第33話 ジュラシック・クライシス④
「男は怪我人を中央集会場へ運べ! 女は包帯と薬をありったけ集めろ!」
「男共はハドラムの指示で動け! アルマさん、女衆の三分の一は子供につけてくれ!」
朝の気配がまだ残る広場で、ザガンの怒声が飛ぶ。
その指示は早く、的確で、ひとつとして無駄がなかった。村長というより、その様は指揮官のそれだった。
村人たちが慌ただしく散っていく。
怒鳴り声、泣き声、荷車の軋み。血と土と薬草の匂いが入り混じる中、ザガンはようやくネモたち三人のもとへ歩み寄った。
「御三方……本当に助かった。お主らがおらねば、この村は今ごろ終わっておった」
ジェラルドが静かに首を振る。
「いえ。守り切れたとは言い難い。被害も出た」
「謙遜せんでくれ」
ザガンは低く言った。
「あの大型どもとガルバースを抑えてもらえねば、村の中央まで食い破られていた。……お嬢さん、体はどうだ」
特に激しく吹き飛ばされたシオンへ目を向ける。
「……大丈夫。防護魔法は重ねてたから……最後の一発をまともにもらってたら、危なかったかもしれないけど……」
「そうか」
ザガンは重く息を吐いた。
「優秀だな。……すまなかった。あれは本来、我々が責任を持つべきものだった」
「……」
シオンは少しだけ俯き、それから顔を上げた。
「……ザガンさん……聞いていい?」
「何だ」
「なんで……あの人……あんなに怒ってたの?」
ザガンはすぐには答えなかった。
広場の端で毛布にくるまる元恐竜たちへ視線をやり、それから苦く口を開く。
「……自分が信じてきたものを、否定されたと思っておるのだろう」
シオンが首を傾げる。
「否定……?」
「あやつは本気で信じておる。世界の本質は暴力で、リザードマンはそれに従って生きるべきだと。力で奪い、力で従わせ、力ある者だけが上に立つ――それが正しい姿だとな」
「うわ……面倒くさ」
ネモが顔をしかめる。
ザガンは小さく苦笑し、それを否定しなかった。
「昔、我らのように外の知恵を取り入れ、魔法や技術で生き方を変えようとした者たちは、あやつに追われ、村を追い出された。……そして、その我らが立てたサクマの方が、今や豊かに生きている」
「……なるほど」
ジェラルドが低く呟く。
「奴から見れば、サクマの存在そのものが、自分の誇りを否定するわけか」
「そういうことだ」
ザガンの声が少し沈んだ。
「前から歪んではおった。だが、今日ので確信した。もはやあやつは思想のために戦っているのではない。己の誇りが傷ついたことに耐えられず、半ば狂っておる」
「……」
「そして、その誇りを守るため、同胞すら道具にした」
ザガンの目が、毛布の向こうの痩せたリザードマンたちへ向く。
「ならば、もう同郷だからと情けは挟めん。ガルバースは我ら一族の敵だ。止めねばならん」
そこで彼は、改めて三人へ向き直った。
「御三方。改めて頼む。力を貸してほしい」
深々と頭を下げる。
ネモが即座に答える。
「当たり前でしょ」
「当然です」
ジェラルドも短く頷く。
「……いいよ」
シオンも小さくそう言った。
ザガンが顔を上げる。
「恩に着る」
するとジェラルドは近くの机を引き寄せ、その上に地図を広げた。乾いた音を立てて、掌で端を押さえる。
「礼は後です」
その声音は、もはや慰労の客人のものではなかった。
「今からやるべきことを決める。追撃はせん。まずは食料の確保。それと次の襲撃への備えだ」
「……次、か」
グリムが顔をこわばらせる。
「奴が弱っている今のうちに、追撃はできませんか」
「それはやりたくない」
ジェラルドは即答した。
「何故です?」
「村が空になる。しかも、奴の復帰がいつになるか分からん以上、こちらから深追いして仕留め損ねれば終わりだ」
「確かに……」
「ザガンさんの話を聞く限り、ガルバースは今日の敗走で絶対に引き下がらん。また自ら戦力を率いて攻めてくるだろう。ならば、準備を重ねて確実に刺す」
「……なるほど」
「駒の動きをひとつ取り違えれば村が死ぬ。故に、確実な要素だけを拾って行動したい」
そう言いながら、ジェラルドの指が地図をなぞる。
ネモは腕を組み、シオンは机の横へ寄る。ザガンとグリムも地図を覗き込んだ。
「まず確認しておく」
ジェラルドの指が、サクマ村の東側で止まる。
「次の襲撃でやるべきことは二つだ。村を守ること。もう一つは、ガルバースをその場で逃がさず仕留めること」
