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クリスマス in 秋葉原(つかの間の癒し)

 オタクの聖地は、今や秋葉原から池袋に遷都されたという声もある。いやいやこの賑いを見ていると、そうとも言い切れないのではないか。コロナも明け、外国人の姿がけっこう目につく。日本人の家族連れもワイワイと楽しそうに歩いている。もう少し若い女性の比率が高いといいんだけど……。

 などと考えながら、ぼーっと秋葉原駅前の広場を行きかう人々を眺めていたら、視界にとびっきりの美女が入り込んできた。カーキ色のミドル丈コートに、モスグリーンのロングスカート。亜麻色の髪が際立っている。駅前で待ち合わせしている人々の視線がこちらに集まる。僕はといえば、グレーのダッフルコートにデニム。コートはこれしか持っていない。

「お待たせしました。どの改札口から出ればいいか迷っちゃって」

「いえいえ!全然大丈夫です。あ、でも町田あたりで待ち合わせて一緒に来た方が……」

 言いながら中断する。電車で秋葉原まで霧島さんとご一緒したら、緊張で身がもたないだろう。

「そうだね、帰りは途中まで一緒に帰ろうね」

 予想外の返答に嬉しいやら困惑するやら。

 いや、今はこれからのことに集中しよう。

 何で、西東京在住の僕たちがデート(?)の場所に秋葉原を選んだのか?

 それは霧島さんからのリクエストだ。別に秋葉原を指名したわけではないが、LINEのやり取りで「少し遠めで、非日常的な場所を」とご所望。ひょっとしたら霧島さんは、海辺の街とか、もっとお洒落な場所をイメージしていたのかもしれない。でもこの街を提案したら『いいね!初めてなのでぜひ。』との返信をいただいた。アレルギーがあるといけないので、目的地は『猫カフェ』とあらかじめ伝えておいた。毛がいっぱいつく服装も避けて欲しかったし。

 ヘアサロン業界は、一二月が忙しさのピークだそうだ。予約も多く、夜も営業時間を延長して対応しているらしい。今日二五日はそんな忙しさ真っただ中のエアポケットとのこと。霧島さんはきっとお疲れに違いない。ならば、癒しの時間と空間のプレゼントをということで猫カフェを選んだのだ。

 表通りに出ても歩道は人だらけで、しかもメイドさんたちの呼び込みが積極的で、なかなか前に進めない。霧島さんとはぐれないよう、つかず離れず前を歩く。

 歩きながら、あれっと思う。霧島さん、前会った時より背が低い? 僕を見上げる顔も、一か月前より、子供っぽく見える。

 今日はヒールが低い靴を履いているのかと、さり気なく足元を見ると、ライトブラウンのパンプスは、そこそこヒールが高い。

気になっていてもどう声おかけたらいいのか思いつかず、これ以上考えるのはやめた。

 メイドカフェやアニメグッズ店などが入る雑居ビルが並ぶ中、その一つの入口に一面にかわいい猫が大写しで表示されているスタンド看板があった。エレベーターで二階に上がり、猫カフェに向かう。

 入口で外国人一家が一組だけ待っていた。女の子が早く入りたくてピョンピョンしている。霧島さんは、やや焦点が定まらない目でその家族の光景を見ていた。

 場所柄、外国人の訪問が多いのか、猫カフェのスタッフは流暢な英語で一家を案内して部屋に入れると、僕たちにもテキパキと接客してくれた。

 靴を脱いで、コートやバッグをロッカーにしまい、ドリンクを片手に入口へ。脇には『猫ちゃんのすり抜けに注意してね。』と注意書きがあった。そっと、すばやく部屋に入る。

 入口から向かって左側は、スリッパを脱いで遊ぶスペースになっており、なぜかゲーム機が備えてある。Wi-Fiも使える。向かって右側は、天井から円形の棚が多数吊ってあり、モレなく猫ちゃんたちが昼寝をしている。

「これ、やばいかも」

 霧島さんが両手で口を覆いながらコメントを漏らす。グレーの猫がモフモフのシッポを霧島さんの脚にまとわりつかせてあいさつする。霧島さんは、しゃがむと手を軽く握り、人差し指と中指の第二関節で、猫君の鼻を軽くツンツンしてあいさつを返す。

