濡れ衣の晴らし方
ちょっと毛色の違う男性被害者ネタ。
直接的なシャルティナの被害者ではありません。むしろ婚約者の令嬢が酷い。
「……一体何がどうなっているんだ、キース」
「僕が聞きたいですよ……」
ミルドレッド伯爵家からの、婚約破棄の旨を記した手紙を受け取った父の言葉に、破棄自体はともかくその理由については全く心当たりのないキースは、額を押さえて天を仰ぐ。
……ついにやらかしてくださりやがったな、あの婚約者は。
キースの元婚約者━━になってしまうだろうマドレーヌはミルドレッド伯爵家の一人娘で、次期女伯爵の座を約束された十六歳の少女だ。
亡き母によく似たややきつめながら整った顔立ちと、伯爵家当主としてのそれなりの才能を併せ持つものの、生来の気の強さとプライドの高さから、細部を詰める作業や事前の根回し等の地味な仕事を嫌う傾向にあった。そんな彼女の欠点を補うべく婚約者とされたのが、一歳年上のルカス子爵家次男キースである。
「そもそもの始めから、ミルドレッド伯爵令嬢様は僕のことを嫌ってましたからね。『容姿も得意分野も何もかも、わたくしの隣に並ぶには地味すぎるわ』だの『その野暮ったい眼鏡が気にくわないのよね。割ってさしあげてもよくてよ』だの、『わたくしの美しさの引き立て役にしかならないあなたに、エスコートなんてされたくないわ。会場に入ってからは離れていて』だのと。あ、『あなたに呼ばれるとわたくしの名前まで地味になる気がするから、今後はミルドレッド伯爵令嬢とお呼びなさい』とも言われましたよ」
「……そんなに酷かったのか。もっと前に言ってくれれば、いくら相手が格上の伯爵家とは言えどうにか婚約解消に持ち込んだのに」
「いやあ、父上のお気持ちはありがたいですが無理だったでしょう。彼女のプライドの高さからすると、格下の僕や我が家からの婚約解消の申し出を素直に受け入れるかどうか。『たかが子爵家の分際で、わたくしとの縁を切ろうとするなんて許さないわ!』みたいなことを言ってくるんじゃありませんか」
「面倒くさいな! 伯爵には失礼だが、明らかに子育てを間違ったんじゃないか、それは」
「同感です」
父子で意見の一致を見たところで話を戻す。
「そういうわけで、単に婚約がなくなるという意味ではあちらからの申し出は願ったりではありますが、問題は勝手に僕の有責にされている点ですよね」
「うむ。『キースがシャルティナ殿下に思いを寄せていると宣言したから』となっているが、当然そんなことはしていないんだろう?」
「まず、僕が第三王女殿下に思いを寄せているなどという事実は存在しませんから、そんなふざけた嘘をつく理由もありません。マドレーヌ嬢かミルドレッド家には、明らかな嘘をつく理由があるようですが」
キースの言葉に、父ルカス子爵はすうっと目を細めた。
「━━キース有責の婚約破棄と、我が家からの慰謝料巻き上げ、か。ミルドレッド伯爵は堅実なお方だから、それほど金に困っているとは考えにくいが……跡取り娘の暴走だとしても、調べてみる価値はありそうだな」
「ですね。父上は全力でそちらを調べてください。僕はツテをたどって、どうにか無実の証明をしようと思います。言った言わないの水かけ論は意味がありませんから、『僕が第三王女殿下を想っていることなど有り得ない』という方向から攻める形で。要は、殿下と僕の接点がなかったことを明らかにすればいいわけですし」
「えらく簡単に言うな……まあそれでも、お前が見込みがあると判断しているなら任せよう。だが取っ掛かりについては教えてくれてもいいだろう?」
「ええ。クラスメイト兼友人を頼るんです」
というわけで、翌日さっそくキースは行動に出た。
昼休みに友人たちへ、話せる範囲で事情を打ち明ける。
「なるほど。第三王女殿下との浮気を婚約者に疑われている、か。随分と厄介なことになっているんだな」
同じクラスの友人、グレンダル公爵家次男アルフォンスは、キースの話を聞いて眉間に皺を寄せた。兄アトルシャンと弟アレクシエルは母親似の甘い容姿だが、アルフォンスは父公爵譲りの、凛々しく整ってはいるが柔らかさに欠ける顔立ちをしており、よく知らない者からするとどうにも近づきがたい雰囲気をまとっている。キースはとうに慣れたもので気にしていないが。
