囚われロールですが助けを持つのは飽きたので、好き勝手やらせていただきます
閉鎖した空間に、閉じ込められていた。
お世辞にも快適とは言えないが、これは、私が望んだことでもある。
かれこれ五日は経っただろうか。
不透明な窓を眺めながら、来るかも分からない助けを待つのは飽きてしまった。
最初こそ気楽だったが、囚われの姫というのは、こんなにも暇だったのかと後悔してくる。
……いや、もう、待つのは止めよう。私がここにいられるのも、そう長い間ではないのだから。
・・・
人生が、退屈だ。
だからといって、早々に世界からフェードアウトしたいわけではない。刺激を求めているのだ。
昔から、人の考えを読み取るのが得意だった。
それぞれの行動原理を考え、その場に適した行動をとることができた。
若いうちから、どこかしらの会社の責任を持ったり、株に手を出したりしているうちに、そんなに頑張らなくても生活できるようになってしまった。
それこそ、ゲーム感覚でだ。
余るほどの金を使って色々な事に手を出してみたが、どれもすぐに攻略法を見つけてしまう。
そんな事を繰り返しているうちに、私という、経験だけ積んだ暇人が誕生してしまった。
周りの人間は、その気になれば、まるでゲームのキャラクターのように、ある程度は思い通りに操ることができた。
だからこそ、その文章には、興味を引くものがあった。
『ゲームのNPCになってみませんか?』
面白そうなバイトを探していた際、見覚えのある会社名で、この求人が載せられていた。
その会社とは、今、最も注目を浴びているゲーム会社である。
できたばかりの会社で、まだ、これと言った実績も残していないが、界隈では有名な人達が集まっているという。
さて、何故この会社が注目を浴びているのか。
それは、クラウドファンディングで莫大な金を集めて作られたゲームが、もう時期発売されるからである。
最新技術を用いて作られた、VR型MMORPG。
その仮想現実ではまるで、物語や、液晶越しでしか味わえなかった世界が、その身を持って楽しめるのだという。
世界観は、在り来りかつ、王道の、ファンタジー世界だ。
ファンタジー世界のNPC? そんなの、真面目にプレイするよりも面白そうじゃないか。
応募資格は、「暇を持て余している人」とだけ。
私は経歴と名前入力した後、自己PRの欄に、たった一文だけ入力し、送信した。
「姫野様、この度は弊社にお越し下さり、誠にありがとうございます」
危なげなく採用された。
この会社には、何度か来ているし、人間性を疑われることもない。
今回は、少々やりすぎてしまったという気持ちもあるが。
なんといっても私は、この会社の筆頭株主なのだ。忖度しないわけが無いだろう。
さて、NPCになるとは、どういう言う事なのか。
その概要は、バイト募集の説明欄に載せられていた。
この会社は、同じようなゲームを今後も作っていくために、様々なデータを求めているらしい。
NPCになるというのは、NPCとして設定されているキャラクターを人間が操るというもので、その結果、どのようなことになるのかを実験してみたいのだという。
雇用期間は一週間。会社に住み込みでやるらしい。
私は、会社の一室に鎮座していた、大きなカプセルを見下ろす。
新時代のゲームハードだ。
脳波だとか、感覚がどうだとか、科学力をこれでもかと詰め込み、カプセル型ゲームハードを実現させたらしい。
流石に値段は張るが、手軽にレンタルもできるものもあるのだという。
というのも、このハードはまだ発売されたばかりで、私も持っていない。
今日は、最新ハードを使用する、初めての機会だ。
私の他にもバイトはいるらしいが、それぞれ別の部屋に案内されているとのこと。
それもそうだろう。今日から一週間、密室で過ごすのだから。
このハードは試験用の特殊なものであるため、チュートリアルは無いのだという。
職員から最低限の説明と、事前に行っていた面接の内容の再確認をされた後、ようやくゲームを始めるときが来た。
今から数分後、ゲームの配信が始まる。
私はカプセルの中に入り、いくつかの器具を装着した後、期待に胸を躍らせながら、目を閉じた。
▽
暗闇しか見えなかった視界が、ぼんやりと明るくなる。
ログインに成功したということだろうか。
新たな世界に期待しながら目を開くが、そこには、賑やかな街でも、広々とした草原でもなく、筋肉質で上裸の男が立っているだけだった。
あまりの恐怖に私は、その露出した腹に蹴りをいれる。
「うっ……」
不意の一撃だったのか、男は一瞬怯むが、すぐにこちらを睨みつけてくる。
よく見ると、体が焦げ茶色の細かい毛で覆われていて、顔も獣のようなつくりをしている。
獣人というやつだろうか。
しかし、このままではまずい。
咄嗟に蹴りをいれてしまったせいで、敵対の意思があるとみなされているかもしれない。
言葉が通じるかは分からないが、ここは、一芝居打っておこう。
「女性の寝ている姿を覗き見るなんて、どういう神経をしているの?」
そう言うと、男は一瞬呆気にとられた様子だったが、すぐに頭を下げてくる。
「そうか。すまない、人間の姫なんて、初めてみたもんで……」
そう、私は姫なのだ。それも、囚われの。
面接時に職員がどんなNPCになりたいかと聞かれた時、私は迷わず「姫」と答えた。
昔から、憧れがあったのだ。来世は、姫になって金の心配をしない生活をしたいと。
現在は、その夢の半分くらいは叶っているのだが。
職員は初め、難色を示した。流石に姫という存在は、大体がメインストーリーに大きく関わってくるため、人間を入れるのは難しいのだという。
