第31話 ジュラシック・クライシス②
ぎゃあぎゃあと騒ぐネモとジェラルド。
土下座する自分を何故か観察するシオン。
少々戸惑いながらも、青年は口をひらく。
「あ、あの……お三人方……もしよろしければ……さっきの今で非常に厚かましいのですが、一つお願いを聞いてもらえませんか……」
土下座したまま、リザードマンの青年が恐る恐る言った。
「なんだ?」
ジェラルドが低く問う。
「図々しいのは百も承知なのですが……その灰爪熊の残りを譲っていただけないでしょうか。代わりに、この先にある私の村で寝床と食事を提供させて頂きますので……」
「村?」
ネモが、笑いの余韻を引きずったまま聞き返す。
「は、はい……この先に我々リザードマンの集落がありまして……宿というほど立派なものはありませんが、寝床くらいなら何とか……」
「ふむ」
ジェラルドは顎髭を撫でた。
「こちらとしては、どうせ残す肉だ。断る理由もないが……いいのか?」
「ええ……失礼をしてしまったということもありますし……」
「……ベッド……ある?」
「あ、ありますっ!」
「……行こ?」
シオンがジェラルドを見上げる。
「そうだな。ちょうど野宿にも嫌気が差していたところだ。案内してくれ、青年よ」
「は、はいっ! あっ、オレ、グリムって言います!」
「よろしくね、グリムくん」
「はいっ……しかし本当にすいませんでしたっ!」
「もういいって」
ネモがひらひらと手を振る。
「そもそもジェラルドが獣判定なのが悪いんだからね!」
「てめぇ、まだ引っ張るのか」
「ギャハハハッ」
「す、すいませんっ!」
「なんで君まで謝るんだよ」
そうして一行は、グリムに案内されて森の奥へ進んだ。
獣道をしばらく歩くと、木々の隙間から細い煙が見えた。
看板には、サクマ村とある。
さらに近づく。
堅牢な柵、見張り台、舗装された道路、そして石造りの家屋。
「立派な村だな……」
「スッゲ……」
森の中のリザードマンの村とは思えぬほど立派だった。
小さな村だが、質だけならそこらの都市周辺の町にも劣らない。
しかし――
元気のない子供たち、忙しなく倉庫を行き来する女たち、妙に殺気立った男たち。
「……あれ」
ネモがわずかに目を細める。
「なんか、空気重いね」
「……ああ」
ジェラルドも短く返した。
村に活気がない。
困窮と、張り詰めた焦りの気配が濃い。
見張り台の上にいた若いリザードマンが、グリムの姿を見て安堵し、こちらへ目を向けた瞬間、表情を強張らせた。
警戒だけではない。ジェラルドが背負う灰爪熊を見て、期待を必死に押し殺している顔だった。
そのとき、ヒュウと鋭い風がシオンの頬を撫でた。
ブラドが低く喉を鳴らし、遠くを睨む。
シオンも同じ方角へ視線を向け、ぽつりと呟いた。
「……嫌な匂いがする……でも知ってる匂い」
「何か言った? シオンちゃん?」
「…………なんでもない」
「そう」
グリムは三人を村外れの空き部屋へ案内した。
決して豪華ではないが、しっかりした造りだった。厠や簡易水道まで整っていて、掃除も行き届いている。大きめのベッドもある。
「やったぁっ! すごい、いいじゃん!」
「……いいとこ……」
ネモとシオンが目に見えて浮き立つ。
ここしばらく、まともな寝床とは縁が薄かった。
「そう言っていただけると……」
グリムはほっと胸を撫で下ろした。
だが、その時だった。
部屋の外から、乾いた咳が聞こえる。
続いて、子供をあやす声。
さらにその向こうで、誰かが張り詰めた声で怒鳴った。
「東の見張りを増やせ! 今夜は四人だ、絶対に二人組を崩すな!」
