3 密談
緊張感。
シェリルは無言で全方位に防衛システムを展開させた。同時にピピ、と小さく電子音が鳴る。メッセージの受信。こんな時に。仕込んである超小型のイヤホンから読み上げ音声が流れる。
『ブジーより送信。治安部隊と遭遇、これより戦闘に入る』
タイミングは重なる。思わず舌打ちしそうになって、おし留まった。
「そう怖い顔をするな。ここで争い事をしようなどとは思っていない。なに、ちょっとした世間話さ」
「何故、私が海賊だと?」
昨日、ザバシュが治安部隊との戦闘を報告した際に調べた情報によると、日本ではバルバドス宇宙海賊団の情報は公開されていなかった。
そう。公開されていない。
私掠船であることが秘められているのではない。宇宙海賊のリストにも入っていないのだ。どんな検索をしても出てこない。存在事態が消されている。
つまり情報統制下にあるただの日本人が、バルバドス宇宙海賊団の存在を、シェリルの存在を知っている訳がない。
もしも知っているのだとしたら、それは。
「私は元軍人でね。日本防衛省・宇宙軍 第三艦隊に所属していた杢田という。退役しているが、検索すれば出てくるので後で調べてみるといい」
「……バルバドス宇宙海賊団所属のシェリル。軍関係者なら私たちを知っていて当然という訳ね」
海賊だと断定されて言い逃れをするような腰抜けでも、名乗られて名乗り返さないほどの腑抜けでもない。シェリルは素直に名乗ることにした。
それに、検索すれば出てくるということはかなりの地位にいた人物であることが予想される。それがわざわざ素性を開示してまで海賊に話しかけるのなら、それなりの用事があるのだろう。
シェリルはそっと会話の録音記録を開始して、椅子に座り直した。
「では、我が海賊団の存在を国民に秘匿しているのもあなたたち?」
「いいや、それは違う」
「昨日から私たちに喧嘩を売ってくる奴らは知っているようだけれど」
「だろうな。それはレンジャー部隊と呼ばれている組織だ」
なるほど。
つまり、そのレンジャー部隊とかいう治安部隊と日本宇宙軍は無関係の組織というわけだ。
ちなみに、これは昨日の段階で調査済み。シェリルの持っている情報と相違がない。男は嘘をついて何かをしようと企んでいるわけではないらしい。
「政府はそれを黙認している?」
「いいや、情報が削除されたことに気づいていないだけだ」
真偽のほどはさておき、それは有り得る話だ。
銀河の反対側で活動している海賊など、普通誰も調べようとはしない。そんな誰も知らない海賊がリストからこっそりと消されたことなど誰が気づくというのだ。しかも、民間人に知られたくないだけならばネット上に公開されているリストのみをハッキングなりすればいいだけ。たいした労力もかからない。
と、いうことは。
「そのレンジャー部隊とかいう組織が、独断で故意に我々の情報を消し、治安出動という名目で地球から追い出そうとしているということね」
「追い出すだけで済むと思うか」
「嫌われたものね」
「そのようだな」
わざわざそんな事をしてくるような相手、シェリルには心当たりがひとつしかない。
ドルネンファミリー。
こちらに因縁があるということは、あちらにもそれなりにこちらを嫌う理由がある。シェリルが海賊団の幹部に昇格するずっと前から、ゼルハム船長はあの宇宙マフィアと抗争を繰り返している。
日本を拠点にしていることは分かっていたが、それ以上の情報はなかった。そこから調べなければと、かなりの長期戦になることを覚悟してここまで来たのに、こんなにも早く情報が出てくるとは。
「……それで、あなたの用は?」
「おや、もういいのか」
「そこまで信用していない」
前金は受け取った。あとはこの男の用件を聞く。前金とした情報だけで対価が足りるとは思えないけれど、今ここでは情報の精査もできないのだからこれでいい。
そんなことは、この男も分かっているだろうし。
「ドルネンファミリーを潰したい。手を組まないか」
「は……?」