それでも粘り強く食い下がると、サブストーリーに出てくる、囚われの姫で良いのなら……と、提案された。
囚われていても、姫は姫だ。いずれ助けが来ることだろう。
私は二つ返事で了承し、契約が成された。
その結果が、これである。
まさか、新作のVRゲームで初めて目にするのが、鍛えられた腹筋だなんて、思いもしなかった。
とはいえ、男は怒りを収めたようだった。
上からの態度が、功を奏したのかもしれない。
どちらかといえば、扱いに慣れていない、という様な感じだったが。
「そう。それで……何の用?」
結局、この男が私の寝ている姿を見ていたのは事実だ。
一体何の用があったのだろう。
「おっと、忘れてた。ほら、朝飯だ」
男はそう言うと、持っていたプレートを、ベッドの脇のテーブルに置く。
ずっと持っていたということは、仕事を中断して、私のことを見続けていたのだろうか。
そう考えると、鳥肌が立った。
プレートを見てみると、大きめの容器の中に、様々な野菜を雑に煮たような料理が入っていた。
姫は、野菜しか食べないとでも思っているのかと疑いたくなるような料理だ。
いや、これは料理と言えるのだろうか。
「……昼には、肉料理も出してほしいんだけど」
私がそう言うと、男は驚いた様子で口を開く。
「はあ? 人間の姫ってのは、昼にも飯を食べんのか? 俺たちでさえ、一日二食なんだぜ?」
「え」
確かにファンタジー世界といえばあまり文明が発達していないイメージがあるが、まさかここまでとは思っていなかった。
「……なるほどね。君、名前は?」
「ハウルだ」
良かった。個体名はあるようだ。獣人Bとか言われたら、どうしようかと思った。
「それじゃあ、ハウル。私に、この世界のことを教えてくれない?」
そう、私はアバターの説明をあまりされていないし、本来受けるべきのチュートリアルさえ受けていない。その世界観と、自分の境遇が、掴めていないのだ。
「お前……何言ってんだ?」
その反応は当然だろう。下手に追及されても面倒くさいので、勢いで押し切ることにする。
「実は私、記憶を失っちゃったみたいなんだ。もしよければ、色々と教えてほしいんだけど」
「うーん……確かに前見た時と態度が全然違うような気がしたが……それなら、先に上に報告しないと駄目だな」
思ったより冷静だ。しかし、それこそここの偉い人と会う前に、状況整理くらいはさせてもらいたい。
「ちょっと待って。少しくらい、話してくれても良くない? 減るものでもないでしょ」
「そうは言ってもな……」
「お願いします」
顔の前で手を組み、姫っぽいポーズをしてみる。
「うっ…………仕方無い。少しだけだぞ」
「チョロい……」
「何か言ったか?」
「いや、何でも?」
その後は、ハウルから様々な事を聞くことができた。
私は小国の姫で、昨日、囚われてここに来たらしい。
私のアバターは、「囚われの姫」だということしか聞いていなかったので、細かい補足をしてもらった。
ここは人類圏に隣接する魔族の城だ。私は、その城の塔の一番上に幽閉されているとのこと。
部屋を見渡してみると、石のレンガで壁が作られており、窓に使われているガラスは半透明で外の様子は見れなかった。
窓から見た感じだと、この部屋は、レンガの壁一枚でできているように見える。
気になって聞いてみると、この城は、全てハウルのボス…城主の魔法によって形成されているらしい。
その城主は、私のアバターをさらう際にも、多くの近衛騎士を一人で殲滅させたほどの実力者だという。
殺されたらこの城が崩れるというのに、少々頭が足りていないのではないだろうか。
それはさておき、少し、気になる言葉が出てきた。
流石はファンタジー世界。当たり前のように、魔法が使われているらしい。
私にも、使えるのだろうか。
「ねぇ、魔法って、どうやって使うか知ってる?」
「魔法? そういうのは、お前の方が……」
「お前?」
「……悪い、何て呼べば良い?」
「うーん……じゃあ、とりあえずサクヤで」
アバターの名前なんて、知らされていない。
後でハウルの上司に会う機会があれば、それとなく聞いてみることにしよう。
「というか、記憶を失ったって言ってたな。何なんだ? もしかして、ランクダウンの影響で…………あ」
ハウルが突然上を向いたかと思えば、みるみる顔が青ざめていく。
「ちょっ、悪い。一回戻らせてくれ!」
そうしてハウルは扉の方に向かおうとするが、その足に何とかしがみつく。
「魔法の事くらい、聞かせてくれても良いじゃん! 何でそうやって無理矢理帰ろうとするの!」
「止めっ、これ以上は本当に……」
突然、ハウルの体が眩い光に覆われた。
白いシルエットになったハウルは、段々と縮んでいく。
「えぇ……何?」
不意に、部屋に、金属が落ちる音が響く。
見てみると、鍵が落ちていた。ハウルが持っていた物だろう。
瞬時に理解する。
「あ、これ出れるな」と。
ハウルが縮んでいくのを横目に、サッと鍵を回収し、扉の方に向かう。
開くと、下向きの螺旋階段が続いていた。
「あっ、おい!」
振り返るとハウルは、幼い姿になっている。
身長も先程の半分くらいだ。
その可愛らしい足では、追いかけられても捕まりはしないだろう。
私はそんな事を考えながら、今度こそ広がった世界に期待を膨らませ、螺旋階段を駆け下りた。
階段の窓を見てみると、それなりに高い位置にいることが分かった。
外には、森と山しか見えない。見る限りは、完全な辺境らしい。
スカートに苦戦しながらも、しばらくは誰にも見つからずに降りられていたのだが、下の方から上がって来る足音が聞こえてきた。
