16 劇薬
「ここ〜?」
「そのようだな」
バルバドス海賊団の四天王ともいえるドバス、ブジー、ザバシュ、シェリルの四人はそろって地上に降り立った。
「トーキョーってこんな場所もあるんだね〜」
「なんにもねぇ所だな」
見渡す限りの岩肌。切り立った崖は人工のもの。採石場だろうか、人影はいまのところない。
四人がどうしてこんなところに来たか。それは昨日のことだった。いつものようにレンジャー部隊と小競り合いをしていたザバシュが赤に突然こう言われたのだ。
『明日、指定の場所に来るように』
そうして指定されたのがこの採石場。周囲になにもないこの場所は大掛かりなことをするのにぴったりだろう。それが何かは知らないが。軽く周囲をスキャンして調べた限りでは、何かが仕掛けられた痕跡はなかった。
「で? 人を呼び出しておいて、いつまで待たせるつもりなのかしら」
シェリルとしては自分が呼び出された訳でもないので興味はない。しかし、罠と分かっているところにザバシュ一人で行かせるほど薄情でもないし、この件に隼斗がどう絡んでいるかも気になるところではある。
けれど、こんな岩と石しかない場所はシェリルにとって退屈でしかない。早く用を済ませて帰りたいが、その用のほうが来ていないのではどうにも……
「逃げずに来たようだな!」
尊大な声が降ってきた。
見上げた崖の上にいつもの五色。声をあげたのは赤だろう。
「一人で来なかったなんて腰抜けじゃん」
「そっち五人で来といて何言ってんの〜?」
次に声をあげたのは黄色だろう。自分たちのことは高い高い棚の上にあげている。もしくは一桁の計算もできない可哀想な頭なのか。ザバシュでさえも呆れ声だ。
シェリルは緑に目を向けて――目があった気がした。
仲間から一歩引いたところにいた緑は、ヘルメットの側頭部、耳のあたりをトントンと指で叩いた。以前、二人で話した時にシェリルがしたジェスチャー。意図は理解した。小さく頷いて返す。
「一人ずつ狩る手間が省けただけだ」
かしゃん、と音をたてて赤が銃を抜いた。続けて他の色も武器を手にする。
「――なら、私は緑ね。アレが一番マトモに剣を使えるでしょ」
シェリルも小型化していた剣を原状回復させる。同時に、こちら側にしか聞こえないように「緑が情報を持ってるはず。聞き出す」と伝える。
ブジーが何か言いかけたが、飛んできた黄色の声に消されてしまった。
「ハァ!? 僕だって剣くらい使えるけど!?」
「えぇ〜。そんなにシェリルと戦いたかったんだ〜? もしかしてシェリルのこと〜……」
「ちげーよ! ばっかじゃねーの!?」
ザバシュが挑発する。これでザバシュと黄色で決まり。
「では……お嬢さん、お相手願おうか。その細腕でドバスのような巨漢の相手はつらかろう」
「馬鹿にしないでください!」
「じゃ俺は赤と青か。楽しませてくれよ?」
「フン、いい気になっていられるのも今のうちだ」
「………………」
これで全員の相手が決まった。散開。話していることが他の色に知られることのないように、十分に距離をとる。
「…………すまない」
「別に。それより何なのこれ」
ギィン、と合わさった剣が鳴る。ぐ、と押される。重い。前回まではもっと軽くしなやかな、けれど真っ直ぐな剣筋だったが。
変えた、というよりはわざとのような。
「上から薬を渡された。身体強化薬という話だが……」
「は!? まさかそれ飲んでいないでしょうね!?」
「俺は飲んでいない。ただ、あいつらは……」
他の戦闘に目を向ける。確かに、レンジャー部隊の動きが以前と違う。ドバスたちも、その違いに気づいて少し戸惑っているようだった。
「それ、今伝えても?」
「ああ、構わない」
素早く通信を起動。「やつら、ドーピングしている。違法薬物の可能性あり」とそれだけを短く伝えて通信を切った。
ブオン、と眼の前を緑の剣が通り過ぎる。なるほど、剣筋を変えている理由がわかった。薬を飲んだと見せかけるためか。
