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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

滅亡の淵にこしかける。

作者: 秋桜星華

本作には、戦争・死別・処刑といったシリアスな描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

「だれもいなくなっちゃったなぁ」


 瓦礫(がれき)に座り、リーゼは呟いた。


 その周りには、異様な光景が広がっていた。


 都市だったと思われるものは、大きなコンクリートの塊に。木は焼き尽くされ一本もなく、人はおろか、犬一匹見当たらない。


 しかし、そんな光景はもう彼女にとって非日常でもなんでもなくなっていた。


「あ、タンポポ」


 瓦礫に身を隠すように咲いたタンポポは、その花から名付けられた兄を思い出させた。


「なんでこんなことになっちゃったんだろう」


 きっかけは間違いなく、あのときだ。




 ◇ ◇ ◇


「この国の制度は、間違っています」


 前の王が崩御され、その息子が王位を継承した。娶ったのは上級貴族だった。


「わたくしは、身分制度を廃止します」


 王妃が、宣言した。



 それからというもの、王妃は凄まじいスピードで改革を進めた。


 下級貴族、中級貴族、上級貴族……


 実に多くの貴族を、平民に落とした。


 勿論抵抗した者もいた。「自分たちが平民になるなんて冗談じゃない。そんなことは認めない」と。王妃はそんな者たちに対して武力を用いて対抗した。反抗者は、為すすべもなく鎮圧された。


 それは、リーゼの家族に対しても例外ではなかった。



 リーゼは、もともと上級貴族の一員だった。貴族社会には、宰相の妻セリスを支持する派閥と、現王妃クリスを支持する派閥の二つが存在していた。そして、リーゼの家はセリス派に属していた。


 リーゼの家族は平民に落とされ、生活は一変した。

 いままで使用人にやらせていた仕事を全て自分たちでやらなくてはいけなかった。唯一の救いは、外面だけのお茶会がなくなったことだが、厳しい生活に耐えられず、両親は流行り病で程なくして星になった。


 リーゼの兄は、必死に彼女を守ってくれた。

 まだ十にもなっていない彼女を。


 大変だっただろう。でも、彼は疲れを態度に表さなかった。


「神なんていないね」

 なんて、2人で笑いながら話した。


 彼はその間に、王妃へ急速な身分制度の廃止をやめてほしいと懇願書を出したが、平民になった彼の意見は王妃の耳に入ることすらなかった。



「それなら――」


 リーゼはその日、決意のこもった兄の目を見た。




 ◇ ◇ ◇



「王妃が殺害された」


 その報道はその日のうちに王国中を駆け巡った。


 そして、多くの国民が疑問に思った。


「何故王妃様を?」と。


 大部分の平民は王妃のことをよく思っていたし、身分制度の廃止など、もともと身分を持たない者にとって何の影響もなかった。


 王妃が一生を賭して進めた改革に、平民は興味すらなかったのである。




 事件はまもなく解決した。


 ――殺人犯を処刑することによって。



 ◇ ◇ ◇



「お兄様……」


 リーゼは城下の広場に来ていた。王妃殺害の犯人が処刑されるのだ。


「静粛に!王妃であったクリス様――クリスティーナ・ノルディア――を殺害した、リオンを極刑に処する」


 おおおおおおっ、と野次馬が歓声を上げる。


 ただ、リーゼには彼らの態度が祭りの高揚感のようにしか感じられなかった。


「いったいどれだけの人がこの国ことを、世界のことを考えているのだろうか」


 おもわず、そう呟かずにはいられないくらいには。



「死刑囚リオン、最後に何かありますか」



 お兄様。



「この国は間違っている。王妃にとって邪魔だった俺は消えるけどな」



 その日、リーゼは唯一の肉親を失った。



 ◇ ◇ ◇



 何もなかったかのように日々が過ぎた。身分制度の廃止の政策が中止されることもなく、大地は回っていた。


 王妃の死も、リオンの死も、世界になんの影響ももたらさなかったのだ。


 リーゼは思案した。


 王妃の政策について。


 リオンの最後の言葉について。


 これからの生活について。


 しかし、彼女は知らなかった。世界に影響を与えるものが、水面下で動き始めていたことを。



 ◇ ◇ ◇



 ドゴオォォォォォン!!!


 聞いた人の心を凍らせるような爆発音が、青空に轟いた。


 城からの音を、リーゼは日用品の購入のために訪れた城下町で耳にした。


 周りの人たちは、聞き慣れない轟音に混乱し、逃げ惑っている。


 冷静な表情でそれを観察しているリーゼは、稀有なもののように見えたかもしれない。


 リーゼは決断した。


「この国は、数日と経たずに戦場になるだろう。その前にこの国から脱出する」


 あいにく予想は当たり、爆発音は宣戦布告となった。




 数十分後、リーゼは隣国への相乗り馬車に乗っていた。


 両親も兄も失った孤児の彼女には、わずかな手持ちしか残されていなかった。生活のためにほとんどの物も売り払ってしまっていた。


 そのおかげですぐに隣国に移動できるというのは、なんとも皮肉な話だった。


 城下町はあんなにも混乱していたというのに、少し離れただけで日常生活となんら変わらない雰囲気につつまれた。


 ここまで伝わっていないということは、緘口令でも敷かれたのだろうか。

 王家の威信のために。


 ばかばかしい、とリーゼは思った。


 国を治める者が大切にするべきことは、国民の安全と幸せだろう、と。


 リーゼの読みでは、今馬車が通っているこの道も数日後には命を捧げた兵の転がる戦場になるだろう。しかし、そんなことを知らない住民は、戦禍に巻き込まれてしまうのではないか。


 そんな心配、もとより呆れをもちつつ、リーゼの乗る馬車は整備された道を進んでいった。



 隣国の土を踏んだ時、リーゼは大きな達成感を感じていた。


 しかし、懸念もあった。祖国で争いが起こり、徐々に規模が拡大しているというのだ。


 前半はリーゼも予想していたことであったが、規模がどこまで拡大するかわからない現状、隣国程度の距離で安心するのは危険かもしれない。そんな思いが膨らんでいった。



 リーゼは、旅を続けた。


 祖国から逃げるようにして。



 ◇ ◇ ◇


 途中、たくさんの人に出会った。


 食事のために働く、自分より小さな子供。


 今が好機と、ぼったくりの商売をする大人。


 どんな状況でも真面目に働くお兄さん。


 私を守ってくれたお姉さん。



 さまざまな経験をした。


 銃弾が右肩のすれすれを飛んでいった。


 食料がなくなり、山で採れた果実を食べたら腹を下した。


 目の前にあった建物が吹き飛んだ。


 ――そして、誰もいなくなった。



 ◇ ◇ ◇



 リーゼは、瓦礫から腰をあげた。


 今いるのは、祖国だ。結局巡り巡ってここに戻ってきてしまった。


 歩いていくと、ほどなくして、かつての貴族の家の跡にたどり着いた。


 すくなくとも、リーゼの幸せはここにあった。身分など関係なく、純粋に楽しかった頃のことだ。




「……ずっと、考えていた。私が何故、生き残ったのか。何故、生き残れたのか」


 瞳に、光が灯る。


「王妃を殺したお兄様が死神なら、私は聖女だったんだね、自分だけのための」


 顔に、決意が芽生える。


「なら私は、私の幸福のために生きなきゃね、お兄様」


 少女は歩き出した。彼女には、希望があった。


お読みいただきありがとうございました。

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