表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の明と暗  作者:
第一王女サーラベル編
4/7

顔合わせでの出来事

サーラベルサイドその2。

アクティ王国に関する説明が多めです。

 砂漠の国アクティの王宮に到着したのは既に夜だったため、そのまま夕食と入浴を終え休ませてもらったサーラベルは、翌日の昼間に国王とその息子たちとの顔合わせに挑むこととなった。

 アクティ国王は既に五十代で、イサーク王よりもかなり年上のはずだが、ゆったりした服でも隠せない鍛え上げた体に、勇猛果敢な部族を多数従える長特有の覇気に満ちた空気をまとう姿は実に若々しく、実年齢より十歳以上は若く見える。

 その隣にはこれまた年齢を感じさせない女性がおり、一見シンプルながら品のよい装いに身を包み、臈長けた美貌に余裕に満ちた笑みを浮かべながらサーラベルを含む()()()()()()()━━いずれもアクティの古い作法に倣い、黒いヴェールで顔を隠しているが━━を楽しげに品定めしている。わざわざ確認するまでもない、彼女がアクティ国正妃だろう。

 同席する王子たちは五人おり、うち王太子である第一王子と第三王子、第四王子が正妃腹だとサーラベルは記憶していた。


(王子はもう一人いるけれど、第六王子はまだ十歳にもならないからこの場にはいないのでしょうね)


 ヴェールの陰から周囲を観察しながら、頭の中で家系図を描く。

 歴代アクティ国王の妃の上限は五人まで。例に漏れず現王の後宮にも正妃を筆頭に五人の妃が既にいる。

 彼女たちが産んだ子女はそれぞれ、

○正妃…第一王子(王太子)、第三王子、第一王女、第四王子

○第二妃…第二王女、第五王子(双子)

○第三妃…第二王子

○第五妃…第六王子

 となっていたはずだ。

 第四妃には子がいないが、彼女はもともと他国から嫁いできた正妃付きの騎士であり、実質的には後宮における警備隊長としての役割を果たしていて、後宮に常駐するための名目上の肩書きとして妃を名乗ることを許されたのだとか。……それを知ったサーラベルは、アクティは随分と融通の利く国になったものだと感心したくらいである。


 そして今回、サーラベルたちという新たな妻候補が選ばれたのは他でもない。アクティ国内で女性騎士団を作れる土壌が整ったため、第四妃が正式に妃の座を返上することが決まり、その欠員補充のために各国の女性が妃候補として集められた……というのは、事実ではあるが表向きの一面でしかない。

 実際のところは、既に成人済みだというのになかなか身を固めようとしない第二王子以下の王子四人と、妃候補たちとの集団お見合いが主目的なのである。これはアクティ国においてはここ三代に渡って行われ、恒例行事となりつつあるイベントだった。勿論、王子たちの未婚率にもよるけれども。

 ちなみに縁付くことがなかった妃候補たちは、国王か正妃が後見人となり、新たな結婚相手を探すか女官のような仕事につくかを選ぶこともできるのだとか。王子と女性たちの双方が合意すれば、複数の候補を一人の王子が娶ることも可能だが、実際そうなった例はないらしい。

 その他、王や王子にどれほど望まれようとも、妃候補が強く望めば帰国させてもらえるのが原則という話だけれど、いわゆる厄介者として国を追い出されたような女性の割合が多いため、こちらも前例は皆無とのこと。サーラベルとしては、そのような女性の救済も狙いつつ外部の人材を取り込む一石二鳥を狙っているのだろうと考えていた。


イサーク(我が国)だとシャルティナはそれには該当しないけれど……アクティからの話が来た時点で、婚約者がいない王女はシャルティナだけだったものね)


 末妹ソレイユは母方の伯爵家を継ぐ関係上、姉妹の中で最も早く婚約が決められていたのである。

 アクティへの偏見はなくとも、愛娘を遠くにやりたくなどない父王としては苦渋の決断だったのだろうが……それにしても、確定ではないにせよ、王の妻ではなく王子妃となる可能性を教えもしないのは親としてどうなのか。

