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婚約破棄の明と暗  作者:
子爵令嬢イリーシャ編
11/11

おまけ・アクティでのあれこれ

サーラベルの顔合わせ後、夕食以降に何があったかという話。

と言っても、大して進展はありませんが。

前話との温度差注意。風邪引くかもしれません。

「……マナさん。私たちは一体、何を見せられているんでしょうか」

「聞かないでください、イリーシャさん」


 アリフの宮にて。

 目の前で繰り広げられる夕食の光景に、イリーシャとマナは何とも言えない虚無顔になっていた。見る者が見れば、某高地に生息するキツネのようだと思うかもしれない。


「……どうした、サーラベル? 食べないのか?」

「えっ……いいえ。いただきますわ」

「顔が赤いな。まだ酒は飲んでいないだろうに。熱でもあるのか? 移動疲れが出たか」

「違います。これはその……アリフ殿下が食べる見本を見せると仰っておきながら、あんな……」

「あんな、何だ? ……ああ、『目の毒』とでも?」

「〜〜〜〜っ」


 にやりと悪い笑みで尋ねられ、サーラベルは頬の赤みを更に濃くして目を逸らした。食事のためにヴェールを外さざるを得なかったので、アリフの目から逃げられず居心地が悪そうだ。


 ……主人のそんな反応も、イリーシャとマナはやや不本意ながら理解できてしまっていた。

 アリフが食事をする姿は、プライベートな場所であるからか、王子としては少々どうかと思う程度にはラフなものだったが、それでも身に備わった威厳は一切損なわれないのだから不思議である。

 イサークとは勝手が違う料理の数々が並び、その食べ方の見本を見せるということで、サーラベルはアリフの顔や口元をじっと見ていた。……が、それが良くなかった。

 こう、口についたソースを軽く舐め取ったり指で拭ったり、酒を飲み干す喉仏の動きに目が行ったりと、無意識に色気を醸し出す様子を目の当たりにさせられ、とにかく動揺する羽目になったのだ。

 騎士の幼馴染がいたイリーシャや、護衛としても鍛えられたため男に混じって堅苦しくない食事をするのは日常茶飯事だったマナでも、アリフのそれには軽く居たたまれなくなったというのに、基本的にその手の砕けたイベントには縁のなかったサーラベルにはどれほどの刺激となったものやら。


 確かに世の中、誰かを誘惑する方法は無数にある。この場にいるイサーク女性陣たちも、王女として貴族令嬢として、防犯上の意味もありそういう知識は教えられている。

 けれども、いざそれを目の前で息を吸うように実践されてしまったサーラベルは、どうしようもなく対処に困っていた。何しろ相手は、手を触れるどころか視線の一つもこちらに向けず、甘い言葉も何もなしにただ「食事をする」という行為だけでそれをやってのけてしまったのだから、文句など言えるはずもない。むしろ言えば相手の思う壺になる。

 仕方なく気にしていないように振る舞うしかなかったが、今後がひたすら不安になってしまったサーラベルである。主に心臓への負担という意味で。

 アリフの護衛らしい軽そうな男が何やら存在をアピールしてくるのを無視して、マナとイリーシャはそんな主人を複雑な思いで見守ることしかできずにいた。




「……サーラベル殿下は、本当に熱を出されてもおかしくないと思います」


 食事を終えたサーラベルが割り当てられた部屋に戻ってから、イリーシャたちは侍女用の別室で食事を摂っていた。

 心配になってイリーシャが言うと、マナは東方風の人形めいた顔立ちに微妙な表情を浮かべて応じる。


「ええ……何と言うか、アリフ殿下は存在そのものが刺激の塊と言うか……シルヴァーナ殿下のお言葉を借りれば『フェロモン垂れ流し系』?」

「ぷっ……! そ、そんなことを仰るんですか、シルヴァーナ殿下は……!」

「正確にはお母様のビアンカ側妃様が最初に言い出した表現らしいですけどね。どなたを指して仰ったかというと、ツィルト家御嫡男エリック様ですって。姫様のお従兄で、シルヴァーナ殿下の婚約者の」

「ああ、なるほど……」


 言われてみれば納得だ。野性味と王族の気品を絶妙なバランスで兼ね備えたアリフと、貴族的な魅力百パーセントのエリックという違いはあれど、その場に佇むだけで否応なく女性を惹き付ける存在という点は共通している。

 イリーシャ個人としてはその二人の横に、抜群のカリスマ性を誇るイサーク王太子を並べてみたいところだが。あくまでも観賞用として。


 そんなことを考えていられるくらい、イリーシャの実質的なアクティ王宮初日は、予想よりも穏やかに過ぎていった。




 しかし翌朝、懸念通りにサーラベルが熱を出した。

 医師によれば、諸々の疲れとストレスが理由なので、熱が下がるまで安静にしていただくようにとイリーシャたち侍女にも指示される。


「……思えば、急な婚約破棄のごたごたに加えて、ここ二十日ほどのお忙しさともなれば体調を崩されて当然ですよね」

「気を張っていらしたのがぷつんと切れたということもあるんでしょう。姫様は頑張りすぎなんです」


 サーラベルが眠りにつくのを確認して寝室を出たタイミングで、控えめに部屋の扉がノックされた。

 極力音を立てずにマナがそちらに向かうと、来訪者は他でもないアリフだった。


「サーラベルの様子は?」

「姫様はぐっすりお休みです。もしお顔を見たいということでしたら━━」

「いや、それならいい。無理はさせたくないからな。ただ、これを渡したくて来ただけだ」


 と、差し出されたのはお茶の缶と一通の封筒だった。当然サーラベルにということだろう。

 本当にそれだけのために来たらしく、「よろしく頼む」と言い置いてあっさり去っていく背中を見送ってから、マナは室内に戻り品物を確認する。


「……カモミールティーですか。それを選んだセンスは認めますが、わざわざアリフ殿下が手ずから持っていらっしゃらなくても、どなたか使いを出してくだされば済む話でしょうに」

