3−7 黒龍降臨
すり鉢状の地形にため込まれた、腐敗臭の漂うワイバーンの死体の山。
隠密結界の中から、ジェラルドは獅子の顎髭を撫でながら、じっとそれを見下ろしていた。
「おうぇ……」
「凄い匂い……」
「不自然すぎる……四肢まるごと残して腐ってる奴もいれば、やたらバラバラに引きちぎられてる奴もいる……」
「ねえ……ジェラルド、これってさあ……」
「そうだな。この死体の山を作った奴は、ワイバーンで【遊んで】いやがる」
「でもジェラルド、こんな、ワイバーンで遊べる奴なんて……」
「今回の我々の目的、灰色のドラゴンだろうな。十中八九」
四人が状況を精査する中、メグミは一人、悪寒を覚える。
あの夜、殺された弟の死体。
葬儀の時でさえ、メグミは直視出来なかった。
それは当然だろう。人体に用いるには適さない言葉だが、弟の体は【半壊】していたのだから。
だが、メグミの心にトラウマを植え付けたのは、その結果よりも「過程」だ。
朦朧とする意識の中で、長いこと、それはもう長いこと、弟の悲鳴が聞こえ続けていた。
弟は一撃で半壊させられたのではない。
徐々に、徐々に、拷問のように半壊させられていたのだ。
目の前に広がる、弄ばれた死体たち。
それは嫌でも、その時の出来事を想起させる。
今回の目的は灰色のドラゴンである。
だがメグミには、どうにも嫌な予感が拭えなかった。
一同の空気が重苦しく沈黙した、その瞬間。
「バオォオォオオッッッ!!」
山を割る程の大咆哮が響いた。
それと同時に、体高八メートルはあろう最大級の白い空生ワイバーンが、一行の背後に墜落する。
「うわっ!」
「ひいっ!」
その白いワイバーンは血塗れで錯乱しながら、炎のブレスや斬撃を空に向かって乱射している。
鬼気迫るその様に、一行は思わず距離を取る。
距離を取りながら、ネモはワイバーンが落ちてきた方向に目をやる。
「さっきの咆哮、こいつのじゃあない。来るよ!」
まるで巨大な竜巻のような風を、その巨大な翼で巻き起こしながら――
体高十二メートルにも達する、漆黒のドラゴンが飛来する。
「ぐおっ……羽ばたきだけでなんてパワーだ」
「!? 黒い……ドラゴン?」
状況が飲み込めない一同。
自身らの体に叩きつけられる砂礫と暴風で、思考も満足に巡らせることが出来ない。
「バオオオォッッ!」
ドラゴンはもう一度吠えると羽ばたきをやめ、地響きを起こしながら着地する。
その地響きは比喩でなく、五人の体を宙に浮かせた。
「フシュルルル……」
ドラゴンはゆっくりと、先程の白いワイバーンに歩み寄る。
「キエェェッッッ! ギキャアァ!」
ワイバーンは悲壮感を漂わせながら、炎のブレスをドラゴンに乱射する。
とんでもない爆発音と共に、ドラゴンは爆煙に飲み込まれた。
ワイバーンは尚もブレスを撃ち込もうと、息継ぎをして炎をチャージする。
しかし、まだ晴れぬ爆炎の中から――
まるで鞭のように尻尾がしなり飛び、ワイバーンに直撃。
玩具のようにもんどり打って吹き飛ぶ。
「ブギャァッブッ!」
情けない声を上げる間もなく、爆煙から悠々と出てきたドラゴンが、もう一撃。尻尾による殴打を食らわせる。
またも響くワイバーンの悲鳴。苦痛に悶え、地べたを這いずる。
黒いドラゴンはその姿を、芸術作品を鑑賞するかの如く夢中で眺め、
その悲鳴を、演奏を楽しむようにうっとりと聴き入っている。
そして叫びを上げなくなれば、また尻尾で小突く。
足で翼を踏み付ける。
そうして、苦痛と悲鳴をそのワイバーンから限界まで搾り取る。
その過程を経て、やがて沈黙したそのワイバーンをしげしげと眺めると――
死体を尻尾の一撃で、同じ目に遭ったワイバーンの死体の山に叩き込む。
「バウオォオォオオッッッ!!」
そして、感極まったかのような大咆哮。
人間であるメグミ一行にも分かる、耽溺と喜びの感情が合わさった咆哮。
五人全員が確信する。
こいつはヤバい――と。
隠密結界の中で、ジェラルドが口を開く。
「ラムさん、今回の目的は灰色のドラゴンでしたな」
「そ……そう聞いておりますが……これは……」
「話が違うっす。てかあのドラゴン……」
咆哮して落ち着き、辺りを見回すドラゴン。その風貌に、メグミは絶句する。
三本の角、隻眼。テラテラと光る黒い表皮と、不自然に長い首。
そしてあの陰険な性格。
「い……いやぁああぁぁ!!」
メグミが思わず絶叫し、腰を抜かす。
そうだ。あのドラゴンは、あのワイバーンがドラゴン化した姿に他ならない。
「灰色って話は、メグミさんにとどめ刺すつもりで誰かが流したダメ押しの嘘だろうな」
その呟きを聞いたネモのこめかみに血管が浮き出し、若干だが目が血走りだす。
「ねえ、流石にそれがマジならさ……ちょっと僕ガチで腹が立ってきたよ?」
「グルルルゥ……?」
ドラゴンがこちらを向き、きょろきょろとし始める。
「メグミ様、落ち着いて下さい!」
「アイツ……アイツ……あの時のっ! あの時のっ!」
「くそっ、まずいな。今の声で、隠密結界が見破られそうだ」
黒いドラゴンは地響きを立てながら、ゆっくりとこちらに向き直る。
メグミが腰を抜かし動けなくなっているせいで、ネモもジェラルドも迂闊には動けない。
ドラゴンは確実に、ゆっくりと、地響きとともにこちらへ歩みを進めて来る。
そして、不思議そうに長い首を伸ばした。
その鼻先が結界の膜に触れ、ほんの少し波打った。




