表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

接敵。4号VSホッグ・ノーズ

 午後12時55分。義人は東雲邸のチャイムを押した。東雲邸は高級住宅街の中でも一際大きく、白を基調としたいくつもの長方形や正方形でできた、まるで要塞のような家だ。画像で見るよりもやはり実物は重厚感がある。高い塀で囲まれ、中の様子を伺うことはできない。


 何をすればこんなデカい家に住めるのか、などと余計なことは考える余裕もなく、義人は門に取り付けられたインターホンを押す。


『お待ちしておりました。どうぞお入りください』


 可憐な声がインターホンから聞こえてくる。


 綾乃さんか……?


 なんとなく義人はそう推理した。

 

 門を開けると、玄関まで一直線に白い石の通路が伸びている。左右に目を向けると、広大な芝生の庭があり、週末になると人を招いて庭でパーティーでもやっていそうな雰囲気のある広さであった。


「……」


 視線は感じない。中にいる筈の人の気配も感じ取ることはできなかった。

 

 本当にこれは家なのか。魔王城か何かだろ。そう心の中でツッコんでいると、ようやく玄関へと辿り着く。

 

 チャイムは見当たらない。勝手に開けるぞと手を伸ばし掛けたところ、扉がこちら側に迫って来る。半歩後ろに下がると、中から姿を現したのは純白のセーラー服を身に着けた少女であった。


「初めまして。わたくし、東雲綾乃と申します」


 やっぱりな……。


 長い光沢のある黒髪。白いハリのある柔肌につぶらな大きな瞳。画像で見た東雲綾乃、その人だ。


 彼女に促され、中に入る。土間があり、靴を脱ごうとしたところ、


「どうぞそのままお入りください」と彼女は言った。


「……」

 

 少しためらいを覚えながらも土足のまま室内へと足を踏み入れる。綾乃は丁寧に靴を脱ぎ、愛用の白いモコモコとしたスリッパへと履き替えていた。


「お待たせいたしました。ご案内いたします」


 日光がよく入る明るい室内のはずが、なぜか一瞬、真夜中の姿を幻視した。


 なんか嫌な感じがするな……。

 

 彼女を先頭に廊下を進み、リビングへと通される。その扉を開けると、開放的な空間が広がり、日中であれば蛍光灯の明かりが不要なほど日の光が室内へと降り注いでいる。しかし、そこにあったであろうソファやテーブルは片付けられ、その中央には窓側と室内側、向かい合わせに2脚の椅子が置いてあるだけであった。その内の1つ、室内側に襟のあるカッチリとした服装の男が1人、座っている。綾乃はその男の左隣へと向かった。


「初めまして。4号です」


「…………」


 言葉が出てこない。彼の後ろには5人の女性が控えている。まるで王に仕える侍女のようだ。


「イカしたマスクですね、それ。自作ですか?」

 

 ようやく義人が被っているフェイスマスクについて触れられる。


「いえ、貰い物で……」


「へぇー……。何かコンセプトとかあるんですか?」


「自分はどうも、ネット上でホッグ・ノーズと呼ばれているようでして……」


「ホッグ・ノーズ……? ホッグ? ああ、豚ですか? だから、猪。いいですねー。カッコイイじゃないですか」


「そうですね。中々、気に入ってますよ」


「いいなあー……。僕なんて、4号ですよ? しかも付けたのは木島で。あいつが3号がいいなんて言い出したからそうなりまして」

 

 馬鹿ですよねーと、4号は笑う。


「…………」

 

 こいつが例の……。

 

 木島の気配は感じない。自分を呼び出した理由も解らず戸惑っていると、


「いつまでもそんな所に立ってないで、座ったらどうです?」


「…………」

 

 不意打ちのことも考えると立ったままの方が都合が良いのだが、ここは大人しく従うしかない。下手に刺激して彼女たちの身を危険に晒す訳にもいかなかった。彼女らの様子を見るに4号と名乗る男の能力によって連れて来られたとしか思うことができない。


「そんな緊張しないでください。楽しくおしゃべりしましょうよ。僕はあなたに興味があるんです」


「興味ですか……」


「そうです。なんたって、人類初の超人ですからね。色々と聞いてみたいことがありまして。なぜその身に宿った異能の力を世の為、人の為に使ったのか? なぜ自己の為に使わなかったのか? とかね……」


「そうですね……」


 4号の口調、態度が妙に癪に障り、義人は苛立ちを覚える。


 落ち着け……。

 

 一度深呼吸し、頭の中を空にした。そして再び、思考の回路が動き出す。

 

 何を仕掛けてくる気だ?