 一応姉であるサーラベルとシルヴァーナは、姉として異母妹に訂正と説明をしようとはしていた。けれど基本的に他国に嫁ぐこと自体を(いと)っており、アクティ国に至っては名前を聞くことも泣いて嫌がるシャルティナなので、どうやっても無理という結論を出さざるを得なかった。


(最初からお父様がしっかり言い聞かせてくだされば……というのも難しいか。お父様はシャルティナの涙にとてつもなく弱いし)


 王妃や側妃たちも頭を悩ませる、父王最大の弱点がそれだった。

 ただ、あまりにも迂遠に過ぎるアクティ側のやり方にも、一言と言わず物申したい部分は山ほどあるけれども……他国から見たアクティのイメージは未だに「砂漠の蛮族」だから、致し方がない部分はあると呑み込んでおくべきか。


(とは言え、その「集団お見合い」の件を、候補(当事者)の何人が正確に把握しているかは知りようがないわね)


 推測だけはできる。見る限り、明らかに沈んだ気配を漂わせているのが二人で、沈んではいないものの諦観している風情なのが一人。

 他、サーラベル以外のうち二人は、ヴェールの下からさりげなく王子たちを品定めしている様子で、彼女たちは正確なところを察しているか調査済みかのどちらかだろう。もしくは、正式に妃になった後、国王にねだってお目当ての王子に下賜してもらうことを目論んでいるのかもしれないが。


(いずれにせよ強かではあるわ。なかなか見所があるかも)


 そして残る一人は、明らかに国王に意識を向けており、興味津々なのが非常に分かりやすい。

 おじさま趣味なのかしら……と考えていたサーラベルは、不意に自分に強い視線が向けられたのを感じた。


(……?)


 なるべく悟られないように体は動かさず、目だけを彷徨わせる。


 視線の主はすぐに見つかった。他の王子たちと同じくターバンを巻き、緩めた襟元から褐色の胸板を覗かせる男性。父親と同じく夜闇のごとき漆黒の髪は、おそらく母親譲りの質をもってさらさらと肩を滑っている。

 二十代半ばほどだろう、端整を極めた冷たいまでの美貌の彼は、一見無関心そうな雰囲気で肘掛けに頬杖をついていながら、これまた父親そっくりの黒曜石を思わせる瞳に、何か強烈な感情を宿らせてこちらを見ていた。

 猛獣に狙われる獲物になった気分で、サーラベルは震えそうになるのをどうにかこらえ、平静を保とうと必死に努力する。


 さまざまな思惑が交錯する中で、最初に口を開いたのは正妃だった。


「さて。妃候補の皆様におかれましては、遠路遥々(はるばる)ようこそおいでくださいましたわ。皆様とても緊張していらっしゃるようですから、まずはわたくしからこの場の趣旨についてご説明いたしますわね」


 と、集団お見合いの件がよどみなく朗らかな口調で述べられていく。

 その間も問題の王子の視線はサーラベルから片時も離れることはなく、何とも言えない居心地の悪さを感じた。

 ……よく考えれば、今までの自分の態度は他者からするとおかしなものだったのかもしれない、とようやくサーラベルは自覚する。

 他の六人のように落ち込んだり諦めた様子はなく、国王や王子を値踏みするでもない、どこまでもフラットな心境でいる彼女は、アクティ側からすると異質な存在に見えてもおかしくはないのは確かだ。


(やってしまったわ……でも、今更よね)


 平常心でいたせいで逆に悪目立ちしてしまったかと後悔したものの、今となってはどうしようもないので開き直ることにする。

 それに、サーラベルは本来ここにいるはずの第三王女でなく第一王女だというのも、王子からすると目をつけておくべき理由なのかもしれない。アクティに嫁ぐ段階で妹と姉が入れ替わった例が過去にあったかまでは、時間が足りずに調べられなかったため、こればかりは判断しようがなかった。


