11 正体
その日、シェリルは休日で街に出ていた。
先日購入したばかりの地球の服と靴、それからバッグにアクセサリー。エステで全身を磨き、勧められたヘッドスパとヘアトリートメントで気分もすっきり。風に躍る自慢の長い銀髪も、いつもよりつやつやと輝きを増している。
ケアされ完璧に仕上がった身体。それで街を歩けば、シェリルの美貌に老若男女問わず誰もが振り向くのだから面白い。
シェリルは自分の見た目を完璧に把握している。メンテナンスもケアも怠ることはないし、日々努力を重ねている。
それが武器になると知っているからだ。
シェリルはよく、敵対する相手が男だった場合に「荷物持ちになれ」と挑発するが、あれは相手を選別するためのセリフだ。もうほぼ癖のようなところもあるが。
あれに乗ってくるような者は大抵が扱いやすい。何も考えていない女好きか、もしくはそんな事を言うシェリルを軽く御しやすいだろうと甘く見ている馬鹿か。
ちなみに女には化粧品やボディケア、ファッションの話で懐にもぐり込む。それから恋愛事に代表される噂話だとか。どの星の女も、好むものはだいたい同じだ。だからシェリルは宇宙の流行にも敏感でいる。
自分の見た目も性格も、もっと言うと持ち物や人間関係、コネ、過去の経験。シェリルの持っているもの、今までの生き方、それらすべてがシェリルの武器であり、それを使うことに躊躇いはない。
――――そういう点からすると、隼斗と杢田のいるあの店は普段のシェリルとは真逆の位置にある。
木製で手動のドア。テーブル、椅子、ランプ。手書きのメニュー表に、レトロなカトラリー。あのコーヒーを淹れる技術だって、今はもうほとんど使われていないものだ。
時が止まっている。いつかのある日、あの店だけポンと時の流れから飛び出て取り残されてしまったように。
けれど、あの店はきっとそれで良いのだろう。
そういう在り方を選択しただけだ。この目まぐるしく廻り進む宇宙の流れに乗らないという選択。
それは、シェリルにはない考え方で、できない事で、今後も選ばないやり方だ。
それがシェリルには面白くて、新鮮だった。なるほどそういう考えもあるのかと知ることができた。
過去のやり方はひどく時間がかかって手順も煩雑で、しかも個の技量にかかる比重が大きい。
けれどそれに楽しさを見出すことができるというのを知った。あの店に通ううち、ゆっくりと流れる時間というものが案外心地良いということを知った。
シェリルにとって、それは新しい発見だった。
だからといって、何かをするわけではないけれど。
だって、結局シェリルは新しいものが好きで、今の自分が好きで、今のやり方が性に合っている。
海賊業の合間のショッピングは生きがいで、輝くジュエリーや、綺麗な服が大好きで。母船のクローゼットは常に一杯で、バルバドス宇宙海賊団が本拠地としている居城にはシェリル専用の大きな倉庫があるくらい。
エステだってヘアケアだって、結局は自分がやりたいから、自分のためにやっている。シェリルは美しいものが大好きで、それに自分も含まれる。美しいものを磨くことも好きだから、自分を磨くのだって好きなのだ。
そんなわけで、今日のシェリルは上機嫌だった。
次はどこに行こうか、何を買おうか。高級ショップがずらりと並ぶ繁華街をゆっくりと歩きながら考える。
先日も買ったが、地球のジュエリーは品質がいい。小振りなものが多い印象だが、それは日本という地域の好みかもしれない。
バッグを買い足そうか。地球にしかいない動物の皮を使ったバッグは買っておきたいところだ。希少性が高い。
化粧品も見ておきたい。パッケージにもこだわっているものが多いから、眺めていて楽しい気分になれる。品質が高い割に手頃な価格のものも多いから、色々な種類を大量に買って海賊団の部下たちへ配るのにちょうどいい。
シェリルはそうやって、船の乗組員や本拠地で働くスタッフへ土産を買っていくことにしている。今回のような長期の航海は特に。
