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彼の名はホッグ・ノーズ

 師走の夕焼けが顔を照らし、冷たい風が頬を撫でる中、義人は現場に残り、木島と冴島の最後を見届けていた。


「…………」


 芝生に転がされた2人は再生の兆候を見せた為、文字通り、蜂の巣にされる。そして研究用のサンプルとして体の一部をチェーンソーで切り取られ、最終的には火炎放射器で丸焼きにされた。


 それをぼんやり眺めるも、義人は『むごいなぁ……』という感想しか湧いてこない。


 疲れた…………。


 何かあればすぐに動けるよう待機しているつもりであったが、この分だと何も起こることはなさそうだ。義人はそう判断する。


 早く帰りてぇなぁ……。


 塀に寄り掛かってしゃがみ、薄暗くなっていく空を見上げた。流石に冬は日没が早い。現場は相変わらずバタバタと光源の準備など人が忙しそうに走り回っている。


 いつまでここに居ればいいんだろ?


 義人はそれしか思わない。


 正義だとか悪だとか。自分は正しいことをしただとか。人を殺したという事実に向き合ってないだとか。そんな道徳や倫理観の話など、今の彼には全てどうでも良かった。これで厳戒態勢が解かれ、また日常が戻ってくる。ようやく終わったのだと一安心していた。


 早く帰って風呂に入って寝たいなーなどと考えていると、


「梅竹さん!!」


 急に名前を呼ばれ門戸の方に目を向けると、パンツスーツ姿の美月が白い息を切らしながら姿を現す。


「もう捜しましたよ!! こんなところで何をやってるんですかッ!?」


 困惑したような、少し怒ったような顔をしている。


「何って……。何かあったら大変なんで、終わるまで見守っていようかと思いまして……」


 そう正直に答えると、


「そんなこともうしなくていいんです!! 誰かに何か言われたんですか!?」


「——いや、別に誰も……」


 こわ……。


 確かに誰にも何も言われてはいないが、そんなにも怒らなくても……。義人はゆっくりと立ち上がる。


「ホント気が利かないですよねー。誰か声を掛けてくれたっていいのに」


「まあ皆、忙しかったんじゃないですか?」


 自分と同じように現場が初めての人もいるだろうし。


 そんなことをぼんやり言うと、


「まあ、そりゃそうですけど……」


 美月は「はぁ……」と、大きな溜息をつく。


 ん?


 義人は溜息の理由が解らない。


「じゃあもう終わったんで、とっとと帰りますよ!!」


「はい。解りました」


 オカンかな? などと思いながら彼女の後ろを付いて歩く。


「…………」


 すると、義人はコートを着ていないが為に露出した、その小さくて丸い、きゅっと上がった可愛らしくも上品なお尻に目を奪われてしまう。


 えっちだなぁ…………。


 ありがたや…………。心の中で手を合わせながらも素知らぬふりを装い、帳が降り始めた住宅街をゆっくりと歩いた。






 新年を2日後に控えた日曜日。緊急事態宣言が解かれ、街は家族連れやカップルなど、ようやく年末の活気を取り戻していた。義人は美月に連れられ、ボロボロになって捨てることになった上着やそれに合う服を一式買う為、昼前から商業施設をいくつか回っている。


 これがデートか……!!


 端から見れば年の離れた姉弟にしか見えなかったが、私服姿の美月を拝めるとあって、朝から義人は舞い上がっていた。


 やばいッ…………!! 可憐すぎるッ…………!!


 私服姿の美月は通常時の3倍以上の破壊力を持ち、白いコートに白いニット。黒のチュールスカートという出で立ちで、洗練された大人の色気を感じずにはいられなかった。


 義人はというと、破棄した物によく似た黒の中綿ジャケットに緑のカーゴパンツといったお馴染みのスタイルで、美月にも『やっぱりアウトドアな感じが好きなんですね』と言われてしまい、本人的には好きというかこれが一番しっくりくるというだけで、もう少しファッションの勉強でもして綺麗目な恰好をすれば良かったと少し恥ずかしさを覚えていた。


「そろそろお昼ですね……」


 小さな腕時計を見て、美月は呟く。


「梅竹さんは何か食べたい物はありますか?」


 特別食べたい物がなかった義人はつい、「なんでもいい」と答えそうになり、急いで「パスタかオムライスなんてどうですか?」と尋ねた。パスタかオムライスが鉄板だと優人に聞いていたのだ。


「パスタかオムライスですか。そうですねぇ……」


「何か食べたい物があれば僕はそれでも大丈夫ですけども……」 


 店はリサーチ済みで、優人はパスタだろうと予想していた。


 何が来る……。


 ドキドキと心臓を高鳴らせながら答えを待っていると、


「まあ年末で混んでるでしょうし、少し見て回りましょうか」


「——ああ、はい。そうですね」


 あれ?


 スマートなデートをするには知識も経験も足りず、懐事情も頼りない。デートも気に入られたい。嫌われたくない。という自分本位の意識が先行し過ぎていて、相手を知る。楽しむというところが抜け落ちてしまっていた。


「……梅竹さん」


「はい」


 彼女は何かに気付いたのか、義人に対し、こう尋ねてきた。


「笹川さんに何か吹き込まれましたか?」


「え?」 


 なんでバレた!?


 これが大人か!! と内心驚きつつもキョトンとした顔で、


「いえ、特に何も」


 そう答える。


「ふーん……。そうですか」


 咄嗟についた嘘を余裕で看破されてしまったようだ。


 さすが内調……。


 絶対に関係ないだろうが彼女との経験値の差を感じ、少し悔しさを覚える義人であった。


 ホント叶わないな……。


 しかし、そんなどこか埋まらない差になぜか心地よさを覚えもする。


 幸せだなぁ……。


 久し振りに感じる充実感。そのお陰で周りの人々と同じように柔らかな顔付きになる義人であった。

星評価、お願い致します!!

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