 猫じゃらしのおもちゃがあったので、目の前の白猫にフリフリしてみたが、今いち反応が鈍い。来場者がみんなフリフリするので、耐性ができてしまったのか、眠いのか。室内の自販機で『猫アイス』と『プチおやつ』が売られており、子供たちがあげている。こちらはなかなかネコちゃんたちの反応がいい。

 見回すと、一人で来ている女性が部屋の隅っこで文庫本を読んでいて、その傍らで茶トラの猫が居眠りをしている。ホノボノといい眺めだ。

 僕たちも本棚にあった猫関係の絵本や、猫と全く関係のないコミックを手に取って、座敷席に陣取る。

 気がつくと、霧島さんは読んでいた猫の絵本から目をあげ、向かい合った僕を中心に、視線を左右に動かしている。何ごとかと見回すと。サバトラ、三毛、サバ白、ブラックなどなど、毛色とりどりの猫たちが、ノソノソと寄ってきては、僕の隣に座り込んだり寝転んだりしている。つごう五匹。近くにいた女の子が『いいなー、そっち行って触ってもいい?』と聞くので、『どうぞどうぞ、お兄さんの猫ではないので』とその子をお招きした。霧島さんは光景をみてクスリと笑い、『やっぱり才能ね。』と漏らす。


 猫アイスをあげたり、棚の上の猫ちゃんたちと写メしたりして過ごしていると、あっというまに夕方になった。霧島さんは満足したのか、いつもより表情が和らいでいるような気がする。

「あの、そろそろ、夕ごはんでも食べませんか?」

 と少し勇気を出して誘ってみる。今日のデート(?)は、どこまでで終了するのか決めていなかったのだ。

「そういえば、お腹空いたね。なんか食べようか」

 と快諾いただいた。ロッカーから荷物を出して、精算を済ませ(霧島さんから割り勘にしようと強い申し出があったが、意地を張って払わせてもらった)、外に出る。

 で……自分から誘ったくせに、実はここからはノープラン。駅に戻る道沿いの飲食店や、秋葉原UDXビルに入っているお店を見てまわったが、どこも満員御礼……もう少し店を探そうか迷っていたところ、霧島さんから提案があった。

「ねえ、よかったら、町田まで戻らない?行ってみたい場所があるの」

 代案がないので、そうしましょうかとありがたくそのアイデアに乗っからせてもらった。

 新宿までの総武線各駅停車は少し混んでいて、霧島さんとはつかず離れずのポジションで向き合っていた。決して僕は匂いフェチではないが、いい香りが僕を幸せにする。

 小田急線は運よく快速急行に座れ、ねこカフェでもらった『癒しと元気』を損なわずに済んだ。

 電車が動き始めたころは、霧島さんは初めて訪れた猫カフェの感激ポイントを楽しそうに語っていたが、やがてうとうとし始め、寝てしまった。電車が少し揺れて、霧島さんの頭が僕の肩にもたれかかる。決していや多分、僕は匂いフェチではないが、いい香りが僕を幸せにする。

 小田急線の町田駅に着くと、いつの間にか目を覚ました霧島さんは、改札口を出て亜麻色の髪をなびかせながら、目的地に向けて率先して歩く。大学仲間との飲み会でもよく来る町田一番街をどんどん進み、ある場所の前で霧島さんは足を止めた。

 見上げると、謎の人物イラストに、『バラエティにとんだお店がいっぱい! NAKAMISE』と描かれたインパクトある看板が掲げてある。町田仲見世商店街だ。中に入ると細い通路の両脇に生活用品、カバン店や様々な飲食店がひしめいている。

「前々から気になっていたけど、なかなか入る勇気がなかったの」

「実は僕も気になっていました」

 そこは昭和『レトロ風』ではなく、正真正銘の昭和だと感じた。

 並ぶお店を眺めながら、一旦反対側の出入り口まで行き、霧島さんのリクエストに応え、大きな赤ちょうちんが入口の脇にかかっている沖縄料理店の引き戸を開けた。

 鮮魚とアボカドのサラダに始まり、ラフテー、沖縄天ぷら、ソーキそばと堪能した。

「どれも美味しかったね。久しぶりにお腹いっぱい食べた気がする」

 霧島さんの食べっぷりにちょっと驚いた。

「沖縄料理、お好きなんですか? 沖縄旅行によく行くとか?」

 霧島さんの表情が少し曇る。あれ、僕なんか失言しちゃいましたか?

