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ぷるぷるの昇降係  作者: 舟津湊


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晩桜(スミレの過去とエミの未来)

「じゃあ、ちょっと行ってくる」


「本当に一人でいいの?」

 玄関先でスミレが心配そうにエミに問う。

「うん。一人で大丈夫……っていうか一人で行きたい」

「わかったわ。何か困ったことあったら、どんな小さな事でもスマホで連絡するのよ」

 ぱっと見、中学生の女の子に、小学高学年の妹が色々心配してあーだこーだ言っているようにも見える。スミレと僕は、前庭まで出て手を振り、エミを見送った。

「本当に大丈夫かなあ」

 僕が心配を隠さずこぼす。

「大丈夫よ。小さいころから一人で電車に乗ってあちこち歩き回っていたみたいだし、だいたい私たち、渋谷で初めて会った時、あの子一人だったでしょ?」

 確かにそうだ。エミは僕が勝手にイメージしている一二歳の女の子より遙かに大人でしっかりしているのかも知れない。

 今日は、本当はエミとスミレと僕とで、江ノ島にある水族館に行く予定だった。こんなに朝早くからスミレの家にお邪魔しているのも、それが目的だったからだ。ところが、今朝になってエミはいきなり一人で行くと言い始めた。スミレはそれに賛成し、スマホで行き方を確認する。町田駅から小田急線の快速に乗り、藤沢で各駅停車に乗り換え、片瀬江ノ島駅で降りる。そこから十分ほど歩く。水族館の中にあるレストランも調べ、お昼がちゃんと食べられお店まで調べてあげた。本当は彼女なりに心配しているんだろう。

 エミはこの部屋に飾ってある様々な種類のクラゲの写真を見て、墨田区にある水族館に訪れ、将来自分がやりたい仕事のことを考えるようになった。今日、一人で江ノ島の水族館に行くことも、彼女なりにすごく意味があるんだろう。

 江ノ島行きがキャンセルとなり、スミレと僕には時間ができた。でも、僕は代案を思いついていた。

 エミは明後日、つまり中学の入学式の二日前に自分の家に帰ることになっている。少しオーバーしたが、ここで居候を始めた時からの約束だ。本当はエミが帰ってから行ってみようと思っていたが、折角なら早い方がいい。ただし、スミレがうんと言うかどうか……

「高野君、連れて行って欲しいところがあるんだけど」

「え⁉ ……どこに?」

「那須高原まで」

 あれ? 僕の考えが読まれたのか?

「僕もそう思ってて、ちょうど相談しようとしてたんだ……でも、スミレは大丈夫?」

 スミレの『若返り』は、あの落雷事故を境に起きている。そこに行けば、何か手がかりが見つかるか知れない。でも、彼女が両親を失った場所に再び立つのは、かなり辛いのではないだろうか?

「うん。というか行くべきだと思うの……正直、あそこから私は逃げていた。母と父にとっても、それはよくないことだってわかっていながらね」

 僕を見つめるスミレの幼い顔には、決意のほどがうかがえる。

 スミレと僕はミニに乗り、横浜町田インターチェンジから東名高速に入ると、首都高経由で東北自動車道に向かった。助手席のスミレは、車を走らせている時も、休憩で蓮田サービスエリアに寄った時も、終始無言だったが、利根川を超え、車外の風景に緑が多くなって来たころ、ぽつりぽつりと話し始めた。

「去年の夏、この車に乗って那須高原に向かったの。母と父と一緒に」

 スミレは窓の外を流れる景色を目で追う。

 やや霞んだ青空の下には、田畑が広がる。時折、遅れて散り始めた桜並木が視界に入る。

「でもね、親子三人でこの車で帰ってくることはできなかった……この車は父の知り合いが、ホテルの駐車場から自宅まで乗ってきてくれたけど」

 退院後、スミレは独りで新幹線に乗って帰ってきたそうだ。僕にはその時の気持ちを想像することができない。

「ヘアサロンでチーフになって、お給料も上がったので、ついつい調子に乗って両親に旅行をプレゼントしちゃったのがいけなかったよね」

 スミレはシートに足を載せ、膝を抱いて顔をうずめる。

「それは違う!旅行のプレゼントと雷の事故とは何の関係もない。そんなこと言ってたら、何もかも自分が悪いことになってしまう」

 ついつい語気を荒くしてしまった。

「スミレ、ごめん。……でも、自分を責めないで」

  

