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婚約破棄の明と暗  作者:
男爵令嬢エルシー編
14/15

メルク家令嬢の婚約事情

しょっぱなから口が悪い女の子が出ます。苦手な方は回れ右でどうぞ。

 メルク男爵令嬢エルシーは激怒していた。


「ふ・ざ・け・ん・なーーーっ!! 誰が! 誰の! 見劣りしかしない身代わりですって!? ああああもうムカつくーーーっ!! あんたなんかねえ、浮気の物的証拠があるか評判さえ気にしなくていいなら、問答無用でこっちから婚約破棄してやるわよーーーっ!!」

「……はいはい。何と言うか、お疲れさん」


 全力で叫び肩で息をしていると、ことんとテーブルにアップルサイダーが置かれた。

 見上げれば、浅黒い肌をした顔馴染みのウェイターが、どこか神秘的な美貌に何とも言えない表情を浮かべエルシーを見ている。

 いつものことではあるものの、急に恥ずかしくなったエルシーはじわじわ頬を染め、微妙に目をそらしつつこう言った。


「……ご、ごめんなさい。うるさかったわよね……」

「いや。知っての通りこの個室は完全防音だから気にしなくていい。……ただ最近、君はこの部屋を使う頻度が高くなってるだろ? 相当ストレスが溜まってるんじゃないかって心配になるんだよな」


 カフェに設けられた完全防音の一室。エルシーがその存在を知ったのはつい三ヶ月前、王立学園に入学して初めての試験を終えた日のことだった。




『……美味しい……! 何ですか、このケーキ! スポンジのふわふわ加減も生クリームの舌触りも、イチゴの美味しさとそれぞれの味の調和も何もかもが素晴らしいです……! 口の中が幸せすぎてもう、どうしましょう……!!』

『喜んでもらえて嬉しいわ』


 エルシーはその日、第二王女シルヴァーナとその婚約者に連れられ〈カフェ・ロラン三号店〉に来ていた。絶品のショートケーキにふにゃあっと緩んだ笑みを浮かべるさまはとても愛らしく、向かいに座るシルヴァーナとエリックの気分を自然と和ませてくれる。

 国内随一の規模を誇るロラン商会の、王都における直営店であるカフェは、貴賤や老若男女を問わずあらゆる客層に人気だ。が、繁華街に位置するオーソドックスなカフェの一号店、王宮や周辺施設にほど近くテイクアウトメニューも充実している二号店とは違い、三号店は知る人ぞ知る穴場であり、貴族街の片隅にある建物の一角でひっそり営業している。場所柄とその店の性質上、他の二店とは違う穏やかでゆったりした時間を過ごせるのだとか。

 それはシルヴァーナとエリックのような、身分が高く注目の的になる婚約者たちも同様だった。まあ、その二人が注目されるのは目立つ容姿のこともあるけれど。


『他人の目を気にせず過ごせる時間は貴重だし、身内が経営していることもあって気軽に利用できるの』

『それに、この三号店の警備や守秘義務は徹底していますから。その気になれば貴族同士の密談や、人目を憚る恋人たちの逢い引きにも使える完全防音の一室もあるんですよ』

『……それは、一介の貴族の娘に聞かせてはいけない事実だと思います』

『かもしれませんが、そういう判断ができるメルク嬢だからこそ教えておこうかと思いましてね』


 突っ込みを入れるものの、エリックの鉄壁の微笑は微塵も崩れることはなかった。いつもながら何とも食えない御仁である。


 ちなみにシルヴァーナが言った「身内」とは、他でもないロラン商会長一家を指している。シルヴァーナの母ビアンカは現商会長の妹なのだ。

 王女の身内という点では、同じくエルシーも第三王女シャルティナの母方の従妹なのだけれども。


 そのエルシーは学園に入学してからというもの、一学年上のシルヴァーナには、三年生の第一王女サーラベルとともに何かと気にかけてもらっている。

 シャルティナの亡き母シャルロット側妃がエルシーの父方の叔母にあたるわけだが、父と叔母の兄妹仲はさして良好ではなく、妹が国王に見初められたからと言って兄がそこに取り入ろうとしたわけでもないため、エルシーたち姉弟とシャルティナは面識すらろくにないのが現状だった。

