落ち行く兆し〜シャルティナ
お待ちかね、シャルティナざまぁ編開始です。
がっつり悪意あるお花畑は、その後のざまぁを含めて書くのが楽しい。
サーラお姉様の婚約が破棄されたと聞いて、私の顔はこれ以上ないほど綻んだ。
「うふふふふふ」
どうしよう、笑いが止まらない。
あまりにも簡単に目の上のたんこぶを取り除けたのだから、そうなるのも当然だけれど。
この国の王女は四人いて、いずれも母親は側妃である。その中で最も身分の高い、侯爵家出身の側妃から生まれたのがサーラお姉様ことサーラベル第一王女だ。その血筋に加え、月の女神とも称される美貌と明晰な頭脳を持ち、この上なく優美な所作と佇まいは誰もが見とれるほど。
私たち腹違いの妹に対しても、付かず離れずの適度な距離感で接してくれる、非の打ち所のない完璧なお姉様━━そんな存在と、腹違いとは言え妹なのだからと否応なく比べられ続ける日々には、ただただ嫌気がさすばかりで。
国の頂点に立つお父様に、誰よりも愛されているのは私シャルティナなのに。そんな私よりも、サーラお姉様が理想の王女として国中の称賛を浴びているのが、私は何よりも気に入らず許せなかった。
もっとも、完璧すぎるものは気にくわないと思う者は多い。
実際に陰でサーラお姉様のことを、「王女として完璧なのはいいが、可愛げに欠けるという意味では女性として完璧ではない」と評する声も少なくはなく、その中には当のお姉様の婚約者であるアトルシャンの声もあり━━チャンスだと思った。二年前、姉妹で唯一婚約者がいなかった私に舞い込んだアクティ国王との縁談を、目障りなサーラお姉様に押しつけるための。
(国王であるお父様に一番可愛がられている私こそが、国内に留まるべきなのよ。サーラお姉様は完璧な王女なのだし、蛮族の治める国に嫁いだって、それなりに苦労はするでしょうけど、不出来な私よりもよっぽど上手くやっていけるはずだわ━━その前に折れなければ、ね)
そのアトルシャンは、私が愛らしい顔を悲痛に歪めて涙を流しただけで、とても簡単にこちらになびいてくれた。
完璧すぎるために挫折に弱く、一度の失敗で再起不能になる例もあると聞くから、私に婚約者を奪われて気落ちしたお姉様は、アクティでも完膚なきまでに叩きのめされて見る影もなくなるかもしれない。
「……ふふっ。もしそうなったとしたら、是非とも見てみたいけど……ここは想像するだけで我慢ね。せっかく砂漠に行くのを免れたのに、わざわざ近づくなんて冗談じゃないもの。それに、あれこれ想像を巡らせるだけでも楽しいわ。打ちのめされたサーラお姉様のお姿を直に見られないのは、とってもとっても残念だけど」
それによく考えれば、思わぬ余禄もある。
シルヴァーナ第二王女━━シルヴィお姉様の母親は、貴族ですらない商人の娘。妹ソレイユは、女伯爵として母方の実家を継ぐべく臣籍降下するため、サーラお姉様が国からいなくなると決まった今、私シャルティナこそが王女の筆頭格として、誰もが認める立場になる。
付け入る隙などどこにもない理想の王女なんてつまらない。完璧などでなくてもいいから、可愛げに溢れた女性の見本としての王女像を、私が社交界に、国中に見せつけてやれる。サーラお姉様がいなくなればすぐにでもそれができる。
お父様だけでなく、学園の男子生徒たちも既に多くが私の虜だ。それを足掛かりにすれば、やがては社交界の全体━━この国の全てが私という美しく可愛らしい王女を認め、誉め称えるようになるのだ。
「何て素敵な未来かしら。考えるだけで幸せ」
こぼれる笑みを抑えることなく、私は自室で一人、幸福の絶頂を味わっていた。
━━絶頂の後はただ落ちていくだけ、と言っていたのは誰だっただろうか。
サーラお姉様が無事にアクティへと旅立った。
それはいい。私が野蛮な国に嫁ぐ必要はなくなったのだと、ようやく実感できたのだから。
けれど問題が一つ。私とアトルシャンの婚約の話が一向に進まないのである。
「おかしいわ。お父様は笑顔で『すぐにまとめるから任せておきなさい』と請け負ってくれたのに……」
むー、と唸ってしまう。何がそんなに難航しているのだろう。
アトルシャン側にせっつこうにも、このところずっと彼には会うこともできていないし……
「お父様に確認しなきゃ」
そう思ってお父様のいる執務室に向かうと、入り口に立っていた近衛騎士に止められた。何故!?
「陛下はただ今、グレンダル公爵閣下とツィルト侯爵閣下のお二人と重要な話し合いをしておいでです。『終わるまでは誰も通すな』と厳命されておりますので」
グレンダル公爵! つまり私の未来の義父ね。
ちょうどいいわ。その話し合いが終わったら、帰りの馬車に乗せてもらってそのまま公爵邸に連れていってもらおう。そうすればアトルシャンにも会えるし……道中、私の健気さや可愛らしさを存分にアピールすれば、公爵も快く私を次期公爵夫人として認めてくれるはず。
「そう。なら、話し合いが終わったらグレンダル公爵に、私が呼んでいたと伝えてくれる? ご挨拶と、これからについてのお話がしたいの」
騎士の無言の一礼を了承と解釈して、私は自室へと戻った。
━━そして私は見事に待ちぼうけを食らった。
どうしてよ!? 王女の私が呼んだのよ!?