 黒磯パーキングエリアから東北道を降り、一般道に入っても僕たちの会話はほとんどなかった。リゾートホテルのゲートをくぐる。タワー型の宿泊棟がある大きなホテルだ。ミニを駐車場に停め、僕はスミレの手を引いてホテルのエントランスに向かった。スタッフが出迎えたので『レストランを利用させていただきます』と伝えると、奥に見えるレストラン兼カフェラウンジまで、にこやかに案内してくれた。今ここに、昨年の夏の事故に居合わせたスタッフさんがどれだけいるかわからないが、僕のとなりにいるスミレがその当事者だと気づく人は誰もいないだろう。

 レストラン兼カフェラウンジは、可動式の窓面が解放され、テラス席までそのまま歩いていける。スミレはお店のスタッフに頼み、草原が目の前に見えるデッキの席に座らせてもらった。彼女はグレープフルーツピーチジュースを頼み、僕にはカフェモカを勧めた。なぜそれを勧めたのかは概ね察しがつく。多分両親のどちらかがそれを頼んだのだろう。

 スミレはテーブルに両手で頬杖を突き、目の前に広がる景色をぼーっと眺めている。

 そしてつぶやく。

「やっぱり、あの木が、ない」

 彼女は草原の真ん中あたりを指さす。

「あそこに、あったの。三十メートル位の高い木が」

 今は新緑の草原が広がり、その向こうに白樺の林が並んでいる。背景は霞んだ青空だ。この景色の中央に大木が有るのと無いのとでは、かなり印象が違って見えるだろう。

「ちょっと待ってて」

 スミレは席を立ち、ホテルのエントランスの方に向かう。やがて、小さな花束を二つ抱えて席に戻った。フラワーショップに行ってたのか。

「このピンクと白のスイートピーのブーケは母に。マーガレットとポピーのブーケは父に」

 僕らは席を離れ、デッキのステップを降りて草原に向かった。この春生えたばかりの柔らかい緑が、春風にそよぐ。

 スミレは草原の中をゆっくりと進んでいたが、周りを見まわすと、立ち止まった。

「多分、この辺り」

 スミレの隣りに立つ。草原の茂みには濃淡があるが、切り株などの大木の痕跡は見つからなかった。ただ、スミレが指さした辺りは、地面がややへこんでいて、草の生え方もまばらだ。恐らく、大木を根っこから掘り返して、撤去してしまったのだろう。リゾートホテルという場所柄、事故の痕跡を残すわけにはいかない。

 スミレは二つの花束の包装を解き、花々を丁寧に草の上に置く。

 そして立ち上がり、胸の前で手を組み、目を閉じ、頭を下げる。僕もそれに倣う。

 長い祈りを捧げた。

 スミレと僕は手をつなぎ、ゆっくりと歩いてテラス席に戻る。

 僕は尋ねる。

「ここに来て、何か見つかったもの、気づいたことはあった?」

「……わかんない。……でも来て良かった」

「そう」

「さっき、お祈りしているとき、声が聞こえたような気がする」

「誰の声?」

「わかんない。……でも『前に進んで、いいんだよ』って」

 そう言って、彼女は僕の手をぎゅっと握った。僕はスミレに笑顔を取り戻してもらおう、笑ってもらおうと奮闘してきた。

 でも。

 彼女がここに忘れてきたのは、『笑顔』じゃなかったのではないか。

 出会ったときからの彼女を思い返す。そしてつないだ手から伝わってくる彼女から感じ取る。

 僕は確信した。

 彼女がここに忘れてきたものは、『悲しみ、そして涙』なんだと。

________________________________________

 夢を見た。

 今日、江ノ島の水族館に押しかけて、飼育員のスタッフさん(トリーターさんと呼ぶらしい)に、無理やりいろいろ聞いて、アタシの質問以上に熱い答えが返ってきたからだろうか?