グリムの肩がびくりと跳ねる。
やがて夕餉の支度が整い、広場では先ほどの灰爪熊の肉を使ったシチューが子供たちへ振る舞われた。
だが、肉の大半は切り分けられ、女たちの手で干し肉に加工されていく。
ネモたちに出された椀にはホロホロに煮込まれた山盛りの肉と、少しの野菜、パンもつけ合わされている。
捨て置くつもりだった灰爪熊の肉の返礼にしては、宿と合わせて上々と言える。
「……ふーん、でこっちは……」
ネモが、子供たちの椀を覗き込む。
僅かな野菜と、傷みやすい内臓肉ばかりの薄いスープ。
湯気は立っているが、腹が膨れる量ではない。
「村を挙げて節約中って感じだね」
「っ……」
グリムの喉がひくりと鳴る。
「いや、あの、今ちょっと立て込んでまして……」
「それは見れば分かる、グリムくん」
ジェラルドが返す、その時だった。
村の入り口あたりでどっとざわめきが起きた。
「ダド!」
「怪我人だ! 水持って来い!」
「また奴らか!?」
グリムの顔色が変わる。
「す、すいません、ちょっと……!」
彼は半ば転ぶように、その場を飛び出した。
ネモはジェラルドと目を合わせる。
「……行ってみる?」
「ああ」
外へ出ると、村の中央にリザードマンたちが集まっていた。
血の滲んだ包帯を腕に巻いた中年の男が、二人に支えられている。足も引きずっていた。
足元には潰れた籠が転がり、割れた鶏卵の中身がどろりと零れていた。
「第二鶏舎まで襲われたのか!?」
「畑もだ! 根菜も全部持っていかれた!」
「クソっ、ガルシアの連中……!」
痩せた子供が、こぼれた卵を見て泣きそうな顔をした。
その隣で母親らしき女が、無理に笑って肩を抱く。
「大丈夫よ、今日はあの人たちが持ってきてくれた肉があるからね……」
だが、控えめに見ても鍋の中身は明らかに足りていない。
グリムが怪我人に駆け寄る。
「ダドさん! またやられたんですか!?」
「……追い払おうとはしたさ……だが、駄目だ……あの妙な竜どもが出たら、もう手が付けられん……」
ネモが耳を傾ける。
ジェラルドも腕を組み、黙って村人たちの会話を聞く。
「ガルバースは来てたのか?」
「いた……また竜を率いて、右腕の腕甲にあの変な黒い珠をはめてやがった……あれを光らせた途端、竜どもが襲ってきて……」
その一言で、ネモとジェラルドの視線が静かにぶつかる。
だが二人とも、まだ口は挟まない。
そこへ、年嵩ではあるがガタイのよいリザードマンが現れた。
村人たちが道を開ける。村長なのだろう。
「客人の前でみっともないところを見せたな……」
男は苦い顔で周囲を見回し、それからジェラルドたちへ頭を下げた。
「見苦しい騒ぎをお見せした。サクマ村、村長のザガンと申す」
「いや、気にしないでください」
ジェラルドは静かに答えた。
「だが、どうも見て見ぬふりをするには、少しばかり状況がよろしくないようだが?」
「…………」
ザガンは答えない。
代わりに、グリムが悔しげに拳を握りしめ叫ぶ。
「村長……俺はもう我慢ならないっ! 全員で奴らに不意打ちをかけましょう!」
「グリム」
「だって、このままじゃ冬が来る前に皆干上がっちまう! 畑も鶏舎も、水場の近くの土地も、全部ガルシア村に押さえられたんですよ!?」
ネモが小さく眉を上げる。
「隣村?」
「ああ……」
答えたのはザガンだった。
「ここから東に二キロほど行った先に、同じリザードマンの村がある。ガルシア村という。前々から荒っぽい連中ではあったが、腕力頼みで、所詮は乱暴者の域を出んかった。だが三週間前から急に様子が変わってな」
「変わった?」
