太陽と私 第三話 誘惑
登場人物
ミホ(24歳)コールセンター派遣社員だが退職
アヤナ(24歳)中学校教師
アヤナ母(56歳)中学校教頭、校長試験を控えている
アヤナ父(57歳)中学校教師、生徒の母親との不倫が発覚
タツヤ(55歳)ミホの父親、地方公務員
サキヨ(55歳)ミホの母親、タツヤと同僚だったが、結婚を期に専業主婦になる
あらすじ
健康食品会社「やすらぎ」、念願だった中学校教師、それぞれの道に疑問を感じ退職に至ったミホとアヤナはミホがいつも眺めている、動画のインフルエンサーに触発され、南国へと旅立つ計画を立てるが?はたして上手く行くのか?
第三話 誘惑
「今夜の君は一段と良かったよ!別れるなんてもう無理な話やめてくれないか!」
アヤナの父親は今回の不倫相手、40代半ば派手目な彼女から別れを切り出されていた。
「だって、旦那にばれそうで。アイツ、この頃帰りが遅いって言い始めて、何やってるんだか教えろって、食って掛かる様になって来たのよ!そろそろ潮時じゃない。先生だって奥様が校長試験控えてんでしょ。」
「妻とはいずれ別れるつもりだ!」
「もういいの。お互い家庭壊してまで続ける意味無いじゃん」
そう言い残すと40代半ば派手目な女はホテルを後にした。
一人ホテルに取り残されたアヤナの父親は内心ホットしていた。
「あの程度の女に未練なんかあるわきゃないさ。女のプライドを大事にするのが教師ってもんだ。なんたって昨今 男女平等、多様性の時代なんだからさ。」
捨て台詞を残し家路につくと、キッチンのテーブルにアヤナの母親から置手紙があった。
「家を出ます。理由は聞かなくても分かりますよね。貴方はご自身の道を進んでください。離婚届は後日発送するので、印鑑を押し、新しい住所が決まり次第、送ってください。長い間お世話になりました。お身体に気をつけてお過ごし下さい。」
少し驚いたアヤナの父だったが、やわら冷蔵庫を開け何時ものように常備してあるコンビニで買って来たチーズを取り出し「グビグビ」喉を鳴らし旨そうにビールを飲む。
「っま、いいか。彼女自身の人生を認めるのも教師ってもんだわ。」
訳の分からない独り言ほざきながら、疲れた身体でベッドに倒れ込む。
「なるべくしてなった。」
洗面所にある、髭剃りの刃が脳裏にかすむ。
ぬっと起き上がると飲み過ぎたのか、ふらふらになった身体で浴室へ向かう。
空になった浴槽を黙り込んで見入っていたが、唐突、水を張り、いっぱいになるのを見届けると、刃を左手首に「すーっと」あてる。
その手を浴槽につける。
赤い血は静かに滴れ落ち…。
「思ったより簡単だな!」
薄れゆく意識の中であの頃が思い出された。
三人で公園に行きアヤナを膝に乗せ、ブランコを漕いでいる…。
一番幸せだったであろう時に、それを自ら捨てたにもかかわらずに…。
翌日、ミホの姿はアヤナのマンションにあった。
二人はお互いの額をくっつけ合いながら、例の動画に見入っていた。
「この人私達と同じくらいだよね。」
「そうかなぁ、もっと若いかもね。もしかして10代だったりして。」
「まっさか?」
何気ない言葉のやり取りにミホとアヤナは大笑い。
「久しぶりに声出して笑ったわ。」
アヤナの笑い声にミホがうなずく。
「私も! やすらぎ 辞めてからっていうか、勤めて出してから笑った事無かったもん。」
「私も!教師になってから笑った事無かった。お互いに道間違ったのかもね。」
暫くの沈黙…。
アヤナが口火を切る。
「ミホ、行こっか、南国。」
「そうね、多少お金も溜まったし。」
そう言うと、スマホを手に「楽運トラベル」で調べ始める。
「ここ素敵じゃない?ホテルからビーチまで徒歩5分だって。」
アヤナの言葉にミホは感動したように、うるませた眼でコクリとうなずく。
「ホテル、航空券、保険一緒の企画もの。ビザも免除だってさ!」
「すんごい、そんで、この値段!奇跡だね!」
ミホの眼は、より一層輝きを増してきた。
「ミホ、さっそく明日パスポート作りに行かない、どうせ暇なんでし。」
アヤナの父親がどんな状況下に置かれているのか、二人は知る由も無かった。
そのころミホの父親タツヤの姿は市役所内にあり…。
またの揉め事にハラハラしている。
向かいのフロアー「生活保護担当課」での出来事、中年男性が申請にやって来ているが、窓口の女性と何やら言い争いになっている。
「何度も申し上げますが、生活保護の申請の条件には当てはまっていらっしゃらないのです。お年もお若いですし、病歴も無し。こちらにいらっしゃるよりも、ハローワークの求人募集に行かれた方がよろしいかと…。」
「なんだと!お前に俺の何が分かってんだよ!こちとら明日の飯代もねえんだ!黙って金よこせよ!お前らの給料も俺たちの税金から出てるんじゃ無いか!」
キラリ、光る物がタツヤの目にも入った。
その場に居合わせた全員が一瞬で凍り付く。
その瞬間中年男性は「ぐい」っと腕を伸ばし、女性職員の首元を掴み持参してきたナイフを突きつけた。
不運にも居合わせていた高齢の女性が「ぎあああ」っと喉の奥から悲鳴を上げる。
その声を聞いた警備員(生活保護担当課はアクシデントが多いので警備員二人常駐している)二人が驚いた様子でやって来て、中年男性を取り押さえた。
運良く女性職員に怪我は無かったが…。
女性職員は両腕を同僚に抱えられ、市のクルマで病院へと向かった。
タツヤは生活保護担当課ではないが、常に危険に晒されているのは同じ。
一日に何人もの市民を相手にしているので、知らないうちに恨みを買っているかも。
そう思うと冷や汗が脇からすーっと流れる。
フロアーはまた、何時もの静けさが戻ってきてはいるが、何気に皆の顔色を見ると明らかに動揺してる。
「当たり前か。」
タツヤは心の中でつぶやいた。
休み時間タツヤは妻のサキヨ(ミホの母親)に電話を掛け事の成り行きを説明した。
彼女は結婚を期に退職をし家に入ったが、タツヤの同僚だったので、職場の状況に精通していて、話の理解が早い。
「そうよね、窓口はだいたい女性職員だもんね。」
昨今、世の中物騒になってきたようで。
両親の置かれた状態を知る由も無いミホとアヤナは、ようやく勝ち取った?自由をおう歌する事で気持ちがいっぱいだった。
つづく