 そんな風に考えているうち、説明を終えた正妃が居並ぶ王子たちを紹介していく。

 いずれ劣らぬ美男揃いの中、問題の王子は第三王子アリフと判明した。正妃の息子として王太子に次ぐ立場とされる彼は二十五歳で、現在は外務大臣として精力的に働いていると耳にしている。「『蛮族の国という対外的なイメージを払拭するのに忙しくて、妻を探す暇などない』の一点張りで、孫の顔を見せてくれる様子が全くないのがとても悲しいのですわ。本当にこの子ったら」ととてもわざとらしく言う母親に、アリフは呆れて突っ込みを入れた。その隣では王太子も苦笑している。


「母上の孫なら王太子である兄上の子供たちが既にいるでしょう。そちらを軽やかに無視なさらないでください」

「無視などしていないわ。今いる子たちは勿論とても可愛いけれど、実の孫だろうと義理だろうと、可愛い孫はいくらいてもいいものなのよ。ねえあなた?」

「うむ。その通り」


 とりあえず、アクティ国王一家の仲がとても円満であることは傍目にもよく分かった。もともとは部族単位で統治されていた地域を取りまとめてできた国だけに、今でも身内の結束はとにかく強いと聞いてはいたけれども。


 王子たちの紹介が一通り終わると、今度は女性側に移る。緊張を解くためという名目で、正妃があれこれ質問していく形式だが……何故かいきなりサーラベルが名指しされた。


「イサーク王女サーラベル殿下。本来我が国にいらっしゃるのは、妹君のシャルティナ殿下と伺っていたのだけれど……何故第三王女ではなく第一王女のあなたがいらしたのか、不躾ながら教えていただける?」


 妃候補たちが、程度の差はあれ驚愕したようにサーラベルを見る。一方のアクティ王族たちは平然としたものなので、少なくとも入れ替わりの事実だけは周知されていたようだ。

 もっとも、隠す理由は特にない。純粋な事実だけをいつものように淡々と述べる。


「恥ずかしながら、異母妹シャルティナはわたくしの元婚約者、グレンダル公爵子息アトルシャンと思い合う仲となってしまいまして。彼とはそれなりに長く婚約しておりましたけれど、どうやら可愛げの欠片もないわたくしよりも、可愛げの塊のような妹の方が彼の好みに合っていたようなのです。『どうしてもシャルティナでなければならない公爵子息に対し、アクティに嫁ぐべきはあくまでも「王女」であってシャルティナである必要はない。ならば、サーラベルが代わってかの国に嫁げば丸く収まるであろう』というのが、父イサーク王の言でございます。わたくしの母は勿論、王妃様も大反対してくださいましたが、最終的にはわたくしが了承する形でこちらへ参りました」

「まあ……失礼ながら、イサーク国王陛下は国王としてはそれなりに合理的な判断がおできになるのでしょうけれど。娘の父親としては最低なお方ですのね?」


 的確すぎる正妃の言葉に、サーラベルはヴェールの下で笑みを浮かべた。


「仰る通りでございます。とは言えわたくしも、結婚前から浮気を、それも妹相手にやらかした男の顔などは流石に見ていたくありませんので……彼に関しては、幸せになろうとそうでなかろうと、わたくしから見えない場所でそうなってほしいのです」

「ほう。つまりサーラベル殿、そなたは元婚約者と妹は幸せにならぬ可能性があると思っているのか?」


 何やら楽しげに尋ねてくるアクティ王に、サーラベルはやはり素直に答える。


「この件についてはわたくし当人よりも、父とシャルティナを除いた王家、それに母の実家ツィルト家が激怒しておりますので。グレンダル家には爵位こそ劣れど、ツィルト家もイサーク有数の名家でございます。その二家の間に特大の亀裂を入れた異母妹と元婚約者が、両家から今後どのように扱われるかは……わたくしにはただ、想像しかできませんわ」