 だからこそ、シャルティナと親しくも何ともない自分を彼女の姉姫たちが何故わざわざ気にするのかと、当初のエルシーは疑問で仕方がなかったのだが……「シャルティナの従妹だからと言って、エルシー嬢が問題のある人物だと思われたくはないのよ。特に女生徒たちにはね」と、サーラベルにしては意味の分からないことを言われてしまった。

 幸か不幸か、悪い意味で王女らしくないシャルティナの振る舞いはすぐに目にすることとなったが。




 そう。明らかにあの第三王女の振る舞いはよろしくない。よりにもよって、従妹(エルシー)の婚約者と必要以上に親しくしやがる程度には。


「その! おかげで! 私はあのクソみたいな浮気者の婚約者に、『従妹とは言え、愛しい殿下とは比べ物にならないくらい見劣りする存在だ。まあ身代わりとして我慢できる程度の容姿はしてるが』なんて、とんでもなくふざけた評価をされたの! なぁぁぁーにが『我慢できる程度』よ! こっちは我慢してまであんたに一緒にいてもらいたくなんてないんだからねーーーっ!! 私が入学してから四ヶ月間ずっと、婚約者らしい交流なんか一度もなかったくせにーーーっ!」


 すっかり防音室の常連になった令嬢が再び爆発するのを、ウェイターの青年は苦笑しつつ見守るしかなかった。


(……「我慢できる程度の容姿」って、一応褒め言葉なんじゃないか?)


 と考えていたりもするが。言葉選びが最悪なのは大前提としても。

 実際エルシーは可愛らしい。どんなに可憐な女性でも、怒った顔まで可愛らしいと思えるのはなかなかに希少だと彼は思う。問題の第三王女は天使に例えられる美貌との評判だが、くるくるの茶髪が繊細な美貌を彩るエルシーは花のつぼみの妖精というところか。もう一、二年もすれば、それはそれは美しく花開く姿が容易く目に浮かぶ。

 別問題として口の悪さは否定できないものの、婚約者に浮気されたとなれば無理もないし許容範囲と言えよう。ストレス発散の方法は人それぞれで、エルシーは罵詈雑言を叫び倒すのがその手段というだけの話だ。


 はーっ、はーっと肩で息をするエルシーは、ようやく我に返ったらしく青年を振り向く。先ほどと同じように恥ずかしそうな様子が、いっそ抱きしめたくなるほど素直で可愛い。


「……ええと。いつも見苦しくてごめんなさい、ケネス」

「見苦しい? そりゃ君の婚約者の方だろ。俺はそいつに会ったことないが、少なくとも商売で関わるのは是非遠慮したい相手だってのはよく分かる」


 婚約という極めて重要度の高い契約さえ守れない人間となれば、そういう評価にもなる。ことは信用度の問題だ。


 ケネスの言葉に引っ掛かりを覚えたエルシーは、不思議そうに年上の青年を見上げる。


「どうした?」

「今のはどういう意味なのかと思って……『商売で関わる』っていうのは、普通のウェイターの口から出る言葉としては違和感があるから」

「ああ、それか。……ま、詳しくはそのうちに?」

「いつとははっきり言ってくれないのね。こっちから無理強いするものでもないけど」

「お嬢様がご心配することではございませんので。気長に吉報をお待ちいただけると助かります」


 ウェイターとしても大げさなほど丁寧な口調で言えば、エルシーは予想通りにぷくっと膨れた。


「もう! あなたには散々醜態を見られてるんだから、今になってそういう態度は取らないで。気持ち悪くなっちゃう」

「流石にそれは酷くないか」


 爵位が低くとも令嬢である以上、外面ならばいくらでも取り繕えるだろうに、色々あったからとは言えこうして素の顔を見せてくれるのだからたまらない。


(━━たぶん、国王陛下も亡きシャルロット妃のこういうところに骨抜きにされたんだろうな、きっと)


 若干不本意ながら共感できてしまうケネスであった。


 それからしばらくして、帰っていくエルシーを見送りつつ、ケネスは不敵な笑みで決意を固める。


「さて。まずは裏取りか」




「……へ?」


 半月ほどが経った日のこと。

 父メルク男爵から予想外にもほどがあることを告げられ、エルシーは間の抜けた声を出す羽目になった。


「聞こえなかったか? サール子爵家の経済状況の悪化に伴い、あちらとの合同事業継続がめでたく不可能となった。嫡男ギヨーム殿の不祥事もあって、お前と彼との婚約は無事に破棄されることになったわけだ」