他の面々も反応は似たようなものだが、問題の本質は全員が理解してくれているようだ。ありがたい。
某伯爵子息が確認を取ってくる。
「要するに、キースと第三王女殿下の接点がなかったという証言を集めればいいんだよな? 主に学園内で」
「はい。僕一人だと間違いなく手が足りないので、できれば皆様にもご協力いただけたらと。ルカス家と第三王女殿下は交流自体がないので、殿下と僕の接触があったとすれば学園内しかないというのは明らかですから。ミルドレッド伯爵令嬢の主張も、『キースは学園で浮気をしていた』ということですし……できれば接触の否定だけでなく、僕は浮気ができる性格でもなければ甲斐性もないということにも触れてほしいですが」
本音を言うと一同に苦笑された。
アルフォンスが代表して言う。
「とりあえず趣旨は分かった。何にせよ今回のことは、立派な名誉毀損であり詐欺行為になる。伯爵家もしくはその後継者が犯罪を企んでいるのなら、そんなものは速やかに潰すのがあらゆる意味で今後のためだ」
「よろしくお願いします。それと、もう一つの件ですが……」
「ああ。王太子殿下と面会できるよう紹介状を書こう」
話が早くてとても助かる。
持つべきものは情に篤い友人たちだと、キースはしみじみ実感するのだった。
放課後、キースは紹介状を手に王宮へ向かった。
側近アルフォンスの直筆ということもあり、さして待たされずに王太子の執務室に通される。
「初めまして、ルカス子爵家次男キース殿。私に直接話したいこととは何かな?」
デスクの向こうで部屋の主が穏やかに微笑んでいた。……ただくつろいだ様子で座っているだけなのに、見る者に無条件で平伏したいと思わせるようなカリスマ性が恐ろしい。
金髪碧眼の国王をそのまま若くしたような美しい顔立ちの中、その目には負の感情は浮かんでいないものの、とても分かりやすくキースを値踏みしている。
少々どころでなく気圧されてはいるけれども、ことは貴族の犯罪に関わるのだ。王太子に直接訴えられる絶好の機会を逃すわけにはいかない。
「単刀直入に申し上げます。王家の影のもつ情報の一部を、我がルカス家に提供していただきたいと存じます」
「ほう? それはまた、随分と思いきった話だが……当然、そうすべき理由があるのだろうね」
ブルーダイヤモンドを思わせる鮮やかな青の瞳がきらりと光った。
流石は王太子、圧はたいそうえげつないが、ここで屈する程度の覚悟ならば、そもそもキースは最初から王太子執務室になど来てはいない。
「詳しくお話しいたします。実は━━」
かくかくしかじかと説明すれば、王太子は腕を組み納得したようにうなずく。
「そういうことか。話は分かったよ。……しかし、身の潔白を証明するためとは言え王家のもつ情報を要求するとは、予想以上に大胆だね。アルフォンスの友人だけはある」
「この件には王女殿下のお名前が絡んでおりますので」
「もっともだ。……正直シャルティナの学園での振る舞いは、手始めに正座で半日ほど説教してやりたくなるくらいだが、だからと言って濡れ衣を着せられていいわけではないからね。影の報告書の複製を、数日中にルカス家に届けさせよう。楽しみにしていてくれ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。結果がどうなったかは、君の口から私に直接報告してもらえるとありがたい」
最敬礼するキースに意外な提案がされた。
困惑しつつも、断る理由がないため素直に承諾すれば、王太子はとても満足げにうなずいた。
それをアルフォンスが目撃すれば苦笑したに違いない。頭の回転が速く度胸のある友人が、いずれ王太子の側近として引き抜かれるであろう確実な未来を想像しながら。
一週間後。ミルドレッド邸では凄まじい怒号が響いていた。
「マドレーヌ! お前は一体、何を考えているのだ!? 聞けば勝手にキースくんとの婚約を破棄しようと、言いがかりにもほどがある手紙を送ったそうだな!!」
「言いがかりなんかではありませんわ! わたくし、しっかり見聞きしたんですもの! あの地味極まる婚約者が、身のほど知らずにも第三王女殿下に近しく接していたり、愛の言葉をささやいているのを! おまけにそれを問い詰めたら、ぬけぬけと『私はシャルティナ殿下をお慕いしていますので』と恥じる様子すらなく━━」
だん!
