26 宇宙船
ずん、と大きな振動。机の上のペン立てが音を立てて転がった。
出てきた巨体は本部の前庭を踏み潰し、花壇を破壊する。そうして、頭部がぐるりと回転。向いた先は、本部ビル。
「狙いはこっちか……!」
『ブジー班、船長とともに離脱する!』
『ザバシュ班も逃げるよ〜!!』
屋上待機のゼルハム船長とブジーがビルを飛び移って退避する。別棟にいるザバシュたちも、まだ距離があるうちに地上ルートで捕虜を引き連れて走り出した。
「全員、なるべく部屋の中央へ!」
本部の捕虜も含めた大人数では、今からの退避では間に合わない。ドルネンの逃走阻止のために転送装置の妨害電波を出していることが仇となった。解除には時間がかかるし、できたとしても他のフロアにもいる仲間と捕虜を転送する時間はない。
巨大人型戦闘機の右腕が上がる。
なるほど、ビルもろとも全員叩き潰すつもりか。
ぐわりと上がった腕が振り下ろされる直前、すさまじい銃撃音とともに巨体がその動きを止めた。バルバドス宇宙海賊団の所有する宇宙戦闘艇からの爆撃だ。しかし、その大きさゆえか大したダメージを受けていないように見える。ならば攻撃を繰り返して、
「まだ民間人がいる!!」
隼斗が叫んだ。揺れるモニター映像にちらりと映った巨大な足のすぐそばに、逃げ遅れた人間の姿。
隼斗は反射的にドアの方へ走り出そうとして、けれど足を止めた。
部屋の中が目に入ったのだろう、そして、自分の立場も。
レンジャー部隊は機能しない。もう強化スーツに着替える術もない。それは、隼斗自身がやったこと。
「ハヤト」
そんな隼斗に、シェリルは声を掛ける。
振り返った隼斗に投げたのは、緑色のエンブレム。
「行きなさい、ヒーロー」
受け取って、走り出した背中を見送った。
「あ、あの!」
モニターの前から声を上げたのは、操作をさせていた捕虜の女。
「グリーンに指示を送ってもいいですか!」
「ええ、もちろん」
他の司令部員たちも、ちらほらと手をあげ立ち上がる者がいる。志願したものの拘束を解き、各自席に座らせた。
さすがに隼斗一人ではできることも限られるだろうとレンジャー部隊の彼らを見たが、項垂れていたりモニターを見つめるだけで立ち上がろうともしていない。
「姐さん! 俺達が行っていいか?」
「いいわ。ニホンに恩を売ってきなさい」
バルバドス宇宙海賊団から志願したのは、隼斗と特に仲良くなった戦闘員たちだった。彼らにその他の色のエンブレムを手渡して送り出す。モニターに映るカメラの映像はすぐにカラフルになって、隼斗の戸惑った声がスピーカーから聞こえてきた。
「シェリル、他のフロアも捕虜は壁から離したぜ」
「ん。じゃあできることはこれで全部」
ドバスが各フロアとの通信を切る。フロアごとの捕虜は数名の戦闘員で監視しているが、全員が大人しく指示に従った。いま外に出たがる者は流石にいなかったようだ。
シェリルたちにできることはもうない。
建物の外からは相変わらず凄まじい爆発音がしている。巨大な人型戦闘機は機関砲を撃ちまくるバルバドス宇宙海賊団の戦闘艇を煩わしそうに追い払おうとしている。まるで虫でも払うような動きだ。そちらに気を取られているから、ここの建物はまだ無事でいる。
だが、そろそろ弾切れが……
「――――来た」
「お、早かったな」
高音と低音の混ざった飛行音が聞こえてきた。モニターの一つ、広角で映している画面にその正体が映っている。まっすぐこちらに向かってくるそれは、だんだんと大きくなってその姿を明らかにする。
空の向こうから飛来する帆船型の宇宙船。
バルバドス宇宙海賊団の本船だ。
大昔、惑星の海を縄張りにしていた海賊たちが使用していたとされる、オールドタイプの船を模したその姿。大きな帆、見張り台、甲板。船首像はなく、巨大なサーベルの刃が取り付けられている。そこに掘られた精巧な彫刻が光を受けてぎらりと光った。
メインマストに大きく描かれたバルバドス宇宙海賊団の紋章が目視で確認できるようになった頃、船はその角度を変えた。
船首を下げ、ほとんど逆立ちのような状態。そのまま突っ込んでくる。
愚鈍な巨人もさすがに音に気付いたらしい、戦闘艇の相手をやめて振り返った。けれど、もう遅い。
急角度で降りてきた船は、高層ビルの間ギリギリをすり抜ける。そのまま船首のサーベルを巨大な人型戦闘機の胴に突き刺した。
凄まじい衝撃音。ぐしゃりと曲がった装甲から火花が飛び散った。
そんなものをお構い無しに、船はその角度を変える。胴体が船首に刺さったままでこんどは急上昇。空へとぐんぐん昇っていった。
突然やってきた船は、人型戦闘機を連れ去って一瞬で去っていった。あれは宇宙空間で”処理”するのだろう。
「船の中、やべぇだろうな」
「帰ったら片付けね」
とにかく、これで建物ごと破壊される心配はなくなった。
命の危機の最中にいて、それが去ったというのにシェリルとドハスの間にはこの程度の会話しかない。これが海賊の日常だからだ。この程度でいちいち取り乱していたら海賊団の幹部など務まるはずがない。
捕虜は明らかにほっとして、中には泣いている者までいる。治安部隊の中枢でコレとは。普段よほど平和なのだろう、日本というところは。
「とにかく、これで本当に任務終了ね」
爆撃音のかわりに、サイレンの音が聞こえてきた。
日本宇宙軍がようやく、予定通りに到着だ。彼らに捕虜を引き渡したら今日のところは解散だ。
シェリルはモニターを振り返る。
民間人の救助に動き回るカラフルな強化スーツたち。その緑色を見つめて、微笑んだ。