「仕方ない、乗ってあげる」
降ってくる剣を一旦受け止め、たたらを踏んで飛び退く。押されているふり。趣味じゃないけれど。
「その薬、今も持っている?」
「ああ」
「よこしなさい。鑑定に回す」
「そうしてくれ」
剣を合わせる。くぐり抜けて、ドン、と肩でぶつかる。その一瞬で小さな保存袋が手渡された。
「アンタと話していなければ、俺も飲んでいたかもしれない」
「冗談じゃないわ」
どう考えても違法薬物、そんなものを隼斗が飲んでいたらなんて、考えたくもない。
「あなた、上層部との接触を減らしたほうがいいんじゃない」
「だろうな。幸い、この前いい薬を貰ったんだ。怪我をしても自分でどうにかできるから、本部に行く回数を極力減らすようにする」
治療というのは厄介で、薬を無理矢理に体にいれることができてしまう。その可能性を潰せるのならそれに越したことはない。
その「いい薬」というのは先日シェリルがあげたものだろう。多少強引だったが、渡しておいてよかった。
「貸しは大きいわよ」
「……まさか、それも恋バナで返さないとダメなのか?」
「は?」
一瞬、シェリルの思考が停止したと同時に動きも止まってしまった。ぐん、と剣が押されて跳ね飛ばされる。なんとか着地したがそれどころではない。
だって、緑の、隼斗の言う恋バナというのはたぶんつまりシェリルとの話なわけで、それをシェリル本人が聞くというのはあまりにも。
「そ、んなモノで済む訳ないでしょ……!」
「そうだな。俺はそのほうが助かるからいいけど」
想像したら、それはあんまりにも恥ずかしい。それを体の良い言葉で阻止したけれど、
「じゃあ仕方ない、以前言ってた買い物に付き合うか」
「はぁ!?」
「好きな人がいるから、二人きりだと困るが……」
もしも緑と買い物なんかに行ったら、それはもちろん隼斗が来るわけで。シェリルとしても地球の服を着ていくだろうし、そんなことをしたらシェリルがシェリーだということがバレてしまう。
そんなことよりも、今好きな人って言った?
それは、つまり。
キュイン、と耳障りな音がした。
シェリルはあっちこっちに飛び散っている思考をすべて捨てて振り返る。赤と青が構えているのは、星間条約で禁止されているはずのエネルギー銃。
赤と青の体から光がほとばしる。先日の比ではない光の量、それが銃へと集約されていく。二人の生体エネルギーを吸って、銃は輝きを増していく。
ぞっとした。
命を吸って、命を消すための道具にしている。
そんなもの、なんのためになるというのだ。
ドン、と音がしてエネルギーが解き放たれる。
爆発。
二人分のエネルギーはまっすぐにドバスへと飛んで命中した。轟音。衝撃波。あたりの岩や石がシェリルのところまで吹き飛んでくる。
「ッ……!!」
防衛システムを展開。すぐそばにいた緑も範囲内だが、凄まじい爆風に二人の体が浮いた。
とばされる。そう思ったときに横から腕が伸びてきて、シェリルを掴んだ。ぐっと抱き込まれる。視界が緑色に染まる。
こうして庇われるのは二回目だ、なんて思う暇もなかった。
二人一緒に吹き飛ばされて、崖に叩きつけられた。
「…………ぐぁ……っ!」
「ちょっと、大丈夫!?」
緑に抱き込まれていたお陰でシェリルに痛みはほとんどなかった。上から落ちてくる石は意地で起動させ続けていた防衛システムに降り積もっている。
「何なんだ、あの威力は」
「想定外?」
「ああ」
以前、シェリルがエネルギー銃を使われたときは赤、青、ピンクの三人で撃っていた。シェリルが容易に剣で跳ね返せる程度の出力だったはずなのに。
「薬のせいでしょうね」
前回との明らかな違いはそれしかない。
生命エネルギーの過剰放出。あのレベルで吸い取られたなら、下手をすれば数回で廃人になるだろう。
「あなた、あの銃の事は知ってるの」
「いや、詳しくは知らない。上から渡されたものだ」
