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1 災厄の魔女


 暗夜に、閃光が弾けた。

 白煙の尾を引きながら、一つの影が墜落してゆく。

 地面へ衝突し、巻き上がった土煙の最中に、人の身丈をゆうに超える巨大な鉄塊が落とされた。

 轟音ののち、再び暗く静まった遊園地。その敷地内を、漆黒の影が駆け抜けていた。その影を射止めるように、虚空より出現した無数の鉄柱が次々と地面に突き刺さる。

 平日の夜、営業時間もとうに過ぎ、当然のように職員も来客もないその遊園地の名物ともいえる巨大な観覧車に据え付けられたデジタル時計は、時刻が23時を回っていることを示している。

 駆け抜ける漆黒の影は、ジェットコースターの細いレールを高速で駆け上がると、跳躍してその姿を顕にした。

 月夜に目を光らせる黒髪の少年。振りかぶった直刀が対象に命中するかと思った刹那、その一撃は激しい火花とともに鋼鉄製の杖に防がれた。

 槍術のように巧みに操られた杖の一撃を空中で防御した少年は、その運動エネルギーまでを殺すことは出来ず吹き飛ばされた。

少年は吹き飛ばされつつも冷静に周囲を見渡し、遊園地内の建物屋根への着地を試みる。

 しかし想定より早く、彼の身へ衝撃が訪れた。

 虚空より作り出された鋼鉄製の檻。受け身もままならず鉄籠に叩きつけられた少年はたまらず空気の塊を吐き出した。彼を閉じ込めんとした唯一の入口と思われる見つめる先の視界が、鳥籠のように閉じられていくのを少年は認識した。

檻越しに見えたのは無数の鉄線。月光の下で、その軌跡がわずかに反射している。

 少年の肉体が、巨大な鳥籠ごと鉄線に切り裂かれた。刹那、切り裂かれた少年の肉体は実体を失い、学生服の布切れが宙を舞うのみだった。

「やはり一筋縄ではいかないか」

 いつの間にか屋根へその身を移していた少年はぎりと歯を鳴らし、攻撃的な視線を空へと向ける。

 ふわりと空に漂う、もう一つの漆黒の影。夜空に溶け込む漆黒のマントに身を包んだ少女だ。風にたなびく白い髪に、鈍い光沢を放つ鋼鉄製の杖。とんがり帽子から覗いた赤い眼は、禍々しく光を放っていた。

「もうお前の好きにはさせないぞ、魔女」

 魔女と呼ばれた少女がわずかに笑みを浮かべる。

 背後の大観覧車が、彼女に呼応するかのようにゆっくりと回りだしていた。



 チャイムが響き渡ると、教室は瞬く間にざわざわとした喧騒で溢れ返った。

 無理もない。この『現代社会』を最後に、二学期の中間テスト全ての科目が終わったのだ。後ろから無言で回された答案用紙をちらりと覗き、最後の問題の選択肢が自分のそれと違っていることに落胆しながら答案を重ねた少女――薬師寺(やくしじ)えいるは、前の席へ答案を回すとひとり小さなため息をついた。

 未来的な印象を受けるガラス張りの教室で試験監督をしていた老年の数学教師がその場を後にすると、辛うじて抑制されていた生徒たちの私語は爆発的に増加し、聞き耳を立てなければ十分に聞き取れないほどまでに膨張した。

 教室の隅に集まって立ち話を始める男子生徒たちとそれに交じる陽キャの女子たち。頬杖を付き、顔の横に広がった茶髪をくるくるといじくりながら、えいるは楽しそうに話す彼らをぼうっと見つめていた。

 そう。この少女、薬師寺えいるは、友達が居ないのである。ぱっととしないまま過ぎ去った中学時代を後悔し、高校こそはと意気込んで無駄に伸びていた髪を切り、いきなり金髪はやりすぎかと思って茶色に染め、小学生からかけていたメガネもコンタクトに変え、初期状態の長いスカートを折ったは良いもののあまりにも脚が露出するのでタイツをはき、ちょっと前に人気の音ゲーキャラとコラボした人気ブランドのリップなんかも使って小綺麗な身だしなみに整えた。

