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10 邂逅



 夜。星は見えない。


 高層ビルの屋上に立って、シェリルは夜空を見上げていた。

 雲はない。でも、星もない。文明が発展している星によくある夜空だ。特になんの特徴ないし、なんの感想もない。


 下からは微かにタタタタ、と断続的な音がする。小銃の発砲音だ。地上でブジーとレンジャー部隊が交戦している。緑とピンクがいないが、もうすぐ来るだろう。

 シェリルの任務は待機、場合によっては援護。けれど、援護は必要ないだろうと判断して高いビルの上にいる。ここから飛び降りたら、さすがに無事ではいられない高さのビル。つまり、すぐに援護には入れないところ。

 赤色灯が点滅する。シェリルの銀色の髪を赤く照らす。


 地球から遠く離れたシェリルの母星でも、こんな色の炎があがり、こんな銃撃音がしていることだろう。いや、あちらはもっと大規模か。

 シェリルが六歳まで育ったあの星は、終わらない星間戦争をかれこれ二百年近く続けている。シェリルの生まれるずっと前から、きっとシェリルの死んだずっとあとまで。


 豊富な資源が常に他星から狙われるけれど、資源が豊富にあるから武力には事欠かない。兵器をつくり、それを売り、自分達も使用して国家として成り立っている星。

 国民は幼い頃から兵器工場に駆り出され、戦争の歯車として働かされる。それに否やを唱えて出星することもできるけれど、その後どうなるかはシェリルが身をもって知っている。


 難民船は襲われ、奴隷船となりはてた。

 家族と引き離され、父と母がどうなったかなど知る由もない。薄暗く、不衛生な船の中は恐怖と絶望だけがあった。


 品物として選別され、何度か乗り換えさせられた船が別の海賊に襲われる。そうしてどんどんと人数が減っていく。かなりの高値で売れるのは、売られた先が外道だから。この先、あの子達は人として扱われることはないだろう。

 シェリルもまた、そういう者のところへと連れていかれた。連れていかれるはずだった。


 そこに割って入ったのが、バルバドス宇宙海賊団だった。


 シェリルはただ、運がよかっただけ。

 共に出星した百人以上のひとたちは、散り散りに売られていった。その中で、きっとただ一人。シェリルだけが、こんなに自由に生きている。

 

 馬鹿だな、と思う。

 戦争を国家事業としている母星を。国民を疲弊させ、難民として出星させるほど追い詰めて。その結果、近隣の海賊から奴隷農場だと思われているあの星を。

 わずかな希望にすがって難民になる人々を。よく考えもしないまま、無計画に宇宙へと出て行く人々を。

 馬鹿だと思う。けれど、否定はしない。


 シェリルはそんな母星も難民も助けようとは思わない。そんなこと、やろうと思ってもできやしないから。

 難民船を拾ったり、奴隷船を襲うだけなら簡単だ。けれど、そこに乗る百人以上の人々すべてにその後を保障することができない。行く宛がなければ広い宇宙で野垂れ死ぬだけ。そんな無責任はすべきではない。


 できないのなら、手を出さない。

 身の丈に合わない望みは持つべきではない。

 そう思うから、シェリルは今も母星の服を着る。


 可能性にすがって無謀をおこすことのないように。

 偶然に生かされた事を忘れないように。

 幸運を幸運のまま終わらせずに掴み取った判断力を保てるように。


 これは戒めであり、誇りでもある。



 ざ、とシェリルの背後で音がした。

 振り返って目に入ったのは、鮮やかな緑色。

 地上で戦っているレンジャー部隊の応援に駆けつけたのであろう緑の彼は、すこし迷ったような素振りを見せてそこに留まった。標的をシェリルにしたのだろうか。けれど、武器を抜くような動きもない。