「あれも使わないでよ。もしどうしてもって時は、体に触れる面積をできるだけ小さくすること」
風が吹く。立ち込めていた砂埃が流されていく。
大きくえぐられた地面がみえてくる。
「ドバス!」
そこに、ドバスの大きな体が倒れ伏していた。
「レッド! ブルー!」
その近くで赤と青もまた同じく地面に転がっている。
シェリルと緑はそれぞれ駆け出した。散らばっていた他の面子も戦闘を放棄して駆け寄って来る。
「ドバス死んじゃった〜!?」
「なんてこと言うの馬鹿!」
「二人とも落ち着け。伸びているだけだ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「本部に連絡する。念のため頭を動かすなよ」
それぞれが仲間の救護をする、レンジャー部隊としても、この状況は予想外だったのだろう。ただオロオロとするだけのピンク。
不意に黄色が落ちていた銃を拾い上げた。
「おい、イエロー!」
「これ以上はやめておけ」
シェリルたちに銃口を向ける黄色。緑とブジーがそれを制止する。
「なんで止めるの? だってコイツら全員倒すチャンスじゃん」
「確かに我らは被害を受ける。が、それはお主らも同じだ」
「そ〜だよ。今日はもうやめときな〜?」
「レッドとブルーの救護を優先する。二人がこうなった以上、戦闘続行は不可能だ」
けれど黄色は銃を下ろさない。それどころか「ピンク、手伝ってよ!」なんて言い出す始末。状況を理解できていない。
「なんでなんで!? だって一匹倒したじゃん! 僕たち勝ってるんだよ? もっと倒そうよねぇそうしようよコレで倒せるじゃんあんなやつら!」
「ねぇ黄色ヤバくない〜? マジで大丈夫〜?」
普段の戦闘でもうるさく喋ると思っていたが、明らかに異常だ。薬の影響なのだろうが、それにしては同じく服用したであろうピンクは普通。個人差か、量の問題か。
キュイン、と甲高い音。銃のエネルギー充填が開始された音だ。一人でもやるつもりらしい、黄色の体から光が放出され、中に吸い取られていく。
「――ったく、面倒ね」
シェリルは持っていた剣をくるりと回した。黄色を見据える。
ヘルメットのシールドの中は暗く、どこを見ているのかどこを狙っているのかまるでわからない。たぶん、何も見えていないのだろう。
予備動作なしで一気に踏み込んだ。たいした距離もない。一瞬で間合いの内。
一閃。
耳障りな音が止む。黄色の手から離れたエネルギー銃が宙を舞う。一方、生命エネルギーを奪われた黄色は膝をついたが、吸われた量が少なかったのだろう、意識はある。
空中をくるくると回転しながら、問題の銃はザバシュの手の中に落下した。
「あっっぶな〜! 暴発したらど〜するワケ〜!?」
「知らない。しなかったんっだからいいでしょ」
「はぁ〜〜!? これだから繊細な銃の扱いも知らない野蛮人は〜!」
「……もういいだろう。喧嘩していないで帰るぞ」
ブジーがドバスを担ぎ上げ、くるりと背を向けた。
何にせよ、もう戦闘を続行する意志も理由もない。以前からの努力目標だった「エネルギー銃をレンジャー部隊から回収する」というのも達成した。
「ま、待てよ……!」
「はぁ……お前はも〜いいよ。その二人と一緒にちゃんと休みな〜?」
それでもなお追ってこようとする黄色をあしらって、ザバシュもブジーに続く。シェリルも同じく歩き出す。
レンジャー部隊は、もう追ってこなかった。
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みんな大好き、いつもの採石場。
大爆発するならあそこですね。
ところで、悪役たちがご退場する時ってわりと泣けるじゃですか。
悪を貫いても、なんかイイ奴でも。泣けるよね。
覚えてる限りで一番泣いたのは……アイガロンかな……キョウリュウジャーの。あんなん泣くやろ……