急いで塔から建物に移る。
幸運にも、誰もいないようだ。
前には部屋に繋がる通路があり、左には回廊があった。
とりあえず、人気の無い左に進んでみることにする。
「おいっ! 姫を見なかったか?」
塔の方から、ハウルの声が聞こえてくる。
このまま無理矢理出るのは現実味が無さそうだ。
どこかで体制を整えた方が良いだろう。
進んでいくと、扉が半開きになっている部屋を見つける。
中には誰もいないようなので、入ってみることにした。
中には、数種類の武器が、大量に並んでいた。
おそらく、武器庫のようなものだろう。
ここにある物を持っていけば、楽にこの城を脱出できるかもしれない。
そんな事を考えながら、立て掛けられていた槍を手に取る。
「おっ……と」
想像以上に重い。
危うく、倒してしまうところだった。
この世界では、得物を持つのにも特殊な処理が行われているのかもしれない。
武器を諦め、薄暗い部屋を見渡してみると、木箱の上に、いくつかの袋が置いてあるのが見えた。
一つ、手にとってみる。
袋には、竜巻のようなマークがついてあり、中には、緑色の種のようなものが沢山入っている。
あまり、脱出の役には立たなそうだ。
別の袋を手に取ってみると、こちらには袋を止める紐が、桃色であることが分かる。
中を開けてみると、水滴の形をした桃色の飴のようなものが入っていた。
もしかすると、回復アイテムかもしれない。
とりあえず、どちらも服の間に突っ込み、他に使えそうな物が無いか木箱の辺りを調べると、中に、オレンジ色の杖が入っているのを見つけた。
極限まで細くした砂時計の先に球が付いているような見た目をしていて、あまり攻撃性は感じられない。
こちらは、思いの外楽に持ち上げることができた。
これで魔法が使えるようになれば、脱出も楽になることだろう。
……なんて、色々と考えてはみたものの、正直、この城を脱出する必要性は無い。
仮にも、囚われの姫だ。
いずれ誰かが助けに来るだろうし、ハウルを見た感じ、城の者からもそれなりの待遇を受けることはできるだろう。
であるならば、何故脱出をしようと思うのか。
無論、面白そうだからだ。
ハウルには、記憶喪失だと言っていたし、もし捕まったとしても、注意くらいで済むだろう。
どうせしばらくあの部屋に閉じ込められるくらいなら、今のうちに外の世界も見ておこうというわけだ。
もう少し使えそうな物が無いか探そうと思ったのだが、部屋の外が騒がしくなってきた。
この部屋の扉が半開きになっていたということは、使用していた者がいたということではないか。
隙を見て、部屋を出たほうが良いだろう。
部屋の外に出ると、あちこちで私を探す声が聞こえてくる。
ほとんどの者が姫の所在を探しているようだが、人を探しているというより、猫を探しているような声色に近い。
皆、姫の扱いに慣れていないようだ。
というより、声を出すことによって自らの位置を教えている事に、気づいていないのだろうか。
これは案外楽に出られそうだぞ、と思った矢先、回廊の曲がり角からやってきた獣人の男と目が合った。
「あっ…………お疲れ様でーす」
「いたぞ! 三階だ!」
急いで塔の方に引き返す。
男は荷物を持っていたため、すぐに捕まるということは無さそうだが、螺旋階段しか下に下がる手段を知らない以上、下手に違う道へ行くのは悪手だろう。
人が集まって来る気配がする。
主に、塔の方からだ。
とてもではないが、今すぐ階段で降りるのは無理そうだ。
とりあえず、先程と反対の通路に走る。
「おいっ、待てっ!」
後ろから、複数人の足音。
だが、距離はまだ離れている。
通路の横にある扉はどれも閉まっていて、どこに入れば良いのか見当もつかない。
そんな事を考えながら走っていると、森が見える。
バルコニーだ。
後ろを向くと、獣人たちは足を止めている。
どうやら、追い詰められてしまったらしい。
「お前……人質の姫だろう? 大人しく塔に戻れ!」
獣人たちの中から、一際血の気が多そうな男が出てきた。
「ここまで来て、簡単に戻るわけないじゃん。囚われの姫の一人くらい、楽に捕まえたらどう?」
「お前っ……舐めやがって」
私が煽ると、男は獣のように手足を地面に着け、体勢を低くする。
「……気絶させて捕まえりゃいい話だろ?」
明らかな臨戦態勢。攻撃する気満々だ。
しかし、こちらには武器庫で拾った杖がある。
「かかって来なよ」
杖を男の方に向けると、その場にいた全員が呆然となった。
「サクヤ、それ……」
ハウルの声だ。
一緒に追いかけて来ていたらしい。
どうしたのだろうか。その、恐怖とも違う、何か心配するような顔は。
「どこまでも莫迦にしやがって……」
男の空気が変わる。
男の体勢が、攻撃の準備モーションだということを理解した瞬間、私の体は自然に回避行動に移ってしまっていた。
体は横に傾き、狙いも定まらない。
ただ、男に照準を合わせ、攻撃することだけを考えていた。
体が倒れる寸前、杖の先からオレンジ色の光の玉が発射される。
それは、まるで吸い込まれるかのようにして男に命中し、男の体がオレンジ色に光り始めた。
「おお、おおぉぉぉ!」
そのまま自分のもとに突っ込んでくる、と思ったのだが、男は私の体を飛び越え、勢いのままにバルコニーの柵を破壊し、遠吠えのような断末魔を上げながら落ちていった。
「今のは……」
あの柔らかい光、自分自身でさえも制御しきれていないようなスピード。
どうやら私が放ったのは、強化魔法だったらしい。
だとすれば……
