自縄自縛〜シャルティナ(完結)
シャルティナざまぁラスト&サーラベル編完結です。
変態とヤンデレ警報発令中。
その予感が的中したのは、パーティーから一週間ほどが経った日のこと。
アリフ様とサーラお姉様がアクティへ帰る当日、私は国王代理を務めるお兄様から、ルグロ男爵家への降嫁を命じられ━━頭が真っ白になった。
「シメオン・フランキス伯爵子息が、ルグロ男爵位を親から譲られることが決まってね。あちらからの『是非とも』という希望があったんだ。愛され望まれた結婚だ、幸せになりなさい」
「まさか━━冗談ですわよね、お兄様? 私は王女ですのよ。降嫁するなら伯爵家が最低ラインのはずですのに、どうして男爵家になんて……」
必死になって言い募るが、お兄様は実にわざとらしくぱちくりと瞬きしてみせる。
「それこそ冗談だろう。いいかい? お前は王家とグレンダル公爵家、ツィルト家の絡む縁談を何のためらいもなく台無しにした。━━ああ、意図的じゃなかったとかいう戯れ言はいい。仮にわざとではないとしても、それならば何をしても許されるなどという理屈は世の中には存在しないのだと、今後は肝に銘じておくように」
反論を許さぬ口調で言い切ってから、手元の書類をちらりと見て続ける。
「はっきり言おう、シャルティナ。伯爵家以下の縁談をいくつも壊した前歴を抜きにしても、グレンダルとツィルトの両家に蛇蝎のごとく嫌われているお前を娶ろうなどという奇特な貴族は、国内には皆無に等しい。唯一、『他のあらゆる貴族にどれほど睨まれようとも、私は生涯シャルティナ殿下を愛し続けることを誓います』と申し出てきたのが現ルグロ男爵だ。一体何があってそこまで愛されているかは知らないが、彼ならば全力でお前を幸せにしようと努力するだろう。彼の婚約者だったソレイユも現婚約者との方が気が合っているようだから、気兼ねせずルグロ男爵夫人となればいい」
「い……嫌です! よりにもよって男爵夫人だなんて、私は……!」
まさかあのシメオンが、私を娶ろうだなんて身の程知らずの野望を抱いているとは思わなかった。
嫌よ。そんなの、絶対に嫌。私はイサーク王国第三王女シャルティナなのだ。いくら国内に他に婿候補がいないとしても、男爵夫人になる未来など受け入れられるわけがない。
(━━「国内に」……? そうよ!)
閃いてお兄様の執務室を飛び出し、アリフ様とサーラお姉様の滞在している部屋へと駆け出す。
イサークに私を娶る高位貴族がいないというなら、国を出てしまえばいい。アリフ様はアクティ王子で外務大臣、サーラお姉様はその妻だ。王子の義妹ともなれば、アクティ国内なら当然相応の扱いをされるはず。
全力で走る姿を見られればはしたないと言われるだろうけれど、背に腹は代えられない。このまま国を出られさえすれば、母国で何をやらかしたかなど些事にしかならないだろうから。
━━けれど、駆けつけた客室は既にもぬけの殻だった。
「どうして……もう出発したってこと!?」
蒼白になりつつ身を翻し、全速力で王宮の入り口へ向かう。
息が切れる。こんなに走ったことなどないから足が痛い。今の私は汗まみれで、天使のごとき美貌の王女とは到底思えないだろう。
でもそんなことはどうでもいい。すぐに逃げ出さなくては。私の幸せを阻むこの国から━━
「━━お姉様!」
私の声に、ちょうど馬車に乗り込むところだったサーラお姉様と、それを見送るためにそこにいたシルヴィお姉様が振り向いた。
ついでにソレイユや異母弟たちもいるものの、私の眼中には入らない。
馬車の傍らで足を止め、肩で息をしながらサーラお姉様にすがる。
「お願いです、サーラお姉様! どうか私も一緒に連れていってください! そうでないと私はこのまま、望まぬ結婚をさせられてしまうんです……!!」
「シャルティナ……」
目を潤ませる私の頬を、サーラお姉様の手が優しく包む。間違いなく私を助けてくれると確信できる、慈愛に満ちた触れ方で。
