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第32話 ジュラシック・クライシス③

翌朝。


 まだ朝靄の残るリザードマンの集落では、あちこちの竈から細い煙が立ち上っていた。

 夜のあいだ村を覆っていた緊張は、朝の光とともにわずかに緩んでいる。だが、飢えと不安までが薄れたわけではない。


 広場の中央では、ジェラルドがザガンとグリムを相手に地図を広げていた。


「昨日も言ったが、食料の供給源を押さえられている以上、この状況が長引けば長引くほど、先に干上がるのはこっちだ」

「はい……」

「なら答えは単純だ。まず一箇所、ここから一番近い食料を取り返す。今はそれが最優先だ。ザガンさん、ここの村の戦力は?」

「戦える者は二十。魔法を使える者は八だ」

「仮にこの全員で奇襲をかけた場合――」


 ジェラルドが次の言葉を継ごうとした、その瞬間だった。


 ――ズン。


 腹の底を鈍く打たれたような振動が、大地の下から突き上げてきた。


 木椀がかたかたと鳴る。

 吊るされた干し肉が揺れる。


「……え」


 グリムの顔から血の気が引いた。


 ズン。ズン。ズン。


 今度は誰の耳にも明白だった。

 人の足音ではない。何頭もの巨体が、森ごと踏み潰しながらこちらへ向かってきている。


 見張り台の上から、悲鳴まじりの声が飛んだ。


「東だ! 東から来るっ! 早すぎる!」


 次の瞬間、森の木立を突き破って最初の一頭が姿を現した。


 巨大な爪。分厚い尾。丸太じみた脚。

 岩すら噛み砕けそうな顎を開き、湿った息を漏らす。

 続いて二頭、三頭。大小さまざまな“恐竜”が、地響きを伴って次々と現れる。その背には武装したリザードマンたちが跨っていた。


 村の空気が、一瞬で戦場のそれへ塗り替わる。


「向こうから来た……!? でも、こんな気配……」

「隠匿の魔法だね」


 ネモが目を細めた。


「荒いけど、強引で強力。あんなデカいのを何頭も隠して突っ込ませるとか……正直、低く見積もってたよ。マズったね……」


 村人たちの動揺をよそに、三人は即座に戦闘態勢へ移る。


 ジェラルドはハルバードを、ネモは氷剣を、シオンは腐呪渇閃をそれぞれ構えた。

 ブラドも低く唸り、四つの眼で敵を睨みつける。


 そして中央、巨大な二足の恐竜の背から、一際大きな影が村を見下ろした。


 筋骨隆々。

 濁った目。

 薄汚れ、血の染み込んだ革鎧。

 そして右腕には、黒珠を嵌めた腕甲。


「ご機嫌麗しゅう、サクマ村の堕落者どもよ!」


 リザードマンの長――ガルバースは、高みから村を睥睨し、高らかに叫んだ。


「朝飯は済んだか? なら今日からてめぇら全員、ガルシアの奴隷にしてやるよ!」

「ガルバースッ!」


 グリムが怒鳴る。


「一体なぜ、そこまで執拗に我々から奪う!」

「なぜだと?」


 ガルバースは鼻で笑った。


「決まってんだろうが。お前らがリザードマンの誇りを忘れたからだよ」

「誇り……?」

「暴力だ」


 言い切った。


「噛み砕き、引き裂き、奪い取る。それが俺たちだ。先祖代々引き継いできた本質だ。なのに貴様らはどうだ? 外界の虚教にへらへら媚び、汚らわしい術で小賢しく蓄え、贅肉で腹を膨らませてやがる。だから教えてやってるんだよ――俺たちの本質は暴力だってな!」

