然の発砲。驚いた野次馬たちが一斉に逃げ出していく。あちらは赤と緑が何か言い合っているようだが、悲鳴にかき消されて聞き取ることは不可能だった。
(これだからドルネンは……)
もしもシェリルが防御システムを展開せず避けていたら、真後ろにいた数人が犠牲になっていただろう。シェリルは周囲を見渡した。
ここは民間人が多数。
危険。
どこかへ移動する?
否。
移動した先にも民間人はいる。
大多数が逃げ出したここが、一番被害が少ない。
小型化して携帯していた武器を取り出す。原状回復。それは一瞬で剣へと変化した。白銀の剣身は煌めき、一点の曇りもない。
「小悪党の駒風情が。私に敵うとでも思っているのかしら?」
「小悪党はそっちだろう!」
赤とピンクと青が拳銃を抜き発砲。もう防衛システムなど使わない。すべての弾を剣で斬り落とした。
同時に緑と黄色が左右から突っ込んでくる。その手には剣。緑が長剣、黄色が短剣。ギィンと音を立てて剣がぶつかる。緑の長剣を受け止め、飛び込んできた黄色は身を捻って躱し腕をつかむ。捻りあげて転がす。
また発砲。どうやら銃撃と剣撃を交互に繰り出す作戦らしい。これも斬り落とす。が、逸れた弾があったらしい。背後の建物のガラスが割れる。悲鳴があがる。
一瞬そちらに気を取られた。気づけば眼前には緑。ギリギリで躱して、剣柄を緑の右手に叩きつける。
「ぐ……!」
緩んだ手から剣を叩き落とす。返す刀で緑を斬りつけ、また性懲りもなく突っ込んでくる黄色も斬りつける。生身だったらかなりの深さで入ったであろう刀は、その薄い強化スーツに防がれた。特殊素材なのだろう、けっこう良いものを使っている。打撲くらいにはなっているかもしれないが、血は流れていない。二人ともすぐに立ち上がっている。なかなか頑丈だ。
キュイン、と高音。
振り返る。赤が大きな銃を構えている。左右に青とピンクが控え、その肩を支えている。あれは。
「おい! やめろ!」
緑が叫ぶ。銃口に向かい、光が集約されていく。エネルギー砲だ。シェリルは防衛システムの出力を上げる。
ふと、視界の端に何かが映った。
目を向ける。花壇の影にうずくまる女がいた。可愛らしい空色のバッグを持って、頭を抱えて震えているのは。
(あの子……!)
逃げ遅れていたのか。
防衛システムを、いや、これの範囲はシェリルとその周辺まで。真後ろは守れるがあそこは範囲外。エネルギー砲の威力は不明。直撃はしないだろうが影響が出る可能性は大。
だったら。
「逃げるな!!」
跳躍。赤が叫ぶ。緑が弾かれたように走ってくるがそんなものは無視する。
跳んだ先で振り返って、銃口と向き合う。防衛システムを背後に展開し、剣を構える。
「そのまま頭を守って伏せていなさい」
発砲。凝縮したエネルギーが虹色の光となって銃口から吐き出された。まっすぐにシェリルの元へと向かってくる。
(逃げるな、ですって?)
――――この程度で?
剣に己の気を乗せる。真横に薙いだ剣はエネルギー弾を受け取った。白銀がいっそう輝いて、虹色の光が剣身を滑っていく。切先までたどり着いた光が爆ぜる一瞬前、シェリルは剣を振り抜いた。
「うわぁぁあああ!!!」
解き放たれた高濃度のエネルギーは真っ直ぐに元の持ち主のところへと帰っていった。
まさか打ち返されるとは思っていなかったのだろう。直撃を受けた赤青ピンクが爆発と共に吹き飛んだ。衝撃波がこちらまで来て、シェリルのマントが激しくはためく。抉られた舗装路の破片が飛び散った。
爆煙が立ち込める。あの女は大丈夫だっただろうかと振り返った先に、目的の人物は見えなかった。
代わりに見えたのは緑色。
女を庇うようにしてしゃがんだそのフェイスシールドの向こうと、目が合った気がした。
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武器を集約してみんなで撃つアレ。
敵幹部に返されて絶望するターンがありますよね。
そしてCMか次週に続く。お約束ですね