3-9 黒龍との激戦
明らかに痩せ細り、見た目からは先程までの力強さは感じられない。
しかし薄暗い言霊の力が濃密にドラゴンの周りに漂う。
(ジェラルド、ビンゴだね、この挙動は炭の棺だ)
(ああ、だがこれは……)
(わかってる、僕らでも油断できないくらい……強くなってる)
(ラムさんとアガベさんには引いてもらってメグミさんのガードをしてもらおう、我々二人で、場合によっては本気で片付けるぞ)
(OK)
念話魔法でやり取りする二人。
メグミは恐怖しながらジェラルドに問いかける。
「あれはなんなんですか! もう駄目です、もう私には訳が……」
ジェラルドがメグミの肩に手を掛ける。
「メグミさん、大丈夫です、後は我々にお任せください」
「ごめんなさい、ごめんなさい……申し訳ありません……申し訳ありません……」
虚ろに謝罪を繰り返すメグミ。もう限界なのだろう。
「ラムさん! アガベさん! 悪いが引いてメグミさんを護ってくれ!」
ジェラルドは巨大なハルバードを錬成しながらドラゴンへと歩み寄る。
二人は目の前の異様な雰囲気を察知し素直に引く。すれ違いざまにラムとアガベはジェラルドとやり取りをする。
「何か……出来ることはありませんか?」
「彼女の事を精神的にも支えて欲しい、あとむやみに逃げないでほしい、もし奴があなた達に狙いを定めた時に距離があったら護りきれない」
「くぅっ……力足らずで申し訳ないっ!……後はお願いしますっ!」
「お任せください」
やたらと静かに佇むドラゴン、ジェラルドはネモの横に並び立つ。
「メグミさん……大丈夫だった?」
「いや、ダメそうだ、錯乱してひたすらに謝罪を繰り返していたよ、結果的には我々は彼女のトラウマをえぐってしまったのかもしれないな」
ネモの表情がわずかに曇る。
「なんでかな……なんでメグミさんが謝ってんのかな、なんで辛い思いしてんのかな、あんな優しい良い人がさ」
ジェラルドがハルバードを構える。
「世の中ってのが理不尽なのは嫌程にお前も知ってるだろ?」
ネモもそれに付随して氷剣を構える。
「そうだったね」
「キエエエェエエエエエェッッ!」
戦闘態勢に入った二人、それに呼応するようにドラゴンが金切り声を上げる。
「うっせぇんだよっ!」
疾風のごとく飛び出したネモはドラゴンの腹に剣の一閃。腹に切創が出来るがドラゴンは気にもせずネモに火球攻撃。
【煉練鉄火!】
ネモとドラゴンの間にジェラルドの錬成した岩壁が立ち上がる。衝突する岩壁と火球。岩壁は爆砕、火球は大爆発を起こし砂塵が舞う。
しかしドラゴンはその砂塵を吹き飛ばすテールスイング。砂塵を払えれば良し当たれば尚良し、そんな狙いで放たれた一撃は砂塵の中でまるで壁と衝突したかのごとくに静止する。
晴れる砂塵、腰を落としその強大な一撃をブロッキングしたネモの姿。
「キェアッ!?」 「痛ったいなあっ!……」
「……っ、今ので防護結界一枚持ってかれたか……」
動揺するドラゴン。流石に人の体躯で自身の一撃を受け止められるとは思わなかったのであろう。何重にも鎧に仕掛けた防御魔法とネモの膂力の賜物であることは気づきよう筈もない。
「いい加減にしろっ!!」
そのまま軽やかに尻尾を駆け登り、飛び上がったネモは再度魔法を放つ。
【凍刺氷柱っ!】
ドラゴンの顔面、その一瞬呆けた口の中に巨大な氷柱が迫りくる。回避行動を取ろうとしたドラゴン、しかし首が動かない。
「ギェアッ!?」
「避けさせんぞ」
ジェラルドの大地を操作する魔法、【女媧ノ転寝夢遊ビ】により全身が拘束されている。地面そのままの強度であるが故、ドラゴンが壊すことは訳のない強度ではあったものの、この一瞬の拘束が致命的、ドラゴンの口の中に大量の鋭く硬い氷柱が撃ち込まれる。
もんどり打って雄叫びを上げながら倒れるドラゴン。
「サンキュー、ジェラルド」
「ああ……だが……」
「うん、痛がってるけど効いてはないね」
「それと、あまりにも速く、強く、硬い、【解放】も頭に入れる必要がありそうだな」
「うん……」
「キエエエエエェ」
気が済むまでもんどり打ったドラゴンは立ち上がり再度ネモ達に爆進する。その雄叫びと覇気はまだまだドラゴンが気力十分であることを雄弁に物語る。
再度激突する2人と一頭。
その様はまるで兵器を交えた戦争の如くの迫力である。
「すげぇな……ほんとにあの人達一介の旅人か?」
せめてもの防御結界を展開しながら様子を伺うアガベ。後ろではラムが謝罪し続けるメグミに水を飲ませ、なだめ落ち着かせようとしている。
「大丈夫です、あの二人を信じましょうメグミ様……大丈夫ですから」