「……お父様。『めでたく』だの『無事に』だのと、もう少し本音は隠すべきだと思います」

「固いことを言うな。もともとエルシーとあちらの婚約は、知っての通り亡き先代たちが勝手に決めたもので、我々夫婦は不本意でしかなかったんだ」


 実のところ、メルク家とサール家との縁組は本来、エルシーからすると祖父に当たる先代の頃に結ばれるべきものだった。だが、当時サール家に嫁ぐはずだったシャルロットがよりにもよって国王に見初められたため、両家の縁談はその子世代、つまりエルシーとギヨームにスライドすることとなったのだ。

 先代メルク男爵とサール子爵は単に、親友同士の約束を守りたかっただだけなのだろうが、父親同士が親友であろうと、その子や孫たちの気が合うとは限らないのに。


「現子爵は人柄だけなら悪くはないが、未だにシャルロットに未練があるようで、二十年近く前のことをことあるごとに愚痴ってくる。正直あまりにも鬱陶しいから、これを機会に付き合いを絶とうと思っているところだ。大体、愚痴を言いたければ私にではなく国王陛下に申し上げればいいものを」

「……お父様のお気持ちは分かりますが、いくら何でもそれは不可能かと」


 シャルロットを思う男二人で酒を酌み交わす形になればいいが、そうなる保証はどこにもない。

 それはそれとして、元婚約者ギヨームがシャルティナに夢中になっているのは、女性の趣味が父親に似たということなのだろう。シャルティナの容姿は亡き母に生き写しだというし。


「……あら? うっかり聞き逃すところでしたけど、ギヨーム様の不祥事って?」

「ああ、それか。彼は高級娼館の娼婦に入れあげていて、通う金欲しさにサール家の金に手をつけたんだそうだ」

「……………………はぁ!?」


 予想外の更にその上が来た。

 高級娼館通いとは……一応ギヨームは十八歳で成人してこそいるが、まだ学生の身で一体何をやらかしているのやら。


「問い詰めたところ、『その娼婦は第三王女殿下に声が似ていたから』だの何だの言っていたが、家の金を使い込んだ言い訳にはならん上に、結局は浮気に窃盗を添えた阿呆でしかない。そういうわけでエルシー、お前は晴れて自由の身だ」

「は、はい。それは嬉しいですけど……」


 何だか釈然としないエルシーであった。


「ところで、どうしてその浮気と窃盗の二枚重ねがお父様にまで伝わったんですか?」

「ロラン商会からの情報だ。あちらがサール家との取引を見直すに当たり、改めて子爵一家の周辺事情を探った結果、メルク家の娘の婚約者について見過ごせない事実が出てきたからと律儀に注進しに来てくれたのでな。勿論、証拠つきで」

「ロラン商会が……」


 まさかとは思うが、ギヨームとその娼婦はあの三号店で逢瀬を重ねていたのだろうか━━そんな嫌な疑惑がよぎった。

 もしそうなら守秘義務どこ行った、ということにもなる。

 あまりにもあれこれが気になりすぎたエルシーは、父親と少し話し合ってから、急いであのカフェへと向かった。




 そして、ケネスを問い詰めた結果は予想通りのものだった。


「ギヨーム・サールが娼婦とここに来たか、って? さあ……そもそもこの店、客の身元をわざわざ探ったりしないからなあ。何かの偶然で知り得たとしても、犯罪に関わるわけでもないなら余所(よそ)に情報提供したりはしないと断言できる」

「━━余所に情報提供することはなくても、自分たちで有効活用することはあるんじゃないの? ねえ、()()()()()()()()


 そう呼べば、いつも余裕を失わないケネスは軽く目を見開き、ほどなく破顔した。


「バレたか」

「そりゃあバレるわよ。あなた、シルヴァーナ殿下に口止めしてなかったでしょ?」


 十日ほど前にエルシーが確認しに行くと、シルヴァーナはとても楽しそうに二歳違いの従兄について肯定してくれたのである。


「まあ、あえて隠すつもりもなかったからな。けど、サール家嫡男がこの店に来たことないってのは事実だぜ。あの手の奴は、愛人や娼婦にわざわざ時間使ってあちこち連れ回ったりはしないだろ」

