お目付け役は、くノ一。
今日もいい天気だなー。
見上げる空に雲はなく、どこまでも続く青い景色。義人は相も変わらずふらふらと、自宅に向かって歩き続けている。
それにしても、全然疲れねぇなぁ。
これも超人化した影響か? などと何処かの主人公のように分析していると、1台の大衆車が進行方向2・3メートル先、ハザードを点けて路肩に停車した。
大通り。見慣れた光景。義人は何も気にすることなく、その横をスタコラと通り過ぎるつもりであった。
「梅竹さん!!」
声を掛けられるまでは。
思わず顔を右側に向けると運転席からこちらを覗く、えらい美人がそこにいた。
誰っ!?
突然現れた自然と口角を持ち上げることができる人懐っこそうな、下手をすれば高校生でも通りそうな童顔美女に狼狽え、戸惑うことしかできない。
「ちょっと待ってくださいね」
そういうと後方からの車を確認し、ドアを開け、颯爽と降りて来る。
「お待たせしました。初めまして。わたくし、『内閣情報調査室』、『超常現象対策研究準備室』の藤川佳歩と申します」
そう言って両手で名刺を差し出して来る彼女に義人は訝しげな目を向けた。
1984年、昭和59年生まれの23歳。身長は160センチから165センチ程度。動けば揺れるその豊満な胸を黒のジャケットと白のワイシャツで覆い隠し、下は膝丈のペンシルスカートとベージュのストッキングを着用している。靴は運転のことを考えてかグレーのスニーカーで、それが顔と相まってどこか幼さを演出していた。
「ああ、ありがとうございます……」
手入れの行き届いた長い艶のある黒髪に顔は小さく、唇は薄桃色。その肌は触れれば弾み、あるいはしっとりと吸い付く玉のような美しさがそこにはある。そして二重の好奇心に満ちた小動物のような丸い大きな瞳は長い睫毛で縁取られ、真っ直ぐ義人の顔を捉えていた。
いい匂いがする……。
何をどういう風にして漂わせている匂いなのか皆目見当も付かないが、優しく香る花のような甘さは嫌いではなかった。鼻をくすぐられ、警戒心が僅かに緩む。
本物か?
両手で受け取った名刺を一度裏返す。確かに昨日、病院内で両親と共に県警の生活安全課や警備部、そして内調を名乗る大人たちの取り調べを受けた。そしてその際、『明日誰かを寄越す』。そう言われていた為、たぶん本物なのだろうと一応は判断を下した。国内はもちろんのこと、他国にもまだ情報は流れていない為、大人しくしておけと大人たちからは釘を刺されていたのだ。
この人がお目付け役か。
大柄で強面の男に来られるのも嫌だが、女性を使いに寄越されるのもなんだか馬鹿にされているようで嫌な気分になる。
人前で能力なんて使わねぇよ。
子供扱いすんじゃねぇと、腹を立てる義人であった。
「それじゃあ、いつまでもこんなところに居るのもあれなんで、乗ってください」
そう言って彼女は助手席のドアを開ける。
「ああ、すみません。ありがとうございます」
助手席? とは思ったものの、頭をぶつけないよう手まで添えられてしまったにも関わらず、それを断って後部座席に座る勇気を義人は持ち合わせていなかった。
他に誰か乗せるのかもしれない。そう自分を納得させ、会釈しながら車へと乗り込む。側を通り過ぎる際、またしても甘い匂いが鼻をくすぐる。
「それじゃ、閉めますので気を付けてくださいね」
やけに丁寧だな。
ふっと微笑む彼女につられ、少年もまた自然と顔をほころばせ、会釈した。他人を乗せるということはこういうことなのかなと再び自分を納得させる。
第一段階、終了…………。
クックックックと腹の中で悪い笑みを浮かべる佳歩。左右を確認し、車が来ないことを確かめてから運転席へと舞い戻る。
「シートベルトは、大丈夫ですね。ありがとうございます。それじゃ、出発しまーす」
自身もシートベルトを締め、右側のウインカーを点滅させてから車は再び走り始めた。
「梅竹さんのご自宅は私の実家の近くでもあるので、一応土地勘はあるんですが念の為、道案内をお願いしてもいいですか?」
「ああ、そうなんですか。へぇー、どこら辺なんですか?」
見掛けた記憶がない為、同じ町内なんだろうかと純粋な気持ちで彼女の方に顔を向ける。
見ましたね、梅竹さん。やっぱり男の子ですねー。
前を向きながらであっても彼女はシートベルトで僅かに強調された胸部とスカートから伸びる足に一瞬視線が動いたことを見逃さない。
「あの歯医者さんあるじゃないですか。そこをもうちょっと行ったところですね」
「ああ、あの辺なんですね。ホントに近所ですね」
「そうなんですよー。私もびっくりしちゃって」
「そうですよね。まさかですもんね」
「ほんとそうですよ。狭い世の中ですよねー」
「ほんとですねー」
アッハッハと車内の空気がほころぶ中、彼女は再び腹の中で笑みを浮かべる。
クックック。計画通り…………。
藤川佳歩という偽名の女性に与えられた任務は義人の監視と護衛、そして籠絡である。総理は世界初の超人の手綱を握る方法として、ハニートラップを用意した。国家公務員試験を突破し、名門大学を卒業した彼女はちょっとした噂となっており、総理の求める人材にぴったりであった。
報酬は大卒初任給としては破格の給与と総理の後ろ盾、そこから派生する巨大な人脈である。
出世とか興味ないですけど、上手くいけば一生お金に困らない、人生好き放題! バラ色の生活が待っています!! 幼いの頃より忍びの末裔として叩き込まれてきた数多の技術、ここで存分に利用させて頂きますよー。
フッフッフッフ……。アーハッハッハッハァッ!!
高笑いしそうになるのを我慢しながら車は義人の家に向かって走り続けた。