 しかし誤算。友達は、自分から話しかけないと増えないのだ。最初のクラスの自己紹介とき、「趣味は何ですか」と男子に聞かれた時、オタクを隠すために「えーっと、読書、とか?」なんて答えてしまったせいで他の女子生徒から「何の本を読むんですか?」なんて掘り下げられてしまったものだから、苦し紛れに海外ベストセラー作家のファンタジー大作を挙げてみたはいいものの、その後の空気のなんと重かったことか。当時の「何それ……」という感じの沈黙を思い出すたびに頭をわしゃわしゃと掻きむしりたくなるような羞恥心が、毎晩のように押し寄せてはベッドの上で悶絶するを繰り返すうちに二学期に突入してしまった。

 お一人様の夏休みを満喫し、今度こそはと意気込んだものの結果は同じ。誰に話しかけることもなく簡単に一ヶ月が過ぎ去り、基本的に午前中で終わる中間テスト後に訪れる束の間のモラトリアムですら、輪に入ることを能わなかった。

(別にいいもん、私なんてスマホが友達だし)

 そうは思いつつ、えいるも高校デビューを諦めた訳では無い。少し前のグループへ注がれる視線に気がついたのか、男子生徒の一人がえいるの方へ振り返った。

「わわわっ」と、えいるは慌てて視線を外す。

 振り返った男子生徒――服部結人(はっとりゆいと)は、一ヶ月前に転入してきたばかりだが既にクラスのトップグループに馴染んでいる。持ち前の運動神経の良さと身長も190センチを超える体格の良さ。それでいてマイルドに整った顔立ちも相まって男女問わず人気が高い。

 きっと彼のような人が勝ち組なんだろうなー、などと無理やり納得したえいるは、テスト期間でスカスカになった学校指定鞄を軽く担ぐと、カフェテリアに向かう集団の間を縫うようにそそくさと吹き抜けの螺旋階段を駆け下りた。

 東京の一等地にも引けを取らない経済特区の只中に建設されたこの学校は、土地を効率的に利用できるよう周辺のオフィスビルと肩を並べるほど校舎が高層に伸びている。それでいてギチギチに機能性を詰め込むのでもなく、開放感を演出する大きな吹き抜けなどあえて空間を大胆に使ったようなデザインがところどころ面白いのだが、半年もすればほんの少しの不便さに対する僅かな苛立ちのほうが勝るようになってくる。えいるが通う高等部だけでなく大学のキャンパス機能も有している構内では大学生とすれ違ったり、交流授業があったりと新鮮ではあるのだが、説明不要のコミュニケーションスキルを発揮するえいるは案の定、この手の授業に苦手を極めていた。

 昼時で人がまばらに出入りするエントランスから外に出る。開けた道路の向こう側から初秋の風が心地よく頬を抜け髪を梳いた。

 絶え間なく行き交う車やバスがもたらす騒音から逃げるように一本裏手の路地に入ったものの、前を歩く同じクラスのカップルや騒ぎながら道を塞ぐ男子集団の後ろを歩くのは気が引けて、えいるは仕方なく広い大通りに切り返した。

 自宅があるマンションまでは少し遠回りだが、えいるはそれを気にすることはなかった。理由は、この街は遠回りをしても楽しいからだ。

 この国有数の高さを誇る超高層ビルに、今にも動き出しそうなほどピカピカに保存された帆船、運河を見下ろすように空を滑るロープウェイに、不思議な形のビル郡。

 誰とも関わるわけでもないながらも不思議な世界の中心に居るような感覚を得られるこの街が、えいるは好きだった。こうやって街の中を歩けば、多少の嫌なことは忘れられる。

 この街のシンボルとして一際目を引くものが、巨大な花弁のようにそびえる大観覧車だ。ジェットコースターやウォーターアトラクション、そして大観覧車が有名なこの遊園地は、そのアクセス性の良さから毎日のように学生や家族連れ、カップルで賑わっている。幼少期からこの街で過ごしていたえいるも物心がつく前からよく訪れていた。――まあ、学校の友達と来たことはないが。

 薬師寺えいるという少女は、楽観的な方だった。今現在まである悩みを棚に上げて、一つの楽しみに集中できる。陰気な性格ながら、それはひとつの才能と言えた。

 何より今日で中間テストは終わり、母に厳しく言われていた勉強時間も緩和されて久々に羽を伸ばせる。

 それに今夜は待ちに待った「推し」の生配信が控えている。

本牧飛鳥(ほんもくあすか)」。えいるが密かに推し続ける、期待の超新星アイドル「EIGHT∞N(エイティーン)」のセンターだ。イギリスとのクォーターだからこその抜群のスタイル、さらさらの金髪、そして海のようにきれいな青い目。彼女のライブこそ行けていないものの、現地で彼女のパフォーマンスを目の当たりにすれば、眼福でたちまち失神してしまうだろう。