彼ら彼女らがいなければ、バルバドス宇宙海賊団は動けない。影で働く諜報員から清掃スタッフまで、どこが欠けても円滑にまわらなくなってしまう。それに、このバルバドス宇宙海賊団の方針は「全員が家族」。シェリルは幼い頃からここで育ったためその考えは誰よりも理解している。
余談だが、そんなバルバドス宇宙海賊団が本拠地としている街ではアジトの城が人気の就職先だ。潤沢な海賊資金の恩恵をめいっぱい受けている街は景気が良いが、その中でも特に待遇がいい。海賊といっても連合軍傘下だから、表向きは法を犯していないことになっているし、必ずしも宇宙船に乗らなければいけないわけでもない。
バルバドス宇宙海賊団は街経済の中心なのだ。
それから、当の海賊たちも知名度、人気ともに高い。
宇宙へと出航していない時には幹部や船長もしばしば街へと降りてくる。ゼルハム船長は見た目も口調も恐ろしいが意外と気さくで民間人には優しく、金の使い方も豪快。老若男女問わず人気がある。市長選では毎回推薦されているが受けたことはない。
四人の幹部たちもそれぞれに人気がある。
肉体自慢のドバスはやんちゃな若者や子どもたちから尊敬の眼差しを向けられているし、物静かでしっかりとしたブジーは大人たちからの評判がいい。街の警備兵から配置などの相談を受けることもある。明るくノリのいいザバシュは若者たちとよく遊んでいるし、銃火器マニアとしてこちらも警備兵へアドバイスをしたり。
シェリルはというと、女性たちからの絶大な人気を誇っている。美人でスタイルもよくて腕っぷしも強い、自立した女。それがちょうどその土地の風土と合って、シェリルに憧れを抱く者が多い。
それから、街で「シェリル様のワードローブ」と呼ばれる不定期開催のイベント。シェリルのもう着ない服、使わないバッグや靴、宝飾品、化粧品その他いろいろ。それを安い値段で売る時がある。これが毎回大人気。なぜなら絶対に自分では買えない高級品、シェリルのお眼鏡にかなった最高品質のもの、遥か遠くの星の見たこともないような珍しい品。そんなものを手の届く値段で買うことができるのだから、街の女性たちはそれを楽しみに日々へそくりを貯めているのだ。
シェリルにとっては倉庫がいっぱいで入り切らなくなって、そろそろ片付けなさいと怒られた時の在庫処分なのだが、みんなが喜ぶならいいかと思っている。
そんなわけもあって、シェリルは趣味のショッピングを毎回全力で楽しむ事にしている。
けれど、そろそろ歩き疲れたし小腹も空いた。先程買った小物類も少し確認したいし、どこか手頃なカフェかレストランはあるだろうかと周りを見渡す。
そうして、目に入ってきたのは。
「――は?」
光線銃の光のようなものが一筋。遅れて、ドンと破壊音。建物が崩れる音。悲鳴。周りの人々がざわつく。シェリルのいる場所からはまだ距離があるが……。
(なんでこっちに来るのよ!)
確実に近づいてくる戦闘音。怒声も聞こえる距離まで来た。ちらりと見えたカラフルな強化スーツ。
本当にあいつらは他人の迷惑を考えない。
目の前で転倒した老人を助け起こしながらシェリルは考えを巡らす。今日のこちらの担当はブジーだったはずだ。だったら、周囲の建物や人的被害を最小限に抑えようとするはず。
「建物の中へ。なるべく奥へ入って」
ベビーカーを引いた親子を誘導する。足を引きずっている男を近くの建物の警備員に引き渡す。
戦闘はすぐそこで行われているが、巻き込まれる直前にこちらは避難できている。これで人的被害は相当抑えられるはずだ。
「危ない!」
警備員が叫ぶ。シェリルに向かって。
振り返る。戦闘で飛ばされたのだろう、大きな瓦礫が迫っていた。防御システムを、いや、間に合わない。
「シェリー!!」
怪我を覚悟した一瞬、視界が緑一色にかわった。想定していた痛みはない。抱きとめられた衝撃だけ。かわりに、瓦礫と何かがぶつかった鈍い音がした。
何か、なんて。それは、緑色の。
「シェリー、怪我はないか!?」
フルフェイスのヘルメット。黒いシールドで向こう側の顔は見えない。けれど、この声をシェリルは知っている。
地球の人間でシェリルのことをシェリーと呼ぶのはただ一人。
「…………ハヤト……?」