「……狂人め」


 子供が泣く。

 母親が抱き寄せる。

 村の戦士たちが槍を構える。だがその手は震えていた。


 そこへ、金鎧の巨体が一歩前へ出た。


「ふーむ」


 巨大なハルバードを肩に担ぎ、ジェラルドは静かに呟く。


「誇りだの何だのと大層な口を叩く割には、随分とまあ礼のなっていない登場だな」

「うわ、思ったよりずいぶんデカいね」


 ネモも氷剣をくるりと回し、肩の力を抜いたまま構える。


 ガルバースが目を細めた。


「見ない顔だな、人間」

「うん。来たのは昨日の夜だよ。だから君ら、運が悪いね」

「ほう、何故だ?」

「僕ら、君らより強いから」

「はっ。この軍勢を前にして、よくそんな事を言える」


 ガルバースが笑う。


「まずその思い違いを、叩き潰してやるぜ!」


 号令とともに、先頭の巨大な角竜二頭が一斉にジェラルドへ突撃した。


 真正面から激突。

 地面が揺れ、砂煙が爆ぜる。


「ジェラルドさんっ!」


 グリムが叫ぶ。

 だが、晴れゆく砂塵の向こうに立っていたのは、わずかにも退かぬ金鎧の巨体だった。


 ジェラルドはハルバードの刃で、二頭の角を正面から受け止めている。


「ほう……」


 低く笑う。


「まあ、イキるのも分かる程度には硬いし力強いな」

「てめぇっ!」


 騎手が怒鳴り、二頭が左右から尾を薙ぐ。

 だがそれすら受け止める。鈍い衝撃音。跳ねる火花。

 巨体同士の激突音が広場を揺らした。


 だが次の瞬間、そのうちの一頭が首を巡らせ、家屋の列へ突っ込もうとした。


「ちっ――煉錬鉄火(れんれんてっか)!」


 地面から黒鉄の壁がせり上がり、恐竜の突進を真正面から受け止める。


 民家の軒が揺れ、村人たちが悲鳴を上げた。


「やっぱりそう来るか……!」


 村を守りながらでは、大きな魔法が使いづらい。

 昨夜のうちから準備を進めておくべきだったか――ジェラルドは舌打ちした。


 一方、ネモの前には首長の巨大恐竜が立ちはだかっていた。

 その頭上で騎手が、あからさまな侮りを浮かべる。


「おい小娘ぇっ! どかねえと踏み潰しちまうぜ!?」

「僕、男なんだけど? 分不相応に高いとこにいるせいで見えてないんじゃない?」

「……殺す!」


 巨体が跳ねる。

 前脚が、頭上から落ちてくる。


 ネモは紙一重で躱し、その足元へ魔法を流し込んだ。


「――熱喰大蛇(ねつはみおろち)