 密かに、というには理由がある。本牧飛鳥はえいると同じクラスなのだ。彼女自身は芸能活動で多忙を極め、学校にはほとんど来ないのだが、学校に来たときはもう大変だ。同じクラスの、しかも一度も話すことなかったえいるが自分のオタクだと知ったら彼女はきっと幻滅してしまうだろう。

 そんな思考をぐるぐる巡らせるうちに、えいるは自宅があるマンションのエントランスにたどり着いた。

 同じマンションの住人が目の前で扉を締めたエレベーターの前でほんの少し落胆すると、次に訪れたエレベーターに乗っていたのは清掃員と大きなダストカート。

 清掃員と鏡合わせのように申し訳無さそうなお辞儀をしてエレベーターを再度やり過ごすと、ようやく三台目のエレベーターに乗り込んだ。

 自宅がある高層階へ行くには中間フロアでの乗り換えが必要だ。持ち前の不幸体質も相まって普段はタイミングが合わないのだが、今日に限ってそんなことはなかった。

 今日は珍しく乗り換えで手間取らなかったな―、なんてことを考える少女を乗せたエレベーターはスムーズな加減速で目的のフロアまで到達した。

「ただいまー……」

 鍵を開け、玄関でつぶやく。えいるの声に呼応するものはなかった。

 シューケースの上の置き時計に目をやると、時刻は午後一時を回ったばかりだ。三交代制で勤務する看護師の母はどうやら日勤らしい。

 自室で制服を脱いだえいるはいつものジャージに着替え、靴下とブラウスを脱衣所の洗濯カゴに放り込む。からからとうがいを済ませると、自然光で満たされたダイニングに足を運んだ。

 広々としたアイランドキッチンも、料理に縁がないえいるにとっては無用の存在だ。

冷蔵庫内に整頓された常備菜タッパーを取り出し、ピーマンとオクラの和物を木皿へ適当に盛り付ける。

 ケトルで沸かしたお湯をカップに注ぐと、丸まった麩と乾燥したネギがくるくると味噌の渦を泳いだ。常備菜に隣り合うように盛った雑穀米に天然鮭と煎り胡麻のふりかけを乗せ、準備は完了だ。

 4人がけのテーブルに一人座り、備え付けてあるティッシュボックスにスマホを立てかけながら、今日の12時にサブスクリプションサービスで更新されたアニメの最新話を再生する。実力がありながらも勇気の一歩を踏み出せずにいる主人公に共感しながらえいるは黙々と食事を進める。アニメと違うところは、主人公のように支えてくれる友達がえいるには居ないということ。でもきっとこのアニメみたいに、わたしだって活躍するときが来るんだ、なんて思いながら食器を片付けるえいる。

「別にいいもん……」

 誰に話すでもなく、えいるはまた力なく呟いた。

 お腹も膨れ、テストも終わり、自室に戻ってきたえいるは「無敵」だった。

 ルーティーンのごとくベッドにダイブし、すべすべの薄手毛布をごろごろと巻き込んでは、みのむしのように仕上がって枕に顔を埋める。

 一瞬の静寂、テスト終わりのクラスメイトたちの喧騒が脳裏を過ぎる。

 気にしないなんて思えば思うほどやっぱりちょっと寂しくなって、ちょっとだけ泣きそうになった。

「ああもう!」

 ごろんと寝返りを打ったえいるの意識が暗く落ちてゆくのに時間はかからなかった。


『もくもくこんもく~!本牧飛鳥(ほんもくあすか)の木曜日~!みんな来てくれてありがと―!!』

 六畳の部屋に少女の快活な声が響いた。その玲瓏たる声色の主はシングルベッドに寝転がり、にやけながら両手で持ったスマホを見上げる少女ではなく、その画面の先に居る金髪のアイドルだ。