……よかった。サーラお姉様に頼れるなら安心だわ。
そう思った。
思った、のに。
「大丈夫よ、シャルティナ。不本意に嫁いだ先でも、生涯揺るがぬ愛が芽生えることはあるわ。他でもない私がその証人だもの」
「━━お、お姉……様……!?」
サーラお姉様は、とても美しく優しく、聖母のような微笑みを浮かべている。
なのにその唇が紡ぐ言葉は、私にとって全く優しくないものだった。
やがて、するりと繊手が離れていく。
「さようなら。もう会うことはないでしょうけれど、元気でね。シャルティナ━━ルグロ男爵夫人」
「━━!? 待って、待ってください! お願いします、お姉様! 私を見捨てないでムグッ!?」
「いい加減にしてください、シャルティナ姉上。見苦しいにもほどがあります」
「そうですよシャルティナ姉様。大体、サーラ姉様がシャルティナ姉様を助ける理由なんてどこにもないんですから」
呆れた異母弟たちが分担して口を塞ぎ羽交い締めにしてくるが、諦められず必死にもがき続けた。ほどなく馬車が出発して、遠くに消えたことにも気づかずに。
けれど当然、限界というものは来るわけで━━
いつの間にか意識を失っていた私が目覚めたのは、どことも知れない一室のベッドの上だった。
足に感じる冷たい感触に違和感を覚えつつ身を起こす。
「……ここ、は……?」
「私たち夫婦の新居ですよ、シャルティナ殿下」
「━━━━!?」
寝起きのせいで掠れた呟きに返答があった━━誰よりも聞きたくなかった声で。
引きつった顔で振り返ると、他でもないシメオンがゆったりとこちらに━━ベッドに近づいてくるところだった。
「おはようございます。長時間お休みでいらしたので、少し心配しておりましたが……お元気そうでよかった」
「し、シメオン様……どうして。それに、新居というのは……」
「王太子殿下に召喚されて王宮に参ったところ、ちょうど殿下が倒れられた場に出くわしたものですから。好都合だからと、皆様よりシャルティナ殿下の身柄を任されたのです。『正式に婚約者になったのだからいいだろう。兄上のご許可も得ているし』ということで、こちらにお連れいたしました」
「なっ……! 冗談じゃないわ! 正式も何も、私はあなたとの婚約なんて認めてないし望んでもいないのよ!」
本音をぶつけるものの、シメオンはただ困ったように首を傾げるだけ。
「そう仰られましても。無礼を承知で申し上げれば、イサーク国内で殿下を妻として望む貴族は私だけなのですよ? 私はこれでも領地経営には自信と実績がありますし、王宮での暮らしとは比べ物になりませんが、何不自由ない生活を殿下にご用意することは保証いたします」
「何が『何不自由ない生活』よ! 私は王女なのに、たかが男爵夫人の座に落ち着くなんて有り得ないわ! ろくに社交もできなければ豪華なドレスも買えない、高位貴族との交流だってままならない立場なんて、私に相応しいわけがないじゃない!」
「はあ……この際ですので、はっきり申し上げますが。仰るような豪華なドレスや高位貴族との交流に相応しいだけの社交術が、シャルティナ殿下に備わっているとはとても思えませんよ」
「━━━━は!?」
あまりの暴言に耳を疑う。
何を馬鹿なことを言うのかしら。私はれっきとした第三王女なのよ。それなのに、社交術が備わってないなんてこと━━
「王女だろうと高位貴族だろうと、マナーや作法が不自由な方々などは大勢おいでですよ。そのうち九割九分は年端もいかない幼児ですが。そういった技能は後天的に身に付けるものであって、生まれと直結するものではないでしょう。高い身分に生まれることで、環境的なアドバンテージを得られるのは確かですが」
……つまり、王女だからという理由だけで社交術が完璧だと自負するのはおかしいと言いたいのだろう。言っていることがもっともすぎて、反論の余地がない。
