明希とのトラブル。
「フローライト第13話」
利成のバンドがインディーズデビューをした。そのバンドの中には翔太もいた。利成は明希の元カレだと知っていて翔太を入れた。何故だろう・・・まったく気にならないってことかな・・・。
デビューをしてから三か月、もう季節は冬に移行していた。
利成と明希のアトリエにはたまにバンドの仲間が集まった。仲間内での曲作りやライブの打ち合わせなどをしているときは、明希は寝室に引っ込んでいた。邪魔するのが嫌だったからだ。
その日は打ち合わせ兼軽く飲もうということになって、アトリエにお酒を持ち寄って皆が盛り上がっていた。利成が「明希も一緒においで」と言ったけど、遠慮したのとやっぱり男性ばかりのところにいくのが怖かったので、寝室に引っ込んでいた。
スマホでユーチューブを聴いているとドアがノックされたので明希は立ち上がってドアを開けた。
「あ・・・」
利成かと思ったのに翔太が立っていた。すごく遠慮がちに「ちょっといい?」という翔太。
「うん・・・」
そういうと翔太が部屋の床に座った。少しお酒の匂いがする。
「だいぶ飲んだの?ていうかみんなは?」
「飲んでるよ。俺はそうでもないけど」
「そうなんだ・・・利成は?」
「天城もさほど飲んでないんじゃないかな。他の奴らがべろべろだから」
翔太が少し笑った。
「そう・・・」
「明希もこっちに来ればいいのに」
「ん・・・でも・・・」
「でも?」
「ちょっと怖い・・・」
「怖いって?」
「男性ばかりのところが・・・やっぱり完全に平気になったわけじゃないから・・・」
「そう・・・何聴いていたの?」
翔太が明希のスマホにつけられているイヤホンを見ている。
「ユーチューブで・・・その・・・自分の・・・」
「え?何?聞こえなかった」
「“自分の”という言葉がひどく小さくなってしまった。つきあっているときは完全に隠してたけれど、もういいかなとも思う。
「私が自分でカバーして出しているユーチューブの聴いていた」
「えっ?明希の?」
「うん・・・」
「え?明希が歌ってるの?」
「うん・・・」
「聴かせて」とスマホについてるイヤホンを翔太が耳に入れたので、明希は自分のユーチューブを再生した。
翔太が聴いている。結構真剣な顔で聴いたあと、感心したように翔太が言った。
「何、これ。うまいじゃん。何で教えてくれなかった?」
「え、だって・・・そんなの誰も聴きたくないでしょ?」
「そんなことないでしょ。こんなうまいのに」
「そうかな」とうつむいて顔を赤らめて。お世辞でも褒められると嬉しい。
「明希にこんな特技あったんんて・・・意外だな」
「でも私も翔太があんなにギターうまかったなんて知らなかったよ」
そう言ったら翔太が笑顔を作ってから言った。
「元々作曲はやってたんだ。実は兄貴が音楽系の仕事しててさ」
「そうなんだ。知らなかった」
「俺も実はユーチューブやってたりして」と翔太が笑った。
「そうなの?聴かせて」と明希が言うと「えーどうしようかな」と翔太が言った。
「だって私の聴いたじゃない?翔太のも聴かせてよ」
「・・・いいけど、ちょっとだけキスさせて。そしたら聴かせる」
「えっ?」
身体が固まった。何で急にそんなこと言うのだろう・・・。
明希が黙っていると、翔太が唇を近づけてきたので後ろに後ずさろうとしてベッドにぶつかってしまった。
(酔ってる?)