「行かなくていいの」

「……行く。けど、その前にアンタと話がしたい」


 フルフェイスのヘルメットはシールドが黒く、中の顔も瞳も覗くことはできない。まるで今日の夜空のよう。そこに星があるはずなのに、見ることは叶わない。


 シェリルは言葉のかわりに指先で耳元をとんとんと示す。了承。けれど、通信は不可。ジェスチャーで通じたらしく、緑は通信機をいじる。


「――こちらグリーン。合流前にターゲット五番を発見。足止めする。……いや、いらない。必要ならこちらから連絡する。以上」


 ピ、と微かな電子音。通信を終了したらしい。

 シェリルもまた、回線を遮断する。こちらにその必要はないはずなのに。まぁ、こういうのはフェアにいくべきだろう。

 お互いに通信手段を絶って、これで正真正銘二人きり。双方無手。間合いの外。


「アンタたちが連合所属の私掠船というのは本当か」

「そうね」

「証拠はあるだろうか」


 シェリルは小型端末から証書を取り出す。こういう時のためのものだ。緑に見えるようにホログラム表示。


「……確認した。まずは我々の非礼を詫びたい。知らなかったとはいえ、大変失礼なことをしてしまった。申し訳ない」

「海賊相手にずいぶんと誠実なことね」

「相手が誰だろうと関係ないだろう」


 こんな時、ほとんどの者は所詮海賊だからと横柄な態度をする。まして謝罪をするなんて今まであっただろうか。

 この緑、よほどの人格者か、それともただ正直でまっすぐな馬鹿か。どちらにせよ人間としては悪くはないとシェリルは思う。

 こんな状況でなければ。


「……問題ない。あなたたちが我々の事を知らないのは分かっていたから」

「アンタたちの情報がないのはこの星でこの国だけだった。アンタたちが?」

「違う」

「じゃあ……やはり、うちの上層部が……」


 人格者であれ馬鹿であれ、その可能性を見つけられると非常にまずいことになりかねない。こちらの作戦に支障が出るかもしれない。緑だって、場合によってはそのドルネンファミリー(上層部)に消されるだろう。

 普段のシェリルであれば、緑の身の安全など放っておくのだが……何故だか今回は、そうしない方がいいような気がした。


「あなたの他に、そこに疑問を持った者は」

「いや、俺だけだ。ほかの奴らは……アンタは知ってると思うが……」


 言いにくそうな緑に、先日の黄色の発言を思い出す。海賊からしてもかなりの内容だと思う。実際、船に帰って報告した時は全員が言葉を失っていた。


「先日のあれは黄色の個人的な考えではなく、全員の共通認識ということ?」

「ああ。というよりも、部隊の……組織の方針だな」

「それに全員従っている?」

「俺以外は」


 これで本当にレンジャー部隊はドルネンファミリーを知らないのだろうか。そこは確かだと日本宇宙軍は言っていたけれど。緑は別としても、他は。


「みんな組織に命を助けられた奴ばかりなんだ。それで、盲信的というか……」

「ああ、それは」

「わかるのか?」

「そうね、その気持ちは……分からないでもない」


 シェリルも同じだから。

 命を助けられ、バルバドス宇宙海賊団の船に乗ったシェリルはそこの考えに染まった。そうする必要があったとも言うし、そうせざるを得なかったとも言う。

 けれど、シェリルは疑問は口にしたし、嫌なことは嫌だと言った。言える環境にあった。それはきっと、とても特別で幸運なことだったのかもしれない。


「俺は奴らの気持ちがわからない。仲間なのにな」

「……私の母星はクゼリル星だけど」

「――え、」


 緑の反応を見るに、シェリルの母星の悪名はこんな遠くの星まで届いているらしい。説明する手間が省けるとしか思わないが。


「気持ちが分からない。――だから何?」

 

 それはきっと、そんな経験をしてみないとわからない気持ちなのかもしれない。

 けれど、その気持がわからないというのは。


「そんなの、わからない方がいいに決まってるでしょ」


 そんなこと、経験なんてしないほうがいいに決まっている。

 戦争も、奴隷も、知らないのなら知らないまま生きていたほうがいい。関わらずにいられる方が幸せに決まっている。それは確かにもう一方から妬まれるかもしれないが、負い目を感じたりするような事ではない。絶対に。


「そう……だな……すまない」

「こういう事で謝られるのは嫌いよ」


 嫌いだし、謝られる必要も感じない。

 