周りが唖然としている内に、杖を自分へ向け、魔法を発射する。
すると私の体は、あの男と同じように光り、体が軽くなったのを感じた。
「よっと」
獣人たちに混じっている小さくなったハウルを飛び越え、その場を離脱する。
後ろからは、
「姫が逃げたぞ!」
「追いかけろ!」
「いや、まずは蘇生が使えるやつ呼んでこい!」
などと、混乱したかのような声が聞こえてくる。
「おい、待て!」
いや、二人走ってきていた。
一人はハウルなので撒けそうではあるが、もう一人は速くなっている私にも、ぐんぐんと近づいてくる。
仕方が無いので、手に持っていた杖を投げつけると、情けない声と共に転倒する音が聞こえた。
その後も、ハウルと二人で追いかけっこを続けたのだが、思うように距離が離れない。
理由は単純で、私の強化魔法が切れたからだ。
ハウルは走りながらも声を出し続けているため、放っておけば、すぐに人が集まるだろう。
何か打開策は無いかと頭を悩ませると、武器庫で拾った種を思い出した。
投げつければ、目眩ましくらいにはなるかもしれない。
そんなことを考えながら袋を取り出し、数個掴んで後ろへ放り投げる。
その瞬間、凄まじい風切り音が鳴った。
「っ……」
何事かと後方を向くと、回廊の突き当たりまで飛ばされた、ハウルの姿が見えた。
間違いなく、あの種の効果だろう。
「これはまた……とんでもない魔法道具だね」
進んでいくと、壁が柵になっていて、外が見える回廊にたどり着いた。
そこから外を見ると、中庭と、その奥に繋がる巨大な門が見える。
左右にも建物が建っているのを見るに、ここは本館なのだろう。
見回してみると、別館に繋がる通路と、階段があるのが分かった。
とりあえず、下に降りることにする。
結局、中庭に出るまで、誰にも出会わなかった。
階段から中庭までの距離が短いとはいえ、おかしな話だ。
「……待ってたぜ」
「!」
いや、すでに囲まれていた。
目の前には先程バルコニーから落ちたはずの男。
私怨を感じる目でこちらを睨んでいる。
そういえば、あの男が落ちた後、蘇生がどうだとか騒いでいた気がする。
これがファンタジー世界。
便利なものだ。
などと一人で考えていると、男がゆっくりと近づいて来て、口を開いた。
「……もう、諦めろ。痛い目に遭いたくなきゃな」
確かに、絶体絶命の状況だろう。
……このアイテムが無ければ。
「森へお帰りぃ」
からかうように、持っていた種を男に投げつける。
種は、まるで空気抵抗なんて存在しないかのように飛び、男の眉間に突き刺さった。
それと同時に白いエフェクトが舞い、風切り音と共に男が吹き飛ばされる。
男は勢いのままに門に衝突すると、動かなくなってしまった。
その瞬間、軽快な音が頭に響き、とある文章が目に映る。
『【姫】にランクアップすることが可能になりました
【姫】にランクアップしますか?』
「……は?」
この定型じみた文章。
恐らく、ゲームから私に向けられたテキストだろう。
しかし、【姫】にランクアップとはどういう意味なのだろうか。
私は既に、姫であるはずなのだが。
とりあえず「ランクアップ」と言うのであれば、「今よりも強くなる」ということは間違いないだろう。
そうであれば、迷う必要なんて無い。
ご丁寧に、『※一定時間反応が無い場合には、自動的にランクアップします』と表示されているが、選択肢は見られない。
試しに頭の中で了承の意思を持ってみると、変化は瞬時に起こった。
二つの光が自分の体の周りを回り、光の帯が交差する。
光が頭の上に達したかと思えば、弾けて消えた。
体の奥から不思議な力を感じる。
これまでに感じたことの無い全能感。
これはもしや、自力で魔法を使えたりできるのだろうか。
などと考えつつ、腕を遊ばせてみるが、何も起こらない。
そんなことをしていたら、四方から水色の光の泡が飛んでくる。
光の泡は、自分の体に触れたかと思えば、弾けて消えた。
何か触れたな、と感じるだけで、特に負傷はしていないようだ。
「おいっ、今、当たったはずだろ? 何で眠らないんだ!」
「さっきの光……ランクアップしたんじゃないか?」
「何だあのデバフ耐性……化け物だろ」
周りの獣人たちが騒ぎ出す。
姫に対して化け物とは、失礼な事だ。
先程の泡は、デバフを与えるものであったらしい。
【姫】にランクアップした影響かは分からないが、私には獣人たちが引くほどの耐性が備わっているという。
「……どけ」
獣人たちを掻き分けて、何者かが出てくる。
その人物は、針のようなものを持っていて……
「うっ……?」
何かが、私の体に突き刺さる。
何が起きたのかも分からないまま、世界から色が消えた。
△
『〈睡眠〉状態になりました
三分後から目覚めることが可能になります』
「…………っはぁ〜」
テキストの表示と共に、現実の世界に引き戻される。
とりあえずハードから抜け出し、備え付けの給水器具の水を飲みながら、思考にふける。
獣人たちの間から出てきたあの人物。
恐らく、あいつにやられたのだろう。
あの城を脱出するつもりが無かったとはいえ、あそこまで行けたとなると流石に悔しい。
「でも……想像以上だ」
あの人間味のある対話、確かに感じる物の質感、そして、違和感なく動くことのできるアバター。
どれも、あの世界に存在していた。
囚われの身でさえこんなにも熱中できるのなら、助け出されたときには、さぞかし面白い経験ができるだろう。
正規のプレイヤーたちには、早いところあの城を攻略してもらいたいものだ。
とは言え、このゲームは今日正式に配信され始めたばかりだ。
