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4 愛称



「――――報告は以上」


 シェリルは母船に帰って今日あった出来事を報告した。あの男、杢田の言っていたことを諜報部門に調べさせたがとくに嘘は見当たらなかった。本人の個人情報も。

 杢田は数年前まで日本宇宙軍に所属し、当時最強といわれた第三宇宙船の船長を務めていた。そのままキャリアを続けていれば今頃は相当な立場にいただろうに、ある日突然一身上の都合により退役。なんともきな臭い。未だ軍部と、しかも現宇宙軍大将との繋がりがあるのなら一身上の都合がどこまで本当なのかは怪しいところだ。 

  

「それにしても、俺たちの情報まるごと消すとかさぁ〜」

「妥当な策ではある」

「なんでだ?」

 

 ドバスが悪びれもなく聞いてくる。これだから、よくこれで幹部が勤まるものだと言われるのだこの男は。頭の回転の速度だけで選ばれるようなものではないし、それを引いても彼が有能なのはここにいる者ならば知っているが。


「もしも私たちの存在が知れ渡っていたとして、それを捕らえたり殺したりしたら外聞が悪くなるからよ」


 私掠船という事が知れていたらもちろんだが、それを伏せていたとしてもだ。もしもどこかからその情報が入ってきたときに、信用と信頼を一気に失うことになる。

 表向きはレンジャー部隊とかいう治安部隊を動かしているのなら、そういった非難は避けなければならない。


「その点、存在しない海賊団ならいくら殺したって問題はない」

 

 なにせ、最初からそんなものは存在しないのだから。

 逮捕するなり殺すなりしても、その情報すら出さなければ誰にも気づかれることはない。


「それにしても、さっすがシェリル〜。すぐにこんな情報を掴んでくるなんてさぁ、やっぱ持ってるよねぇ~」

「いつにも増して勘が冴えておるな」

 

 シェリルは眉をひそめる。第六感だって立派な武器だとは分かっているが、それだけだと言われているようで癪だ。彼らがそんな事を思っていないのは分かってはいるが。


「シェリル」

「なに? パパ」

「その杢田って野郎、お前は信用できると思うか」


 ゼルハム船長が口を開く。シェリルをまっすぐ見ている。情報は揃っていないけれど。


「勘で良い」


 癪にさわるが、船長に頼られるのは悪い気はしない。


「できるわ」






 カロン、と音がして木製の扉が開いた。

 取っ手に伸ばしかけたシェリルの手が所在なく彷徨う。


「来るのが見えたから」

「……そう。ありがとう」


 相変わらず旧式すぎる店内を見渡す。昨日の今日で何かが変わるはずもない。扉を開けてくれた店員も昨日と変わらない黒いエプロンをつけている。

 カウンターに目を向ける。杢田は今日も隅に座っている。チラリと目が合う。


「カウンターにするか?」

「ええ」


 昨日と同じ、サイフォンが一番見える位置。コトリと置かれた水とウエットタオル。手書きのメニュー表。

 シェリルはコーヒーを頼んで、サイフォンをじっと見つめる。ぽこぽこと浮かぶ気泡が、垂らされたチェーンを伝って弾けて消える。説明を受けて仕組みを理解しても、上のガラスへと勝手にのぼっていく水はどうしても不思議で目が離せない。くるくると回る粉。ふいに水が落ちて、残された粉が山になる。


「おまちどうさま」


 ガラスからコーヒカップへ。たぷんと揺れる水面から湯気とともに香りが一気に広がっていく。

 昨日はあまり味わうことができなかったそれを、ゆっくりと一口ふくむ。


「おいしい」

「どうも」


 鼻から抜ける芳醇な香りを楽しんでいると、ふいに店員が話しかけてきた。


「地球には観光で?」

「いいえ、仕事で。しばらく滞在するつもり」

「そうか。よかった」


 なにが、と言おうとした口は動かなかった。店員がなぜか微笑んでシェリルをみていたから。端正な顔に見つめられて、柄にもなくどきりとしてしまった。


「日本は気に入ったか?」

「……そうね。過ごしやすくて良いところ。最新式のものと数世代前のものが混在していて、ちぐはぐなのも面白い」

「へぇ。外からはそう見えるのか」

「それから、ファッションの多様性には驚いているの。つい買いすぎてしまう。……でも、一番面白いのはこの店」

「ここが?」

「旧式すぎて、見たことがないものばかり」

 

 しゃべりすぎだと、シェリルは思う。別にこんなの、正直に答える必要はどこにもないというのに。


「まるで過去にタイムスリップしたみたい」

「意外とロマンチストなんだな」

「こう言われるのは嫌だった?」

「そうじゃない」


 よかった、と喉まで出てきた言葉を飲み込む。

 よかったって、何が?