 

 そう考えながら質問に答える。


「そういう流れになったから、というのが正直なところですね。それに自己の利益に生かせるような能力でもなかったので……」

 

 普通どんな能力だろうと、いきなり自分の為に使うのはおかしいだろ……。

 

 義人は心の中でそう呟く。


「なるほど。そう言われてみると、確かに君の能力は肉体変化に偏っていますね。能力は普通の触腕と金属の触腕。それと超人的な再生能力でしたよね?」

 

 他にも何かあるんですか? 4号は尋ねる。義人はこれまでの質問から4号の能力が他者の思考を乗っ取り、操ることができるものなのではないかと推察する。


 そうなって来るとやはり、彼女たちはただの被害者だ。どうにかして助け出さないと……。

 

 義人の眉間に皺が深く刻まれた。


「あとはー、そうですね。壁や天井に張り付くことができますよ」

 

 それぐらいですかね。義人はこちらの能力全てバレてないと判断し、咄嗟に奥の手を隠した。


「おおっ!! スパイダーマンッ!!」

 

 シュシュッと、糸を出すポーズを取って見せる。後ろに控える彼女らは微笑んだまま微動だにしない。


 生きているのか……。


 もう既に死亡している可能性も考慮する必要があるな。そんなことを考えていると、4号は「カッコイイねー」と言いながら、


「俺の能力はね、人を意のままに操ることができるんだよ」


 ニヤリと、下種な笑いを浮かべるのであった。


「えっ」


 突然の能力の開示。それが真実かどうか、判断する材料を義人は持ち合わせてはいない。


 どういうつもりだ……。

 

 やはり彼女たちは生きているということなのか。男の意図がまるで掴めない。


「もし君がこの能力を持っていたとしたら……君ならどうする?」


「…………」

 

 そんなの決まってる。考えるまでもない。義人は男の目を見据えて、キッパリとこう答えた。


「どうするも何も、それで自分の欲望を満たそうとは思いません」


 その答えに4号は怒りもせず、ただ余裕の笑みを浮かべた。


「いやぁー……嘘だね」


 しかし内心、気に入らないとその目が語る。


「君、今いくつ?」


「……16歳です」


 なんだ? 再び意味不明な質問が始まった。


「16歳ッ!? 若いねー。それなのに女の子と遊びたいとか思わないの?」


「……そうですね。思わなくはないですね」

 

 それを聞いて安心したと、4号は語る。


「そうだよねー。そりゃ遊びたい年頃だもんねー。俺も学生の頃はさあ——」


 そう言って自分の過去を話し始めた。義人の頭の中にはその内容が一切入ってこない。事前に言われていた、『とにかく会話を引き延ばせ』という言葉でいっぱいであった。この作戦の裏でもう1つ、重要な作戦が同時進行で行われている。


 自己の正当性を語り終えた4号は再度、義人に問う。


「それでも君は、自己の利益の為に能力を使わないのかい?」


 何度聞かれようと、答えはもちろん決まっている。何を言われようと、それは決して揺るがない。


「自分は彼女たちの意思を捻じ曲げてまで、自分の欲望を満たそうとは絶対に思いません」


「…………」

 

 男は初めて口を閉じた。その表情は徐々に怒りによって蝕まれていく。

 

 来るか……。

 

 義人は襲撃に備え、右腕の袖の中で触腕を静かに這わせ始めた。


 この距離なら、一気に仕留められる……!!

 

 しかし、触腕の存在はバレている。やはり彼女たちを盾にするつもりなのか。その点を考慮して行動しなければならない。


「——君は俺が間違ってるって、そう言いたいのかい……?」

 

 そりゃそうだろ。

 

 一直線に首は狙わず、まずは足元を狙うべきか。それとも1本を囮に、もう1本で先に彼女らの動きを封じるか。

 

 どうする————。

 

 決断の時が刻一刻と迫って来ていた。


「まだ間に合います。彼女たちを開放して、投降してください」

 

 穏やかに、そして優しく語り掛ける。まだ間に合う。早まるなと。


「それで俺をどこに閉じ込める。動物園か? ゴリラと仲良く相部屋しろってか? そんなのごめんだね」


「そんなことにはなりません。 ですからどうか、まずは彼女たちを——」


「これから能力者はどんどん増えるぞ。そしたら君はどうする?」


「…………」

 

 来たな……。


 木島の後、4号は県警を通し、政府に取引を持ち掛けていた。自分の能力は超人を無力化するのに有効であると。だから自分を見逃して欲しいと。


「ヤクザに売ったんだよ。俺の血液や能力で作った超人になれる薬をね」


「…………」

 

 事前に聞かされてはいたものの、義人はすぐさま目の前の男をぶん殴ってやりたかった。それがいかに危険なことなのか。世界にどれだけの被害を与えるのか。解らなかった訳ではあるまい。ただ自己の優位性を示す為だけに、その犯した罪から逃れる為だけに世界中に火種をばら撒く。

 

 許せない……。自然と拳に力が入る。


「俺の能力は役に立つよ。まだ試してはいないけど、能力者を元に戻すことができるかもしれない」


「……それで、俺にどうしろと」


 義人は男に先を促す。


「実はね、君がここに来る前に県警のお偉いさんとちょっと話をしてさ。後ろの5人は開放する。研究にも協力する。この家の敷地内から一歩も出ない。だから綾乃と2人で静かに暮らさせて欲しいってね。聞いてなかったかな? もしかしたら今頃、総理まで話がいっているのかもしれない」