私が姫でいる一週間の間に、助けに来てもらえると良いのだが……何日かかるだろうか。
もし、この一週間で良い体験ができたのなら、バイトが終わった後に正規でプレイするのも視野に入れておこう。
「そろそろ三分経ったかな?」
ちなみにゲームの世界では、時間が二倍のスピードで進むらしい。
バイトの期間が一週間だということは、ゲームの世界だと十四日だということだ。
バイトが終わった後、現実の時間に戻れるかは心配だが、ひとまずはファンタジー世界を楽しむことにしよう。
▽
目を覚ますと、ベッドの横に幼くなったままのハウルが立っていた。
「……起きたか」
「ハウル……?」
流石に蹴りを繰り返すことはない。
まずは現状把握だ。
服には、何かが突き刺さったような穴が空いていたが、体に目立った外傷は無かった。
流石に、手に持っていた種は回収されていた。
しかし、鍵と飴のようなものが入った袋は、服の間に挟まったままだった。
服の中まで調べられることは無かったらしい。
「……」
「……」
気まずい。
何故ハウルがここにいるのかが分からないし、ハウルの方から話しかけてくるような気配もない。
吹き飛ばしてしまったことに怒っているのだろうか。
どうしたものかと考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「入るぞ」
有無を言わせず姫の部屋に入ってきたのは、長身長髪で、白髪の男だった。
男は、生きている私を見て、驚いたように口を開く。
「もう起きたのか」
その姿はハウルたちとは違い、人間のような整った顔立ちをしている。
「サクヤ姫……で、合ってたか?」
「はい、ボス」
男の問いに、ハウルが肯定する。
…………ん?
「ボスってことは……あなたが城主?」
「城……まあ、そうだ」
確かに、そこにいられるだけで威圧感のようなものを感じる。
ハウルなんて、縮こまっているようだ。
というか、拐う姫の名前くらい把握しておいてほしいのだが。
「ちょっと、早く奥行ってくれない? 詰まってるんだけど」
「ああ、すまない」
城主を押し込んで入ってきたのは、茶髪の少女だった。
背は今のハウルと同じくらいで、この場にそぐわないような見た目をしている。しかし……
ゾワリと、城主以上の恐ろしさを感じる。
これは、本能的なものだ。
他の二人は、彼女の異常性に気がついていないようにも見える。
それだけの圧を感じていたのに、私はつい、言葉を漏らしてしまっていた。
「……可愛い」
どこかで、これはゲームだと思っていたのだろう。
しかし、ここでは目の前の現実だ。
恐ろしい見た目をしているキャラクターでも、格好良かったり、美しく見えてしまう時だってある。
今の私は、まさにそれだった。
「あっ」
慌てて口を塞ぎ、恐る恐る少女の方を見る。
その反応は、私が想像したものとは違っていた。
「え〜、何、嬉しい!」
フレンドリーな様子で、抱きつかれる。
「本物のお姫様にそんな事言われるなんて、光栄だなぁ」
「いや、私は……」
本物の姫ではない、と思わず口を出しそうになった時、城主が呆れたように口を開く。
「マリー、今回は交流するために来たのではない。そのくらいにしておけ」
「はーい」
若干名残惜しそうに、マリーと呼ばれた少女は私から離れる。
「それにしても……驚いたな。本当に記憶を失ったのか」
そういえば、そういう設定だった。
「ハウル、お前は何をしていた? まさか、ランクダウンの隙を突かれて姫に脱走されるなんてな」
「すいません……」
その姿に申し訳無くなり、城主に口を出す。
「ハウルは悪くないよ。私が勝手にやったんだ」
「庇うのか……しかし、騒動に至ったのは事実だ。ハウルには処罰を……」
恩を仇で返すというのは、気持ちの良い行為ではない。
賭けになるが、色々と教えてもらった恩に報いねばなるまい。
「……ねぇ、城主さん」
「……何だ」
「これ、何だと思う?」
そう言って私が取り出したのは、ハウルの持っていた鍵。
思いがけない問いに、部屋に緊張が走る。
「……それをよこせ。怪我をしたくはないだろう?」
城主から、圧をかけられる。
しかし、感覚が麻痺しているのか、ちっとも怖いとは感じない。
「……」
「仕方ない、渡さないというのであれば……」
私は城主の言葉を待たず、鍵を下着の中に突っ込んだ。
「わお」
「……は?」
あまりの行動に、城主が唖然とする。
その後ろでは、何故かマリーが目を輝かせている。
「姫、何をやって……」
「取れるもんなら、取ってみな、ってね」
「…………何が目的だ」
「へえ、無理やり取りには来ないんだ。紳士だね」
「冗談はよせ。目的は何だと聞いている」
さて、どうしようか。
思いがけず、交渉の余地ができてしまった。
私が姫でいられるのは、この世界で十四日。
外はもう暗くなっているため、残りは実質十三日だ。
ここから解放しろと言っても無理だろうし、私には、圧倒的に知識が足りない。
どうせいつか助け出されるのだから、利用できるだけ利用してやろう。
「それじゃあ……今日から十三日間、処罰として、毎日ハウルに私の食事を持ってきてもらう、というのはどう?」
「え……俺?」
「ハウルに……まさか、脱走に協力させる気か?」
「そんなんじゃないよ。そんな事、する必要も無い。私はただ、この世界についての知識を得たいだけだよ」
「それって、ハウルである必要はあるのかな?」
マリーが口を挟んでくる。
「確かにそうだね。なんなら、城主でもいいよ?」
「なっ!」
「え、じゃあ、私は?」
「……」
返答に詰まる。