その時ズドンと響く闘いの地響き。
「ひぃっ!」
また大きく蹲るメグミ、もはや精神は限界だ。
「なんで、メグミ様がこんな目に……」
理不尽に上司を襲うトラウマに憤るラムとアガベ、この現状をどうにもできぬ自分に怒りを覚える。
その間にも戦況は幾度も幾度も変化する。
巨大な斬撃、殴打を身躱し、受け止め、ネモが攻撃、ジェラルドがサポートをしながら徐々に徐々にドラゴンの体力を削っていく。だが受け止めざるをえない的確に放たれる一撃も確実に二人の体力を削っていく。
ネモの氷剣が刃毀れを起こす、それを魔力を込めて握り込み氷を張りなおす。
ジェラルドも少しばかり息切れしながら自身の鎧を魔法で直す。
「きりがねぇな……」
お互いジリ貧とも言えるべき膠着状態。
しかし徐々に戦況に変化が訪れる。ドラゴンの体が確実に熱く、熱を纏っていく。その黒い体の中からマグマの様な光が漏れ出ている。
(なんだこれは……)
巨大な力の圧を感じとるジェラルド。早急に勝負を終わらせようと強力な貫通呪文の詠唱を開始しようとしたその時である。
「っ!! 煉練鉄火ァッ!!」
身に振りかかる怖気とともに攻撃魔法を防御魔法に唱え直す。
その瞬間、キンッという金槌で鉄板を叩き込むような音とともにドラゴンの口から光線が放たれる。放熱である。ドラゴンは自身の活動によって身体の内に溜まる熱エネルギーを魔力で圧縮。一撃必殺の攻撃に変換させたのである。
その一撃は錬錬鉄火による鉄壁を0.1秒もかからずに貫通する。しかしジェラルドはその0.1秒でギリギリの回避、焦げるたてがみ、噴出する冷や汗。
「なんだ……この出力」
「マジかよ……」
驚愕する二人をよそにドラゴンは光線を吐き出しながら目はぎょろりと目線を変える。防護魔法を張り遠方で蹲るメグミ、ラム、アガベの方へ!
(三人までは四十歩ほど。一直線に射線が通る――)
「まっずいぞぉおぉっ!」
ジェラルドは雄叫び、その獅子の疾走力でドラゴンと三人の間に滑り込む。
それを計算通りと言わんばかりにドラゴンは射線を変える。射線の前にジェラルドの錬煉鉄火を発動、大地の金属を総動員して光線への盾とする。
「きゃあっ!」
「クソッ!」
動けないメグミを見捨てられない故に三人共動けない。
どうするか、その判断をする時間も無く光線は金属壁を貫通しジェラルドに直撃。
「うおおおおっ!」
数秒生身で耐えるも弾き飛ばされるジェラルド。
「アアアァアッ!」
絶叫しながらラムとアガベがメグミの目前に身を投げ出し全力の防護魔法を展開。ジェラルドが威力を減衰させた光線を2人がかりで受け止めるものの軽々と吹き飛ばした後、光線は止み、沈黙。
「ゴ……ガァアアッッ!」
喉を焼き切り、光線の反動に痛む身体を震わせながら追撃の火球をチャージするドラゴン。
【氷狼公凍獄大咆っ!】
射線に無理矢理飛び込み、詠唱を切った巨大魔法でドラゴンに撃ち込むネモ。
しかし既に一回見た魔法。ドラゴンは口に火炎弾を溜めたまま、翼に魔力を集中しその冷気の奔流を突き進むとそのまま翼を振り上げ一閃。ネモをワイバーンの死体が溜まったすり鉢に叩き込む。
「このっ……!」
普段ならこんな不覚、ネモは取ろうはずもない。しかし予想外の攻撃、相棒の負傷、守るべき三人存在が彼の動きを狂わせダウンを喫す。
「舐めるなっ!」
立ち上がろうとしたその瞬間、ドラゴンは火球をすり鉢の中に叩き込む。
すり鉢の底で、腐肉の臭いが熱くなる。
巨大な轟音、激震、大爆発。
ワイバーンの死体が出した腐敗ガスに引火したのだ。
計算通りとニヤつきながらドラゴンは膝をつく。激闘とレーザーの反動、それとネモの魔法を無理矢理受け切ったせいでドラゴンの体もボロボロだ。
「あ……ああ……」
メグミは絶句。自分のせいで仲間四人が一瞬で戦闘不能となったからだ。
その目の前にドシャッと音を立てながらボロボロになったネモが落ちてくる。爆発で宙に放り出されていたようだ。
「いやあぁああっ」
この状況、あの時と一緒、幼き日弟をドラゴン殺されたあの時と一緒である。絶望するメグミ。
そこに半笑いの様な表情のドラゴンが脚を引きずりながら迫る。
「…………」
もはや心のキャパシティはオーバーしている。もはや恐怖の感情すら薄れていく。
「……ま……だだよ……」
その震えすら止まった手にネモが優しく手を添える。その手は血と砂煙でボロボロだ。
「あの夜と違う。今は――ひとりじゃない」
血を吐きながらしかし存外にも力強い声でネモはメグミに語りかける。
「まだ……絶望するには速すぎる……まだ、貴方は終わって……ないはずだ……」




