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婚約破棄の明と暗  作者:
閑話1
15/15

アクティ王国の年越し

新年明けましておめでとうございます。

読んでくださる皆様へ、アクティ王国の年越し模様をお送りいたします。

最後の方はR15要素あり。

 ○マナ&スラン


「皆様、どんちゃん騒ぎに忙しいようですね」

「そうだねえ。だからこそ俺たち警備の仕事が重要になるんだけどさ。年越し間際のタイミングで忍び込んでくる連中も割といるし。実際みんな酔ってるから狙い目ではあるもんなあ」


 一仕事を終え、中庭に面したテラスから大広間の様子を窺いつつ誰にともなく言うマナに、予想通りののほほんとした声がかかる。言葉の内容はあまりのほほんとはしていないが。

 振り向けば、そこにはいつもと同じく軽装のスランの姿。アクティには他国のような騎士は存在しておらず、従って騎士服もない。王族や大臣を守る護衛官や王宮と関連施設の警備に当たる警護官には、国花である薔薇の複雑な紋章が刺繍された上着(ジャケット)とローブが支給され、その装いが身分証明となる。ちなみに色合いは、護衛官が黒地に白薔薇、警護官は逆に白地に黒薔薇と区別しやすくなっている。

 スランは基本的にいつもジャケット姿で、本人いわく「ローブは儀礼用にしてる」とのことだった。


「酔ってないどころか完全に素面な人が何か言ってますね」

「マナちゃんだって同じだろ。その足下に転がってる連中、ちゃんと生きてる?」

「麻痺してるだけで生きてますよ。スラン様こそ、一暴れしてきたように見えますけど?」


 スランは怪我どころか服に汚れもなく息も切らしていないが、マナの感覚に何となく引っかかるものがあったので尋ねれば、彼は軽く肩をすくめて肯定した。


「見回りしてたら五人ほどね。とりあえず気絶させて武装解除してから尋問官のところに放り込んできた。そっちのも回収しようか?」

「どうぞ。ただ少々拍子抜けする弱さでしたから、別動隊の精鋭を隠すための囮かもしれません」

「あ、そっちも? 俺の方もそうだったんだよねー。っと、借りるよ」


 言うが早いか、スランはマナの手から小ぶりのナイフを奪い、目にも止まらぬ速さで庭の一角へ投擲した。

 十三夜の月の下、光を弾かぬ刃が夜を切り、苦悶の声と重い何かの倒れる音を誘発させる。


「よし、手応えあり。ちょっと様子見てくるから、マナちゃんは周囲を警戒しててくれる?」

「分かりました。気をつけて」

「仕事絡みだと優しいよねえ、マナちゃんは」


 軽く笑ったスランは、やはり普段と変わりなく余計な一言を付け加えて月夜の庭に出ていく。

 その隙のない広い背中を見送りつつ、マナは周りの気配を探ることに神経を集中するのだった。




 ○イリーシャ&カラム


「年越しの宴が夜半過ぎまで続くのは、どこの国でも一緒なのでしょうが……アクティの新年の始まりは、いい意味で独特なのですね」

「そうだね。その年の平穏を願う我が国独自のイベントではあるが、イリーシャ嬢が気に入ってくれたのなら俺としても嬉しい」


 悪目立ちしない程度にドレスアップしたイリーシャに、こちらも礼装のローブを着たカラムが穏やかに微笑む。


 年末最終日から新年一日目という特別なタイミングで開かれる宴には、イリーシャも貴族令嬢の一人として招待されていた。

 日付が変わる三十分ほど前までは、どこの国でもよくある賑やかなパーティーだったけれど、それ以降は新年を迎えた瞬間を見据え、神官が月と星に祈りを捧げる儀式の準備が始まった。

 砂漠が国土の大半を占めるアクティにおいて、何よりも大切かつ切実な問題が降水量の少なさだ。二代前の国王の時代から井戸掘削事業や水路の整備が進められ、都市部や村落への供給は安定するようになったが、根本的な話、雨や高山への降雪が少なければたちまち致命的な事態となる。

 空からの安定した恵みを得るため、アクティでは新年を迎えた午前零時から、いわゆる雨乞いを国全体で行うのが慣例であり恒例なのだとか。

 それまで飲み食いや歓談、ダンス等に興じていた出席者たちが、年明けの瞬間が近づくにつれ酔いなどなかったように敬虔な雰囲気をまとうさまは、ある種の荘厳さを感じさせた。


 天井が開け放たれた大広間の中央、魔法陣を思わせる刺繍の入った大きな絨毯が敷かれ、その中にしずしずと足を踏み入れたのは神官である第一王女クラセナ。身にまとう神官のローブは、裾に行くにつれ純白から黒へと見事なグラデーションを描く神秘的なもの。繊細な金糸と銀糸に派手ではなく彩られたそれは、半透明のヴェールの向こう、クラセナの紡ぐ祈りに応えるがごとく、月光を浴び輝きを増していく。