 だからなんだというのだ。周囲を囲む特殊部隊員たち。政府の答えは既に出ていた。


「……では、この会話はただの、僕への純粋な興味からですか? それともただの暇潰しですか?」


 その問いに男の自尊心は満たされていく。


「両方かな。前例のない取引だし。日本の政治はとにかく決めるのが遅いからね。時間が掛かるかと思って」


 これまでの会話から義人は考える。


 この男はきっと、他人を見下したくて仕方がないんだ。だからこうやって人を呼びつけて、一方的に講釈を垂れる。自分は凄いんだ。選ばれたんだ。特別なんだと思い込みたくて。そう考えてしまう程、今まで散々痛め付けられてきたのかもしれない。もしかしたら、失うものが何もないのかもしれない。

 

 しかし、だからといって、こんなことが許されていいはずがない。一線を越える。人を傷付る。そんなことをしていい理由にはならない。


 県警、内調、自衛隊の合同対策本部の立てた作戦は、作戦とはとても呼べない、至ってシンプルなものであった。

 

 能力者1名と共に被疑者の無力化を試みる。これが不可能であれば、現場判断にて射殺もやむなし。であると。


 人的被害の少なさを考慮すれば、万全な状態の能力者に対する有効打が義人と優人の2人だけである以上、この2人には前線に立って貰わなければならない。しかし、優人はこれを拒否。理由は『だって怖いじゃん』である。その為、義人が単独で被疑者2名を相手にすることになり、能力者の体力、再生能力共に有限であることから、ある程度削ったところで数による波状攻撃が有効であると判断を下したのであった。


 しかし無力化できた場合、どこに閉じ込めておくのか。政府としての本音は現場での死亡が一番望ましい結末であることは言うまでもない。


 現在、取引を行ったとされる組事務所への家宅捜索が行われていた。そちらにも人員を割かれている為、そちらがある程度片が付くまで時間を稼がなくてはならなかった。こちらの人員も有限である。超人事件の後、警察官と自衛官の退職者が続出したのも痛手であった。


 ホント優人がいてくれたらな……。

 

 もちろん無理強いをするつもりはないが、そう思わずにはいられない理由が優人にはある。彼は幼少の頃から空手や柔道、剣道、水泳にバスケなど、さまざまなことを習っていた。そこに超人の力である。確実に義人よりも強いはずだ。しかし——。


『は? やる訳ないじゃん。なんで俺がそんなことやらなくちゃいけないの。いや、色々やってたにはやってたけど、長続きしなかったし。それに色々やってたのは単純に女の子にモテたかったからだし。義人も止めとけよ。割に合わないって。なんで俺たちがそんなことやらなくちゃいけないんだよ。え? 大いなる力? んなもん知らねーよ。なんで望んでもねえ力に責任感じなくちゃいけねーんだよ。え、なに義人。ヒーローになりたいの? 止めとけって。あんなの頭のおかしい奴がやることなんだから。絶対死ぬじゃん。死んだら悲しむぞ。おじさんもおばさんも。そんなにも親不孝者になりたいのかよ。理解できねーよ、マジで……。ま、俺にはゆかりもいるからさ。悲しませたくないんだよ……。悪いな、マジで。すまん。ごめんだけど、俺には無理だ。義人も危なくなったら逃げろよ。マジで頼むぞ。ゆかりと2人で葬式にいくなんて、俺絶対に嫌だからな!!』


 ……思い出しただけで、若干の苛立ちを覚えるのはなぜだろう。心配をしてくれているのは解るのだが、要所要所に挟まる彼女居ますアピールが義人の心をざわつかせる。それは彼女がいないというだけではなく、七杜ゆかりが義人の初恋の相手であることも関係していた。気持ちを伝えることもできないまま終わった、苦い初恋の思い出である。


「どうしよう、なんか暇だね。木島ともう一戦やってみる?」


「はい?」


 何を言い出すんだ、こいつは。


 戸惑う義人を余所に4号は声を上げた。


「おーい。木島―」


 手を2回叩く。すると階段を降りて来る音と共に長袖のTシャツにスウェット姿の木島がリビングへと姿を現した。


 嘘だろ、おい……。


 外の人員はどうなったのか。右耳に付けたインカムからは何も情報が入ってこない。


 覚悟を決めるしかないってことか……。


 助けが来るかも分からない状況の中、義人は立ち上がり、静かに拳を構えた。


「…………」


 対する木島も袖口が切れることを気にする様子もなく、下げた両腕から見慣れた鎌を伸ばし始める。


「試合、開始ィッ!!」


 4号の号令と共に木島が飛び出す。


 チクショウ!!


 こうして2人のリベンジマッチは始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