「古くさいと思われていなくてよかった」

「古いものでも新しいものでも、見たことのないものはわくわくするでしょう。見聞が広がる」

「そうだな。俺もそう思うよ」


 言っていて、なんとなく腑に落ちるものがあった。

 この店員の男は、シェリルにとって"見たことのないもの"に分類されるのかもしれない。

 一見冷たそうな切れ長の目がゆるりと優しく細まるのも、落ち着いた低めの声も。それから、表情の乏しいシェリルに向かって「目をみれば分かる」なんて言ったのも。そんな人は、今まで誰も。

 

 ――――ピピッ


 電子音。店員の男がはっと端末をみて、昨日と同じくエプロンを取る。


「すまない、行かないと。君は……」

「シェリー」

「俺は隼斗。シェリー、また来てくれるか?」

「ええ」

「ありがとう。待ってる」


 勢いよく開け放たれたドアのベルが大きな音をたてる。けれどそれも、ドアが閉まれば余韻すら残さず静まりかえる。


 ――――まったく、どうかしている。

 名乗る必要がどこにあった。しかも、たくさん持っている偽名ではなく、小さな頃に呼ばれていた愛称とは。


「…………彼はいつもあんな慌ただしいの」

「マァそうかな。最近は特に」


 小さく息を吐く。店員が――隼斗がいなくなったのは残念だけれど、これで杢田と話ができる。

 

(……残念?)


 何が?


「アレが気に入ったか?」

「昨日の話だけれど」


 杢田は笑っているが、老人の戯言などは無視をするに限る。


「バルバドス宇宙海賊団は貴方の提案を受け入れる。ドルネンファミリー殲滅のため協力しましょう、ミスタ杢田」

「驚いた。もっと疑われるものだと」

「もちろん、裏切りも想定に入れている」


 そこまで全面的に信用しているはずはない。あらゆる可能性そして対応策も考えてあっての返答だ。


「今後、すべての連絡は私が窓口になる。手段はなんでも良いけれど」

「では私のアドレスを。ただ、基本はこの店で落ち合うのが良いだろう」

「そうね」

「口実があった方が来やすいだろう?」


 どこか遠くの方で、ドオンと大きい音がした。窓の方を見て、杢田の言葉は無視をした。杢田も同じく窓の方を見て、少し顔をしかめていたのを横目で確認しながら。


「何かあったのかしら」

「レンジャー部隊だろうな」

「こっちの連絡は来ていないけれど」


 と言ったところで、今日はドバスが外に出ると言っていたことを思い出した。彼なら会敵後連絡せずにすぐ戦闘に入るだろう。連絡はちゃんとしろと注意をしても、「すまん!忘れた!」とあっけらかんと言い放つような男だ。悪気はないのだから始末におえない。


「……まぁ大丈夫だろう。それで、早速顔合わせだが」

「ずいぶん急ぐのね」

「奴らの動きがもはや無視できぬようになってきたのでな。こちらとしても早急に片付けたいのだ」

「それは利用されているという弟子のため?」

「私個人としては、そうだ」


 シェリルとしてはからかわれた事への意趣返しのつもりだったが、杢田は案外あっさりと認めてきた。

 それにしても、顔合わせとは……。


「そちらは誰が来るの」

「現宇宙軍大将が」


 いきなりトップがお出ましになるとは。よほど焦っているのか、杢田が急かしているのか。今わかるのは、この目の前の男の影響力や発言力が思ったよりも高いということだけだ。


「わかった。こちらも船長が。日時はあわせる。ただし場所は中立地帯で、護衛は一人」

「承知した」


 再び窓の外をみる。大きな音はもう聞こえないけれど、かわりにサイレンの音が微かに鳴っていた。







□□□□□


ヒーローものあるある。

すごくそのまんまな変装でもなぜかバレない。

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