第34話 ジュラシック・クライシス⑤
サクマ村の見張り台の上で、ネモは涼しい風を受けながら静かに立っていた。
どこを見ているわけでもない。だが、全身が張っている。
「恐ろしい集中力ですな、ジェラルド殿」
「ええ。こうなった時のネモは頼りになります。今度はいち早くガルバースの襲撃を察知してくれるでしょう」
隠匿の魔法を見破るため、全神経を研ぎ澄ませているのだろう。
「あれから三日か……。いつ来るかも分からん相手を待ち続けるのは、気が休まらんな」
「ええ。しかし、こういう時にこそ気も体も休めておかねばなりません。ザガンさん、村の人々への励ましもお忘れなく」
そう言うとジェラルドは鶏の丸焼きに齧りつく。
「ああ、分かっている、しかし、食料が大量に確保できたのは幸運だったな」
「……幸運で済めばよいのですが」
ジェラルドが低く言った。
「占領されていた場所から、ガルシアの兵が綺麗に引いていた。どうにも嫌な感じがしてならんのです」
「戦力を集中させている、ということですな」
「恐らくは」
そこへ、駆け込む足音がした。
「ザガン村長! ジェラルドさん!」
グリムだ。
「どうした」
「昨日、ガルシアに偵察へ出した者が戻りました。それで報告を受けたんですが……」
グリムは珍しく言い淀んだ。
「申せ」
「村が……もぬけの殻だったそうです」
「なに?」
「誰もいなかったらしいです。残っていたのは、大きな恐竜の足跡だけで……」
「やはりか……気狂いめ」
「え……」
ザガンは眉を深く寄せた。
「あやつ、恐らく……村のほぼ全員を下僕に変えた」
「……まさか、そんな馬鹿なこと」
「グリム、今までいったい何を見てきた。もうすでにあいつは気狂い、何をしてもおかしくはない」
グリムは言葉を失う。
ジェラルドが顎髭を撫でながら息を吐いた。
「畑にも鶏舎にも誰もいない。それで説明はつきますな」
「……」
グリムは拳を握ったまま俯いた。
「……武器の手入れをまたしてきます」
「頼む」
グリムが去る。
「……ジェラルド」
今度はシオンだった。
ブラドを連れて、小走りにやってくる。
「どうした?」
「……まだかな……」
状況が気になっているのだろう。
今回の作戦の鍵だ。当然だった。
「ガルシア村は空だったそうだ。恐らく隠匿の魔法で、すでに移動を始めている。そう遠くはないだろう。……今日にでも来るかもしれん」
「来たよっ! 南! 三キロメートル! 前より大群! 走ってくる!」
見張り台の上から、ネモの怒号が飛ぶ。
「やっぱりな……シオン」
「……わかってる……ブラドっ!」
「ウォウッ!」
シオンはブラドの背に飛び乗り、見張り台へ駆け上がる。
入れ替わるように、ネモがひらりと広場へ降りてきた。
「ザガンさん」
「ああ」
ザガンはそばに置いていたドラを、思い切り叩いた。
空気を裂くような音が村中へ響き渡る。
一瞬で、村の空気が戦いの物へと変わる。
「方向は南! 女子供は避難場所へ! 戦士は前線へ! 他の男どもは弓を持って所定の場所へつけぇっ!」
村が一斉に動き出す。
ネモとジェラルドは、逃げる女子供とは逆方向へ駆け出し、村の外へ出る。
そこには、すでにグリムがいた。
「お二人とも! 確認しました! やはりガルバースは中央奥!」
「そうか。やっぱり分かりやすくて助かるぜ」
恐竜の大群が迫る。地響きが身体を揺らす。
否応なく、戦士たちの身体が強張った。
村の看板がかたかたと鳴る。
地の震えが足裏にまで届く。
そして大群の中央、一際大きな二足恐竜に跨る男――ガルバース。
「サクマ村の堕落者ドもォおおおおおおっ! 今度こそ、苦しめて苦しめて苦しめて、地獄に落としてやるガらなァアアアァッ!」
人の喉から出たとは思えぬ怒号。
真っ赤に充血した眼。げっそりとこけた頬。
もはや炭の棺に、自身の命まで捧げてしまっているのだろう。
「行くぞ、ネモ」
「OK!」
二人は横に並び、ネモは左手を、ジェラルドは右手を構える。
先にジェラルドが詠唱を始めた。
――まるで白露の冬の白き様、白銀吐息で踏み入るを拒み、入りては全てを凍て排す、高く反り立つ険しき銀嶺――
それをネモが継ぐ。
――踏み入る愚かな気高き蛮勇、寒気凛冽が呑み込んで、冷徹無常に、気高き不遜を凍て押し返す――
そして二人が同時に雄叫ぶ。
――万魔退陣・冬将軍!!――
大地が唸りを上げながら盛り上がり凍りつく。
土を氷が覆い、瞬く間に巨大な壁となる。
左右へ割れた恐竜の群れの中央にだけ、細く長い一本道が残された。
ガルバースへ届くための、ただ一本の突撃路だ。
その道へ、風のように黒い影が滑り込む。
シオンだ。
「……今度は……勝つ……」
静かな呟きとともに、ブラドは一直線に駆けた。
闘いの火蓋が切って落とされた。