執務机が拳で叩かれ、マドレーヌはびくっと身を震わせる。
━━怒っているの? お父様が、娘であるこのわたくしに?
今まで大抵の希望は聞いてくれていたのに、よりにもよって婚約者だけは娘の望みをちっとも反映してくれず、マドレーヌはこの上なく不満だった。
今後の一生をともにする伴侶が、見た目も中身もとにかく地味なあんな男だなんて━━マドレーヌのプライドと美意識が許さない。自らの能力に絶対の自信を持つ彼女は、女伯爵となるにあたり、キースのような人間によるサポートが自分に必要だなどとは絶対に認めたくなかった。
だから適当な理由をでっち上げて、キースとの婚約を破棄しようとした。勿論あちらの有責で。マドレーヌの貴重な数年間を犠牲にしたのだから、それくらいは当然の権利である。巻き上げた慰謝料で素敵なドレスやアクセサリーを買えば、今までの気も晴れるに違いない。
第三王女の名前を引き合いに出すことに抵抗がなくはなかったが、今までに数々の男性を虜にして婚約を台無しにした彼女なのだし、その中に架空の一件を加えたところでどうということはないだろうと結論づけたのだ。キース側は否定するだろうけれど、なかったことの証明ほど難しいものはない。一方のこちらは、味方につけた友人の女生徒たちに証言をしてもらう予定である。だからあちらが抗議してきたところで、確かな証人が複数いるこちらが負けるはずはない。
そう思っていた。なのに━━
「━━これを見ろ」
ばさっと紙束が二つ差し出される。
父伯爵の無言の圧力に促され、マドレーヌは震える手で片方をめくった。
「━━━━!? な、何ですの、これ……『第三王女殿下の行動記録』……!?」
「そうだ。王家の影によるもので、当然ながら偽造などしようのない完璧な記録の、正式な複製だな。半年に渡る量だから詳細は省くが、結論は一つ。━━王立学園の内外を問わず、第三王女殿下とキースくんが廊下ですれ違う以外の接触をしたことは一切ない、とのことだ」
「なっ……!? お、おかしいですわ! こんな貴重なものが何故、我が家に存在するのです!? 正式な複製というなら尚更おかしいとしか思えませんわ!!」
ヒステリックに騒ぎ立てる娘を見やり、ミルドレッド伯爵は腹の底から溜め息をついた。
疑問としてはもっともではあるので、億劫だが説明をしてやることにする。
「……お前の言う『地味極まる婚約者』が、王太子殿下に直接願って手に入れたものだそうだ。先ほどルカス子爵が近衛騎士とともにやって来て、誇らしさを隠せない様子で記録を置いていったぞ」
どうやってそれを成し遂げたかまでは明かしてくれなかったが、どんな方法であれ王太子に接触できるほどのコネがキースにはあると証明されたようなものである。
加えてもう一つの紙束だ。こちらには学園の二年生たちの証言が取りまとめられていて、影の記録を補強してくれる代物であり、「キースは間違っても浮気をするような男ではない」と力強く保証してくれるもの。
実務能力についても既に、いつ婿に迎えても問題ないほど優秀だったキース。そんな彼を娘の婚約者として選んだ自分の眼力を誇らしく思う一方、最高の婿候補を「地味だから」などというふざけた理由であっさり手放した娘の愚かさには頭を抱えて泣きたくなった。
あまりの衝撃で事態の理解が及ばない様子のマドレーヌへ、伯爵は疲れた様子でこう告げる。