「奴らの長、ガルバースが魔法を使うようになったのだ」
シオンがぴくりと反応する。
ブラドも耳を伏せ、低く唸った。
ジェラルドが口を開く。
「魔法?」
「そうだ。今まであやつに、魔法の才など欠片も無かった。だが今は違う。見たこともない召喚獣を率い、放出魔法を撒き散らし、サクマの畑も鶏舎も、不文律で決まっていた狩りの縄張りすら、何もかも奪っていった」
そこで、さきほど運び込まれた怪我人が呻くように言った。
「腕甲だ……あいつの右腕の腕甲に、黒い珠みたいなもんが埋まってる……あれが変なんだ……あれが光るたび、魔力がぶわっと膨れて、竜どもが襲ってくる……」
ネモの目が細くなる。
「黒い珠……」
「何か知っているのか?」
ザガンが鋭く問う。
あえてネモは答えず、逆に尋ねた。
「そのガルバースって人、地道に魔法の修練するような人なの?」
「いや」
答えたのはグリムだった。
「正直、腕っ節だけの粗暴なやつです。今までは、何かにつけてちょっかいを出してくるのを、こっちが罠や魔法であしらってきました……」
「……昔からあやつは、そうだった」
低く漏らしたのはザガンだった。
「産み出さずに欲しがるだけの阿呆……暴力を押し付け、奪う事以外は知らん。一昔前のリザードマンの悪い所を固めたような男だ。ただ、今まではそのお得意の暴力でも我々からは奪えなかった。だから嫌がらせぐらいしか出来やせんかった。だが今は違うというわけだ」
「なるほどな」
ジェラルドが短く息を吐く。
そこでネモは、痩せた子供たちの方へちらりと視線をやった。
割れた卵の欠片を名残惜しそうに見つめる子。
空の椀を覗き込む子。
そして、自身の気持ちを押し殺して子供たちのために笑う母親。
「……ねえ、ジェラルド」
「ああ」
それだけで通じたらしい。
ジェラルドはザガンへ向き直る。
「一つ提案がある」
「……何だ」
「しばらく我々をこの村に置いてくれ。その間、こちらも村の護衛と問題解決に力を貸そう」
「一体どういうつもりかね? 確かに魔力を見れば、お主らはかなり頼りになりそうだ……しかし、そちらの利がまるで見えんが……」
ザガンが怪訝な目を向ける。
ジェラルドはわずかに口元を吊り上げた。
「正直に申しましょう。そのガルバースの黒い珠、我らの探し物かもしれんのです」
「ほう……」
「我らは魔法を探求している者でしてな。師匠から、ある曰く付きの魔道具を集めてこいと言われております。その黒い珠……非常に興味深い」
「ふむ」
虚実を織り交ぜるジェラルド。
「……何その設定、初めて聞い――むぐ」
「シオンちゃん!」
シオンの口を軽く塞ぎ、ネモも割って入る。
そしてザガンに向き直り、微笑んだ。
「それにさ、子供が腹減らせてるの、あんま好きじゃないんだよね」
「……っ」
グリムがはっと顔を上げる。
「ふむ……」
ザガンはしばらく三人の瞳を見つめ、やがて深く頭を下げた。
「なるほど……納得した。グリム、客人方に知っていることを全て話せ。……旅のお方、よろしく頼むぞ」
「こちらこそ……よろしくお願いいたします、ザガンさん」
ザガンが頷く。
「では明日は敵の様子を調べに行きたい。グリムくん、さっそくガルシアの連中について話を聞かせてくれないか」
「はいっ!」
村の夜は重く、静かに更けていく。
その暗がりの向こう。森を見下ろす高台に、無感情な眼が二つあった。
「……サクマの高慢野郎ども……ザガン……お前らは昔からそうだ……リザードマンの暴力を忘れた愚か者ども……次はそのお前の村ごと呑み込んでやるよ……」
低く湿った声が、夜気に溶けてゆく。