翌日、あの近衛騎士に涙目を作って抗議に行けば、「私はご命令通りにお伝えいたしましたが、公爵閣下はご都合が悪かったようで……」とどこか淡々と言われる。可愛い王女の私が悲しんでみせてるんだから、ちゃんと不手際を謝ってから慰めの言葉の一つくらいくれるべきなのに……気が利かない男は出世できないわよ。
「……そう。グレンダル公爵は何か言っていた?」
「いいえ、私には何も。ツィルト侯爵閣下には愚痴のようなことを言っておいででしたが。『よりにもよって嫡男が婚約破棄なぞをやらかしたせいで、無駄に忙しくなったのだから困ったものだ』と」
……つまり、アトルシャンは父親の不興を買ったってことね。それなら次期公爵の座は危ういかも……うーん。公爵夫人の座は惜しいから一応キープだけはしておくけど、他の嫁ぎ先を探すべきかもしれないわ。
サーラお姉様の婚約が駄目になったのは、あくまでもアトルシャン一人のせいであって、私に責任はないもの。有責になったのは彼だけっていうのはそういうことよ。
アトルシャンも、今まで引き続いた婚約破棄をした男性陣も、責任は全て彼らだけにある。彼らが勝手に私に同情して一方的に私に惚れ込んで、勝手な判断で婚約を破棄し皆からの評価を下げた。ただそれだけの話。
私は何にも悪くないわ。彼らの好意を受け取りはしても、「あなたを愛しています」「結婚したい」「婚約者と別れて私と……」みたいなことは一切言っていなかったのだから。ちやほやされることは快感だったけれども、単なる取り巻きでしかなかった中位以下の貴族たちの婚約なんて、正直どうなろうと知ったことじゃない。
うるさいお姉様たちには「あなたの口からはっきり、『婚約者を大事にしてあげなくては』と彼らに言ってあげなさい」「王女たるもの、節度を保たなくては駄目よ」と何度も言われたが、「彼らの好意を無下にするなんて、そんな酷いことはできませんわ……!」と涙を見せれば呆れつつも引き下がってくれた。今思えば、婚約者に大事にされていなかったサーラお姉様には割と切実な問題だったのかもしれないけど。ふふふっ。
ただそれはそれとして、アトルシャンのケースだけは今までとは違った。彼は取り巻きでも何でもなく、公爵家嫡男で嫁ぐ相手としては最良だし、何よりサーラお姉様の婚約者ということもあって、私の側に婚約を壊そうという明確な意思があったことは否定しない。それでも言質は取られないようにはしていたから、アトルシャンももっと上手く立ち回ってくれるかと思ってたのに……期待外れだったわね。
さてそうすると……自室に戻った私は、脳内で目ぼしい男性をピックアップしてみる。
とは言えアトルシャンが消えた今は、もう有力候補は数えるほどしかいない。未婚の高位貴族の嫡男となれば仕方ないけれど……選ぶとすれば、シルヴィお姉様の婚約者かしら、やっぱり。ソレイユの婚約者は私の同級生で、見目はいいから何かと学園でも仲良く過ごし、私に惚れ込んでもいてくれるみたいだけど、こちらにとっては取り巻きの一人に過ぎない。婿入り予定でなくとも伯爵家の三男なんて、結婚相手としては問題外でしかないから。
「よし、そうと決まれば……!」
嬉々として次なるターゲット━━ツィルト家嫡男エリックと接触する方法を考え始めた私は、肝心なことには何も気づいていなかった。
━━明確に有責にはならなかったとしても、国内貴族の数々の婚約を台無しにした原因であり、とうとう王家と高位貴族の縁組までを破談にした私を娶りたいと思う家など、既にどこにも存在していないということに。
それから半年が経ち━━
「え、サーラお姉様が帰国?」
エリック・ツィルト陥落計画がちっとも進まず、イライラしてストレスが溜まっていたところに、思わぬ話を聞いてすっとんきょうな声を上げてしまった。
どういうことだろう。アクティは蛮族の集まりなのだから女性は所有物扱いされるに違いないし、当然帰国なんて許されるはずもないだろうから、お姉様の顔はもう一生見なくて済むと思っていたのに……
(……あ。でも、たった半年で帰国なさるということは、アクティ王に嫌われて離縁されてしまったのかも……)
そうだ。アクティは野蛮な国だもの。何かと厳格で口うるさくてお高くとまっているサーラお姉様が、そんな国の王となんて反りが合うはずもない。
ふふふっ、あの完璧なお姉様が、離縁されて傷物になって帰国だなんて。いい気味だわ、とても素敵。
内心だけで悦に入っていたつもりが、少しばかりこぼれてしまったらしい。
「随分と悪い笑顔ね、シャルティナ。天使のような王女様のイメージが壊れるから、鏡を見て確認しておいた方がいいわ。まあ、今更壊れて困るイメージなんてどこにもないかもしれないけれど」