「近衛騎士にはこう言われた。『詐欺を働こうとしてまで金を求める貴家の実情について、王太子殿下は大変興味をお持ちとのこと。近く貴家には、王宮より監査が入ることとなりますのでご承知おきください』とな。幸い、探られて痛い腹はないが……他家からは大いに勘ぐられる羽目になり、我が家の評判は急落するだろう」
「そ、そんな……わたくし、そんなつもりでは……」
━━どうしてこんなことに。わたくしはただ、自分には到底相応しくない婚約者との縁を切って、望み得る最上の男性━━アルフォンス・グレンダル様を伴侶に迎えるつもりだったのに……
考えの一部が声に出てしまったらしく、父伯爵から見たことがないほど冷たく睨まれる。
「馬鹿を言うな。むしろお前の方がキースくんには全く相応しくないと、明確に証明されたばかりだ」
吐き捨てるように言われ、マドレーヌはその場に崩れ落ち茫然とするしかなかった。
それからしばらくして、ミルドレッド家からルカス家に正式な謝罪とともに多額の慰謝料が支払われ、廃嫡したマドレーヌを規律の厳格な修道院という名の女性監獄に入れる旨が知らされた。
唯一の跡取りだった彼女がいなくなったことで、ミルドレッド家の心配材料が更に増えたかと思われたが、遠縁にあたるツィルト侯爵家の次男セシリオが新たな後継者とされ、ひとまず事態の収束を見ることとなった。
「とは言え、セシリオも急なことで色々と大変らしいな。サーラによると、ミルドレッド家に婿入り予定だったキースに相談相手になってもらったことで、どうにか乗り切る見込みが立ったそうだ」
「……大変楽しそうですね、殿下。キースにツィルト侯爵家のコネもできたからですか?」
アルフォンスが尋ねると、王太子はいつもの食えない笑みで肯定してくる。
「当然だ。将来有望な側近がコネクションを増やしていくのは喜ばしいだろう?」
「まだ候補の段階でしょう。キースはまだ側近になることを了承していないのに、気が早すぎです。確かに婿入り話が消え去った次男ならば、王太子殿下の側近の座は望み得るほぼ最高の立場ではありますが……子爵家という生まれを周囲がどう見るかというのが一番のネックでしょうか」
「そこは結婚相手次第でどうとでもなるさ。伯爵以上の家の養子になってもらってもいい。キースの卒業まではまだ一年以上もあることだし、気長に説得するつもりだよ」
「外堀を埋めすぎて反発を招かないようになさってください」
今にもキースの新たな婚約相手の選別を始めそうな未来の国王に、歯止めをかけるべく冷静に突っ込みを入れるアルフォンスであった。
書いててちょっとミルドレッド伯爵が可哀想になりました。普通に良識のあるまともな人なのに……娘が婚約者にどう接してたかを見抜けなかったのはアレですけど。
マドレーヌは明確な犯罪行為をやらかした分、シャルティナよりタチが悪いかもしれません。欲をかかずに「性格の不一致による婚約解消」で穏便に済ませればよかったのに……
アルフォンスを狙ってたあたり目の付け所だけは良かったんですが、格下の生まれかつ地味だからとキースを舐めきってたのが運の尽き。仮に穴だらけの計画が成功してたとしても、アルフォンスが彼女の手に入ることは有り得ませんしね。「趣味じゃない」の一言で切って捨てられるオチ。
ちなみにアルフォンス、まだ婚約者はいません(だからマドレーヌに狙われてた)。なのでキース同様、今後出てくる被害者令嬢の相手になる可能性も。兄が追い出されて次期公爵になる未来が確定してるので、婚約者になる令嬢は大変そうだけど頑張ってほしいですがどうなるか。