「私は私を不幸だとも可哀想だとも思ったことはない。なぜなら過去があってこそ、今の自由な私があるからよ」


 海賊なんて、と言う人はいる。真っ当な生き方ではない。

 けれど、シェリルは今の自分が好きだ。それは過去があったからだけれど、シェリルは過去に固執もしていなければ囚われてもいない。


「強いな、アンタ」

「当たり前でしょ。私を誰だと思っているの」


 緑が小さく笑う。同時に、ピピと電子音。小型端末を確認した緑が溜息をついた。


「すまない、時間がなくなってしまった。話してくれたこと、感謝する」

「問題ない。ところで、戦闘はしなくていいの?」

「…………念の為、手合わせしてもらえると助かる」


 素直なことだと、シェリルは剣を抜いた。足止めをすると言ってしまった以上、多少の戦闘をしておかないと言い訳が立たないだろう。緑も剣を抜いた。

 まあシェリルとしても退屈な時間ではなかったし、緑と剣をあわせるのは楽しいからよしとしよう。


「礼なら一日荷物持ちで手を打ってあげる」

「勘弁してくれ」

「へぇ。この私を差し置いて他に気になる人がいるとでも?」

「……いや、」

「どんな子?」


 軽口を叩きながら斬り合う。シェリルの問いかけに動揺したらし緑が一瞬止まる。足を払って転がして、首筋に剣をぴたりと添わせる。早く言え、と剣の腹でヘルメットを軽く叩けば、緑は観念したように深い息を吐き出した。


「……最近知り合った人だ。外星から来たらしいんだが、よく俺の店に来てくれて」

「ふぅん」

「たぶん、最新式のものを沢山持っているだろうに、旧式のものにも興味をもってくれるんだ」

「それから?」

「……銀髪の、きれいな人で」

「それで?」

「………………あんたに、ちょっと似てる」


 にやにやとしながら緑の話を聞いていたシェリルだったが、最後の一言でついに吹き出してしまった。


「っふ、あはは! へぇえ。そうなの」

「っいいだろ別に、こんな話」


 おそらくヘルメットの中の顔は真っ赤なのだろう、隠そうと腕で顔を覆っているが、そもそもシールドで見えやしない。そんなことにも気が回らないほど動揺していて見ていて面白い。

 正直に話す必要なんてどこにもないのに、そんなことだから正直でまっすぐな馬鹿だとひっそりと評価されるのだ。

 そういう奴は、嫌いではない。


「冗談はこのくらいにして、今後の話よ」

「今後?」


 シェリルはこのからかいがいのある男をまだ失いたくはない。だって楽しいから。少なくとも、シェリルが地球にいる間は生きていてほしいと思う。


「あなたの上の奴らについて、これ以上の詮索は禁止」

「なぜ?」

「私達の計画の邪魔だから。あなたは今まで通り、組織の犬。少なくとも、そのフリをしなさい」

「それは……」


 緑は不満そうな声を出す。まぁ当然だろう。こんなことを言われれば誰だってそう。


「情報が欲しければまたこうして私と遊べばいい。あなたの恋バナと引き換えに教えてあげる」

「本当に勘弁してくれ」

「ああ、こっそり動こうなんて思わないことね。すぐ分かるから」

「どうやって?」

「あなたが、消されるから」


 沈黙。ヘルメットの向こうで、見えない目がじっとシェリルを見つめている。シェリルもまた、それを見つめ返す。

 どのくらい経っただろう。緑がふっと力を抜いた。


「……分かった。アンタの言う通りにしよう」

「あら、信じてくれたの」

「ああ。……アンタの目は嘘をついていないから」


 

 ――――目を見ればわかる


 

 緑の声が、隼斗の声と重なった。低めの、落ち着いた声が。

 思えば、ずいぶんと似ているような。


「チキュウ人は……」


 それが常套句か何かなの。

 そう口から出かかって、シェリルはそれをすんでのところで飲み込んだ。どんな答えが来ようが、なんだかとても、そう、困ったことになりそうな。そんな気がして。






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