シェリルにとって、あまりに予想外の返答だった。
どこかの星の土地が欲しいだとか、星外逃亡を融通してくれだとか。そんな話がくると思っていたのに。
「……なぜ」
「奴らはレンジャー部隊の裏でやりたい放題だ。恐喝、横領、詐偽、密輸、密売、殺人。それからレンジャー部隊の戦闘時の混乱に乗じて誘拐と人身売買」
「いつもの事ね」
星がかわっても、ドルネンファミリーのやることは変わらない。御しやすい星を選んでは潜伏し、裏でこそこそと金儲け。その星にどれだけ被害がでようと、どれだけの人が死のうと悲しもうと知ったことではない。シェリルの母星も――――……
ぱちり、まばたきひとつで思考を断ち切る。
「けれど、そんなのは奴らでなくてもやっているでしょう」
そう。結局のところ、そんなよくある犯罪を生業にしている者たちはごまんといて、そのひとつを潰したところでなんの解決にもならない。他の誰かが、後釜に入るだけ。
「元軍人として看過できるものではない」
「お優しいこと」
「……というのが建前でね」
視線を戻す。先程まで、それこそ軍人然とした表情をしていたはずの男は、なぜだか少し困ったような顔をしいていた。
「私の教え子が奴らに利用されているんだ」
「……軍人?」
「いいや、退役後にできた弟子でね。筋がいいし正義感も強い良い子なんだが……」
なるほどこちらが本音か、とシェリルは思う。同時にもう一度、お優しいことで、とも。
シェリルにも部下ならばいるが、弟子や子供をもつ者の気持ちはまだはわからない。これは本船での報告の際にゼルハム船長に判断を任せることにする。
「ともかく、我々の目的は同じだ。……立場上、私は直接手を出すことはできないが」
「ならば、何を?」
「情報を。それから、繋がりを」
この男の繋がり、つまり日本宇宙軍とのツテ。確かにバルバドス宇宙海賊団は日本政府との繋がりはない。そこと協力体制を敷ければコトはスムーズに進むだろう。しかし。
「我が海賊団は天の川銀河連合の公認私掠船。軍部との面会は貴方を通さずとも可能よ」
「信用されるかどうかは別だろう」
「ちなみに、貴方の繋がりは誰?」
「現宇宙軍大将はどうだ」
なるほど、それはたかが私掠船程度では無理だ。そしてトップへ直に話ができるというのは最も効率的。
「悪い話ではないだろう?」
「そうね。でも」
「でも?」
「話がうますぎる」
シェリルは先日地球にやってきた。日本での寄港先に東京を選んだことも含め、すべてが偶然だ。今日ここの街に来たのも、この喫茶店に入ったのも、この男と出会ったのも。シェリルが画策してしたことではない。
「それはこちらも同じだ。どうしようかと悩んでいたら偶然、同じ目的をもった海賊が目の前に現れるのだから」
苦笑しながら男は言う。自分も想定外だったと。真偽のほどはわからない。
「そういう運命だったのかもしれないな」
「その言葉は嫌いよ」
「では神の導きは?」
「海賊が神を信仰しているとでも?」
「軍では普通だったのだが。海賊は違うのか」
「そういう奴もいるけど」
「お嬢さんは違うと」
シェリルは椅子から立ち上がった。今日はもうこれ以上話すことはないと判断した。背中に声がかかる。
「私は毎日ここにいる。良い返事を期待している」
ちらりと振り返る。にこりと笑う男と、シェリルの座っていた席に残されたコーヒーカップが目にはいる。ほとんど飲んでいないままのそれ。
なぜだか少しだけ残念な気分になったけれど、それを振り払うように店を出ようとして――……。
もう一度、仕方なく振り返る。
「……これ、どうやって開けるの」
シェリルに立ち塞がった旧式の扉。手動のドアなど今まで見たことのなかったシェリルに、男はこんどこそ声をあげて笑った。
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喫茶店のマスターといえば「おやっさん」だなと思ったんですけど、あまりにもおやっさん感がないのでやめました。