第30話 ジュラシック・クライシス①
森林に囲まれた広陵の上で、リザードマンの青年は巨大な弓を構え、低く呟いた。
—アルテミス、四つの調度をお貸しいただく
十字結ぶ槍、血濡れの刺股、鎌首擡げる毒大蛇
絡んだ殺意の格子を貫く矢を一つ—
ギリリと弦が引き絞られる。
彼の視界には、森のあちこちに光が灯っていた。
「一番大物……皆を腹いっぱい食わせられるように……お願いします……」
その中で、ひときわ強い光へ照準を合わせる。
そして――
—天眼獄耳網透し—
締めの詠唱とともに放たれた矢は、一直線にその光へと飛んでいった。
ビッグピースから南に十四キロ。
ゼンゴウ大森林――湿地、深い森そして丘陵が複雑に入り組む広大な森林地帯。
自然豊かで亜人達も多く暮らしている。
かつてこの地では、すべてを喰らう魔竜たちと、それを討つために集まった聖竜たちが死闘を繰り広げ、その大量の遺骸が今の丘陵を作ったとも言われている。
「……まあ後半はお伽噺だけどな」
「ですよねー」
焚火を囲みながら、ネモとジェラルドは昼食を取っていた。
返り討ちにしたクマ型の魔獣のアバラ肉に粗塩を振って焼き、赤ワインで流し込む。
ブラドも夢中で肉に齧り付いている。
「酒に合いますなー」
「おい、シオン、君もそろそろ昼メシにしないか」
シオンはその香りにほとんど気を取られず、じっと両掌を見つめていた。
「…殴打……痛み……涙……止まらない……」
「…痣……穢れ……喀血……愛を語る愛を騙る……嘯く……」
その両掌から薄紫色のオーラが立ち上る。
だが、それはすぐにシュワシュワと音を立てて萎み、ポンと消えた。
「…だめだ……」
シオンはぽてりと仰向けに倒れ青空を眺める。
「おーい、シオン」
そこにジェラルドの顔一つ。
「…何?」
「飯にしようって」
ジェラルドが持つアバラ肉を見た瞬間、シオンの腹がグゥゥーと大きく鳴った。
「…そうする」
改めて焚火を囲み直し、昼食を再開する一行。
「どうだシオン、生成魔法のイメージは固められたか」
先ほどのシオンの行いは、魔法の練習だったようだ。
「…駄目だった……とても大きい力のイメージは思いつくんだけど、何か大切で大きな何かが足りないの」
生成魔法。
打ち放つだけの放出魔法より一段上の技術であり、魔法を用いて理外の武器を現世に顕現させる術。
「取り敢えず、ただの剣とか槍を作るところから始めたらどうかな、シオンちゃんのセンスならそれくらいは……」
「…それはもうできるよ……—腐呪渇槍—」
シオンがそう唱えると、右手に紫色のオーラを帯びた槍が瞬時に生まれる。
「出来るんだ……」
あまりの成長の早さに、ネモが少し引いた声を出す。
「…でもこれじゃジェラルド的には意味ないって……こういうのじゃ男相手に撃ち負けやすいから……女の方が魔力のイメージが上手いのを生かして、じっくり魔法の力を持った強い武器を作った方が良いんだって……」
ジェラルドが口を挟む。
「どうしても女性は膂力で男に勝ちにくいからな、持ち味を生かして、ここで中途半端ではない自分の武器を作った方が良い」
「凄いね、魔法オタクジェラルド先生の英才教育じゃん シオンちゃん、絶対強くなれるよ」
シオンは自分の両掌を見つめる。
「…うん……私は……パパのために……幸せになるために強くなる……ん?」
唐突に、シオンは顔を上げた。
「…ジェラルド……」
「わかってる」
その瞬間、ヒュンと風を切る音が響き、矢がジェラルドの脳天に当たった。
「いてぇな……」
だが、頑強な肉体と幾重もの防御結界に阻まれ、矢は薄皮一枚すら貫けず弾き返される。
無言で立ち上がる三人。
一斉に周囲を見回し、気配を探る。
「ジェラルド、僕の方向から何か来る」
確かに、草を掻き分ける音が風のように近づいてくる。
—一夜儚の霜剣—
—煉錬鉄火—
—腐呪渇閃—
三者三様に戦闘態勢。
音が近づく。
距離が詰まる。
そして――
「すいませんでしたぁあああアァッ!!」
滑り込むように、トカゲ頭、リザードマンの青年が土下座しながら突っ込んできた。
「はぁ?」
「へぇ?」
「…なに……?」
予想外の事態に、三人そろって面食らう。
「すいませんでしたっ! まさか人に矢を当ててしまうなんて!」
最初に声を上げたのはジェラルドだった。
「あー、つまりこの矢は……君のか」
「おっしゃる通りでっ! お怪我は!?」
「何ともない 体は丈夫な方でな」
「良かった! 本当に申し訳ありません!」
青年は再び勢いよく土下座した。
心の底から悪いと思っているのが伝わってくる。
「えーと、大丈夫だよ でもどうして?」
ネモの問いに、青年は慌てて答える。
「すいませんっ! いつも狩りに使ってる魔法の標的を間違えてしまったみたいでしてっ! 【一番大物、皆を腹いっぱい食わせられる獣】って設定したはずなんですけど……まさか人に当たるなんて……今まで外したことなかったのに……本当に申し訳ありません……」
「獣を撃つ魔法なんだ」
その返答に、ネモの口角がじわじわと上がっていく。
「あははははっ! もしかしてジェラルド、人じゃなくて獣判定食らったんじゃないのっ!?」
「ネモてめぇっ! 言って良いことと悪いことがあるぞコラっ!」
「ギャハハハッ!」
「ぶっ飛ばすっ!」
「あぁ……申し訳ありません、僕のせいでっ!」
喧嘩を始める二人に、青年はますます青ざめる。
そこへシオンが近寄り、静かに声をかけた。
「…大丈夫、あれじゃれてるだけだから……」
「は……はあ……」
少々物騒ではあるが、戦い慣れた彼らにとっては他愛ない事故。
だが、この事故をきっかけに三人は古の巨獣との戦いに巻き込まれることとなる。




