番外編2 女装
みんな大好き女装回です。
これも9話とか10話のあとくらい。
「シェリー、お願いだ。助けてくれ」
喫茶店の大きな窓から柔らかな午後の光が差し込み、とろりと滑らかな木製のテーブルを照らす。カップに淹れられたコーヒーから漂う白い湯気が、光をまとってふわりと揺れた。
それらをはさんで、隼斗とシェリーが向き合っている。
「君しか頼る人がいないんだ」
「何があったの」
隼斗は困っていた。昨日から、ずっと。
自分ではどうすることもできない。対処のしようがない。そんなことを組織から押し付けられて。
けれど隼斗には、拒否することは許されない。
「…………仕事で……女装することになって…………」
「どうして???」
「あなた、一体どんな仕事をしてるの」
「いや、まぁ……はは……」
隼斗は自分がレンジャー部隊の一員だと、シェリーに話していない。レンジャー部隊は顔を隠して活動している。最低限の人にしか仕事のことは話してはいけないという決まりだ。
レンジャー部隊のことを知っているのは、隼斗が先生と慕う杢田だけ。
その杢田はさっきからカウンターの向こうで声を押し殺して笑っているのを隼斗はちゃんと気付いている。
「それで、その……どうしたらいいのか全くわからないんだ」
「断れば?」
「できるならやってる」
隼斗だって、断れるものなら断りたい。
でもそんなことができないのが、日本という国の勤め人。
「それに、助けるって言ったって何を?」
シェリーは「頭が痛い」とでも言うように眉間を揉む。誰だってこんな相談をされたらそんな反応になるだろう。
そうは思うが、好きな人にやられるとちょっと傷つく。
「化粧とか、分からないから手伝ってくれると――」
助かる、という言葉は最後まで言えなかった。
言葉の途中でシェリーが隼斗の手をがしっと握ってきたからだ。そのままずいっとテーブルに体を乗り出す。
綺麗な顔が近づいて、隼斗は思わず少しのけぞった。
「い……」
「い?」
「いいの……!?」
シェリーの瞳はキラキラと輝いて、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のよう。
(あ、判断を間違えたかもしれない)
数日後。
早朝からシェリーは喫茶店を訪ねてきた。旅行にでも行くのかと思うほど馬鹿みたいに大きな荷物を持って。
「おはようハヤト、いい朝ね」
「あー……うん、おはようシェリー……」
「さっそくだけど、服を脱いでちょうだい」
追い剥ぎだ。
しかし助けてほしいと言ったのは隼人なので、ここは素直に従うことにする。来ていたシャツを脱いで、
「下着以外全部」
「ぜんぶ!?」
「で、これ履いて」
手渡されたのはペラッペラのスカートだった。ペチコートというらしい。
パンツ一枚にペラペラのスカートという変質者のような格好になった隼斗を待ち構えていたのは、次の試練だった。
「無理無理無理無理無理!!!!」
「無理じゃない。はい息吐いて」
「ちょ、まっ……! ぐえっ」
でかいバッグからずるりと出てきたコルセットで腹を締め上げられる。その細腕のどこからそんな力が出てくるんだと思うほどキツく締められて内臓が口から全部出そう。
「じゃあこれ着て」
ワンピースやら靴やら一式を手渡される頃には、抵抗する気力も体力もすべて失っていた。
それを素直に身につけた隼斗は、今シェリーに顔を好き勝手いじられている。
大きなバッグから、これまた大きなバッグが出てきたかと思うと、その中身がすべて化粧品だったのには驚いた。化粧品というのは、こんなに種類があるのか。それらを取り出しては、隼斗の肌にあわせてコレじゃない、こっちの方が良いと吟味しているシェリーは。
「……楽しそうだな」
「ええ、とても楽しい」
隼斗には名前も用途も分からないものを塗りたくられ、粉をはたかれ、ブラシをかけられる。
「だって、あなたの綺麗な顔を好きにできるのだもの。こんなに楽しいことはない」
綺麗なのは、シェリーのほうだ。
その言葉は口にはできなかった。「喋らないで」と咎められたので。
でも、まぁ。
その誰よりも綺麗な顔が、今すぐキスできそうなほど近くにある。細い指先が隼斗の頬や首筋を滑っていく。
楽しそうに細められた、キラキラと星屑の舞う瞳が今は隼斗だけを見つめている。
それだけで、すべてを「まぁいいか」と思える。
惚れたほうが負けというのは、こういう事だろう。
女装は二度としたくないが。
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見目の良い男が女装する回が毎年あるよね。
ピンクちゃんの七変化回とあわせて、定番の楽しいやつですよね。