 うっかり「楽しい想像」と言いかけたのをどうにか取り繕ったものの、アクティ国王夫妻にはしっかり悟られたようで、それはもういい笑顔を向けられてしまった。

 横手では、その二人の息子であるアリフがくっくっくと楽しげに笑っている。どうやら彼もなかなかの性格をしているらしい。


「アリフ兄上、笑いすぎですよ」

「面白いんだから仕方ないだろう。……しかし、なるほど。『可愛げの欠片もない』というのは納得だな。では、サーラベル殿。その『可愛げの欠片もない』という女性の素顔を、そろそろ見せてはもらえないだろうか?」


 明らかな挑発であると同時に、「ヴェールを取れ」という言葉は即ち、これから全力で口説かせてもらうという宣言でもある。そして女性が応じて顔を晒せば、口説く権利を与えるということになるのだと先ほど説明された。あくまでも権利を与えるだけであって、その後は受け入れるも拒否するも女性側の自由ではあるのだけれど……いささかどころでなく性急すぎる気がして、サーラベルは首を傾げつつ尋ねる。


「失礼ながらアリフ殿下。他にも六人もの候補がおいでですのに、皆様とお言葉を交わすこともなくわたくしをご指名なさるのは、大きな後悔の元となるのではございませんか?」

「そうはならない。先ほどからずっと見ていたが、君ほど冷静で肝が据わっている女性は他にいないからな。父上や我ら兄弟に対して、いい意味で興味がなさそうなところも実に面白い」

「まあ。悪趣味でいらっしゃいますわね」

「その毒舌も好きだ。むしろ、物理的に口を塞いでやりたくなる」

「なっ……!」


 自らの下唇を親指でなぞりつつ、それはそれは艶っぽく微笑むアリフに、不覚にも絶句したサーラベルだった。

 婚約者持ちの王女と言えども妙齢の美姫だ。イサークにいた頃は、完全な社交辞令から本気すれすれの口説き文句に至るまで、国内外問わず数多の男性から飽きるほど聞かされてきた経験がある。

 けれども、これほどあからさまな態度を向けられた覚えはどこにもなくて……第一王女という立場と、内情はどうあれ婚約者という存在による防御力を今更ながらに思い知った。

 とは言っても……ゆったりと立ち上がり、目の前まで歩いてきたこの男性が、婚約者がいる程度のことで欲しいものを諦めるとも思えないが。


 女性としては長身の部類に入るサーラベルよりも、更に頭一つ分高いところから見下ろされ、思わず一歩後ずさる━━が、すっと伸ばされた大きな手がヴェールの端を捉え、口元まで持ち上げて恭しくそこにキスをした。


「……サーラベル姫。俺の求愛を受けてくれるか?」

「〜〜〜〜〜っ!!」


 目の前で、蕩けるような顔と声でそんなことを言われては、サーラベルには最早どうしようもない。


 ━━まずい。やられた。この人に捕まったら絶対に逃げられない。


 理性が数々の警告を発してくるけれど……


「………………か」

「か?」

「……考えさせて、くださいませ……!」


 と、保留を願う言葉を紡ぐのがやっとであった。


 ━━おかしい。わたくしって、こんなに簡単な女だったかしら……


 自問してはみるものの。


「ふふ。やはり可愛いな。可愛げのないところを含めて、全てが」

「……お口が上手すぎますわ」

「失礼な。全くの本心だぞ」

「「「だろうな」」」

「「「でしょうね」」」


 それぞれ、国王と兄王子二人、弟二人に母正妃が全力で同意してくれて。

 サーラベルの顔は、ヴェールの下で耳まで真っ赤になったのだった。


「では今夜、俺の宮で一緒に食事をしようか。素顔はその時に見せてくれ」

「……見るだけ、ですわよね?」

「勿論だ。今夜は、な」




正妃様以外の女性陣が全員ヴェール着用のため、全体的に華が足りない回となりました。まあ正妃様もばっちり美人なので問題ないかもしれませんけど。

予想外にサーラベルが純情で、素直に顔を見せてくれなかったのが敗因です。残念。


サーラベルみたいなタイプを娶るなら、やっぱり同年代より年上ですよね(偏見)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