みんなお酒を飲んでいる。翔太もたくさん飲んだのかも・・・。
「翔太、冗談やめ・・・」
ガバッと唇を塞がれて身体が固まった。アトリエには利成もいるのに、そんなことをしてくる翔太が信じられなかった。
翔太の胸のあたりを押し戻して唇を離そうとしたら、無理矢理また唇を重ねてくる。絶対酔ってると思った。
「やだって・・・」
少し恐怖心が走った。つきあっているときはキスなら大丈夫だったのに今は怖い・・・。押し戻した手をつかまれてまた口づけられた。明希が顔を背けようとしたら、手で顔を押さえられた。
翔太の身体を押し戻そうとつかまれている手を振りほどこうとしたのに、翔太にがっちりつかまれていて振りほどけなかった。本格的に背筋に恐怖が上がってくる。唇を離した翔太が抱きしめてきた。
「やだ・・・離して・・・怖い・・・」
「何だ、やっぱ治ってないんだ・・・」
翔太がそう言って明希から身体を離した。
「じゃあ、天城としたっていうのも嘘?」
「・・・・・・」
もう声が出なかった。足が震える。
「明希?」
(怖い・・・)
翔太が身体を動かした時、反射的に立ち上がってドアを開けて廊下を走ってアトリエのドアを開けた。中にいたバンドの仲間の男性と利成がびっくりしてこっちを見た。利成を見た瞬間涙が溢れて走っていって利成に抱きついた。
「明希?どうかした?」
利成が言う。その時アトリエに翔太が入って来た。
「ちょっと夏目、彼女に何かしたんじゃないの?」とバンドの仲間の一人が言った。
「何もしてないよ」と翔太の声を背中で聞きながら怖くてまた利成にしがみついた。
「明希、ちょっとおいで」と利成に言われて立ち上がって支えられるようにしてアトリエを出て利成と寝室に入った。
ベッドに座らされて利成は床に膝を立てて明希の顔をのぞき込んできた。
「何あった?」と聞かれる。でも怖くて言えなかった。忘れていた恐怖心で背筋がざわざわとしている。
「明希、夏目に何かされたの?」
「ううん・・・」
怖かったけれど、翔太のことを言ってバンドがおかしくなるのが嫌だった。
「ほんとに?」
「うん・・・」
「正直にいいなよ?我慢しないで」
「うん・・・大丈夫・・・」
「・・・・・・」
その日は利成がバンドの皆に今日は帰ってと言っていた。いつもなら遅くなった時は泊まることもあったけれど。
利成と一緒にベッドに入ったら「明希、もう一回聞くよ?」と言われた。
「ほんとに何もされてない?」
「うん・・・」
「・・・・・・」
怖かったけど利成のために我慢した。自分のせいでせっかくうまくいっているバンドがおかしくなってほしくなかった。けれど二日後の夜、結局はそのことを利成に言うはめになった。
夜に利成が求めてきた時に、またあの治っていた恐怖心が復活したのだった。
「ヤダ!怖い!・・・」と身体がけいれんした。前よりひどかった。
最初の時にしてくれたように利成が「大丈夫、大丈夫」と言いながら肩をさすってくれた。それからハーブティーを入れて持ってきた。
それを一口飲んで、ようやく身体のこわばりが取れてきた。
「やっぱりされたんだね」と言われた。
「うん・・・」
もう隠せなかった。
「何された?」
「キス・・・逃げたんだけど押さえられて・・・」
「そう」と利成がため息をついたので明希は顔を上げて利成を見た。呆れられたと思ったのだ。けれど利成は明希を抱きしめながら言った。
「明希、もう我慢しないで」
「ん・・・」
「バンドのやつはもうここに呼ばないよ」
「・・・・・・」
「後、夏目はやめてもらう」
「えっ?」と利成の顔を見た。今までにないような厳しい顔をしていた。
「元カレでもギターの腕は確かだったからいいと思った。でもそのせいで明希に怖い思いさせちゃってごめん」
「でも、ギターの人いなくなったら・・・」
「大丈夫、何とかするよ」
「でも、それじゃ翔太が・・・」
「明希、夏目のことは彼自身が何とかする。自分が蒔いた種なんだから」
「でも、翔太もバンドが好きで・・・」
「うん、わかってるよ。でもバンドのことより俺は今、明希のことが大事」
「ごめん、私が悪いの。翔太のこと外さないで」
「明希・・・」
利成の言うことはよくわかった。けれど自分のせいで翔太の道がふさがれるのが嫌だった。
でも結局翔太はやめた。利成が言うには自分からやめたという。明希は翔太にラインをしてみたけど返信はなかった。
(翔太・・・)
涙が出た。自分はまだ翔太が好きなんだと気づいた。
どうして自分はこうなんだろう。自分がこうじゃなかったら翔太ともうまくいったのに・・・。
(翔太・・・ごめん・・・)
泣きながらもう一回ラインを送った。
<翔太、ごめんね。ほんとにごめん・・・私、ほんとは翔太のことが・・・>
そう送ったら<明希、大丈夫。心配しないで。俺が悪かったんだから>と返信がきた。
<翔太、ほんとはね、翔太が好きなんだよ。ごめんね。変な私で>
<俺も好きだよ。明希のこと離しちゃったから俺のせい。気にしないで、バンドやめてもなんとかやってく。作曲もあるし、他のバンドからも誘いがきてるから>
<ほんとに?誘いがきてるの?>
<うん、だから気にしないで。明希、また少し時間空けよう。俺も頑張ってやってみるから。また必ず連絡する>
涙が溢れた。翔太と二度も別れなきゃならないなんて・・・。再会しなければ良かったと思った。
そして月日はどんどんと流れていった・・・。




