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17 夢の終わり side:HAYATO



 夢、憧れ、理想。

 そんなものが、宇宙のはてよりも遠くにある。


 ベッドに入ったままで眠れずに迎えた朝に舌打ちをして、隼斗はもう何度目かも分からない寝返りをうった。

 カーテンの隙間から光が差し込んでから随分と経つが、起き上がる気は一向におきない。階下からは喫茶店の開店準備をする音がかすかに聞こえている。


 思い出すのは昨日のこと。本部に呼び出されて聞かされたのは、作戦とも言えないような雑な指示。


『身体強化薬を服用し、確実に始末しろ』


 この内容について龍我(レッド)は事前に知っていたようだった。隼斗が詳細を尋ねてもまともに取り合ってもらえず ――もっとも、詳細が分かったところでそれに従う以外の選択肢は隼斗にはないが―― ただ、身体強化薬と称された薬を渡されただけ。


(身体強化薬。……――本当に?)


 以前の隼斗であれば、深く考えずに飲んでいたかもしれない。

 けれど、今は。


『あなたの上のヤツらについて、これ以上の詮索は禁止』


 戦闘時の、周囲を巻き込んでも構わないという方針。

 まるで削り取られたかのようなバルバドス宇宙海賊団の情報。そして、攻撃的ともいえる、防衛の範囲を超えた彼らへの対応。


『あなたは今まで通り、組織の犬。少なくとも、そのフリをしなさい』


 薬は飲んだふりをした。嬉々としてこれを飲み込む仲間たちに罪悪感がつのるが、どうせ自分が何を言っても聞き入れられないだろうという諦めもあった。

 仲間たちの体に現れる薬の効果を観察して、それを真似る。


『あなたが、消されるからよ』


 今まで一緒に戦ってきた仲間よりも、敵対している相手を信用している事実に悲しくなった。




 隼斗は昔から、人の嘘を見抜くのが得意だった。

 嘘をついていたり、後ろめたいことがあったり。そういうのは目を見ればだいたいわかる。


 けれど、それだけだ。

 今までそれだけをして、それでいいと思っていた。

 それでは駄目なのだと痛感した。


(馬鹿だな、俺は)


 自分の目で見て、情報を集めて、状況を判断して。それで初めて”見た”といえるのだとようやく分かった。それに気づいて、まず「仲間なのだから信じたい」という気持ちを封じた。

 世界が表情を変えた。

 見れば見るほど、知れば知るほど不自然が増えていく。足元がぐらついて、今まで自分がしてきたことが本当に正しいことだったのかわからなくなった。


 そんな中、信じられると思えたのがシェリルだった。

 レンジャー部隊が悪とみなす、バルバドス宇宙海賊団の一員。初めて会敵した時は地球ではあまり見かけないような露出の高い服装に驚いたが、思えば彼女はその時から服装以外は常識的で良心的だった。

 ひったくり犯を撃退し、戦闘から逃げ遅れた民間人をかばって攻撃を真正面から受け止めた。

 レンジャー部隊のやり方に苦言を呈した事もあったし、その時も隼斗とともに民間人の救護をしてくれた。

 敵対する相手であるはずの隼斗の質問にも、星間条約に則り正しく受け答えをしてくれた。

 隼斗に対する助言にも、煌めく銀河を切り取ったような瞳に嘘はなかった。

 

 信用できると思った。

 そして、彼女こそ隼斗が憧れたヒーロー像だった。


 かっこいい。ああなりたい。あんなふうに生きたい。

 でも、できなかった。

 ヒーローになんて、 


 

『ありがとう、私のヒーロー』


 

 心に星明かりがひとつ。

 そうだ。一人だけ、隼斗のことをヒーローだと言ってくれた人がいた。


 シェリーの瞳もあの海賊と同じく、銀河を切り取ったような煌めきを放っている。りんとして、自由で、無限に広がる星たちが詰め込まれた瞳。

 美しいと思う。そんな美しい人に、ヒーローだと言ってもらえたのなら。


(もう、いいか)


 夢の終わりというのが、こんなふうに無力で悲しくてあっけないものだとは思わなかった。

 それでも、ささやかな勲章を一つ貰えたような気がした。






「―――――――― そう。やはりあの武器は条約で禁止されているものだった。入手経路はだいたい絞れているから共有する」

「こちらも国内の協力業者はリストアップできている。すり合わせだな」

「薬の方は麻薬成分が検出された。成分表はこれ。一般的な薬物が使われているようだけれど、一部よくわからない。チキュウ固有かしら」

「では、それはこちらで引き継ごう。それで ――――――」




 

 意識が浮上した。

 いつの間にかウトウトしていたらしい。隼斗はがばりと起き上がった。


 今のは、夢?

 夢にしてははっきりと耳に残った声は杢田とシェリルのものだったような気がする。どうして二人が、しかも、その話は。


 布団を跳ね飛ばして部屋を出る。年季の入った建物は歩くたびにぎしぎしと音が鳴る。廊下を足早に抜けて、喫茶店へと続く階段を駆け下りた。


「先生っ…………」

「ハヤト?」

「…………シェリー?」


 美しい銀糸の髪がふわりと揺れた。

 くるりと隼斗へ視線をよこしたシェリーは、ぱちりぱちりと瞬きをして、それから苦笑い。


「おはよう。もしかして、今起きたの?」

「え、」

「……隼斗。それがレディの前に出る格好か?」


 ため息混じりに指摘され、隼斗は己の格好を見下ろす。

 寝巻き代わりにしているヨレヨレのTシャツに、いつ買ったかも分からないハーフパンツ。もちろん髪もぼさぼさで、顔も洗っていないから無精髭もそのまま。

 そんな格好で、気になっている女性の前に出るなんて。


「着替えてくる……!」

「いいわよ別に。休みなんでしょう?」

「よくない。すぐ着替えてくるから待っていてくれ」

「駄目よ」


 くるりと踵を返そうとしたけれど、ぱしりと手首を掴まれる。じっと見つめてくる瞳の意志は強い。


「……また怪我したでしょう」


 伸びきったTシャツ襟口から見えていたのは、昨日の傷。爆風で崖に叩きつけられた時のもの。


「治療は?」

「昨日、自分で」

「そう。やり直してあげるから、座って」


 自分でやったと言ったとき、シェリーは何故かほっとしたような表情をした。けれど、すぐに表情を引き締めて隼斗を椅子に座らせた。そして、Tシャツに手をかける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「待たない」

「わかった、自分で脱ぐから……!」


 脱がそうとしてくるシェリーをなんとか止める。細くて白い指がTシャツをたくし上げて、腹や脇腹にあたる。いくら治療のためとはいえ、それはなんというか、とても困る。

 観念してTシャツをバサリと脱ぎ捨てた。傷を見せるのもどうかと思うが、これ以上ごねたところで多分もっと困るのは隼斗だろうから。


 そんな隼斗を尻目に、シェリーはさっさと治療を開始する。傷口に薬を塗り、打撲痕に湿布。腕の可動域を確認し、テーピングをする。

 その慣れた手つきに驚く余裕は隼斗にはなかった。少し冷たい柔らかな手が、ふわふわとくすぐったく背に当たる髪が、至近距離で香るいい匂いが。雑念を刺激して仕方ない。


「はい、終わったわよ」


 そんな声がかかる頃には、隼斗は余計にぐったりとしてしまって、どうして自分がこんな格好で焦って階段を降りてきたかなんて頭の中からスッポ抜けてしまっていたのだった。






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