 地面を奔った冷気が、巨体の脚を膝まで凍らせる。

 だが次の瞬間、恐竜は咆哮とともに身を捩り、拘束を力任せに砕いた。


「ふん、どうだっ!」

「まあまあやるじゃん。トカゲの方はね」

「舐めやがってぇっ!」


 尾が唸り、踏みつけんと足が迫る。

 ネモは躱し、斬り、また躱す。

 だが決め手を打てない。

 後ろに村人がいる。大技を振るえば巻き込む。かといって退くわけにもいかない。


 ジェラルドもネモも、村を背負わされたまま戦っていた。


 その隙を縫って、小型竜に跨ったガルシアの戦士たちが村の中へ雪崩れ込む。


「応戦しろぉっ!」


 ザガンとグリムをはじめ、サクマ村の戦士たちも迎え撃つ。

 だが戦線は、じりじりと押され始めていた。


「……なるほど」


 シオンが呟いた。


 ジェラルドも、ネモも、村を巻き込まないために決定打を打てずにいる。

 ならば、自分がやるべき事は一つだ。


「ブラドッ!」

「ウォウッ!」


 黒い獣が地を蹴った。


 シオンはブラドの背に低く伏せたまま、一気にガルバースへ突っ込む。


「あぁん?」


 小柄な少女。

 この戦場で最も軽く見られていた存在に、ガルバースの反応は半拍遅れた。


 その瞬間。


 紫の斬閃が走る。


 一閃。

 二閃。

 三閃。


 首筋。肩口。頬。

 急所を狙った斬撃が、ほぼ同時にガルバースを裂いた。


「ぐっ……!?」


 肩が裂ける。頬が抉れる。

 血飛沫が、朝の光に赤く弾けた。


「このっ!?」


 乗騎の二足恐竜が、シオンを吹き飛ばすべく靭尾を振るう。


「遅い」


 ブラドが影のように横へ跳ぶ。

 シオンはその背からさらに数発の刃を振るい、紫の斬撃で二足恐竜の鼻面と眼窩の縁を裂いた。


「ギャアアアアッ!」


 恐竜が大きく体勢を崩し、ガルバースが落下する。


「この……クソガキがっ! ――全てを呑み込み灼き殺せ!火竜砲(かりゅうほう)―!!」


 苦し紛れに放たれた二発の火球が唸りを上げる。

 シオンは一発目を身を捻って躱し、二発目は返す刃で火球ごと斬り裂いた。裂けた火の中を踏み込み、さらにガルバースへ腐呪渇閃を叩き込む。


「ぐあっ!」


 ガルバースの胴に紫の傷が走る。


 そこで弾切れ、シオンは距離を取る。

 ブラドの背に身を低く預けたまま、油断なくガルバースを見据える。


 そしてその目は、言葉もなく雄弁に告げていた。


 ――こいつ、思ったより大したことない。


「クソ、クソクソクソがぁっ……!」


 ガルバースの顔が怒りで歪む。


「ザガンだけじゃねえ……こんな小娘まで……! 俺を見下しやがって……殺す! 殺してやる!」


 怒号とともに、ガルバースは左手で右腕の黒珠を握り締めた。


「見せてやる! これが俺の……リザードマンの暴力だ!! まだだ……もっと寄越せッ!!」


 黒珠が、どくん、と脈打つ。


 その瞬間。

 空気が変わった。


 黒い光が腕甲から溢れ、ガルバースの全身を駆け巡る。

 筋肉が膨れ、血管が浮き、目が見開く。

 体格が二倍近くに膨れ上がる。


 だが同時に、その皮膚の下で黒い筋が不気味に脈打っていた。

 無理に引き出された魔力に引きずられるように、周囲の恐竜たちも一斉に鼻を鳴らし、落ち着きなく首を振る。


「シオンッ! 下がれぇっ!」


 怖気を感じたジェラルドの怒号が飛ぶ。


 直後、ガルバースが地を抉る勢いで飛び出した。


 速い。

 さっきまでとは比べ物にならない。


「ブラドっ!」

「ガァアアッ!」


 ブラドが跳ぶ。だが、間に合わない。


 ガルバースの前腕が薙ぎ払うように振るわれ、シオンを直撃した。


 小さな身体が、弾かれるように宙へ投げ出される。


「シオンちゃんっ!」


 ネモが飛び込もうとする。

 だが首長竜がその行く手を塞ぐ。

 ジェラルドもまた、村を守りながらでは一瞬遅れる。


 その隙に、ガルバースはシオンの眼前へ迫る。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ、小娘がぁっ!」