 片瀬江ノ島発の電車のなかでウトウトとし、浅い眠りの中で、どこかの水族館で働いている夢を見た。

 夢の中では、アタシはちょっぴり大人だった。

 その夢は……こんな話。

 ……しまった。

 トリーター(飼育員)失格だ。

 実家のゴタゴタを済ませ、帰路の電車の窓から眺めた満月。

 ああ、綺麗だな。

 ……うぉい! 綺麗だな、じゃないだろ!

 私は、ようやく自分が何者であったかを思い出す。

 自宅最寄りの駅の二つ前、スーツケースをじたばたさせながら、駅のホームを走る。

 水族館行きの終バスに何とか乗り込む。

 既に施錠されている本館をぐるりと周り、砂浜に出る。

 眼前には湿気に霞んだ満月。

 それに照らされる海。

「おう、やっぱり来たか」

 アクアリウムの主任が暗闇のなかでニヤリと笑う。

「すみません。こないだの満月も、実家から帰ってこれなくて」

「いいさ。さあ、この子達に、祈りと励ましを」

 もう始まっていた。

 ピークはまだ先らしいが、今夜も砂浜の鼓動は強く感じられる。

 小さく、力強く。

 やがて、砂が盛り上がり、姿を現す。

 ある子は前ビレから。

 ある子は頭から。

 砂から這い出し周りをキョロキョロ見回す。

 海を見ているのだろうか。

 霞んだ月を見ているのだろうか。

 誰に教えられたわけでもなく。

 誰に教えるわけでもなく。

 その子は海に向かう。

 その子は、「その子たち」になって海に向かう。

 

 そうやって、パタパタとヒレを動かす、多数のウミガメの子達のシルエットが砂浜を埋め尽くす。

 すんなりと波に消える子。

 波に跳ね返され、砂浜に逆戻りする子。

 健気に、一心不乱に、海を目指す。

 私たち、ここにいる人間は、何がしてあげられるのか。

 なにもできない。

 してはいけない。

 じゃあ、なんでここにいるのか。

 祈る。

 それだけ。

 一万匹の子ガメのうち、ここに帰ってこられる子が、二匹になりますように。三匹になりますように……いや、十匹になりますように。

 私たちトリーターは、月下の波打ち際で、胸の前に拳を合わせ、ただただ、祈る。

 そして別れを告げる。

 さよなら。

 でも、本当のお別れじゃない。決して。

 次の世代に引き継ぐために、また砂浜に戻って来てくれたら、言葉をかけてあげたい。

 おかえり。がんばったね、

 そして、一緒に涙を流そう。

________________________________________


ガタンゴトン。

 心地よい電車のリズムに、乗り換え駅を知らせるアナウンスが加わった。

 アタシは目を覚まし、いや覚まされ。

 夢と現実が頭の中をぐるぐる回る。

 

 ああ、私、あの夢の世界の一員になりたい。

 スミレに今日あったこと、夢でみたこと、ぜーんぶ話したい。

 だから、あの家に帰らなくっちゃ。

 だから、電車、乗り換えなくっちゃ。

 

 町田駅で電車を降りる。つま先から踵までを使って、地面をズンズンと力強く蹴る。

 居候している家に到着すると、ちょうど駐車スペースに停まっている車からスミレとヨウが降りてきた。

「あ、エミ、おかえり」

「ただいま。って、二人でいったいどこに行ってたのよ?」

「ひみつ」

「えー!ひどい」

「うそうそ、後でゆっくり話すわ」

「もう、アタシだって話したいこと、いっぱいあるのに!」

 アタシは頬を膨らます。

 この家にいられるのも、あさってまで。

 その間、いっぱい話そう。

 そしてスミレと友達でいよう。姉妹でいよう。どっちがお姉さんだかわからないけど。

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