 ……ほう……


 さして長くはない儀式が終わり、クラセナが退出した後も、イリーシャの心には先ほどの光景が焼き付いていた。思わず溜め息がこぼれるほどに。

 そんな彼女を眼鏡越しに飽かず見つめるカラムは、上司(アリフ)(スラン)が見れば軽く驚くだろう程度には優しく愛情に満ちた顔をしている。

 やがて我に返ったイリーシャは、肝心の仕事を忘れ去っていた自分を恥じつつ周囲を見回す。


「あ、ええと……サーラベル殿下は━━」

「アリフ殿下とご一緒に、先ほど部屋へお帰りになったよ。夫婦水入らずで過ごされるだろうから焦らなくとも━━おっと、新年の儀式の後で『水入らず』という表現はまずかったか」

「まあ、カラム様ったら」


 冗談めかした言い方にころころ笑う。

 確かにサーラベルからは、パーティー後はゆっくり休むようにと言われていたし問題はない。ただ、新年の挨拶を敬愛する主人にできなかったのは少々悔やまれるところではあるけれど━━


「あ……そうだわ。新年おめでとうございます、カラム様」

「イリーシャ嬢も新年おめでとう。君と出会って初めて迎えた年だが、お互いにいい年になるよう頑張ろう」

「はい。よろしくお願いいたします」


 それからカラムに自室まで送り届けてもらったイリーシャは、ベッドの中で眠れずにいた。

 初めて目の当たりにしたアクティの新年の始まりに興奮しているのも事実だが、それよりも━━カラムとの別れ際、恭しく手の甲に落とされたキスがどうにも頭から離れない。


「どうしたのかしら、私……手の甲にキスされたのなんて、別に初めてでもないのに」


 それこそ元婚約者兼幼馴染のホルトは騎士を目指していたから、子供の頃に騎士ごっことして何度かされたことはあった。

 けれど、思えば年頃になってからはめっきりご無沙汰だったので、そのせいでこんなに動揺しているのかもしれない。カラムは騎士でもなければ武官ではないし。


「……それならどうして、カラム様は私の手にキスを?」


 彼がある種の好意をイリーシャに抱いてくれているのは分かる。だがそれがどの種類の好意なのかまでは分からないし……まだ突き詰めて考える勇気はない。


「今年中には、どんな好意かを聞ければいいな」


 それを知りたいと思う事実が何を意味するのか、薄々自覚してはいるものの、深く考えることは後回しにして目を閉じるイリーシャであった。




 ○サーラベル&アリフ


「ん……」


 目が覚めたサーラベルは、微かに聞こえる音に惹かれて身を起こし、ベッドを出て夫のローブを怠さの残る体に羽織った。

 冬の夜明けの寒い時間、温かい腕の中から出るのは少し惜しいけれど、夫の残り香に包まれると自然に笑みがこぼれる。


 窓に歩み寄りカーテンをめくれば、冬枯れの庭園にしとしとと優しく雨が降っていた。


「まあ……」


 恵みの儀式に天が早々に応えてくれたのだろうか。

 とても素敵だと思いながら外を眺めていると、不意に後ろから愛しい腕に抱きしめられた。


「こら。新年早々、夫をベッドで一人にするのか?」

「アリフ様……おはようございます。外をご覧くださいませ。新年の雨ですわ」

「そうだな。それはとても嬉しいしめでたいが、愛しい妻に腕の中から抜け出された悲しみを補うには弱すぎる」

「あら、アリフ様はいつになく甘えん坊ですのね」


 サーラベルのくすくすという笑い声が途切れる。


「んっ……」


 徐々に深まる口づけは、眠る前までの情熱的な時間を想起させるもので……


「体が少し冷えているな。温め直してやる」

「はい……」


 大事そうに横抱きにされたサーラベルは、アリフの胸に身をゆだねて寄り添い。


 アクティ第三王子夫妻の寝室は、冬の雨による寒さをよそに、新年も変わりなく甘い触れ合いで満たされるのだった。




お読みいただきありがとうございました。


はい、明らかに文章量の配分がおかしいですね。なのにラストの夫婦のせいで甘ったるさが……長さとしてはマナ&スランの半分、イリーシャ&カラムの1/3未満でこれなので、新婚夫婦の恐ろしさを垣間見ました。

マナ&スランがオードブル後のお茶、イリーシャ&カラムが年越しそばとするなら、サーラベル&アリフは砂糖マシマシのお汁粉です。雑煮はどうしたというツッコミは随時受付中。


サーラベルは彼シャツにしようかとちょっと思いましたが、「冬だし脚が出て寒いから」という理由で却下されました。旦那に無言の圧をかけられたとも言う。

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