……シルヴィお姉様の毒舌が飛んできた。相変わらず優しくないし物言いが可愛くない。
「聞こえているわよ。相思相愛の婚約者を奪おうとあれこれ画策してくる妹に対して、優しくしてあげるべき理由なんてどこにあるのかしら?」
「そ、そんなこと……! 誤解ですわお姉様! 私はただ、未来の義兄となるお方と親しくなれればと思っただけで━━」
「本来もう一人の『未来の義兄』だった某公爵家嫡男は、すっかりあなたに首ったけになってサーラお姉様と婚約破棄までやらかしたわねえ。お陰で彼は嫡男から外されて、国外の親戚のもとに送られたそうだけれど……優しい優しい第三王女殿下なら、友人のよしみで手紙のやり取りくらいはしてさしあげているのよね?」
「そ、それは……!」
そんなことをするはずがない。公爵家嫡男ではなくなったアトルシャンなどを気にかける暇があるなら、ツィルト侯爵家に嫁ぐための算段をつけた方がよほど有意義だ。
そのためには目の前の次姉を蹴落とさなくてはいけないのだが、これが予想外に難航している。
私やサーラお姉様の姉妹だけあって、シルヴィお姉様もそれなりに美少女だが系統が違う。天使や女神といったこの世ならぬ存在に喩えられる私とサーラお姉様は、いわゆる高嶺の花である一方、シルヴィお姉様やソレイユの美貌は地に足のついたものと言えばいいのか、身近にある存在が比喩に使われることが多い。シルヴィお姉様なら猫で、ソレイユは人形のような容姿とよく言われている。
……そう言えば、ツィルト家の面々はそろって愛猫家だと、いつだったかサーラお姉様が言っていた気がする。私のターゲットである嫡男もそうなら、女性も猫タイプが好みということになるのだろうか。……何だか変態っぽい気がしてならない。
「何にしても、お姉様のご帰国にスキャンダル要素は何もないわよ。旦那様のお仕事を兼ねた里帰りと新婚旅行ですって」
「…………は? 旦那様、って……アクティ国王と、ですか?」
「違うわ。お姉様はアクティの外務大臣でもあるアリフ第三王子の妃になったの。……説明が必要そうね」
と、シルヴィお姉様はアクティの後宮制度と恒例行事である集団お見合いについて説明してくれた。
……つまり私は本来、国王の側妃ではなくて王子妃候補だったということか。だとしても、砂漠の蛮族に嫁ぐなんて絶対にお断りだけど。
「まああなたならそうでしょうね、シャルティナ。ただその割に、自分に替わって嫁いだサーラお姉様に対して、罪悪感や謝罪の意思をあなたが微塵も持っていなさそうなのが、正直とっても薄情に思えるわ。我が異母妹ながら」
「っ……! シルヴィお姉様! それはお姉様が私を、明らかな偏見の目でご覧になっているからで……!」
「偏見、ねえ……そういうことにしておいてもいいけれど。ともあれお姉様の帰国は半月後だから、くれぐれもお姉様とアリフ殿下に失礼な真似はしないよう気をつけなくては駄目よ。お姉様とあなたが交代したのはアクティにも知られているでしょうから、むしろあなたは姿を見せない方がいいかもしれないけれど」
「嫌ですわ! 王子殿下がいらっしゃるとなれば、王宮で歓迎パーティーをするのでしょう? サーラお姉様も出席なさるなら、妹たちが勢揃いで迎えてさしあげるのが筋というものではありませんか」
ここ半年ほどは何故か、王宮以外での夜会にほとんど出させてはもらえず、そのせいでエリックとの接点がなかなか作れなかったので、挽回を図る絶好の機会は逃せない。
恐らくシルヴィお姉様がエリックの横にべったり張り付くことになるけれど、それについてはどうとでもなる。「お父様がシルヴィお姉様をお呼びよ」とでも言えば逆らえるわけもないのだし。
そんなことをあれこれ考える私を、シルヴィお姉様は呆れた目で見ていたが。
「それなら好きにすればいいわ。あなたのことだから、出たいと思えばお父様におねだりして強引にでも顔を出すでしょうし。間違ってもろくでもない騒ぎは起こさないことを肝に銘じておくのよ」
ろくでもない騒ぎだなんて失礼な、と思う。
私が全力で魅力をアピールしても、エリックが見向きもしてくれないとしたら強硬手段を考えなくはないが、いくら何でもそうなるかも分からない段階からごり押しをしようなんて思わない。
全てはパーティーでのエリックの反応次第。そう思っていたのに━━まさかあんなことになるなんて、この時の私は想像すらしていなかった。
見た目は天使なのに中身はこれなので、壮大な見た目詐欺のシャルティナ。
今更そんなものに騙される家族は父親だけの模様。
ただ人間どうでもいい天使も普通にいるので、シャルティナはそっちタイプかもしれない。天使にあるまじき俗物さが何より問題ですが。