見た目は可愛いが、こんなに恐ろしい気配を感じさせる人物と、長く一緒にいたいとは思わない。
「待て、幹部であるお前がそこまでしてやる必要はない。問題は、この姫が嘘をついていないかどうかだ」
「ケチだなぁ…………お姫様、その条件を飲んだら、抵抗せずに鍵を返してくれるの?」
「もちろん。そのつもりだよ」
「…………だってさ。嘘はついていないと思う」
マリーは、まるで本当に嘘が分かるかのように口を開く。
ここは、現代の技術が作り出したファンタジー世界だ。
そのような能力があってもおかしくはない。
「そうか……。姫、しばらくハウルに食事を持って行かせる事を約束する。だから、それを返すんだ」
「……まだ、早いかな?」
「……なんだと?」
「そっちは私が嘘をついてるか分かるみたいな口ぶりしてるけどさ、私には嘘かどうかの区別かつかない。……フェアじゃないよね?」
「それは……」
「ま、いずれにせよ、十三日経ったら返すよ」
「……十三日後に、何かあるのか?」
「大した話じゃないよ。そうだね……私の記憶が戻るってだけかな」
「お前は……」
「まあまあ、返してくれるって言うんだからいいじゃん。部屋の中で持っていたとして、何かできるわけでもないし、お姫様も元気になったみたいだしさ。……記憶を失くしちゃったみたいだけど」
「…………ハウル、しばらく姫を見張っておけ。下手な動きをさせるんじゃないぞ」
「え、はい! 了解です!」
「じゃ、お姫様、また遊びに来るからね〜」
マリーはそう言い残し、城主を引っ張って出ていってしまった。
正直、もう来ないでほしい。
そこにいられるだけで、疲れる。
「…………サクヤ、どうして脱走なんてしたんだ?」
そういえば、まだハウルが残っていた。
「別に……理由なんて無いよ」
「本当か?」
「さっきも言ってたでしょ。脱走する必要なんて無い」
「……?」
「ま、私はゆっくり、白馬の王子様でも待つとしますよ」
そう言いながら、ベッドへ倒れ込む。
色々話していたら、疲れてしまった。
外は、既に真っ暗だ。
このまま就寝……昼寝をするとしよう。
「ハウル、寝るから早く出てって」
「……分かった。部屋の外で見張ってるから、もう脱走なんてするなよ」
「まぁ……しないとは思うよ。おやすみ」
「……するなよ?」
〜五日目〜
……暇過ぎる。
現実世界で二日と少し、この世界では五日経った。
初日を除けば、食事の度にハウルと話しているだけだ。
囚われの身としては破格の対応かもしれないが、現実での私は、社会を生きる現代人。
ずっと同じ景色が続くような状況では、流石に参ってしまう。
とは言え、それだけの時間を過ごして、何も得るものが無かったというわけではない。
この世界のシステム的な情報を、身を持って知ることができた。
まずは、スキルツリー。
レベルアップや戦闘によって手に入るポイントを使い、新しいスキル等を得られるシステムだ。
かなり複雑な要素だったというのもあるが、あくまでもこの体は借り物であるため、こちらは下手に弄らないことにした。
次に、ステータス。
意識して物や人を見ることで、対象の情報を得ることができるというシステムだ。
私のステータスを確認してみると、名前は「コノハナ」だった。
ステータスを見ることで名前を知ることができるのなら、ハウルたちは気を使ってくれていたのだろうか。
ちなみに、自身のステータスを確認することで分かるのは、名前とレベル、経験値量だけだ。
能力値的な項目は存在していない。
その代わり、名前の左横に黒く縁取られた箇所があり、調べてみると、「ランク」というものが出てくる。
持っているランクによって「ランクパワー」というものがあり、見えはしないが能力値が上昇したり、特殊なスキルが使えるようになるらしい。
私が持っているのは、「囚われの」と「姫の器」だ。
効果を確認してみると、「囚われの」というのがステータスを認識できる範囲が広がるというもので、「姫の器」は“察知”という不可視の効果範囲を視認できるというスキルと、“目利き”という魔法道具のレアリティを確認できるというスキルが備わっているらしい。
これらのランクパワーを駆使したことによって、新たな発見を得ることができた。
私が今、姫ではない理由だ。
初日にハウルが言っていた「ランクダウン」。
それは恐らく、ハウルが縮んだ現象のことだろう。
ランクダウンが始まる直前、ハウルは上を向いてから焦り始めていた。
気になって上を向いてみると、部屋の高い所に棚と、そこに置いてある、壺のようなものを発見した。
ステータスを確認してみると、「退化の御香」という名前で、効果範囲はこの部屋全域だ。
ハウルが退化した状況から察するに、時間経過により、ランクダウンが起きるという魔法道具だろう。
今の私には、姫であった時の全能感はない。
寝ている間に、ランクダウンしてしまっていたようだ。
それでも、再びここを脱走する方法は考えた。
今にでも実行できるのだが、問題は、脱走する理由だ。
別に、何も気にせず脱走してしまうのも手の一つではあるが、私という人間がそれを拒んでいる。
何より、ここに戻ってきた場合、理由も無く脱走する人間として扱われることになるのだ。
そうなってしまえば、後に脱走するのにも、助け出されるのにも支障が出てしまう可能性もある。
考えすぎかもしれないが、元々私は囚われの姫だ。
慎重なくらいが丁度いいだろう。
そんな事を考えていると、部屋のドアが開いた。
そういえば、そろそろ朝食の時間だったな、と思いつつ入ってきた人物に注意をする。
「ノックくらいしたらどう?」