「……両親と一回だけ……行ったことある」

 声のトーンからして、沖縄本島ですか? 石垣島ですか? それとも竹富島ですか? と話を続けるのもはばかられたので、『そうですか』とだけ答えて沖縄話はおしまいにした。

 この日のために、軍資金は用意していたので、僕が払おうと財布を出しかけたが、これ以上学生さんに奢ってもらうわけにはいかない、と霧島さんはそそくさと会計を済ませてしまった。

 仲見世商店街を出て、歩きながらお礼を述べる。

「なんかすみません。ごちそうさまでした。……でも今度から、せめて割り勘にさせてください」

 あ、やべ、これ『当然次もデート(?)するよね!』って催促してるみたいじゃないか!

「うーん、それは約束できないわ」

 そら見たことか。

「支払いは、『その時その時』でいきましょう」

「あ、はい……そうしましょう」

 よかった、また会ってくれる。

 JRと小田急の連絡デッキに上がり、広いスペースに出ると、霧島さんは立ち止まり、バッグから包みを取り出した。周囲はクリスマスのイルミネーションで華やいだ雰囲気だ。

「はい。ささやかながら、クリスマスプレゼント」

 え!あっ。驚きとともに、自分でもすっかり忘れていたことを思い出した。

「あ、ありがとうございます! ……開けてみてもいいですか? 」

「どうぞ」

 リボンを外し、包みを開けると、ダークグレーの柔らかそうなウール?カシミア?の手袋が出てきた。この感激を『笑かせ屋のクラウン』はナイスなパフォーマンスで表現せねばならないところだが、咄嗟には何も出てこず、ただ手袋をはめ、手を合わせてお辞儀するのが精一杯だった……情けない。

「これ、僕からです」

 学生風情なのであまり値が張らず、もらっても引かれないものとは?悩みに悩んだが、霧島さんは立ち仕事をしているので、脚によさそうなものをということで、そこそこかわいいデザインで、むくみ対策、血行促進効果があるというレッグウォーマーを選んだ。

「え、ありがとう!開けていい?」

 僕がうなずくと、霧島さんは包装紙のリボン兼シールを丁寧にはがし、中身を取り出した。それを見て少し微笑んだかと思うと、デッキの柱の根本の丸い土台に腰かけ、パンプスを脱いで、ストッキングの上からレッグウォーマーを履いた。再び靴を履くと立ち上がり、ぐるりと体を一回転させた。

 大胆、というかやられた。パフォーマーとしては、霧島さんが圧勝だった!

「ありがとう、これいいね。このまま履いて帰る」

 僕たちは荷物を持って歩き始める。JR町田駅の南側の階段を降り、線路に沿って境川が流れている。

 霧島さんの家はここから近いらしい。

「今日は本当にありがとう。猫カフェに仲見世商店街。いい組み合わせ。楽しいクリスマスでした」

「忙しい時期に、かえって疲れさせちゃいませんでしたか?」

「ううん、ぜんぜん。癒された」

 僕は安堵の溜息を吐く。


「それでね。お願いがあるんだけど」

「は、はい?」

「年末年始の仕事が終わると、元日の午後から連休で……できればまた、つきあってもらってもいいかな?あ、予定が合えば、でいいけど」

「……僕は全然大丈夫です」

「ちょっとこの時期、一人になるのが辛くて」

「……そうなんですか。じゃあ、なんでも言ってください。またLINEします」

「ありがとう。すごく助かるの。じゃあ、今日はここで」

 送りましょうか、と声をかけたかったが、なぜか霧島さんは意を決したように歩き始めたのでそのまま見送ることにした。

 川沿いの道を二十歩ほど歩くと、夕闇の中で亜麻色の髪がふわっと広がり、こちらを振り返った。

「高野君、ほんとにありがとう。それから、メリークリスマス」

 僕は手を振って応えた。そして後ろ姿が遠ざかっていくのを眺めていた。一つ目の橋を渡り、霧島さんの姿が見えなくなるまで。


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