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ぷるぷるの昇降係  作者: 舟津湊


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11/28

早春の渋谷(家出少女に拾われた?)

 またまた霧島さんに朝食をご馳走になり、自分の部屋に戻ってきた。

 下着、シャツ、デニム、パーカー、全てふんわりと乾いていて、ほんのりとラベンダーのいい匂いがした。残念ながらスニーカーは濡れたままだったけど、すっかり晴れ上がった冬の透明な空気の中を歩くのは、実に気持ちがよかった。

 シャワーで足を洗い、スニーカーを洗剤と一緒に洗濯機に放り込み、十分コースのボタンを押す。ゴトゴトとやや大きめの回転音を立てていたが、無事脱水まで終わった。 

 窓を開け、狭いベランダに洗いたての靴を並べ、そのまま座り込み、今朝の出来事を振り返る。


 朝食の後、霧島さんはiPadを持ってきて、僕に写真を見せた。最初の写真は、壁に貼ってあるものと同じ、ご両親と霧島さんの写真だ。『大人の』霧島さんが写っている。

「これは去年の夏、『あの旅行』に行ったときに撮ったの」

 はっと霧島さんを振り返るが、表情に悲痛さはなかった。彼女は別の写真を見せる。同じく家族の写真だ。セルフタイマーで撮ったものなのか、誰かに撮ってもらったものなのかはわからない。

「これは、おととしの写真」さらにもう一枚見せる。「これは三年前」

「すごいですね、毎年撮っているんですか?」

「うん。私の誕生日にいつも撮ってくれてたから」

「誕生日はいつなんですか?」

 三人とも薄着なので、多分夏なんだろう。

「それ聞くの? 責任重大よ」

 霧島さんは、少しおどけて言った。

「ウソよ、プレゼントなんて要求しないから。七月二十四日。獅子座ね」

 僕は霧島さんの誕生日を記憶に刻み込む。  

 霧島さんは、一年ずつ遡りながら家族写真を見せる。その意図が分かってきた。写真の真ん中の女性が少しずつ少女に変わっている。

「ねえ、いつの写真が今の私に近いかな?」

 僕は写真の霧島さんと、隣に居る実物の霧島さんを見比べる。画面上で何枚かの写真を行ったり来たりしてもらった。

「この写真が近いですね」

 ややあどけない笑顔の霧島さんを指さす。

「そう」

 彼女は、写真のファイル情報を見て撮影日を確かめる。

「一五歳の誕生日……中三の時ね」

 写真と同じ顔をした少女がつぶやく。残念ながら笑顔ではない。

「そうか、私、中三から高二の間に急に背が伸びたから。最近急に小さくなったのは納得だわ……よし、決めた!私は今、一五歳」

 きっぱりとそう言って、iPadをテーブルに置いた。

「このまま不安がっていてもしょうがないよね?せっかく若返ったのなら、それを楽しもうって思うの」

「それ、いいです!僕もつきあいます」

「それで……なんだけど。中三の女の子に『霧島さん』呼びは似合わないと思うんですが、いかがでしょうか?高野君」

「そういうもんですか?」

「そういうもんです」

「わかりました。で……霧島さんのこと、何て呼べばいいですか?」

「普通に『すみれ』でいいよ……あ、『さん』はつけないでね」

「……急にそう呼べと言われても……」

「じゃあ、特訓して慣れよう」

「特訓?」

「うん、『すみれ』を続けて二十回言ってみて」

「……それって、『ピザピザピザ……』ってゲームみたいですけど」

「いいから。さあ」

「わかりました……すみれ……スミレ、スミレスミレスミレスミレスミレスミレスミレスミレスミレスミレスミレ……」

 彼女は指を折って数える。

「はい、よく出来ました。さて、私は誰でしょう?」

「霧島さん」

「!」

 ムチャ怒ってる。今まであんな顔みたことない。

「じょ、冗談です。スミレ!」

 あどけない表情で少しだけ笑いながら、『スミレ』が僕のことをボンボン叩く。

「それから、『ですます調』も今後禁止ね」

 

そんなやりとりの後、スミレは少し淋しそうな顔をして、帰る僕を家から送り出した。

 暖かい日射しと冷たい空気が流れ込んで来るベランダで、ボーッと考える。スミレ(やっぱりまだ照れる)は、この後どうなるのか分からないけど、本人は前向きに考えている。僕もそれに寄り添っていかなければならない。

 ヘアサロンの大野店長にはLINEで、スミレ(さん)は多分大丈夫です、と伝えた。


 三月上旬の正午少し前。

 僕は今、渋谷109前の交差点付近でスミレと待ち合わせをしている。どれもブカブカで着る服が無いので、買い物につきあって欲しいとのこと。せっかくなので、あの『109』に行ってみたいそうだ……なるほど、前向きだ。