「関係ないだろ。お前は人質なんだ。立場をわきまえたらどうだ」
入ってきたのは、ハウルではなかった。
「よく言うよ。二回も私に倒されたくせに」
そう、初日に私が吹き飛ばした獣人の男だ。
「二回も倒されてねぇよ。俺が死んだのは、三階から落ちたときだけだ」
「倒されてるのには変わりないじゃん。それより、ハウルはどうしたの?」
「ハウル? 何だか、急ぎの仕事を頼まれたらしいぜ。まったく、そのせいで俺が飯を持ってくることになったんだから……勘弁してほしいぜ」
「ふーん。あ、ご飯はそこに置いといて。後で食べるから」
「ったく、攫われる前は、そうやって人を使ってたのか? それじゃ、俺も暇じゃないからな。大人しくしとけよ」
男はそう言い残し、部屋を去っていった。
一人部屋に残された私は、不敵な笑みを浮かべる。
「これは……使えそうだね」
今日の朝食は、ハウルが持ってこられなかったらしい。
不都合なことなんて無い。
むしろ、約束通りハウルが食事を持ってこなかったとこじつけて、出てしまうことにしよう。
ベッドの中に隠していた、桃色の飴のようなものを口の中に入れる。
その瞬間、口から粒が消え去り、軽快な音が鳴った。
この粒の正体は、「経験値の雫(中)」。
口に入れることにより、経験値が増える代物らしい。
こうして経験値を得ることによって……
『【姫】にランクアップすることが可能になりました
【姫】にランクアップしますか?』
このように、ランクアップのメッセージを表示させることができる。
もちろん、ランクアップは受け入れる。
先日隠れて行っていた実験を含めると、三回目の「姫」へのランクアップだ。
NPCになっているとはいえ、配信から三日目にして、かなり特異なプレイをしているのではないか。
そんなことを考えながら、姫になったのを確認すると、速やかに行動を開始する。
「えーと……“封印(弱)”?」
なんとなく、腕で「退化の御香」に照準を合わせ、言葉を唱える。
すると、半透明の板が御香を包み、効果範囲の表示が無くなった。
この魔法は、姫が元から持っていた魔法で、対象の動きや働きを短時間阻害する効果があるらしい。
この魔法を発動させる手段は、今のところ名前を唱える以外の方法を見つけ出せていない。
そもそも唱える以外の方法があるのかも分からないため、多少恥ずかしくても口に出すのは必須だ。
そういう意味では、あの杖は便利だった。
意味があるかは分からないが、急にランクダウンし得る要素は消した。
次に、扉に腕を向ける。
「“封印(弱)”」
エフェクトが消えたのを確認し、ドアノブを押すと、ピクリとも動かなくなっているのが分かる。
私は、何度も扉を叩き、外にいる見張りに叫んだ。
「誰かー! 助けてー!」
我ながら、不安になるほどの棒読みだ。
しかし、外にいた見張りは、焦ったように声をかけてくる。
「大丈夫か? 開けるぞ!」
外から、ガチャガチャと扉を開けようとする音が聞こえてくるが、扉はもちろん動かない。
「くそっ! なんだこれ、開かねぇ!」
「……解除」
薄氷が割れるような音が鳴り、扉から、魔法の効果が消える。
扉が勢いよく開き、見張りが叫び声を上げながら、螺旋階段を転げ落ちていくのが見えた。
「……可哀想に」
今日が当番であったばっかりに。
扉が引き戸であることも、魔法の仕様も、把握済みだ。
恨むなら、部屋の中で実験を行っていても気付かなかった前の見張りを恨むといい。
「さーて……」
これ以上無いくらい上手く行った。
久しぶりの外だ。
気分転換に、少しでも楽しむとしよう。
見張りを下に転がしてしまったため、急いで降りるのは気が引けるが、近くに気配は感じられない。
本日の目標はここを脱出することではないので、一階下の、五階に降りてみることにした。
ちなみに、初日に降りたのが三階らしい。
「わ」
あまりの光景に、思わず声が出る。
五階は、三階と内装がかなり異なっていた。
壁や床に金の装飾が施されており、妖しくも、豪華な雰囲気が漂っている。
階段から降りて左側に続く回廊は短く、塔を除けば最上階ということもあり、三階ほど広くはなさそうだ。
ただ、外側から見た感じは、今立っている細い広間を境に、二部屋しかないように見える。
そこから予想できる広さは、塔の部屋の比ではないのだが。
「……ボス部屋かな?」
そう考えれば、人気が感じられないのにも説明がつく。
下手すると、城主や、幹部と言っていたマリーに、直接見つかってしまうかもしれない。
少し覗くくらいならバレないと高をくくりつつ、奥へと進む。
とりあえず、右の壁にある扉を少し開いてみることにする。
硬い音が鳴って扉が開いた。
あまり使われない場所なのかもしれない。
そんな事を考えながら、恐る恐る中を覗き込んでみる。
「おお……」
そこは、玉座の間だった。
いや、正確には、玉座の間の上階。
玉座の間を取り囲んで、アーケード状になっている。
こちらも外とは変わり、様々な所に白の装飾が施されている。
豪華というよりかは、高貴な雰囲気だ。
何やら、下から声が聞こえてくる。
部屋の奥、いかにもな椅子に座って獣人たちと話しているのは、城主だ。
どうやら、近くにマリーはいないようだ。
「あっ」
急いで、しかし慎重に扉を閉める。
今、城主と目があった気がする。
……何だあいつ、化け物じゃないか。
城主というだけのことはあるようだ。
心の中で理不尽に毒づきながら急いでその場を離れようとする。
その時……
「?」
広間の奥に飾られている絵が、モヤががっているように見えた。
“察知”が発動したのだろう。
しかし、その絵に何が?
