第36話 ジュラシック・クライシス⑦
「認めん……認めん、認めん、認めんぞォおおおおおおッ!!」
ガルバースは咆哮し、地を抉る勢いで突進した。
暴力こそ誇り。
暴力こそ正しさ。
そう信じて生きてきた自分が、よりにもよって小娘に、暴力で叩き伏せられる――そんな現実、認められるはずがなかった。
「…………」
シオンは無言のまま、槌を振る。
ズンッ――!
「ボゲェッ!」
鈍く重い打撃音。
間の抜けた悲鳴を上げ、ガルバースの巨体が横へ吹き飛ぶ。
たたらを踏み、よろめく。
その一瞬を逃さず、シオンが低く滑り込んだ。
地を掠めるように疾走し距離を詰め、腰を捻る。
まるで野球で特大の一打を打ち抜くように、全身の回転を乗せて槌を振り抜いた。
「アギャァッ!」
今度は顔面に直撃。
牙が折れ、血と唾液を撒き散らしながら、ガルバースは地を転がる。
「あぐぁ……ヒィ……ウェ……ウグァアアァァッ!」
「……え……」
シオンが困惑したように目を瞬かせる。
「……泣い……ちゃった?……」
ガルバースは四つん這いになったまま、血に濡れた顔を涙でぐしゃぐしゃに歪めていた。
怒りとも悲しみともつかぬ嗚咽が、喉の奥から漏れている。
「俺は……オレは……俺はぁッ……! 間違ってない、間違ってないぃィイアアアァッ!!」
絶叫。
「言ウ通りにシテきたのに……! 我慢シテキタのに……! 殴られても蹴られても! しきたり、シキタリ、でんとうっ! イウトオリにシテキタノニ……! なンデだァアアアアッ!! なンデドイツモコイツモォッ!、イザとなったら俺から離れるんだァァァッ!!」
泣きながら、叫ぶ。
誇り高き暴力の戦士だったはずの男は、もはやただの赤子のようだった。
思わずシオンがたじろぐ。
その時だった。
ガルバースの全身が、どす黒く光り始めた。
「……っ?」
◇
「いったい……」
グリムは目を見開いた。
村の前線で暴れていた恐竜たちの動きが、ぴたりと止まったのだ。
次の瞬間。
「ゴギャアアアアァッ!」
「ギィアアアアアッ!」
恐竜たちが一斉に苦鳴を上げ、白眼を剥いて膝をつく。
巨体が震え、皮膚の下を黒い筋が暴れ回る。
そして――その体表から、どす黒いオーラが抜け落ちていく。
「な、なんだよ……!?」
恐竜たちから剥がれた黒いオーラは、まるで流れを持つ濁流のように、シオンとガルバースが戦っている一点へ向かって飛んでいった。
村の中央。
あの戦場の一点へ。
そして、突如の静寂。
「お……終わった……?」
誰かが、震える声で呟いた。
◇
確かに、村の防衛戦は終わった。
だが、戦いそのものは、まだ終わっていなかった。
恐竜たちから抜け出たオーラが、渦を巻いてガルバースへ流れ込んでいく。
黒い濁流に呑まれるように、ガルバースの肉体がさらに膨張した。
肩が裂ける。
背が歪む。
腕がなおも太く、長く、不格好に肥大していく。
もう“恐竜”ですらない。
力だけが膨れ上がり、形だけを辛うじて保った、醜い【何か】が膨れ上がる。
「……」
シオンは無言でそれを見つめていた。
その赤い瞳に宿るのは恐怖ではない。
哀れみとも、怒りとも、悲しみともつかぬ、複雑な色だった。
戦場一帯が、その巨体の影に呑まれる。
「ウバァァァッグオオオオオオオオオオオオアアアアアッッ!!」
超巨大な異形が咆哮する。
腕を振り上げる。
とんでもない破壊力を予感させる。
しかし、遅い。
鈍い。
それでも、必死さだけは感じさせる。
それはもはや暴力ですらなく、子供の駄々のように見えた。
その姿を見て、シオンはぽつりと呟く。
「もしかして……あなたも……盗られた人だったのかな……」
その直後。
巨大な二つの魔法陣がガルバースに向かって展開される。
「――山崩・空繰徹貫掌ッ!!」
「――氷狼公凍獄大咆ッ!!」
一つからは、山を砕くような巨大な鉄の掌。
もう一つからは、狼の咆哮めいた激しい冷気の奔流。
二つの大魔法が同時に炸裂する。
轟音。
凍撃。
異形の巨体は真正面から吹き飛ばされ、凍気の奔流に巻き込まれ、そして沈黙した。
◇
「シオン……よくやってくれた」
ジェラルドの大きな掌が、ぽんとシオンの頭に乗る。
ネモもすぐ横に滑り込み、そのまま軽く抱きしめた。
「流石シオンちゃんっ! お疲れ!」
二人が来ることは、来る前からなんとなく分かっていた。
「……それほどでも……ありがとう……」
シオンは凍りついたガルバースを見る。
あの男は間違いなく加害者だ。
多くを奪い、多くを傷つけた。
それでも最後の叫びだけは、どこか盗られた側のそれにも似ていた。
「……」
何も言わず、シオンはブラドの方へ駆け寄る。
傷ついた相棒の鼻先にそっと触れ、今度こそ丁寧に魔力を流し込む。
「ウォウヴォアッ!」
怒るブラド。
先ほど自分を見捨てて逃げなかったことに、まだ腹を立てているらしい。
「……ごめんって」
日の照る広陵で、ブラドに鼻先で小突かれながら、シオンは小さく目を伏せた。