「それはそうね。曲がりなりにも婚約者の私のことも完全放置してたんだから」


 これ以上の説得力はない。別に構われたくもなかったので既にどうでもいいことだが。

 元婚約者の件などよりも、エルシーにとって何より重要なのは目の前の青年だ。

 じいっと見上げてくる彼女に、ケネスは不思議そうに首を捻る。


「どうした? まだ何か気になることでも?」

「違うわ。あなたにお願いがあるの。その……もしあなたさえ良ければ、私と結婚してくれない?」

「……………………は?」


 あまりにもケネスらしくなく、ぽかんと口を開けてしまった。父親以上に有能と名高い次期ロラン商会長でも、逆プロポーズされるという発想は皆無だったらしい。


「駄目? 私は結婚相手としては対象外?」

「いやいやいやそうじゃなく! ちょっと落ち着いて……はいるみたいだな。とにかく、だ。その、貴族の君と平民の俺に身分差があるのは言うまでもないな?」

「それはそうだけど。下位貴族の子女が商家に婿入りや嫁入りなんて、別に珍しくも何ともないでしょ? シルヴァーナ殿下に相談したら、『ケネスはエルシー嬢のことを物凄く気に入ってるから、押せば絶対いけるわよ! 頑張って!』って背中押してくれたし」

「あいつ……王女様がそんな軽々しいこと言ってていいのか……!」


 思わず窓の外、王宮の方を向き従妹に毒づくケネスであった。しっかり思考と嗜好を読まれているのがまた腹が立つ。

 ……実際のところ、エルシーの婚約が破談になった後に、頃合いを見計らって正式にメルク家に縁談を申し込む予定ではあったのだ。それなのにこのお嬢様ときたら、手順というものを完全に無視して身一つで突撃してきたのだから恐れ入る。

 平民側(こちら)からの申し込みだからこそ、各種順番はきっちり守るべきだと考えていたのが台無しだ。


「あ、私の家族のことなら大丈夫。お父様には『次の婚約者は、私が気に入った相手なら誰でもいい』って言ってもらえたし、お母様や弟がもし反対しても説得してくれるって」

「男爵閣下の判断が早すぎる!」


 貴族って何だっけ、という心からの疑問がケネスの頭に浮かんだ。

 ずきずきする頭の痛みをこらえ天を仰いでいると、ぴとっと背中に温かい何かが寄り添ってくる。━━正確には「誰か」だが。


「……エルシー?」


 初めて呼び捨てにすると、服を掴む手にきゅっと力が入った。


「今更だけど……あなたは、誰にも見せられないような私の姿を既に見てるわ。それも何度も……だから、その責任を取ってほしいの」


 明らかに誤解を招く上に脅迫めいた物言いなのに、声が微かに震えているあたり……もうどうしてくれよう、とケネスは思った。

 ふう、と溜め息をつく。


「その言い方は、人聞きが悪いにもほどがあるだろ。……ま、そんな責任なら喜んで取らせてもらうけど」

「えっ」


 小さく上がったエルシーの声はしかし、降ってきた唇に甘く続きを遮られてしまった。

 後ほどそれを聞いたシルヴァーナに、「少々手が早すぎじゃないかしら?」とケネスが苦言を呈されるのはまた別のお話。




 メルク男爵令嬢の婚約破棄から、次なる相手との正式な婚約決定までの期間は約一ヶ月で、社交界で軽く騒ぎになるほど記録的な短期間だった。


「流石はケネス、手際がいい」

「どうかしら。エルシー嬢もかなり押せ押せだったらしいし、相乗効果だと思うわ」


 例によって〈カフェ・ロラン三号店〉でくつろぎながら、それぞれに感想を言い合うエリックとシルヴァーナ。珍しくケネスの顔が見当たらないのは、婚約して何かと忙しくなったからだろう。


「それはそうと、ケネスはエルシー嬢に一目惚れしたってことを伝えたのかしらね?」

「ああ、あれはとても分かりやすかったですね。初めて彼女をこちらに連れてきた時の、ケーキを至福な様子で味わっている姿を目撃したケネスは、仕事モードが完全に外れていましたから。ふふ」


 ケネスも昨年度までは王立学園に在籍しており、一学年上のエリックにとっては可愛くも生意気な後輩だったため、珍しい反応にはなかなか驚かされた。無論、表情には出さなかったけれど。