 拳が振り下ろされる。

 シオンは咄嗟に盾を張った。


「――嗤軽薄鉄面皮わらいけいはくてつめんぴ!」


 白い仮面の盾が現れる。


「オラァッ!」


 拳がそれを叩き砕いた。


 詠唱を省いた盾では強度が足りない。

 白い破片が弾け飛び、その余波だけでシオンの身体が吹き飛ぶ。


 だがブラドがそこへ滑り込み、空中でシオンを咥えて後方へ跳んだ。


「甘えんだよおおおおぉっ!」


 狂気の形相で追いすがるガルバース。

 踏み込み一つで距離を詰め、ブラドごと蹴り飛ばす。


「う……ぐぅっ」


 地を転がるシオン。


 ガルバースはその目前へ立ち、ゆっくりと拳を構えた。


「その生意気な目ぇ……潰してやるよ」

「ヒッ……!」


 その大きな握り拳にシオンの呼吸が止まる。

 肩が竦む。

 反射的に目を閉じかける。


「シオンッ!」

「シオンちゃん!」


 ネモとジェラルドの声が重なる。


 だが、その時だった。


「……あ?」


 ガルバースの顔が不意に歪んだ。


 ぐにゃり、と巨体が横に傾ぐ。

 黒珠の光が、急に明滅を始めたのだ。


「ぐっ……な、なんだ……!?」


 膨れ上がっていた魔力が、逆流するように乱れる。

 引き出しすぎた力が噛み合わなくなったように、皮膚の下の黒い筋が激しく痙攣し、ガルバース自身の身体を食い破ろうとするように暴れた。


 周囲でも異変が起きる。


 ガルバース配下の恐竜たちが、一斉に苦鳴を上げ始めた。

 黒い筋が皮膚の下で暴れ、何頭かは騎手の命令を無視してその場で首を振り、地を掻きむしる。


「おい! どうした!」

「指示が効かねえ!」


 騎手たちの怒号が飛ぶ。


「……制御が切れてる?」


 ネモが呟く。


 ガルバースは歯を食いしばり、なおも黒珠から力を引き出そうとした。

 だが、限界を超えて脈打つ黒珠は、まるで門前払いをするかのように衝撃を放ち、その手を弾き飛ばした。


「ぎゃっ!」


「ウォウッ!」


 その隙にブラドが体勢を立て直し、シオンを咥えたまま大きく後方へ跳ぶ。


「シオンちゃん、大丈夫!?」


 その異常で昏倒した首長竜を背に、ネモが一気に駆け寄る。


「……だいじょうぶ……」


 だがシオンの手は、大きく震えていた。


「……」


 ネモはその小さな身体をきゅっと一度だけ抱き締める。

 それから、体勢を崩したガルバースへ向き直り、氷剣を構える。


 その時。


「こぉぉぉぉおい!」


 ガルバースが雄叫びを上げた。


 直後、高高度から翼を携えた翼竜が急降下し、ガルバースの巨体を鷲掴みにする。そのまま空高く舞い上がった。


「次は……次こそは……もっと強力な軍団で……てめぇらを……てめぇらから……奪ってやるからなあああっ!」


 絞り出すような捨て台詞が、空に引き裂かれていく。


「あの啖呵切っといて、逃げる手段は用意してんのかよ……」


 ネモは毒づきながら、天を見上げた。


 その直後だった。


「ひ、退けっ! 退け退けぇっ!」

「長が引いたぞ! 一旦戻るんだ!」


 上空の翼竜を見上げていたガルシアの戦士たちが、ようやく我に返ったように叫び始める。

 小型竜の手綱を乱暴に引き、我先にと村の外へ逃げ出していく。


「待てっ!」


 グリムが怒鳴る。

 だが追おうとした足は、次の瞬間ぴたりと止まった。


 昏倒し打ち捨てられた数頭の恐竜が、村の中央で一斉に叫び始めたのだ。


「ギィ……ァァアアアッ!」

「グ、ォオオオオッ!」


 巨体がのたうつ。

 黒い筋が皮膚の下を蛇のように走り回り、膨れ上がった筋肉が不気味に脈打つ。

 長い尾が地面を叩き、石畳を砕き、家屋の壁を削る。

 村人たちが悲鳴を上げて飛び退いた。


「まだ暴れるぞ! 離れろっ!」


 ザガンが叫ぶ。

 サクマ村の戦士たちも槍を構えたまま動けない。

 ジェラルドもハルバードを構え直し、ネモはシオンと村人たちの前へ半歩出る。


「……違う」


 シオンが、震える声で呟いた。


「暴れてるんじゃない……くるしんでる……」

「苦しんでる……?」


 ネモが眉を寄せる。


 次の瞬間。


 バキ、ボキ、メギッ――と、聞いているだけで背筋の冷えるような音が響いた。


 恐竜の巨体が、内側から無理やり捻じ曲げられる。