 彼女も待ち合わせ時間より前にやって来たが、その姿に驚いた。

「こんにちは、高野君」

「こ、こんにちは……あの、何でセーラー服なんですか、じゃなくて……なの?」

「ああこれ、中高一貫校の中等部の時に着てたの」

「モノ持ちがいいね……じゃなくて、何で今日それを?」

「他に着られるサイズの服が無くて。記念にとっておいたのをクローゼットから引っ張り出して着てみました。ローファーも当時のものです」

 セーラー服女子は、その場で一回転くるりと回る。なんか似合っているし、本人もまんざらでない表情をしているし、別にいいんだけど。青い目、亜麻色の髪にセーラー服の少女は、少々目立ちすぎる。僕は警察に捕まったりしないのだろうか。

「まずは、今日のお礼の先払いで、お昼奢るから。さあ行きましょう」

 センター街にあるイタリア料理店でランチメニューをいただいたが、『女子中学生に奢ってもらっている男』の図は好ましくないので、スミレに頼み込んで僕が電子マネーで払った。後日、支払った額より多くの紙幣が入った封筒を渡されたけど。

 高校生のころ、姉の買い物に一度だけつきあわされたことがあるが、その時に『忍耐と寛容』という、生きていく上で大切なことを学んだ。そして、今日、その教訓が活かされた。スミレは109の最上部、八階から順に各フロアをくまなく回り、ショップの全貌を把握する。その後、気に入った店に戻り、アイテムごとに服や靴を見て回り、だいたいアタリをつける。そしてアイテムの最終候補を決め、どれが似合うか僕に聞いてくる。姉の買い物につきあった経験から、ここで『どれも似合う』とか適当な反応をしてはいけないことを学んでいる。なるべく真剣に誠実に感想を述べた。それが役に立っているのかどうか分からなかったが、彼女は次々と店を巡り、僕が手に持つ買い物袋が増えていった。

 流石に下着選びは遠慮させてもらい、二階の出入口から屋外に座れるスペースがあったので、そこで待たせてもらうことにした。

 覚悟はしていたが、疲れた。この後、どこかで冷たいジュースでも飲みに行こう。


「あの、お兄さん。今日泊めてくれない?」

「……は⁉」

 いつの間にか、僕の隣りに赤毛のショートヘアの女の子が座っている。スタジャンに薄いブルーのトレーナー、黒のハーフパンツ姿。

 ちょっときつい目つき。小学校五、六年か、中一位か? 脇にはパンパンに膨らんだ赤いボストンバックが置いてある。

「ねえ、どうかしら。いいでしょ?」

「今、何と?」

「泊めてくれない?って言ったの……行くとこないの」

「そ、それはちょっと」

「お兄さん、さっき女子中学生とお買い物してたでしょ?」

 見てたのか?

「そういう人かと思って」

「そ、そういう人って⁉」

「冗談よ……何か悪い人に見えないっていうかさ」

「……お家は?」

「親と喧嘩して、家出してきた」

「え!」

「だから、泊めてくれない?」

「それはちょっと……」

 警察に知らせるべきだろうか?こんなところをスミレが見たら何と思うだろう。と考えている所にスミレがやってきた。

「お待たせ……その子は?」

 女の子の顔をまじまじと見つめるスミレ。   

そして。

 彼女は手提げ袋をストンと落として立ちすくんだ。このリアクションは何だ?家出の女の子は不審そうにスミレの顔を見ている。

 僕はスミレに、その子から聞いたことを話した。 スミレが説得にあたる。

「お家に帰ったら? お父さんとお母さん、すごく心配してるよ」

「いやよ! 帰んない……心配なら心配だってはっきり言ってくれればいいのよ」

「お家の連絡先、教えて」

「教えない……お金なら、お小遣いで貯めた貯金……十万円全部おろしてきたし。ねえ、あなたのお家でもいいから泊めてくれない? とにかく今日は帰りたくない」

 セーラー服の女の子が、家出娘を説得している。それを呆然と眺めている僕。変な構図だ。

 スミレはため息をついて女の子に言う。

「しょうがないわね。でも、後で連絡先教えて。ちゃんと預かりますって電話するから」

「わかった……でも『預かります』ってずいぶん上から目線な言い方ね」

「そうよ。私、大人だもの。……あなた、名前は?」

「エミ……桑子笑美くわこ えみ

「やっぱり」

「やっぱり?」

「ううん、独り言。私は……スミレ」

 こうして僕は、沢山の買い物袋を抱え、女子中学生と家出娘と一緒に井の頭線に乗った。

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