 やはり何度見ても可愛い。顔はすごくちっちゃいし、その声は透き通る水のようだ。

それでいて抜群のスタイル・プロポーション。おまけにダンスのキレも最高だ。そんなかっこいい女の子が配信では可愛さ一色に染まるのだから驚きだ。

飛鳥(あすか)、実は今日の配信、すっごく楽しみにしてました!みんなはどう?』

 画面越しの本牧飛鳥は胸に手を当て、あまりにもあざとい仕草をして見せる。間違いない。この動きは自分が可愛いと思っていないと出来ない動きだ。

『あはっ!みんな楽しみにしてくれてたんだ!嬉しいなあ』

 彼女は細く小さな手を合わせるように絡ませ、輝くような笑顔でぽつりと呟く。

 可愛い。可愛すぎる。もうクラスのみんなに聞いて回っても同じ感想を抱くと思う。誰とも話したことはないけど。

 時折訪れる自己嫌悪を目の前の推しで浄化しながら、えいるはにやけ面を隠せずに画面を眺め続けた。今日はツイている。昼間はいくらかの不運にも見舞われた上に寝落ちまでしてしまったが、ちゃんと配信の時間に起きることができた。

 そんなえいるの束の間の幸福に水を指した、画面いっぱいに広がる着信通知。

受話ボタンをタップすると通話画面は推しの配信画面を押し切って専有し、スピーカーからはあまりにも聞き慣れた音声が鳴り響いた。

『えいる?帰ってるんでしょ?』

「どうして電話してくるの!」

『しょうがないじゃない、お母さん鍵忘れちゃったんだから』

「じゃあインターホン押してよ!配信見てたのに!」

『何回も押したわよ!えいる、あんたどうせまた部屋に籠もってて聞こえてなかったでしょ』

「あ……」

『そういえば、林間学校の振り込みとか言ってたのはしなくていいの?そろそろ期限じゃなかった?』

「――忘れてた!えーとえーと……ごめんなさい、今日までです……」

 母からの電話越しの指摘にえいるの口元が歪む。

 母は息を大きく吸い込むと、少しの間をおいてゆっくりと吐き出した。

『とにかく、一旦下まで降りてきて。お金渡すから、コンビニで払ってきなさい』

 ブツッ、と電話が切られた。取り戻された配信画面では、昨日リリースされたばかりの新曲を心地よさそうに聴き入る本牧飛鳥の姿があった。

「ごめん、飛鳥ちゃん」

 苦渋の決断でもするかのように、えいるはくっと歯を食いしばった。

 ベッドから起き上がり、メガネを掛けたえいるはTシャツの上にジャージの上着を羽織り、重い足取りで自室を後にした。

 通信環境が悪化するエレベーターの中で止まってしまった配信画面を消したえいるは、エントランスフロアで彼女を待つ母を視界に収めると、きまり悪そうに俯いた。

「おかえりなさい」

「ただいま。はい、これお金。振込用紙持ってきた?」

「うん、ありがと。はい鍵」

 両手に買い物袋を下げた母に鍵を渡したえいるは、最低限の用事とでもいうように足早にエントランスの自動ドアをくぐり抜けた。

 昼間は学生や働く人で人通りが絶えないこの街も、夜になればそれも限られる。

 残業終わりのサラリーマンや健康維持のためにランニングする人がちらほら居るはずの時間だが、今日は珍しく人の気配もなかった。

 一番近いコンビニは隣のマンションの1階にあるが、オフィスエントランスに併設されているこのコンビニは夜になると閉まってしまう。えいるがたどり着いた時間は、まさに丁度営業終了といった雰囲気で、反応するはずの自動ドアが彼女を受け入れることはなかった。

 多少無理を言って店員にアピールすれば開けてくれるかもしれないが、薬師寺えいるというコミュ障少女にそのような主張をする勇気はなかった。

 ふうと、小さなため息をつく。ここの次に近いコンビニは少し遠いのだ。港へ抜けようとする少し冷たい陸風が、えいるの首筋をなぞった。

「ううう寒……」

 ジャージをぎゅっと羽織り直したえいるはほんの少し身を縮こませると、極めて消極的に踵を返し、小さな足取りで歩き出した。

 次の瞬間までは。

 空が、妙に明るい。遊園地の方角だが、大観覧車のライトアップは毎日行われるが、それにしてもあんなに輝くようなことがあっただろうか。

 えいるが後悔するのは、不思議な光の正体を確かめるために興味本位で足を踏み出し、その光景を目の当たりにしてからだ。

 夜空が閃光に染まる。刹那、轟音が少女の全身を突き抜けた。そのあまりにも大きな音にびくっと肩を震わせたえいるは、何が起きたのかも理解できぬまま呆然と立ち尽くす。びりびりとした空気が、えいるの肌を逆撫でた。

