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超人が生まれた日

 人類初の超人は、2人の少年であった。


 西暦2007年12月4日。火曜、午後9時23分。時の首相、福山益男はいわゆる超人、人知を超えた能力に目覚めた新人類が誕生したと聞かされ、冗談だとは思わなかったが、「なんの冗談だ?」と思わず口にしてしまったと後年語っている。そして原因が少年宅の庭に落ちた小石程度の隕石によるものだとは夢にも思わなかったそうだ。首相はすぐさま少年らの情報収集と監視を命じる。


「もう一度、2人の名前を教えてくれないか?」


 刻み込まなくては。


 これから何度も目に、耳にする重要人物である。場合によっては歴史に名を残すかもしれない。そう考えると、顔と名前を二度と記憶から消せないほど海馬に刻み込む必要がある。


「はい。『梅竹義人』と、『笹川優人』です」


「——ありがとう……」


 こうして人類は、新たな局面を歩み始めた。






 目を開けると、そこは四角い部屋だった。


 壁と天井は白く、床はワックスによる特殊加工が施され、窓や蛍光灯の光を反射している。


 これが知らない天井か……。


 人類初の超人となった『梅竹義人』は一度、大きく伸びをする。そこで改めて自身の体に生じた変化——といっても外見的特徴は何も変わっていないのだが――の観察を始めた。


 黒の短髪、身長は181か2センチ。元々肩幅のあるがっちりとした体格であった為、アメコミヒーローのような腹筋の陰影がハッキリとした訳ではないが、かといってもやしのような頼りなさもない。肌の白さでいえばどっこいどっこいだ。単純に言ってしまえば長身中肉といったところである。


 顔も相も変わらず四角く、つまらなそうな光のない一重の瞳。口もへの字に曲がり、己の性根の悪さが表に出ているようで嫌だった。


 イケメンにでもなれたら良かったのに……。


 思った通りには進まないのが世の常である。


 ——眠い。


 両手で顔を擦り、腕を組んで窓の光から逃れるよう体を右側に倒す。


 今、何時だよ……。


 ベッドの横の床頭台に置かれた握り拳大のデジタル電波時計に目を向けると、時刻は午前7時49分と表示されている。


 とりあえず呼びに来るまで部屋で待機しててくれって言われてるし、もう一眠りするかな……。


 着慣れたスウェットに家の煎餅布団が嫌になるほど頭と体を優しく包み込む枕とベッドの存在に義人は安心して惰眠を貪ることを決意する。しかし、そうはさせまいと横開きのドアがノックされた。


「おはようございまーす。梅竹さーん、起きてくださーい。朝ですよー」


 ガラガラと音を立てるカートと共に女性看護師が足早に入って来る。黒い髪を後ろで束ね、ツンとした大きな瞳。仕事ができますオーラを全身から漂わせる、スタイルの良い清廉な女性だ。


「……おはようございまーす」


 ああ、駄目なんだな。予定がぎっちり詰まっているようだと全てを察した義人はノソノソと大人しく体を起こした。


「昨日は良く眠れましたか?」


「ああ、はい。良く眠れました」


 枕が変わるとーということがある義人であったが、スッと眠り、気が付いたら朝を迎えられたほど最高の一晩であったように思う。一服盛られたという気がしないでもないが、今の自分であれば気付くことができると思うし、効かないだろうという謎の自信がそこにはあった。


「そうですか。それは良かったですね。気分が悪いとかも特にないですか?」


「そうですね。特にありません」


 事務的な会話。義人はニコリともしない彼女と何とか目を合わせつつも少し圧を感じていた。


 なんか緊張するな……。


「解りました。では、朝の体温お願いします」


 やっぱ忙しいのかな……。などと思っていると、紫外線を酷く嫌う白く透き通った手が伸びて来て、体温計を差し出してくる。


「ありがとうございます」


 受け取り、左の脇に差し込んですぐ、電子音が鳴り響く。取り出して見ると36度5分、と表示されていた。


「いつもこれぐらいですか?」


 手渡し、彼女は問う。


「……たぶん、そうだと思います」


「そうですか、解りました。もう少ししたら朝食が来ます。それまでもう少々お待ち下さい」


 それだけ伝えると、彼女は足早に去って行った。


「ふぅ……」


 なんか疲れた。


 息子もとうに落ち着きを取り戻したようだし、トイレにでも行くかとスリッパを履き、パタパタと病室を後にする。


 拘束される訳でもなく、ドアの前に誰かが立っている訳でもない。


 本当にただの検査入院なんだな。


 そんなことを考えながらこれからどうなるのか、一抹の不安を覚えながらも大人たちの右往左往を他所に超人第1号は欠伸をしながらマイペースにトイレへと向うのであった。




 朝食を終え、採血や身長、体重、視力検査といった健康診断を一通りやり、気が付けば病院の外に居た。


 これで終わり?


 両親からはタクシーで帰れと言われていたが歩いて帰れないこともない距離だった為、少し歩いてから考えようと義人はボストンバックを担ぎ、歩き出す。


『拘束されなくて良かった』


『俺らの他に能力者っているのかな』。


『これって何かの試験?』


 などと考えを巡らせていたが、それらは全て的外れもいいところである。


 いくら超能力者になったとはいえ、現行法では何の罪も犯していない、それも未成年者をどういう法的根拠で拘束できるのだろうか。そもそも手錠を引き千切ることができるゴリラを何処にどう拘束するのか。そんな場所を僅か数時間のうちに用意することなんてできる訳がないし、安易に敵対するメリットがないことを彼は何も理解していない。国民はもちろんのこと、他国にも超常の力に目覚めた新人類が誕生したという情報は洩れてはいないというのが『公安警察』と『内閣情報調査室』の出した結論であった。


 それを聞いた総理は安堵する。じっくりと事を進める時間はあると。上がって来た情報によれば彼は国家を危機に晒すような危険思想は持っておらず、真面目で優しい性格なのだそうだ。それは超人化した際に心臓の止まった友人を迷わず助けたことからも読み取れる。至ってごく普通の学生なのであろう。


 更に彼は高い再生治癒能力を有しており、上手くいけば医療分野の飛躍的な技術革新が期待できるのだそうだ。であれば、手綱さえ握ればこちらのもの。15歳の子供など、飴さえ与えておけばどうとでもできる。


 親しい女友達はなし……。ふん、童貞か。


 総理は部下に指示を出した。


「どこからでもいい。とびきり可愛い女を用意しろ。そうだな……。歳は20代前半といったところか。金は私が用意する。仕事内容は子供のお守りだ。そう伝えておけ」

 

 まさに天からの恵みか……。これで私も、世界の歴史に名を残せるな。

 

 日本の頂に立った男は更なる名声を求め、新たな一歩を踏み出していた。

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