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第24話 正体

 ミレイユが指定してきた場所は、キャンベル領東のはずれにある洋館だった。

 手入れされていない木々が、石造りの洋館を取り囲んでいる。しかしその木々のおかげで雨風をしのげているのだろう。外壁の石に激しい損傷は見られない。ただし壁に張り付いたおびただしい植物のツタが、なんとも言えない不気味さをかもしだしている。

 サン・キャンベル一行は、ごくりとつばを飲み込み洋館を見上げた。

 この中にミレイユがいるはずだ。


「リオ、レグルス。2人はここで待機してくれるかな」

「えっ?」

「ミレイユが何をしてくるか分からない。1時間待っても私たちが出てこなかった時には、家に知らせてほしいんだ」


 サン・キャンベルは手のひらサイズの金の円盤を3枚取り出した。2枚に青い線、もう1枚は緑の線が入っている。

 それは「共鳴盤」と呼ばれる錬金術のアイテムだ。

 2枚で対になった道具で、1枚を壊すと、もう1枚も共鳴して壊れる仕組みになっている。遠距離にいる相手に異常を知らせるための道具だ。

 サン・キャンベルは3枚のうちの2枚、青い線と緑の線の共鳴盤を1枚ずつリオに渡す。


「緑の線の共鳴盤は、対になる1枚を屋敷の使用人に持たせている。これを壊せば、すぐにその者が動くはずだ」


 つまり青の共鳴盤をサン・キャンベルが持っておき、何かあればそれを破壊。リオは自分の持っている青の共鳴盤が割れたら、緑の共鳴盤を破壊すればいいというわけだ。


「分かりました」


 リオはウィンの方に向き直る。


「気をつけて」

「任せて!」


 ウィンは左手で親指を立てた。薬指につけている、リオたちが作ってくれた鏡石の指輪がきらりと光る。


 そしてリオとレグルスを置いて、サン・キャンベルは洋館に向かった。その後ろをアリエラとウィン、ジェオジュオハーレーがついていった。

 石畳の階段を3段上がり、扉の前に立つ。そしてすう、と息を吸うと、吊り下げられた錆びた呼び鈴を引っ張った。

 がらんがらん! と耳障りな音が響く。返事は──ない。


「踏み込むぞ」


 短い彼の号令に、アリエラが静かに横に並び立つ。

 サン・キャンベルが静かにゆっくりと扉を開ける。


「……あれ、明るい」


 中を覗き込み、薄暗く不気味な室内を想像していたウィンは意外そうに声を上げた。

 壁に並んだ燭台(しょくだい)に、ずらりとろうそくが並んでいる。ゆらゆらとゆらめく光が続き、館の1階は明るく照らされていた。


 あたりを見回しながら、1人ずつ、1歩ずつ足を踏み入れていく。その度に、じゅうたんの敷かれていない大理石の床が乾いた音を立てた。

 そこは変哲のない中央広間だった。正面に設置された上に続く階段。そこから2階の廊下に続いている。

 2階のバルコニーにつながるガラス扉はところどころ割れており、すきま風が入るたびに軋んで不安感をあおる。

 不気味な演出に不安を高め、皆が警戒しながらあたりを見回していたその時だった。


「──ようこそ、サン・キャンベル」


 声は上から聞こえてきた。

 皆が弾かれたように顔を上げる。

 正面に続く階段の上から、こちらを見下ろす美しい金髪の女性。ミレイユだ。

 その瞳はとても冷たい。ジェオジュオハーレーの隣で震えていた女性と同一人物だとは到底思えなかった。

 ジェオジュオハーレーは見たことのない恋人の姿に、何も言えず硬直してしまう。

 ミレイユの手には金の鳥かごがある。その中には白ハトのリリーがいた。自分の状況がよく分かっていないのか、カゴの中で鳴きもせず大人しくしている。

 ミレイユはサン・キャンベルを射殺すように睨み、口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「のこのことハトになった娘を取り返しにき……」


 そこでミレイユは沈黙した。サン・キャンベルの後ろにいる、ウィン・キャンベルをガン見して。


「…………」


 ミレイユがごしごしと目をこすった。ウィンはどういう表情をしたらいいか分からず、ぽりぽりと頬をかいた。


「…………どういうこと」


 ミレイユが怒りと困惑の混ざった言葉を絞り出した。気持ちは分かる。


「あなたがさらったのはお嬢様ではなく、ただのハトだったということですよ」


 皆が伝えづらい真実をアリエラがすぱんと口にした。

 ミレイユが無言で鳥かごのリリーと本物のウィンを交互に見やる。

 ややあって、ミレイユがぽつりと呟いた。


「どうりでこのハト、なんで呑気に豆食べて寝るのかと思ったのよ……」


 気まずい沈黙がその場に落ちる。

 なんかごめん、とウィンは心の中で謝った。

 普通の誘拐犯なら心が折れるところだろうが、ミレイユは違った。


「なら、あなたたちは何をしに来たの? 娘は誘拐されていなかったんでしょう。まさか、ただのハトを助けにきたの?」


 サン・キャンベルが一歩前に出てミレイユを見上げた。


「それだけではないさ。私は君と話がしたかったんだ。ミレイユ。いや──」


 サン・キャンベルは目を細めて、口元をゆがめた。痛みをこらえるような表情だった。


「ミラ・ミラージュ。君は、ミラージュ家の娘だね」


 ミラージュ。かつて没落し、キャンベル家が土地を引き継いだ者の家名。

 ミレイユ――、ミラ・ミラージュはただ黙ってサン・キャンベルを見下ろした。

 沈黙こそが、サン・キャンベルの言葉に対する答えだった。


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