「私見を言わせていただくと、シャルティナ殿下のそういう点を鑑みて、王太子殿下は私への降嫁をお決めになったのでは?」
「っ……! 私の立ち居振る舞いは、せいぜい男爵夫人レベルだって言いたいの!?」
「爵位に関係なく貴族夫人であれば、自身が原因で他家の縁組が破談になった場合、まともな価値観をしているならば身を慎むことを心がけるでしょうね。貴族社会でおかしな評判が立てば、時には命取りになるケースも有り得ますから。ですので率直に評価すると、シャルティナ殿下の振る舞いは真っ当な男爵夫人にも劣ります。まあ、そういう愚かなところが、私にとってはこの上なく可愛らしいのですけどね」
ふふふふ、と微笑む顔に、寒気がするほど危険なものを感じる。
青くなって思わず後ずさるが、それなりに広いと言えど所詮はベッドの上。距離を取るにも限界がある。
「大丈夫。逃げられませんし逃がしませんよ、シャルティナ殿下。私はあなたのありのままを愛しています。どこまでも自分本意で愚かなところも、無駄に高いプライドと同時に血筋や才能に関して強いコンプレックスを持っている点も。何より、痛いところを突かれて弱い子犬のようにキャンキャン吠えるところが実に愛らしくて、躾甲斐がありそうで滾ります」
「へ、変態っ……!」
「ええ、その通りです。でもあなたにとっては残念なことに、心からあなたを愛していて、尚且つあなたのために快適な環境を用意しようとする奇特な貴族は私だけなんですよ。だから━━」
逃げようとベッドから下りようとすれば、がちゃん、と金属の音がして、足首を硬いものに引っ張られる感覚があった。
見れば目覚める前につけられたのだろう、私の足首には枷がはめられており、そこから鎖が伸びてベッドの天蓋の柱に繋がっている。先ほど感じた冷たい感触はこれだったらしい。
━━さあああっ、と本気で血の気が引いた。
「ま、待って……嘘よね? 王女の私を監禁なんて、そんなこと……もしも王家に知られたら、あなたと家の両方が破滅するわ」
「ふふふふ、ご心配なく。王太子殿下より、『シャルティナを引き取ってくれるなら好きにすればいい。何があろうとも王家は一切探りは入れず関知もしない』とのお言葉をいただいておりますので」
━━詰んだ。もうどうにもならない。
お先真っ暗の今後に絶望を覚えながら、私は迫り来るシメオンの姿を涙目で見つめることしかできなかった。
その頃、母方の実家でのんびりくつろぐソレイユは一人、自室でこうつぶやいていた。
「ありがとう、シャルティナお姉様。おかげで危険そうな婚約者から逃げられたわ」
外面がいいのと年下の王女という相手の立場もあり、シメオンはソレイユに本性を見せることはなかったが、勘の鋭い彼女は何となく不穏な気配を感じ取っていたので今はほっとしている。
もっとも、新たな婚約者アレクシエルも実は結構な狼ではあるのだが……ソレイユがそれを実感するまでには、あと五年ほどの月日が必要になるのだった。
読んでいただきありがとうございました。
シメオンはもっとヤンデレを前面に押し出すつもりが、別の変態面が目立ってる気がします。
ま、ヤバい人だと知らなかったとは言え、妹の婚約者ということは知ってて遠ざけもせず側に置いていたシャルティナの自業自得ということで。
ちなみにフェードアウトしたアトルシャンですが、他国の文官見習いとしてビシバシこき使われてます。能力自体はそこそこ優秀ですがケアレスミスが多くなかなか改善されないタイプなので、定期的に結構なやらかしをして出世の機会を逃しまくり、下っ端から抜け出せないまま終わりそう。
数年後くらいに外交訪問してきたアクティ外務大臣夫妻を見かけて三度見するまでがセット。それから無謀にもサーラベルに話しかけようとするかどうかでその後の運命は決まるかと。
次のメインは誰にするかな……イサーク第三王子の従姉か、学園に留学してきてた他国の令嬢か。