「……実はマナさん、アリフ殿下がお嫌いだったりします?」


 愚痴のように聞こえたので気になり、確認してみるイリーシャだった。ちょっぴり聞くのが怖いが。


「そうですね。はっきり言って、姫様を遠慮なく振り回していらっしゃるのが気に入りません」

「わあ……」


 マナがサーラベル第一というのは短い付き合いで理解していたつもりだが、その度合いは予想以上だったらしい。


「ですが、まあ……私はお二人の邪魔ができる立場ではありませんし。姫様がアリフ殿下をお選びになるのであれば、甚だ不本意ではありますが受け入れるつもりです。ええ、甚だ不本意ですが」


 二回言った。

 ……ここまで来ると、グレンダル家長男は実は生きていられるだけマシだったのかもしれない、とイリーシャは思った。


(とりあえず、安心材料を集めるためにも、アリフ殿下の評判についてさりげなく聞き込んでみることにしよう。うん)


 外務大臣という要職に就いている人に看過できない問題があるとは思いたくないが、念のためである。

 こうして、イリーシャのアクティにおける当面の目標が決まったのだった。




 一方、アリフはと言うと。


「お帰りなさい、アリフ殿下。ずいぶん早かったですね? てっきり、愛しの姫君のところでゆっくりなさるんだと思ってましたが」

「出会って間もない上に、寝込んでいる病人のところでゆっくりできるか。シンプルに迷惑だろう」


 いつものように軽い口調の乳兄弟の片割れにツッコミを入れつつ、執務用の椅子にどかりと腰を下ろす。


「それはそうですけどねー。ちなみに、『愛しの姫君』ってところは否定なさらないんですね?」

「する理由がないからな」

「わっ、やっぱり本気なんですか! そっかー、殿下のお好みが異国の女神さながらの美女となれば、そりゃあ今までまとわりついてきた女性なんて問題にもなりませんよねー、うんうん」

「うるさいぞスラン。無駄口を叩くくらいなら書類整理の一つも手伝え」


 長い黒髪を一つに束ね、眼鏡を光らせた秘書官兼もう一人の乳兄弟カラムが呆れたように言った。明るい茶髪で比較的色素が薄く、軽薄な雰囲気のスランとは一見あまり似ていないが、実のところ彼らは双子の兄弟だった。二卵性なので瓜二つとまではいかないものの、純粋に素顔を並べてみれば、どちらも彫刻めいた綺麗な顔立ちだと分かる。色合いがアクティ人の母親譲りなのが兄カラム、外国出身の父親に似たのが弟スランというわけだ。


「えー、職務範囲外だからパス。俺はアリフ殿下の護衛官だし?」

「さっきまで思いっきり殿下をお一人で行動させていたのはどこの誰だ」

「俺だって同行したかったよ。サーラベル姫の侍女に可愛い子いるしさあ。でも殿下が一人で行くって仰って許してくれなかったんだもん」

「だもん、はやめろ。お前が言っても可愛くない。そういう軽い態度だから、あちらの侍女の好感度が下がる恐れも考えて、アリフ殿下は同行を許可なさらなかったんだろうに」

「ふーん、そんなこと言っていいんだ? サーラベル姫の侍女の中には、カラムの好みどんぴしゃの女の子もいるんだけどなー。イリーシャちゃんでしたっけ、アリフ殿下? 目が大きくて色白の、ふわふわ可憐な花みたいな感じの子」

「カラム、例の書類は?」

「こちらに」

「うわっ、華麗にスルーされた! 殿下もカラムも酷い!」

「無視されたくないなら手伝えと言ってるだろう」


 こうして今日も、外務大臣執務室では、いつものように騒がしいやりとりが繰り広げられているのだった。




 後日、サーラベルからアリフへのお礼の手紙を届けに来たイリーシャが、カラムと顔を合わせてお互いに固まることになるのだが、それはまた別のお話。




イリーシャよりもサーラベルとアリフ周辺の人物紹介みたいな話となりました。

マナがソレイユと同じく人形みたいと言われてますが、日本人形とフランス人形の違いということで。


そして新キャラのカラムとスラン。アリフの乳兄弟で23歳の双子です。兄が文官で弟が武官ですが割とどっちも文武両道。文S武Aのカラム、文A武Sのスランという感じなので、カラムも護衛ができる程度の腕はありますし、スランもやりたがらないだけで書類仕事は普通に任せられるレベル。なおアリフはどっちもSの模様。だから三年くらいお忍び旅をさせてもらえたとも言う。

ちなみにスランが目を付けた侍女はマナです。口説き落とすの超絶大変だろうけど頑張れ。色気あるやりとりよりも、背中合わせで暗殺者相手に大立ち回り、みたいな殺伐とした場面の方が似合う二人ですが。

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