見れば、黒いドレスに茶髪の、ウェーブがかかったロングヘアの女性の絵だ。
しかし、その顔は絵の具を雑に引き伸ばしたようになっていて、顔が見えない。
何とも奇妙な絵だ。
好奇心のままに、絵に手を触れてみる。
「え」
その瞬間、視界が黒く染まった。
気付けば、見知らぬ部屋にいた。
初日に入った武器庫くらいの広さだが、様々な魔法道具が雑多に置かれていて、あまり広いとは感じられない。
不思議なことに、照明は見当たらないのに、どこも一定の光量が保たれている。
入り口も相まって、隠し部屋、という感じだ。
それにしては、魔法道具が散らばりすぎてはいるが。
全体的に魔法道具のステータスを見てみると、「邪の目」や「吸血鬼の翼」といった、禍々しいものに、「合わせ鏡」や「河の星」等の、よくわからないものも統一感無く置いてあった。
驚いたのが、「戦姫の剣」を筆頭に、「姫」の名を冠する魔法道具がたくさん置いてあったということだ。
とても偶然だとは思えない。
運営が気を利かせて置いてくれたのだろうか。
試しに「戦姫の剣」を握ってみると、持ち上げることができた。
初日に持てなかった武器庫の槍と、何か違いがあるのだろうか。
いかにもボーナスエリアな雰囲気だが、ゲームでよく見る収納機能の存在が確認できていないため、持ち帰るものは厳選しなければならない。
とりあえず、武器として使えそうな「戦姫の剣」、そして、袋に入っていて手軽に持ち運べそうな「河の星」を手に持つ。
禍々しい魔法道具はレアリティが高いのだが、持つと呪われそうなので、触れないことにした。
あと一つくらいなら持てそうだが、どうしようか。
しばらく漁っていくと、姫系の魔法道具の中に、奇妙な物体を発見した。
名前は「ネオスケーリー」。
姫の名は入っていないのだが、純白の立方体の形をしていて、異質な雰囲気を醸し出している。
どこか近未来的な様子で、世界観と合っているようには感じられない。
ぱっと見ではどう使うのかも分からないし、持ち帰るのにもかさばりそうだ。
「……」
結局、好奇心に負けて「ネオスケーリー」も持って帰ることにした。
その後は……無事隠し部屋から出て、部屋に戻ることができたのだが、しばらくしてからやってきた城主に、かなり怒られた。
やはり、玉座の間を覗いた時に見られていたらしい。
後ろにいたマリーは、終始楽しそうにしていた。
別れの挨拶しかしてこなかったが、何か良いことでもあったのだろうか。
しかし、遅れてやってきた見張りが部屋にいる私を見て呆然としていたのは、かなり面白かった。
他の獣人たちと協力して探していたらしいが、隠し部屋には気が付かなかったようで、城外まで捜索範囲を広げていたのだとか。
聞いた感じは、隠し部屋の情報は共有されていないらしい。
城主に勘付かれることがなければ、これからも良い隠れ場所になるかもしれない。
持ち帰った魔法道具はベッドの下に隠している。
これらを使って、また明日にでも探索をするとしよう。
新しい魔法道具があれば、何とかなるはずだ。
……多分。
お読みいただきありがとうございました。
本当に後書き
初の短編を書きました。
1epにつき70000文字まで書けるらしいので、せっかくだからそのくらい書いてみようと意気込んでいたのですが、大体21000文字を超えたあたり(六日目半ば)から保存が上手くいかなくなり、泣く泣く五日目までで投稿することにしました。
この作品のイメージは、物語の第一章。
ハイスペックな主人公が、成功体験を積み重ねていくような構成にしています。
プロットを見返してみると、進捗は三、四割ほど。
サクヤが正規プレイを始めるところまで考えてはいたのですが、中々上手くはいきませんでした。
今後のサクヤは、ステータスに革命を起こしたり、城主に下剋上をそそのかしたり、畑を荒らしたり、若くして終活を始めたりと、現実では味わえないような体験を、たったの一週間のうちに得ることになります。
やはり、ゲームは人生に彩りをもたらしてくれるんですよ、なんて。
蛇足)
ギリギリ入らなかったので補足しておくと、初日にサクヤを眠らせたのは幹部の一人です。