 膨れ上がっていた四肢が縮み、長すぎた尾が痙攣しながら短くなり、突き出ていた顎が押し潰されるように引っ込んでいく。

 鱗の隙間から汗とも粘液ともつかぬものが噴き出し、筋肉が皮膚の下で何度も脈打ちながら収縮していく。


「な、なんだよ……これ……」


 グリムの声が裏返る。


 やがて、一頭目の変異が止まった。


 そこにいたのは、もはや恐竜ではない。


 痩せこけたリザードマンだった。


 全身を泥と汗にまみれさせ、四つん這いのまま激しく咳き込んでいる。

 その背には、つい今しがたまで鞍を固定していた革帯の痕が、生々しく食い込んでいた。


「は……?」


 誰かが、間の抜けた声を漏らした。


 続いて二頭目、三頭目も崩れ落ちる。

 巨体の恐竜だったものは、次々にみすぼらしいリザードマンへと戻っていく。

 どれも痩せ細り、骨ばり、まともな衣服すら身に着けていない。

 首輪の跡。

 鞭痕。

 古傷。

 誰の目にも、それが“獣”ではなく“虐げられてきた同胞”だとわかった。


「…………うそ、だろ……」


 グリムが後ずさる。

 サクマ村の戦士たちも、槍を構えたまま凍り付いていた。

 さっきまで必死に殺そうとしていた相手が、同じリザードマンへと変わったのだ。

 しかもその顔ぶれの中には、ガルシア村で最下層の雑役を押しつけられていた、見覚えのある姿がいくつもあった。


「まさか……」


 ザガンの顔が、見たこともないほど険しく歪む。


「ガルバースの奴……同胞を……家畜代わりに……」


 吐き捨てるような言葉だった。

 だがその声には、怒りより先に嫌悪が滲んでいた。


 変異の解けた一人が、這うように顔を上げる。

 焦点の合わぬ目。

 涎と涙で濡れた口元。

 震える喉から、掠れた声が漏れた。


「あ……ぁ……さ、むい……」


 その一言に、広場の空気が凍りつく。


 村人たちは誰も動けなかった。

 目の前にいるのは襲撃者だ。

 だが同時に、明らかに被害者でもある。


「う、うぇ……」


 子供の一人が怯え、母親の背にしがみつく。

 別の女は口元を押さえ、青ざめた顔で首を振った。

 戦士の一人は槍を取り落とし、その乾いた音だけがやけに大きく響いた。


「……最悪だね。……これは……いくらなんでも」


 ネモが低く言う。


 ジェラルドも沈んだ声で続ける。


「ガルバース、自分の村の奴らを“乗り物”にしていやがったのか」


 その言葉に、グリムがぎり、と歯を噛み締めた。


「これが……誇り? どの面下げて言えるんだよ……」


 その時、地面にへたり込んでいた元恐竜のリザードマンの一人が、痙攣する腕を必死に伸ばした。

 向けられた先は、逃げ去ったガルバースのいた空だ。


「あ、あ……がる……ば……す……さま……まだ、まだやれるから……みすて……ないで……」


 怯えと従属がないまぜになった叫びだった。

 それを聞いた村人たちの顔から、さらに血の気が引いた。


「錯乱しているな……」


 ジェラルドが低く呟く。


 シオンはブラドの背から降りると、怯えたように縮こまるそのリザードマンたちを見つめた。

 その眼差しには、言いようのない悲しみが浮かんでいた。


「……この人たち……私と一緒……心を沢山盗られてる……」


 ぽつりと落ちた声に、ネモとジェラルドは目を伏せる。


 朝の村に残ったのは、勝利の空気ではなかった。

 逃げ去る敵兵の背中と、地に転がる元恐竜たち。

 そして、それを前に言葉を失うサクマ村の人々。


 誰もが思っていた。

 ガルバースは、もう越えてはならない一線を越えてしまっている。


 重く淀んだ沈黙の中、ザガンがようやく口を開いた。


「……総員、負傷者の手当てを優先しろ。ガルシアの者であってもだ」

「……はい」


 グリムが小さく返事をする。


「ガルシアを救うことに文句を言わんのだな……」


 そう問うたジェラルドに、グリムは首を振った。


「……言えませんよ……こんなの、あんまりだ……」


 その言葉に、ネモがほんのわずかに目を細める。

 ジェラルドも黙って頷いた。


 遠く、逃げ去った翼竜の影はもう見えない。


 ガルバースの言う誇りが残したのは、この惨状だけだった。

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