「いずれ彼らに子供が生まれたら、我が家で働いてもらうのもいいかもしれません」

「……気持ちは分からなくもないけれど、気が早すぎて鬼が笑い死にそうね」

「そうでしょうか? 私はごく頻繁に、シルヴィ様が嫁いでいらしてからのことに思いを馳せておりますが」

「…………またあなたは、すぐそういうことを言うんだから」

「認めても何ら支障のない事実ですので」


 可愛らしく恥じらうシルヴァーナを堪能してから話を変える。


「メルク嬢の学園での評判はどうです? 一応とは言え格上の子爵家との婚約を破棄して、新たに平民との婚約をしたわけですから、口さがなく言う連中もいそうですが」

「いるにはいるわね。でもエルシー嬢本人がとっても幸せそうにしているから、日に日にそんな連中は口を閉ざしていっているわ。それに、どんなに高位の家であれ、ロラン商会を敵に回すほど無謀なことはしないでしょう」


 と当然のように言うあたり、シルヴァーナも適当なところでさっくりと釘を刺しているのだろうとエリックは推測した。


 ちなみにサール家長男の方はと言えば、廃嫡の上に勘当されたという。ただ娼婦に入れあげただけなら、まだ苦しいながらも周囲がフォローしてくれたかもしれないが、家の金にまで手を出し身内を敵に回したのが致命的だった。


「絵に描いたような自業自得だこと」

「全くです。まだ第三王女殿下への愛情()()()を貫くために、婚約破棄を申し出た連中の方が人間としてはマシですね。家にとってはどちらも最悪というのはさておき」

「別に他人の異性の趣味にまで口を挟むほど酔狂じゃないけれど。シャルティナって、長年の婚約者との縁を切っても構わないくらい魅力的なの? 私が女だからか姉だからなのか、その辺りが今一つ理解できないわ」

「私は今一つどころかさっぱり分かりませんからご安心を」




 エリックが遠慮の欠片もなく切って捨てたタイミングで、シャルティナは後宮の自室でくしゃみをしていた。


「……っくしゅん! 嫌だわ、風邪かしら」


 温かいお茶を出すよう侍女に命じてから、考えを巡らせる。

 彼女のもとにはあくまでも親戚としての礼儀から、メルク家よりエルシーの婚約破棄と再婚約についての知らせが入っているが、()()()()()()の縁組など、血の繋がりがあろうとなかろうとシャルティナの興味は微塵もそそらない。そのため早々に意識の外に捨て置かれていた。ケネスの容姿を目にする機会があれば、少しだけ関心は抱いたかもしれないが。

 そんな些事よりも、彼女には最優先で考えるべきことがある。


「そろそろ本気で将来のことを考えなければ駄目ね。アクティに嫁ぐまであと半年くらいだもの……」


 学園で見目のいい男子生徒たちに囲まれるのは気分がいいけれども、現状打破に繋がる収穫は得られていない。そもそもの話、シャルティナが嫁ぎ先として目をつけている侯爵家以上の嫡男で、現在学園に在籍している者は片手の数程度しかいないのだ。当然ながらその全員が婚約者持ちでもあるのだが、今更そんなことを気にする彼女でもない。


 イサークにおいて王女の降嫁が望めるのは伯爵家以上の家である以上、伯爵家嫡男も選択肢に入れるべきと言えばその通りだけれど、シャルティナは国王最愛の王女だ。どうしようもなくなればともかく、他にいい相手がいるのにあえて伯爵家に嫁ぐなど有り得ない。姉たちの嫁ぎ先(予定)がそれぞれ公爵家と侯爵家だから、彼女たちに負けたくないというのも大きいが。

 きょうだいたちが聞けば呆れつつも全力で突っ込まれそうなことを考えながら、シャルティナは自分の未来の婿候補とその攻略方法に真剣に向き合うのだった。




某王女の従兄と某王女の従兄と某王女の従妹が登場する話でした。いとこ大集合でございます。イリーシャもどこかで出せばよかったかも。

シルヴィのフットワークが軽いため、それにほぼ自動的にくっついてくるエリックも出しやすいんですよね。


たまにエルシーみたいな令嬢らしくない令嬢を書くと楽しいです。猫はちゃんと被れるので社交はちゃんとできますが。

立場や属性からするとヒロインにもなれそうなエルシーですけど、特に野心のある子でもなければそれほどお花畑でもないのでそうはならず。むしろ亡き叔母がそっち系で娘に遺伝した疑惑。

将来的にケネスの代でロラン家に爵位(たぶん子爵あたり)が与えられそうなので、結果的に以前の予定通り子爵夫人になって「なんで?」となるエルシーがいるかもしれません。

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