 爆発という現象は、知り得ている現象ではあるもののそれを体感することはまず無い。だからこそ、突然轟音が襲い視界がまばゆい光で覆われたとしても、その現象を知覚することは難しかった。

 次に訪れる衝撃音を、えいるは嫌でも知覚することになる。

 彼女のすぐ目の前に墜落してきた一つの影。交差点のアスファルトにひび割れとクレーターを作ったのは、その全身を血で染めた、黒髪の少年――えいるのクラスメイト、服部結人(はっとりゆいと)だったのだ。

 彼が身につけている学生服はボロボロで、ところどころ覗く色白の肌も痣や血にまみれている。

 何が起こった?どうしてこんなことに?ずり落ちたメガネをかけなおすことも忘れ、えいるはただただ狼狽していた。

「ええええ〜!!!え、えとえとえと、きゅ、救急車!!」

「やめろ、救急車は呼ぶな」

「うぇえええ!?立てるの?」

 ガシャン、驚き慌てふためいた少女の手からすっぽ抜けたスマートフォンが、嫌な予感しか感じさせない音を発した。

 しかしそんなことよりも、目の前に、血だらけの少年が立っている。ボロボロの学生服を身にまとい、額からも流血し、肩で荒い呼吸を繰り返し、虚ろな目でこちらを見ている。

「あ、え、えと……」

「――ッ!すまん、説明は後だ!」

 次の瞬間、えいるに訪れた浮遊感と全身の拘束。眼前の少年、服部結人がえいるを抱きかかえたのだ。

 少年はまるで人間業と思えないほどの跳躍力で空へ舞う。直後、えいるたちが居た交差点には、轟音と共に巨大な鉄塊が落下した。

「なになになになになにー!?」

 困惑、疑問、恐怖、混乱、そして羞恥。黙っていればおかしくなってしまいそうで、えいるは何も考えずにただ絶叫していた。

 拙いながらも想像していた衝撃がえいるの身に訪れることはなく、彼女を抱きかかえた服部結人は遊園地の建物屋根にふわりと着地した。

「巻き込んで悪い。必ず守る」

 そう言ってえいるを降ろした少年は彼女に背を向けて空を見上げると、勢いよく胸元で手を合わせた。

 パン、と澄んだ音が鳴り響く。合わせられた手は彼の胸元で何度か複雑に組み合わされると、最後に拳が強く握り込まれた。

 少年の寸前が光る。否、燃えていたのだ。赤赤と光る少年の手中に収まった火球はその輝度を上げ続け、

火遁(かとん)金剛(こんごう)!』

 眩く燃える光焔として一直線に放たれた。闇色の夜空が真昼のように白く染まる。

 放たれた一筋の光芒がびりびりと空気を震わせる。それは中空で何かにぶつかったかと思えば炸裂し、凄まじい熱風と白炎をもたらした。

 えいるが先程見た不自然な発光現象はこれだ。

 燃え盛る爆炎は次第に収束する。残った濃密な白煙の中から現れたそれは、漆黒の果実のような奇妙な物体だった。

「えええええ!な、なに、あれ……」

 えいるはその光景に目を疑った。漆黒の物体は鈍い光沢を放ち、陶芸家にこねられる粘土のように形を変えてゆく。

 それは瞬く間に一枚布のマントとなり、その持ち主の身を包み込むようにはためき収まった。

 風にたなびく白い髪、真っ黒なとんがり帽子から覗く赤い双眸(そうぼう)、鋼鉄製の杖を手に禍々(まがまが)しい雰囲気を放つその少女は、二人を静かに見下ろしていた。

 ついに立つこともままならず片膝をついた服部結人は、脇腹を押さえながら彼女を睨め上げる。

大観覧車(だいかんらんしゃ)魔女(まじょ)『ラミア』。この街、そして世界を脅かす、災厄の元凶だ……!」

 かすれた声で呟いた少年は、片手で半身を支えることもできず、どさりと倒れ伏した。

「は、服部(はっとり)くん、服部くん……?」

 月夜に照らされた真紅が、少年の身体より絶え間なく流れ続けていた。


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