「二つ、か」
ザガンが低く呟く。
「ええ。ただし、前回より厄介になる」
ジェラルドはそう言って、広場の端に寝かされた元恐竜たちへ目を向けた。
「あれを見た以上、こちらはもう“大型どもをまとめて殺す”という手が取れん」
「……」
グリムが唇を噛む。
ザガンも目を細めたまま黙っていた。
「次に来る恐竜も、同じようにリザードマンを変えたものだと考えるべきだ。なら必要なのは殲滅ではない。足を止め、動きを封じ、村の中へ通さないことだ」
「要するに、殺さずに止めろってことでしょ?」
ネモが肩をすくめる。
「うん。普通に面倒くさいね」
「面倒で済めばいいがな」
ジェラルドは淡々と返した。
「だが、やるしかない。幸い、その点では俺とネモが向いている」
「ジェラルドが壁、僕が凍らせて足止め、って感じ?」
「そうだ。可能な限り大型どもは我々で抑える。村へ通さぬことを最優先とする。ザガンさんたちには、その間に入り込もうとする残りを止めてもらいたい」
「心得た」
ザガンが頷く。
「ならば、ガルバース本人はどうする?」
「そこが問題だ」
ネモがシオンへちらりと目を向ける。
「ジェラルドも僕も守りに入る。そうなると……一点突破できる人が別に要る」
「……」
自然と、全員の視線が一人に集まった。
シオンは瞬きをひとつしただけで、逸らしもしなかった。
「……私?」
ジェラルドはほんのわずか、言い淀む。
普段なら即断する男が、珍しく一拍置いた。
「そうなる」
低い声だった。
「お前の速さと小回り、そして腐呪渇閃の切れ味なら、あの混戦の中でもガルバースへ届く可能性が一番高い」
「……」
「ただし、無理にとは言わん」
今度はネモが口を挟む。
いつもの軽さを少し抑えた声音だった。
「正直に言うと、頼みたい。でも……今日のことがあったばかりだし。最後、かなり危なかったでしょ」
「うん」
シオンは小さく頷く。
「……すごく怖かった……」
「……だよね」
ネモは珍しく目を逸らした。
「だから、嫌なら嫌でいい。村を守るだけでも僕らで何とかする。ガルバースを仕留めるのは難しくなるけど、それでも別の手は考える」
「そうだ」
ジェラルドも続ける。
「これは、お前にしか出来ん役目かもしれん。だが、だからといってお前が背負うべき義務ではない。お前の心で選んでくれ」
静かな言葉だった。
押しつけではない。だが、信頼は隠していない。
シオンはしばらく黙っていた。
脳裏に浮かぶのは、振り下ろされる巨大な拳。
砕けた白い盾。
息が止まるほどの恐怖。
そして、自分を見下ろした、あの濁った眼だ。
「……やる」
ぽつりと落ちたその声に、ネモが顔を上げる。
「いいの?」
「うん」
シオンはゆっくりと言葉を継いだ。
「怖い。でも……このまま引いたら、また暴力に心を盗られる気がするの……」
「……」
「……それに、小娘呼ばわりもちょっとムカついた」
「ははっ!」
ネモが思わず吹き出す。
「気が強いじゃん」
「……だから、リベンジしたい」
シオンは真っ直ぐに言った。
「今度は、ちゃんと勝ちたい」
ジェラルドが目を細める。
その口元が、わずかに緩んだ。
「……そうか」
「じゃあ決まりだね」
ネモが地図を軽く叩く。
「大型どもは僕らで止める。シオンちゃんは、その隙にガルバースを刺す」
「ああ、単騎で突撃になる、しかしサポートもする」
ジェラルドの指が地図の上を滑る。
「襲撃の陣形を見たら、ネモと俺で一瞬だけ道を作る。その隙にシオンをガルバースへ通す。通した後は、こちらは即座に防御へ戻る」
「わかった」
ザガンは頷いた。
「我々は村の防衛に徹する。グリム! 戦える者を集めてこい」
「はいっ!」
グリムが勢いよく頷いた。
ジェラルドは最後に、シオンを見た。
「一つだけ言っておく」
「……なに」
「勝つためにやるんだ。死ぬような真似は絶対にするな」
「……うん」
シオンは短く答えた。
ネモがその横顔を見て、にやりと笑う。
「いいじゃん。リベンジマッチ」
「……絶対やり返す……」
「怖」
そう言いながらも、ネモの声はどこか楽しげだった。
机の上の地図を囲みながら、村を守る者、敵を止める者、そして一撃を通す者の役割が決まっていく。
次の襲撃は、確実に前回よりも厳しいものになるだろう。
だからこそ、こちらも覚悟を決める。
守るために止める。
止めるために道を作る。
そしてその先で、シオンの刃がガルバースへ届く。




